学位論文要旨



No 116674
著者(漢字) 小野寺,正徳
著者(英字)
著者(カナ) オノデラ,マサノリ
標題(和) 可逆的インターコネクションのワイヤボンディングへの導入とチップサイズパッケージの開発
標題(洋)
報告番号 116674
報告番号 甲16674
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5086号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 市野瀬,英喜
 東京大学 助教授 伊藤,寿浩
内容要旨 要旨を表示する

 接合と分離が自由に行えるような接合手法は「可逆的インターコネクション」と呼ばれている。可逆的インターコネクションは工業製品の再資源化,リサイクル・リユース性を向上させるために接合界面で分離できるようにデザインした接合法であり,環境調和型技術の一手法と位置付けられている。可逆的インターコネクションの研究領域や応用分野は近年になって徐々に広がりつつあるが,実際にこの手法が実際の製品の製造に適用され,実用化されるまでには至っていないのが現状である。

 昨今ではチップサイズパッケージ(CSP)と呼ばれる,チップサイズに限りなく近づけたLSIパッケージが開発されており,パッケージの小型・薄型化の流れに乗って,中継基板をパッケージ内部から省いたCSPがいくつか報告されている。例えばBCC(Bump Chip Carrier)と呼ばれるパッケージでは,製造工程中でインタポーザ基板をパッケージから省く手段としてエッチング溶解法を採り入れている。この技術は工程としては非常にシンプルであるが,エッチングのための薬液や装置が必要であり,排気や廃液の処理を考慮した工場の整備を必要とする。さらにエッチングにより発生する金属汚泥はリサイクルすることが困難であるため,環境に与える負荷は必ずしも小さいとはいえない。

 そこで本研究では,微細ピッチが実現可能な新しいインタポーザレスCSP構造を提案し,インタポーザ基板をエッチング溶解でなく機械的な引き剥がしにより除去する工程を実現するために,ワイヤボンディングの分離技術の開発を行った。そして,この技術をCSPの製造工程に応用することを目的とした。

 本論文は全9章で構成される。

 第1章では緒論,第2章では研究方法について述べた。

 第3章では,引き剥がし法を適用するCSPをエッチング溶解法により試作し,端子ピッチ0.3mm以下の微細ピッチCSP構造を提案した。ここではAuボールバンプを初めてLSIパッケージの外部実装端子として採用し,ボンディングワイヤの先端ボールとボールバンプを直接接続する技術を開発した結果,端子ピッチの微細化を実現することができた。このCSP構造を具現化したことにより,基板の除去工程以外の工程が技術的に問題がなく,引き剥がし法の確立次第でCSPの製造が可能であることを示すことができた。

 第4章,第5章では,CSPの製造に用いるテンポラリ基板を選定するために,Auワイヤと接合する相手としてAg/Cu合金基板とCu合金基板を取り上げ,ボンディング部における分離性を検討した。分離性の検討方法としてはワイヤの分離実験を取り入れ,チップを用いずに基板に対してワイヤボンディングを行ったのち,ボンディング面のみ片面モールド成型した試料を作製し,成型体を下にした状態で成型体を固定しながら基板を成型体の鉛直方向に反らせ,双方を完全に分離させることによって接合界面で分離できたか否かを調査した。第4章ではAg/Cu合金基板の検討を行い,Ag/Cu合金基板への接合では接合パラメータ,特に超音波出力と歪み量(ボンド荷重)をコントロールして周縁接合を意図的に作ることにより,分離可能な接合が得られることが明らかとなった。Auワイヤの分離歩留りは,ボールの歪み量が小さくなるほど,すなわち接触面積が小さくなるほど高くなるわけではなく,分離に適した歪み量の範囲が存在する可能性が示唆された。さらにAuワイヤの分離歩留りは,上記の範囲の歪み量で,かつ接合エリアの周縁で接合された場合が最も分離歩留りが高く,これらの接合状態は超音波出力が小さいほど得られやすいことが明らかとなった。さらにこの周縁接合では,接合界面で生成されるエアギャップ(非接合エリア)が実質的な接合面積の低減化を担っていることが確認された。第5章ではCu合金基板の検討を行い,Cu合金基板への接合ではAl電極へのワイヤボンディングで見られるような新生面の生成過程を伴わず,Cu酸化膜と直接接合していることが確認された。さらに,接合後にモールド成型したものに対して熱処理を行うことによって,ワイヤの分離性が向上することが明らかとなった。これは,接合界面のCu合金側で脆い反応層が成長したことに起因し,モールド樹脂中に含まれる難燃剤成分が脆い反応層の生成に寄与していた可能性が示唆された。以上の検討結果から,CSPの製造に使用する基板としてAg/Cu合金基板を選定するに至った。

 第6章,第7章では,CSPの工程設計と基板の最適化を行う目的で,工程中でワイヤボンディング工程の前後に曝される熱工程の影響を検討した。第6章では,Agめっき/Cu合金基板とAuワイヤの接合対についてワイヤボンディング前の熱処理による分離性への影響を調べた。その結果,ワイヤボンディング前に熱処理を行うことによりワイヤの分離性は向上するが,逆に接合性は低下し,未着不良が発生しやすくなることがわかった。基板のCuがAgめっき中を拡散し,表面でCu (OH)2やCuCl2などの結合状態を作りながらAgめっき表面で濃化することが,接合性が低下する原因であることが示された。Agめっき厚が薄いほどCuの濃化が顕著になり,熱処理時間が短くても接合性に影響を及ぼしやすくなることから,Agめっき厚を,検討したサイズの中で最も厚い5μmとした。一方第7章では,ワイヤボンディング後の熱処理による分離性への影響を調べた。その結果,低い接合温度ではボールの変形量が抑えられ,Au-Ag化合物が形成される接合面積も必然的に小さくなるため分離性が高くなること,ワイヤボンディング後に熱処理を行うと固溶反応が進んで接合強度が増加するため,分離性が低下することなどが明らかとなった。これらの結果を踏まえて,接合温度をより低温で,かつ未着不良が発生しない423Kとし,分離工程をモールド成型直後,すなわち長い加熱環境に曝されるモールドキュア工程の直前に置くこととした。

 第8章では,これまでの研究をもとにインタポーザを機械的に引き剥がして取り除くという新しい手法を製造工程への導入し,端子ピッチ0.15mmの微細ピッチCSPを開発することができた。CSPの試作では,基板の引き剥がしにより露出したワイヤの先端ボールに対し,ワイヤバンピング法によりAuボールバンプを直接形成することが可能であることを確認し,LSIの電極パッドピッチレベルまで微細化が可能な新しい端子形成手法の確立に成功した。

 第9章は総括である。

 本論文の中で提案した環境負荷の小さい単純な機械的分離手法を製造工程に導入することにより,除去した材料のリサイクルがより容易となった。本研究で行ったCSPの開発により,可逆的インターコネクションという環境負荷の小さい手法がLSIパッケージの製造工程に適用可能であることが初めて示されたといえる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では,0.3mm以下の微細ピッチが実現可能な新しいインタポーザレスチップサイズパッケージ構造と,これを具現化するために,接合と分離が自由に扱えるような技術である可逆的インターコネクションを利用したインタポーザ分離手法を新たに提案している。そして,この実現のためにワイヤボンディングの分離技術を開発し,実際に製造工程中に導入して0.15mmピッチチップサイズパッケージの試作に至っている。ワイヤボンディングの分離技術開発のための研究では,1)ワイヤボンディング対象材料(基板)の選定,2)ワイヤボンディング条件の最適化,3)基板の最適化,4)工程構築,の4点を深耕している。

 本審査会では,そうした内容が,論文提出者により,適切な発表資料を用い,制限時間内に分かりやすく,かつ予備審査との違いを明確にしながら発表が行われた。予備審査の段階で指摘されていた事項については再実験および再検討がなされており,本論文及び発表形式が,その結果を踏まえた上で適切に訂正されていることを確認した。論文提出者の発表後に行われた質疑では,主にワイヤ接合強度の評価のために行ったせん断試験や,ワイヤボンディングの接合状態・メカニズムについての質疑応答がなされた。提出された論文においては,構成や記述表現において不適切な箇所が散見されたため,審査の中で修正を指示した。尚,指示した内容については論文中に是正されたことを後日確認した。

 論文提出者の研究で行ったチップサイズパッケージ開発の特徴は,環境負荷の小さいエコデザインの手法を初めて製造工程に取り入れたことにある。パッケージの製造では,LSI電極と外部実装端子を電気的に接続する必要があるが,接続法の一種である従来のワイヤボンディング法では接合強度や接合信頼性のみが求められていた。これに対して本論文では,分離することを前提としたワイヤボンディング方法を探求し,この実現に成功している。さらにこの方法によって,従来は化学的に溶解していた基板の除去を環境負荷の小さい機械的分離で置き換えることが可能となり,除去した材料のリサイクルが容易となった。可逆的インターコネクションはエコデザインの1つの革新的手法として期待されているものの,これまでこの手法が実際の製造に適用された例はなく,ワイヤボンディングの分離研究で得られた工学的知見を含め,工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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