学位論文要旨



No 116670
著者(漢字) 喜多,浩之
著者(英字)
著者(カナ) キタ,コウジ
標題(和) 金属−シリコン溶液を用いた太陽電池用多結晶シリコン薄膜の新規製造プロセス
標題(洋)
報告番号 116670
報告番号 甲16670
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5082号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 高橋,宏
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 助教授 大久保,達也
内容要旨 要旨を表示する

 太陽電池を量産する上で,最も有望な材料はシリコン(Si)である。単結晶・多結晶・アモルファスの3種類のシリコンの中でも,高い変換効率と低いコストを両立する可能性があることが特徴である。多結晶Siの製造方法は,現在のキャスト法と呼ばれる方法に代わって,薄膜状に製造する方法が注目されている。低コストな多結晶薄膜を製造するために,高速で簡易な製造プロセスが要求されているが,その一方で,得られる太陽電池の性能は製造した薄膜の膜質,特に粒界や結晶内部の微小な構造欠陥や不純物の濃度によって左右されるため,高品質な膜が必要である。

 このような膜質の多結晶Siを製造する方法のひとつに,溶解析出法が挙げられる[1][2]。低融点の金属を溶媒にしてSi溶液をつくり,これを冷却することでSiを析出させる方法である。大きな粒径で低欠陥密度の結晶を比較的容易に得やすい液相法でありながら,Siの融点に比べてはるかに低温で製造できる点が特徴である。しかし,この方法にはSi以外の材料を基板にして連続膜を製膜することが困難という問題がある[2]。低コストに製造を行うには,低コスト基板を使用する必要があり,そこで本研究では,温度勾配を利用した成長を行うことでこの問題を解決することにした。

 本研究で提案する新規製造法は,一方向の温度勾配下に置かれた低コスト基板上の金属−Si溶液を,基板ごと低温側へ向けて移動させることによって,低温側から順にSiの析出を起こさせる手法である。このとき,先に析出したSiが種結晶の役割を果たすので,基板上での核発生の制御の必要がないと考えられる。本研究は,この原理を用いた結晶成長の機構を把握することでこの製造プロセスの可能性を示し,さらにそのコスト評価を行って有効性を示すものである。本研究では,結晶成長の機構を,(1)異種基板上での初期成長過程と,(2)その後の結晶成長過程,の2つの過程にわけて検討することとした。

 尚,本研究では金属溶媒にCuを用いることにした。この手法で成長するSi薄膜には金属が不純物として混入して太陽電池性能に影響を与えることが問題となるのであるが,成長後の熱処理によってCuは薄膜から容易に除去できるために問題にならないと考えられる上,低コストな材料であるためである。

(1)異種基板上で連続膜を成長させる方法

 異種基板上で成長を行う上で検討すべきことは,濡れ性の低い基板上に連続膜をつくるための方策である。これには,種結晶を基板上に制御よく埋め込む方法と,化学的に基板とSiの親和性を高める方法の2つがあり,本研究ではそれぞれの方法について実施可能であることを示した。

 まず,種結晶を埋め込む方法として,本研究ではSi/SiO2パターン基板を利用した成長を検討した。これはSiウェーハ上に形成した熱酸化膜の一部をフォトリソグラフィー法によって除去してSiを露出させたものである。この基板上では,露出したSiを種結晶として成長が起こり,それが繋がることによってSiO2膜上でありながら連続膜を形成することが期待される。

 単結晶Si<111>ウェーハ上に0.5μmの熱酸化膜を形成し,200μm間隔に200μm幅のラインを引くストライプパターンと,20μm間隔に20μm幅のラインを引くストライプパターンを使い,これらの基板上で1000℃のCu-Si溶液を800℃以下まで降温する実験を行った。前者の基板上の成長は,Si露出部からの選択的なSiの成長を確認できたが,それぞれの種結晶からの成長部分が繋がるには至らなかった。しかし,後者の基板上では,Siの連続膜が形成されることが確認され,この手法が,SiO2上で溶解析出法を行う方法のひとつとなることが示された。

 次に,化学的にSiO2基板とSiの親和性を高める方法として,Cu-Si溶液に少量のAlを添加してSiO2とAlを反応させることを考えた。石英ガラスと,Alを加えたCu-Si溶液を900℃で接触させ,これを冷却する実験を行ったところ,石英と溶液固化層の間に,Siの連続膜が成長することが確認された。

(2)Si上での結晶成長機構

 次に,温度勾配下におかれた結晶の安定形,および成長形を決定する因子を解明と結晶成長機構の検討を行った。温度勾配をつけた基板上での成長を行うのと平行して,拡散機構支配のモデルシミュレーションを行って両者の比較を行った。解析を単純化するためにSiの単結晶基板上での成長について検討することとした。

 厚みが200μmのSi基板上に厚さ80μmのCuシートをおいて加熱することでCuが基板表面のSiを溶解し,Si上にCu-Si溶液が乗った状態とする。長さ30mmの基板上に100℃の温度差をつくることができる加熱装置を使用した。まず,高温側930℃,低温側830℃の温度分布をつくって1hr保持後急冷固化,および5hr保持後急冷固化した試料をつくり,それぞれの断面を観察して,温度勾配の方向のSiの厚みの分布を調べ,結晶の形状を検討した。その結果,高温側でSiが薄く,低温側で厚くなる形状であり,5hr保持することでその傾向がさらに強くなることが分かった。図4-(a)は横軸を温度勾配方向の位置,縦軸をそれぞれの場所でのSiの厚みを示している。1hr保持後から5hr保持後への形状の変化は,水平方向の溶液内のSiの拡散によるものと考えられた。高温であるほど溶液中のSiの溶解度は高いので,高温側と低温側では溶液中のSiの濃度が異なっている。高温側で溶解して低温側へ輸送され,低温側で成長が起こるのである。

 そこで,このような拡散支配を前提としたモデルで数値シミュレーションを行った。溶液内の2次元の拡散(温度勾配方向,溶液深さ方向)のみを考慮し,固液界面における溶解平衡を境界条件とした。溶液層の厚みが小さいので対流の影響は無視した。拡散係数は,純物質(Si, Cu)それぞれの融点異常の融液に対する粘度の温度依存データを元にして,推定した。その結果,実験で観察された高温側から低温側へのSiの輸送の効果は再現されなかったが,推定された拡散係数を5倍した値へと変えたところ,よく一致した(図4-(b))。この食い違いは拡散係数の推定精度が低いためである。

 次に,高温側980℃,低温側880℃と温度勾配をつけて1hr保持した試料を,温度勾配を変化させずに0.1℃/sec,0.05℃/sec, 0.01℃/secの3つの異なる降温速度で冷却しSiを析出させた試料の断面を,先ほどと同様に観察した。この結果を図5-(a)に,また拡散支配モデルの数値シミュレーションの結果を図5-(b)に示す。シミュレーションには,図4で求めた,修正された拡散係数の値を導入してある。両者はよく一致し,このモデルによって結晶の成長形が説明されることが確かめられた。図5をみると,ゆっくりと冷却した場合には図4と同様の温度勾配方向に沿ったSiの拡散による移動と,Siの析出が平行して起こり,また0.05℃/secと0.1℃/secの結果が殆ど一致することは,溶液中の拡散が十分に速いためにこの成長速度領域では溶液中でSiの過飽和度が十分に小さくなり,差が現れなかったものと考えられる。

 シミュレーションの結果によれば,実験よりもさらにはやい0.5℃/secの冷却を行っても,溶液中の過飽和度は0.1%以下に抑えられるので,これを製造条件の前提とする。8m幅の成長領域をつくり,25℃/mとすれば,20mm/secが可能になる。即ち,結晶の成長表面の進行は0.1μm/sec程度であっても,基板が成長領域を通過する速さは大きくすることができ,高速製膜プロセスなり得るのである。

 以上(1), (2)の検討から本研究で提案するプロセスが実施可能であることが示された。そこで,この方法を用いた生産設備を設計した場合のコスト推定を行った。コスト計算には,投入原材料,電力,設備,建屋,人件費,の5項目を考慮した。製造する薄膜の厚さを50μmとし,得られる太陽電池セルの変換効率を20%として1GWp/yの規模で製造する場合を想定したプロセスを設計し,その薄膜製造コストを算出することとした。

 製膜にはAlとSiO2との反応によるSiO2上の成長を応用し,また25℃/secの温度勾配を20mm/secで通過する製造速度を前提とした。アルミナ基板の上にゾルーゲル法によってSiO2膜を形成し,この上で製膜を行った後,アルミナ基板とSi薄膜は分離し,アルミナ基板を回収・再利用することとした。また,使用後の溶媒は固化する前に分離・回収して利用率95%で再利用する。製造されたSi薄膜はHF溶液で洗浄し,最後に,薄膜中に取り込まれたCuを除去するためのゲッタリング工程を経て薄膜製造が完了する。まずそれぞれの工程に必要な設備と電力を推定し,設備費の年経費率を15%とした。建屋建造には25万円/m2がかかるものとし,この年経費率を15%とした。人件費は6百万円/人・年とし,4直3交代で10人の作業員が必要であるものとした。計算の結果,薄膜製造コストは8.5/Wpと推定され,現状のキャスト法による基板製造コストh/Wp[3]に比べ大幅に低減できることが示された。コスト因子として大きいものは投入原材料費であり,高純度Si原料のコストが1/4以上を占めた。

 以上の検討の結果から,本研究の製造プロセスが,太陽電池用多結晶Si薄膜の製造プロセスとして有望であることが示された。

参考文献

[1] T.H. Wang, T.F. Ciszek, C.R. Schwerdtfeger, H. Moutinho, R. Matson, Solar Energy Mater. Solar Cells, 41/42 19 (1996)

[2] Z. Shi, T.L. Young, G.F. Zheng, M.A. Green, Solar Energy Mat. Solar Cells, 31 51 (1993)

[3]「太陽光発電技術の評価II」CO2と地球環境問題研究会(代表 小宮山宏)(1997)

図1 Cu溶媒を用いた製造プロセスの概念図(温度帯を固定し,矢印方向に基板ごと移動する)

図2 石英上に成長したSi連続層

図4 昇温後保持した実験でのSi厚みの変化 (a)実験 (b)モデルシミュレーション

(横軸左端が高温端,右端は低温端,930℃-830℃で保持)

図5 高温域でのSi厚みの変化 (a)実験 (b)モデルシミュレーション

(横軸左端が高温端,右端は低温端,980℃-880℃→900℃-800℃へ冷却)

表1 コスト推定の結果

審査要旨 要旨を表示する

 太陽光エネルギーは,クリーンで無尽蔵であることから自然エネルギーとして最も注目されているが,その有効な利用のためには低コスト且つ高効率な太陽電池を大量生産して広く普及させることが必要であり,そのような太陽電池の材料として有望なのが多結晶薄膜Siである。大幅な低コスト化が望まれており,その一方で高品質な多結晶薄膜が必要であり,これらを両立する製造法の開発が不可欠である。低融点金属とSiの溶液からSi結晶を成長させる溶解析出法は,低温でありながら液相成長法であるので高品質な薄膜を低コストに製造する可能性のある手法である。しかし従来の溶解析出法では高価な結晶Siを基板とし,製膜速度も小さい。工業化のためには低コスト材料を基板に用いた高速製造プロセスとすることが重要である。本論文は,「金属−シリコン溶液を用いた太陽電池用多結晶シリコンの新規製造プロセス」と題し,温度勾配を利用した溶解析出法によって,高品質な薄膜を低コストに製造する新しいプロセスを提案し,その実現可能性を検討したものであり,全部で7章からなる。

 第1章では,太陽電池用多結晶Si薄膜の重要性と要求される特性を整理し,新たな製造プロセスの必要性について述べるとともに,本論文で提案する新しい製造プロセスの特徴を説明している。溶解析出法の工業化のためには低コスト材料を基板とした高速な連続製膜を行うことが重要であり,そのためには,温度勾配下で製造するプロセスが相応しいことを述べている。

 第2章では,Si以外の材料を基板とした温度勾配下での溶解析出法の実験の結果から,本製造プロセスの実施上の問題点を把握し,本論文で解明すべき論点を整理している。これらの検討からSi以外の材料の基板上で低い過飽和度でSiを成長させるための方策と,そのSi結晶が金属−Si溶液中で成長する機構を把握すること,の2点が重要であることを明らかにした。

 第3章では,本製造プロセスの溶媒金属としてCuが最も優れた溶媒であることを示した。また,成長した薄膜へのCu混入による影響の定量化と,その対策の検討を行っている。Si中に異なる濃度でCuが混入したときのキャリア寿命の変化から太陽電池性能への影響を明確化し,次にゲッタリングと呼ばれる不純物除去法の適用によりキャリア寿命が向上することを確認し,Cuの混入による太陽電池性能への影響を抑制することが可能であることを示した。

 第4章では製膜実験と計算による製膜のシミュレーションの比較によって,本論文の製造プロセスにおける薄膜成長機構を解明し,高速な連続製造法の可能性を示している。温度勾配下におかれた溶液が冷却されるときの結晶成長速度は,温度分布によって生じる濃度分布を考慮し,固液界面において過飽和度をゼロとする境界条件での溶液中のSiの拡散によって支配されていることを示した。また,このモデルの計算結果から,高速な連続製造プロセスが実現できる可能性を示した。

 第5章では,本論文の製造プロセスへの低コスト基板の使用可能性を検討するために,Si以外の材料を基板とする成長方法について具体的に2つの方策を示している。第一は種結晶を制御よく緻密に配置する方法であり,Siが部分的に露出したSi酸化膜上で,Cu-Si溶液からSiの連続膜を製膜可能であることを示した。第二は基板とSiの化学的親和性を高める方法であり,AlによるSiO2の還元反応を利用して,Alを添加したCu-Si溶液からSiO2基板上にSiの連続膜が成長することを示した。

 第6章では前章までの検討結果に基づいて製造プロセスを具体化し,その設計に基づいて薄膜製造コストおよび薄膜製造エネルギーの評価を行っている。従来のキャスト基板製造法を適用した場合に比べて製造コストを20分の1に,製造エネルギーを10分の1に低減することが推定され,本論文の製造プロセスの優位性を示した。

 第7章は,研究成果のまとめである。

 以上,本論文は金属−Si溶液を用いたシリコン薄膜製造法について結晶成長機構を解明するとともに,太陽電池用のSi薄膜の新規製造プロセスとして応用可能であることを明らかにしたものであり,化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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