学位論文要旨



No 116668
著者(漢字) 間野,高明
著者(英字)
著者(カナ) マノ,タカアキ
標題(和) 液滴エピタキシー法を用いた新しい高均一量子ドット作製法の開発及びその光物性に関する研究
標題(洋) Fabrication and Optical Properties of Unlform Quantum Dots by Droplet Epitaxy method
報告番号 116668
報告番号 甲16668
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5080号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 平尾,公彦
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 野原,実
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 低閾値電流、高利得、高変調などの優れた特性が予測されている半導体量子ドット(QD)レーザー1)の実現のためには、小サイズ(バルク中の励起子のボーア半径以下)、高密度、高均一性、高結晶性、高制御性(発光波長、配置等)などの条件をすべて満たす極微細構造作製技術を確立する必要がある。遠距離光通信用レーザーへの応用が期待されるInGaAs系ではこれまで格子歪みに起因して成長様式が2次元から3次元に変化するStranski-Krastanov(S-K)モードを用いた作製法がその簡便さから注目されており、非常に多くのグループが研究を行ってきた。現在までに実際に半導体量子ドットレーザーが発振するまでに至っている。そのレーザーの特性はS-Kモードによる成長法を改良することにより著しい進歩を見せているが、サイズ揺らぎに起因する発光の半値幅の広さにより、理論的に予測されたような特性を発揮するには至っておらず、大きなブレークスルーが必要とされている現状である。一方、格子整合系における量子ドット作製法として注目されている液滴エピタキシー法は、非常に均一なサイズのIII族元素の液滴形成が期待されることから、その液滴の形状を崩さずに半導体に結晶化することができれば高均一な量子ドット形成が可能となる2)。しかし、この方法ではこれまで均一な構造は形成できるものの、結晶化の際の2次元成長を抑制するための硫黄終端や低温結晶化などの様々なプロセスが結晶性に深刻なダメージを与えてしまうため良好な発光は得られていなかった。実際にInGaAs/GaAs系において実験を行ったところ、この方法ではやはり、低温結晶化や硫黄終端に起因する結晶性の悪化により非常に弱い発光しか得られなかった3)。そこで、本研究ではこの液滴エピタキシー法を大幅に改良することにより、結晶性及び高均一性を同時に満足する新しい量子ドット作製法を開発することを目的に研究を行った。

2.実験方法

 成長は、通常のIII-V族化合物半導体用分子線エピタキシー装置を用いて行った。原料にはIn、Ga、Asを用いた。Asの供給には精密なコントロールが可能なValved As Cellを用いた。成長中は反射型高速電子線回折(RHEED)を用いて表面観察を行った。成長後の表面は、高分解走査型電子顕微鏡(HR-SEM)を用いて観察を行った。発光特性評価には、Arイオンレーザーにより励起して得られるフォトルミネッセンス(PL)測定を用いた。

3.実験結果

3.1 新しい量子ドット作製法

 今回、我々は2次元成長を抑制することなく3次元的な量子ドットを形成できる全く新しい方法を考案した。Fig.1(a)に示すように、In液滴を比較的高温で結晶化すると2次元成長を起してしまう。しかし、(b)に示すようにこのIn液滴の間に高密度なGa液滴を挿入することができれば、このGa液滴も同時に2次元成長をすることにより、Inの3次元性は保たれる。このメカニズムは、いわゆるMigration Enhanced Epitaxyという成長モデルで説明できる。すなわち、液滴から供給されるIII族元素は、表面がV族元素で安定化されている場合のみ拡散可能である。従って理想的なモデルでは、隣り合う2つの液滴から拡散してきた原子は、中心付近で出会うとそれ以上は進むことができないため、結果的に2次元成長は抑制される。このような液滴構造は、InとGaの表面拡散長の違いを用いることにより実現できた。基板温度200℃でGa安定化面上(c(4×4)表面に1.75MLのGaを供給することにより形成)にInを2.5ML供給した後のSEM像(a)、さらにその上に50MLのGaを供給した後のSEM像(b)をFig.2にしめす。供給速度はIn : 3.0ML/s、Ga : 1.5ML/sである。50MLのGaを供給する前と供給した後では、液滴の密度が2.5×109/cm2から2×1010/cm2と明らかに増加していることが分かった。これは、Gaの表面拡散長が短いためにIn液滴の近くに供給されたGa液滴はInGa液滴となるが、In液滴の間でも新たな核発生を起したためであると考えられる。このようにして、Fig.1に示す液滴の構造が形成される。この液滴に基板温度200℃においてAsを照射して結晶化した後に、さらに結晶性を改善するため、As雰囲気下において基板温度を500℃まで昇温して40分間アニールを行った。その結果、Fig.3(a), (b)に示すように、結晶化直後はクレーター状の激しい凹凸が観察されたのに対して、アニール後は基板表面がほぼ平坦化している様子が観察された。この時、前記のメカニズムによりIn液滴の2次元成長は抑制されていると考えられる。

 次にこの構造を、平面及び断面透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した結果を示す。Fig.4(a), (b), (c)はそれぞれ、キャップ層成長前の平面TEM、断面TEM、キャップ層成長後の断面TEMである。アニール後に密度約7×109/cm2の量子ドットが面内に均一に形成し、その形状は逆ドーム型であることが分かった。また、量子ドットとGaAsの界面には結晶化温度が200℃と比較的低いにも関わらず転位は観察されず、結晶性の良好な量子ドットが形成されていることが分かった。キャップ後の2つのドット間には、S-Kモードによる成長では不可避の濡れ層は観察されないという大きな特徴をもっており、S-KモードのQDsに比べて温度特性の向上が期待できる。また量子ドットのサイズは、横30nmx縦12nm程度と見積もられた。このサイズは、一つの液滴が2次元成長を起した際に予想されるサイズよりはるかに小さいことから、前述の高密度Ga液滴の2次元成長抑制効果に加えて、Inの表面偏析の効果が結晶化及びアニール時に加わり、このようなサイズのドットが形成されることが分かった。

3.2 光学特性

 Fig.5に20KにおけるPLの励起強度依存性を示す。低励起強度では、20meVという非常に狭半値幅の発光が観察された。これは、非常に高均一な量子ドットが形成されていることを示唆している。この半値幅は、この波長域では世界最高クラスの狭半値幅である。また励起強度を上げると、量子ドット特有のδ関数的な状態密度に起因する新たなピークが観察された。

 次に量子ドットのサイズを正確に見積もるために、強磁場でのPL測定を行った。量子ドットによる閉じ込め効果に比べて磁場による閉じ込め効果が強くなると、フォトルミネッセンスピークのシフトはランダウ準位的に磁場に比例してシフトをする。そのため、2乗に比例する領域(QDによる閉じ込めが支配的)から1乗に比例する領域(磁場による閉じ込めが支配的)へ遷移する磁場から、量子ドットのサイズを決定することができる。40Tまでの強磁場下でピークエネルギーシフトを測定した結果をFig.6に示す。30T以上では明らかに磁場に比例してシフトしていることが観察されたので、30T以上の結果を直線でフィッティングして、フィッティングラインと実験データの差をプロットすることにより遷移領域を調べた。その結果、25T付近で明らかにフィッティング直線からずれていることが観察された。25Tにおけるサイクロトロン半径はrc=(h/eB)1/2から5.1nmと計算され、量子ドットの面内の実効的なサイズはこの2倍の約10nm程度であることが分かった。これは、断面TEM観察された半球型の量子ドットの内部でさらに、Inの組成分布または歪みの分布があることにより、キャリアーが観察されたよりもさらに小さい領域に閉じこめられていることを示している。

5.まとめ

 液滴エピタキシー法を改良した新しい量子ドット作製法を開発した。表面拡散長の違いを利用することにより形成された高密度Ga液滴が2次元成長を抑制し、さらにInの偏析効果が加わることにより、結晶性が良く、かつ均一性の高い量子ドットが形成できることを見出した。また表面再構成を制御することにより、従来のS-Kモードによる方法では不可避であった濡れ層の形成の抑制に初めて成功し、濡れ層によるドット間結合のない純粋な量子ドットを自己組織的に作製する手法を確立した。本研究により新しい自己組織化による量子ドット作製法が確立された。この成果は量子ドットの光物性の研究において、またデバイス応用において大きなインパクトを与えたものと考えている。

5.引用文献

1) Y. Arakawa et al., Appl. Phys. Lett. 40 (1982) 939. 2) N. Koguchi et al., Jpn. J. Appl. Phys. 32 (1993) 2052. 3) T. Mano et al., Jpn. J. Appl. Phys. 39 (2000) 4580.

6.発表状況

1) T. Mano, et al., Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 38 (1999) pp. L1009-L1011 "New Self-Organized Growth Method for InGaAs Quantum dots on GaAs (001) using Droplet Epitaxy" 2) T. Mano, et al., J. Crystal Growth 209, (2000) p. 504-508 "Fabrication of InGaAs Quantum Dots on GaAs (001) by Droplet Epitaxy" 3) T. Mano, et. al., Physica E7 (2000) p. 448-451. "Magneto-Photoluminescence Study of InGaAs Quantum Dots Fabricated by Droplet Epitaxy" 4) T. Mano, et al., Appl. Phys. Lett. 76, (2000) 3543-3545. "Nanoscale InGaAs concave disks fabricated by heterogeneous droplet epitaxy" 5) T. Mano, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 39, (2000) 4580-4583. "In As Quantum Dots Growth by Modified Droplet Epitaxy Using Sulfur Termination" 6) T. Mano, et al., J. Korean Physical Society 38, (2001) P. 401-404. "Transmission electron microscope study of InGaAs quantum dots fabricated by SPEED method" 7) T. Mano, et al., J. Crystal. Growth in press "Indium segregation in the fabrication of InGaAs concave disks by Heterogeneous Droplet Epitaxy" 8) 間野 他、表面科学第21巻(2000)107-113. 「InGaAs量子ドットのSPEED法による作製とその光学特性」9) W. C. Lie, and, T. Mano, et al., Submitted to J. Cryst. Growth in press, "Theoretical study of embedded InAs quantum dots in GaAs"

Fig.1 Schematic illustration of InGaAs QDs formation.

Fig.2 HR-SEM images of (a) In on GaAs and (b) In+Ga on GaAs surfaces.

Fig.3 HR-SEM images (a) after crystallization and after annealing.

Fig.4 TEM images

a : Plan-view b, c : Cross-sectional view

Fig.5 PL spectra of InGaAs QDs.

Fig.6 Change of PL peak position as a function of applied magnetic fields.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、新しい液滴エピタキシー法を開発し、優れた特性を持つ半導体量子ドットデバイスへの実現の可能性を切り拓いたものとして高く評価された。

 論文の審議に関しては、主に以下の2項目に関して集中的に行われた。

1)成長機構の考察

 本成長法の成長機構は、メゾスコピックなサイズにスケールでの表面偏析、再蒸発、相互拡散等の組み合わせに基づいておりその理解というのは、非常に困難である。この点に関しては、その場観察は既存の技術では不可能である。そこで、本論文では詳細な発光特性の成長条件依存性、電子顕微鏡観察の結果をもとに考察を行い、非常に明確で妥当な成長機構を提唱した。この機構は、InAs-GaAs系において報告されている相図などと定量的にもかなりよい一致を示すことが分かった。このように、成長機構に関して、十分な理解が得られていることが示された。成長機構については、シミュレーションなどさらなる研究の進展の必要性を指摘された。

2)量子ドットからの発光特性及びその応用の可能性

 新しい作製法による量子ドットの発光特性に関しては、様々な手法を用いて評価を行い、その発光特性の温度依存性、偏光特性に基づく電子状態等が明らかにされた。これらの知見により、量子ドットデバイスの大幅な特性改善が期待されることが示された。それぞれの特性の起源についても、成長機構や電子顕微鏡観察結果などとの比較により定性的に示された。今後、デバイス試作等を行い実際に特性の検証が期待されるというコメントを頂いた。

 以上の2点に関して、本論文では現時点で十分な対応と検討がなされていること、また将来への展望に関しても明確な方向性を示していることが審査会で示された。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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