学位論文要旨



No 116667
著者(漢字) 脇,一太郎
著者(英字)
著者(カナ) ワキ,イチタロウ
標題(和) p型GaNの低温活性化とオーミックコンタクト形成に関する研究
標題(洋) Low-temperature Activation and Ohmic Contact Formation for p-type GaN
報告番号 116667
報告番号 甲16667
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5079号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
 東京大学 助教授 藤岡,洋
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 GaN系窒化物材料はバンドギャップが可視域〜紫外域にある直接遷移型半導体で、破壊電圧が高いことなどから、レーザーダイオード(LD)や高出力電子デバイスの構成材料として注目されている。1結晶成長法や伝導性制御に関する数多くのブレークスルー2,3,4によって、LDの寿命も1万時間を超える1などいくつかのデバイスは実用段階にある。しかしながら高動作電圧や発熱による寿命低下を改善するためにはp型GaNと金属電極との接触抵抗を低減する必要がある。1接触抵抗が高い原因は、(I)金属の仕事関数がGaNのバンドギャップと電子親和力の和に対して小さい、(II)金属電極とGaNの界面に絶縁性自然酸化膜が存在する、(III)p型GaNのキャリア濃度が低いことである。よって(II)と(III)を改善する必要がある。

2.オーミックコンタクト形成

 p型GaNの電極としてはNi/Auが最も一般的であるが、5電極を蒸着する前に溶液処理で自然酸化膜を除去しても試料に電極を蒸着する間に大気に曝すため、再汚染が生じるという問題があった。またこれまで自然酸化膜と接触抵抗の定量的な関係も調べられていない。

2.1本研究の目的

 そこで本研究では、X線光電子分光法(XPS)とI-V測定によりp型GaN上の自然酸化膜と接触抵抗の定量的な関係を調べると同時に、犠牲保護酸化膜を利用した新しいp型コンタクト特性改善方法を提案した。

2.2実験方法

 試料はサファイア基板上にMOCVDで成長した2μm厚のMgドープp型GaN(キャリア濃度1.5×1017cm-3)を用いた。溶液処理は自然酸化膜除去のための塩酸処理と犠牲保護酸化膜形成のための硫酸−過酸化水素水混合溶液(SPM)処理を繰り返し行い、p型GaN表面を清浄化すると同時に保護酸化膜を薄く形成した後、超高真空(UHV)中600℃で10分間熱処理してこれを除去し、清浄表面を得た。各プロセスにおけるp型GaN表面上の自然酸化膜量をXPSにより測定し、その後in-situでAu電極を蒸着し、N2中550℃で5分間アニールしてI-V測定を行った。電極/p型GaN界面の酸化膜の量が熱処理で反応して変化しないようにするためAu電極を使用した。

2.3結果と考察

 図1に各プロセス後の試料のO1s光電子ピークを示す。この図からp型GaN表面の自然酸化膜はプロセスにより減少しており、HCl/SPMとUHVアニールを組み合わせた処理方法で最も酸化膜が減少していることが分かった。図2にI-V特性を示す。上記の方法で処理した試料のI-V特性はこの範囲でオーミックとなり、接触抵抗が減少したことを示唆する。またXPSの結果から、試料表面の酸化膜厚さを計算したところ処理前が3.1A、HCl/SPM/UHVアニール処理後が0.4Aと見積もられた。よって酸化膜の厚さは接触抵抗の大きさと直接関係していることが明らかになった。

3. p型GaNの低温活性化

 p型GaNはアクセプタ−にMgを用いてMOCVD法で成長させるのが一般的であるが、不純物の水素が大量に含まれるという問題がある。水素はMgアクセプタ−を不活性化するため、普通MgドープGaN層は高抵抗を示す。よって水素を取り除くために窒素中700℃以上の熱処理が必要である。4(この熱処理はMgを不活性化しているHの結合(Mg-H)を切断するために必要な温度と考えられていた。)しかしながら、熱処理後に得られるp型層のキャリア濃度は普通1017cm-3台であり、接触抵抗を大幅に減らすには不十分である。一方で熱処理温度を上げると窒素の解離が起こり、窒素空孔生成によるドナー発生という問題も生じる。またLD構造で活性層に用いるInGaNを破壊しないためには熱処理温度をできるだけ低くすることが望ましい。したがって低温で水素を効率よく除去してアクセプタ−を活性化する方法の開発が必要である。

3.1本研究の目的

 そこで本研究は、より低温で水素を効率よく除去してMgアクセプタ−を活性化する方法を開発し、さらに水素脱離プロセスのメカニズムを解明することを目的とした。

3.2実験方法

 試料はMOCVDによりサファイア基板上に成長したAs-grownのMgドープGaN(1.6μm)を用いた。3分間エタノール超音波洗浄した後、試料表面全面に触媒層としてNi薄膜を1.5nm蒸着し、石英管状炉においてN2中200〜800℃で10分間活性化のための熱処理をした。HClでNi触媒層及び自然酸化膜を除去した後、Ni電極を蒸着し、N2中550℃で10分間熱処理して合金化した。室温Hall測定により活性化処理後のキャリア濃度、SIMSによりH濃度の変化、AFMにより熱処理前後のNi触媒層のモフォロジー、TDSにより水素と窒素の脱離の活性化エネルギー及び反応次数を調べた。

3.3結果と考察

 図3にNi触媒層を用いた場合と用いない場合の各熱処理後のキャリア濃度変化を示す。Ni触媒層を用いずに熱処理した場合p型GaNは600℃以上の処理温度で得られたのに対し、Ni触媒層を用いた場合200℃においてもp型GaNが得られた。この活性化温度はこれまで報告された中で最も低い。図4にSIMSの結果を示す。Ni触媒層の使用により水素濃度が大幅に減少していることが確認され、NiはGaN中に拡散していないことが分かった。以上の結果から、Ni触媒層はGaN表面で水素の脱離を著しく促進したと考えられる。図5に水素脱離スペクトルを示す。Ni触媒層がない場合、720℃以下では少量の水素しか脱離しないのに対して、Ni触媒層が存在する場合、192℃で著しい水素脱離が観察された。この水素脱離は200℃の熱処理でp型GaNが得られた結果をよく説明する。さらに、ピーク形状からこの水素脱離は二次反応であり、ピーク温度から活性化エネルギーは1.3eVと見積もられた。単結晶Ni上の水素脱離は二次反応で活性化エネルギーは0.9〜1.4eV6,7,8であるため、図6のモデルで示すように水素脱離プロセスの律速段階はNi触媒層上における水素の再結合過程であることが明らかになった。なおNi触媒層の膜厚を大きくすると活性化が低下することも確認した。またNi触媒層は460℃以上で窒素脱離も促進することが明らかになり、水素脱離のみを促進する触媒層を見つける必要がある。本研究ではCo、Pt、Pdも触媒層に用い、低温活性化を試みた。

4.まとめ

 XPSとI-V測定によりp型GaN上の自然酸化膜と接触抵抗の定量的な関係を調べた結果、両者には相関があることが分かった。またHCl/SPM溶液処理とUHVアニールを組み合わせた方法によりp型コンタクト特性が大幅に改善されることが分かった。

 Ni触媒層を用いることにより、200℃という低温の熱処理でp型GaNを得ることに初めて成功した。さらにSIMSとTDSの結果から、Ni触媒層は水素の再結合過程をGaN表面上で著しく促進しており、水素脱離の活性化エネルギーは1.3eVと見積もられた。

5.参考文献

1S.J. Pearton, J.C. Zolper, R.J. Shul, and F. Ren, J. Appl. Phys. 86 (1999) 1.

2H. Amano, N. Sawaki, I. Akasaki, and Y. Toyoda, Appl. Phys. Lett. 48 (1986) 353.

3A. Sakai, H. Sunakawa, and A. Usui, Appl. Phys. Lett. 71 (1997) 2259.

4S. Nakamura, T. Mukai, M. Senoh, and N. Iwasa, Jpn. J. Appl. Phys. 31 (1992) L139.

5J.K. Sheu, Y.K. Su, G.C. Chi, P.L. Koh, M.J. Jou, C.M. Chang, C.C. Liu, and W.C. Hung, Appl. Phys. Lett. 74 (1999) 2340.

6R.J. Madix, Catal. Rev.-Sci. Eng. 15(2), (1977) 302.

7K. Christmann, R.J. Behm, G. Ertl, M.A. van Hove, and W.H. Weinberg, J. Chem. Phys. 70, (1979) 4168.

8J. Lapujoulade and K.S. Neil. Surface Sci. 35, (1973) 288.

図1 各プロセス後の試料のO1s光電子ピーク

図2 各プロセス後の試料のI-V特性

図3 活性化処理後の試料のキャリア濃度

図4 活性化処理後のH濃度プロファイル

図5 Ni触媒層を用いた場合と用いない場合の水素脱離スペクトル

図6 水素脱離プロセスのモデル

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、レーザーダイオード(LD)用材料として注目されているGaNの低温p型活性化とオーミックコンタクト形成に関するものである。

 発表では、p型GaN表面上の自然酸化膜と接触抵抗の関係をX線光電子分光法と電流−電圧測定により調べ、犠牲保護酸化膜を利用した新しい表面洗浄方法によって良好なオーミック特性が得られることがまず述べられた。

 次に、p型GaNの低温活性化について、1)N2O又はO3中でアニールすることで約100℃の低温化が可能であること、2)Ni触媒層をGaN表面全体に蒸着してアニールするという工夫により、200℃という低温でp型GaNが得られること、3)Ni触媒層の存在下での水素脱離スペクトルの形状から脱離過程は二次反応であり、活性化エネルギーは1.3eVであること、という結果が報告された。

 本論文発表については、予備審査会から格段の進歩が見られる点、高く評価された。しかし、1)水素含有量の減少とホール濃度、Mgアクセプター不純物量の関係がよく分からない、より定量的な議論を行うように、2)GaNのオーミックコンタクト形成技術(犠牲層のUHV加熱処理)とNi触媒層を用いた低温p型活性化技術を複合化させるとどういう結果が期待されるか、本論文の第2章と第3〜5章の関係がよく分からない、3)さらなる低抵抗化という目標に対して、今後どのように取り組んでいけばよいかのProspectsを述べる必要がある、特に本研究は競争の激しい分野であるので、世の中の動向から見て本研究はどのような位置づけにあるかを明確に述べるべき、との指摘があった。

 これら3点について発表者は分かりやすい回答を行ったが、博士論文中にもより明確に記述するという条件付きで合格とすることとなった。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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