学位論文要旨



No 116676
著者(漢字) 関口,大陸
著者(英字)
著者(カナ) セキグチ,ダイロク
標題(和) ネットワーク型パーソナルロボットシステム構築法の研究
標題(洋)
報告番号 116676
報告番号 甲16676
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5088号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舘,章
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 嵯峨山,茂樹
 東京大学 講師 前田,太郎
内容要旨 要旨を表示する

 近年,ヒューマノイドやペットロボット,介護ロボット等のパーソナルな人間協調・共存型ロボットが人気を博している.人間協調・共存型ロボットという名前自身が表しているように,ロボットが活躍するフィールドも,工場のラインなど,ロボットが旧来多く使用されてきた場所から,我々が普段生活している空間など,より身近な場所ヘシフトしつつある.

 大学の研究者や通商産業省(現経済産業省)などによりまとめられたアールキューブ構想も,近年見られるロボットのパーソナル化への流れの中で,ロボットを社会の中で広く利用できるようにするための一つのアプローチとして捉えることが出来る.アールキューブ(R3)の名前は,Real-time Remote Robotics(実時間遠隔制御ロボット技術)の頭文字からつけられており,R-Cubedとも表記する.アールキューブ構想は,家庭やオフィス,公共の場所など,我々の生活する社会の各所に,自由にアクセスできるロボットを配置し,電話をかけるかのような気軽さで,遠隔のロボットをあたかも自分の分身であるかのように扱う,すなわち遠隔にテレイグジスト(Telexist)可能とすることを目指す構想である.アールキューブ構想では,テレイグジスタンス(Telexistence)をキーとなる技術として用い,遠隔にあたかも自分が存在し,遠隔のロボットが自分の分身であるかのように行動することが可能である.

 アールキューブ構想に関連する研究開発の一つとして,人間協調・共存型ロボットシステム研究開発プロジェクト(HRP : Humanoid Robotics Project of MITI)におけるHRP遠隔操作プラットフォームの研究があげられる.HRP遠隔操作プラットフォームの研究において,人間型2足歩行ロボットをテレイグジスタンスにより遠隔操作可能なスーパーコックピットが開発された.スーパーコックピットは,9面の包囲型ディスプレイや外骨格型7自由度双腕マスタアームなどによって構成された特別なシステムであり,アールキューブ構想においては,トップダウンのアプローチとして位置付けられる.

 本論文では,アールキューブ構想におけるボトムアップアプローチとして,パーソナルなロボットネットワークシステムの構築手法を確立することを目的とする.すでに存在するPCなどの既存デバイスやインターネットなどの既存ネットワークインフラを活用することにより,誰もが,自由に,何時でも何処でも,気軽に使用できるパーソナルなシステムの構築を目指す.

 本論文は6章からなる.第1章では,研究の目的および背景について説明している.

 第2章では,アールキューブ構想におけるボトムアップアプローチのフレームワークとして,アールキューブ操作言語(RCML : R-Cubed Manipulation Language)の設計を行った.新たなRCMLシステムを設計するに当たって,以下に示す要求仕様を満たすべきことを,最初に明らかにした.

 ■パーソナルなシステム

 ■遠隔ロボット制御に最適な設計

 ■フレームワークとして機能

 まず,上記要求を満たすためモデルとして,Self-Descriptive Remote Memory(SDRM)モデルの提案を行った.SDRMモデルは,Remote Memory Accessモデルとイントロスペクション性を組み合わせたモデルであり,インターネットのような結合が疎であるようなネットワークに適した方法である.

 次に,提案したSDRMモデルに基づき,新たなRCMLシステムの設計を行った.新たに設計したRCML 2.0システムは,遠隔ロボットの記述言語であるRCML 2.0と通信プロトコルRCTP/2.0 (R-Cubed Transfer Protocol)およびGUI (Graphical User Interface)を定義するRXID 2.0 (RCML Extensible Interface Definition)からなる.

 RCML 2.0システムでは,まず,ロボットの制御を各ロボットが持っている変数へのアクセスと抽象化することで,SDRMモデルに基づいた設計となるようにした.ロボットが持っている変数は,ロボットの各軸に対応づけられており,ネットワークを経由してこれらの変数を書き換えることにより遠隔制御を行う.変数集合の定義は,RCML 2.0の記述によって行われ,制御に必要な情報の自己記述としてイントロスペクション性を実現する.一方,RCTP/2.0がネットワークを介して変数集合へのアクセスするためのプロトコル,すなわちRemote Memory Accessを実現するプロトコルとして機能する.さらに,ユーザインタフェースを定義するための言語であるRXID 2.0を新たに導入し,多様な使用形態への対応を図った.ユーザインタフェースに関する情報はすべてRXID 2.0で記述することにより,RCML 2.0は,純粋に制御情報を記述するための言語としてのみ使用され,ユーザインタフェースと制御情報の記述の分離が成し遂げられた.RXID 2.0で定義されるユーザインタフェースの各要素と,RCML 2.0で定義される変数集合は,RXID 2.0ファイルからRCML 2.0ファイルへの一方向リンクで結び付けられる.一方向リンクとすることで,RCML 2.0ファイルの独立性が高められ,RXID 2.0ファイルに対する変更や,新たなRXID 2.0ファイルの作成を行った場合でも,もとなるRCML 2.0ファイルを変更する必要がない.一方向リンクを活用することにより,一つのロボットに対して複数のユーザインタフェースを同時に定義する事などが可能であり,多様な使用形態への対応が容易になる.RCML 2.0およびRXID 2.0は,共にXML(Extensible Markup Language)に基づく言語とすることで,言語としての記述の容易性や拡張性等の獲得を目指した.

 第3章では,設計の検討として,新たな設計に基づいたRCML 2.0システムの実装を行った.RXID 2.0の一方向リンクを活用することにより,クライアントとしてPCに限らず,画面サイズや使用できるリソースが異なるPDA(Personal Digital Assistant)や携帯電話などにもシームレスに対応できることを示した(画面表示例:図1).

 第4章では,パーソナルロボットが人間へのインタフェースとして機能するという視点に基づき,ロボティックユーザインタフェース(RUI : Robotic User Interface)の概念を提唱し,ネットワーク環境におけるロボティックユーザインタフェースについての考察を行った.テレイグジスタンスは,マスタロボットが操作者に対するインタフェースとして働くのみではなく,スレーブロボット自身がスレーブロボットの周りにいる人に対するインタフェースとなることから,ネットワーク環境におけるロボティックユーザインタフェースであるといえる.しかしながら,従来のテレイグジスタンスの実装では,操作者への高度な臨場感の提示を前提にした手法であるため,臨場感の計測,伝送,提示を行う部分でハードウエア及びソフトウエアの負担が高くなる傾向がある.そこで,ボトムアップアプローチにおける最適なテレイグジスタンスの実装として,「オブジェクト指向型テレイグジスタンス」の提案を行った.オブジェクト指向型テレイグジスタンスは,遠隔環境をユーザの周囲に再構成するのではなく,遠隔ロボットそのものをユーザの手元に再構成する事により,より簡便にかつ直感性は維持しつつ,遠隔ロボットの制御を行うことを目指した手法である.さらに,提案したオブジェクト指向型テレイグジスタンスの手法に基づき,ネットワーク環境におけるパーソナルなロボティックユーザインタフェースの一例として,RobotPHONEの試作を行った.RobotPHONEは,ロボティックユーザインタフェースを介して,遠隔地とのコミュニケーションを行うためのシステムである.RobotPHONEでは,形状共有デバイスと呼ばれる,オブジェクト形状の同期を常に行うデバイスを用いることにより,遠隔地との形状の共有を図り,遠隔地とのインタラクションを可能とする(試作したデバイス:図2).

 第5章では,RCML 2.0システムと,ネットワーク環境におけるロボティックユーザインタフェースの統合に関する議論を行った.設計したRCML 2.0システムでは,ネットワークの両端がともにロボットであるようなマスタスレーブシステムをそのままでは扱えないため,新たにRCMLコーディネータの概念をシステムに導入した.試験的実装により,設計の確認を行い,シームレスな統合が図られていることを示した.

 第6章では,本論文の総括を行った.

 本研究では,提案したSDRMモデルに基づいたRCML 2.0システムの設計を行い,設計したシステムがネットワーク型パーソナルロボットシステムを実現する為のフレームワークとして機能することを示した.また,パーソナルなネットワーク環境における最適なロボティックユーザインタフェースを実装するための手法として,オブジェクト指向型テレイグジスタンスの概念を示し,試験的な実装により手法の有用性を明らかにした.さらに,RCMLコーディネータの導入により,RCML 2.0システムとロボティックユーザインタフェースのシームレスな統合を実現した.

図1 画面表示例

図2 試作したデバイス

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「ネットワーク型パーソナルロボットシステム構築法の研究」と題し、6章からなる。近年、ネットワークでロボットを結び、遠隔からロボットを自在に利用する所謂ネットワークロボティクスが盛んになりつつある。しかし、現在の状況は、専用の装置や回線を利用するものが大半で、パーソナルな環境でロボットを気軽に操作するための本格的な取り組みは少ない。本論文は、アールキューブ(Real-time Remote Robotics)構想の一環として、ネットワーク型パーソナルロボットシステム構築のためのフレームワークを提案し、その工学的実現に向け、設計法を明らかにするとともに、実際のシステムを構成してその効果を実証して、今後の実用と応用への道を拓いたものである。

 第1章は「序論」で、従来のテレロボティクス研究にはパーソナルなシステムとしての視座が欠落していたこと、またインターネットを利用する現在のコミュニケーションシステムでは、ロボットをインタフェースとして利用するという観点がなく、かつアドホックなシステムにとどまっている点を指摘し、本研究では、パーソナルなシステムでありながら、遠隔ロボット制御に最適なシステムで、かつ一般的なフレームワークとして機能するという三つの要素実現の重要性を説いて、それらの機能を有するネットワーク型パーソナルロボットシステムを実現するための構築法を提案するという本研究の目的と立場と意義を明らかにしている。

 第2章は、「アールキューブ操作言語」と題し、ここで提案するシステムを所謂アールキューブ構想におけるボトムアップアプローチとして位置付け、アールキューブ操作言語システム第2版を提案している。アールキューブ操作言語の背景や先行研究や類似研究の問題点を考察したあと、それを解決するための要求仕様を明らかにし、その要求仕様を満たすためのモデルとして、イントロスペクション性をRemote Memory Accessモデルに付与したモデルであるSelf-Descriptive Remote Memory(SDRM)モデルを提案している。次に、提案したSDRMモデルに基づき、遠隔ロボットの記述言語であるRCML 2.0と通信プロトコルRCTP/2.0(R-Cubed Transfer Protocol)およびGUI(Graphical User Interface)を定義するRXID 2.0(RCML Extensible Interface Definition)を提案し設計して、具体的なシステムを構築している。ロボットの制御を各ロボットが持っているロボットの各軸に対応づけられた変数へのアクセスと抽象化し、ネットワークを経由してこれらの変数を書き換えることにより遠隔制御を行う。また、ユーザインタフェースを定義するための言語であるRXIDを設けることで多様な使用形態への対応を可能としている。RXIDで定義されるユーザインタフェースの各要素と、RCMLで定義される変数集合は、RXIDファイルからRCMLファイルへの一方向リンクで結び付けられているため、RCMLファイルの独立性が高められ、RXIDファイルに対する変更や、新たなRXIDファイルの作成を行った場合でも、基となるRCMLファイルを変更する必要がない。なお、RCML 2.0およびRXID 2.0は、共にXML(Extensible Markup Language)に基づいて記述されており、言語としての記述の容易性や拡張性等が保証されている。

 第3章は「アールキューブ操作言語の実装」と題し、第2章で行ったアールキューブ操作言語の設計に基づき、実際のシステム実装を行っている。まず、設計にそった最適な実装方法に関する検討を行い、PCをクライアントとするシステムを実装するとともに、クライアントとしてPDA(Personal Digital Assistant)および携帯電話をサポートするためのシステムのシームレスな実装にも成功している。また、実装した各システムの性能評価も同時に行って提案システムの有効性を実証している。

 第4章は「ネットワーク環境におけるロボティックユーザインタフェース」と題し、パーソナルロボットが人間へのインタフェースとして機能するという視点に基づき、ロボティックユーザインタフェース(RUI : Robotic User Interface)の概念を提唱している。提案するRUIでは、遠隔環境をユーザの周囲に再構成するのではなく、遠隔ロボットそのものをユーザの手元にハードウェアとして提供する事により、より簡便にかつ直感性は維持しつつ、遠隔ロボットの制御を行うことを目指している。次に、提案したネットワーク環境におけるパーソナルなロボティックユーザインタフェースの一例として、コミュニケーションを目的としたRobotPHONEを提案し、その試作を行っている。RobotPHONEでは、形状共有デバイスと呼ばれるオブジェクト形状の同期を常に行うデバイスを用いることにより、遠隔地との形状の共有を図り、遠隔地とのインタラクションを可能とする。ヘビ型とクマ型の形状共有デバイスシステムを試作して、実験によりその有効性を実証している。

 第5章は「ロボティックユーザインタフェースとアールキューブ操作言語」と題し、第2章および第3章で扱ったRCMLシステムと、第4章で提案したネットワーク環境におけるロボティックユーザインタフェースの統合を行っている。すなわち、RCMLシステムをネットワークの両端がともにロボットであるようなマスタ・スレーブシステムにも適用するための拡張法を考案している。すなわち、ロボティックユーザインタフェースをRCMLシステムへ統合するために新たにRCMLコーディネータの概念を導入している。それにより簡単にシームレスな統合が図れることを、試験的実装を行うことにより実証し、設計の妥当性を確認している。

 第6章は「結論」で、本論文の結論をまとめている。

 以上これを要するに、本研究では、パーソナルなロボットをインタフェースとするネットワークシステムの構築法を提案し、その実現可能性を理論と実験によって体系的に論じるとともに、ソフトウェアシステムの設計法を明らかにし、実際のロボティックインタフェースのハードウェアをも構成して提案方式の効果を実証して、今後の実用と応用への道を拓いたものであって、システム情報学及びネットワークロボティクスに貢献するところが大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク