学位論文要旨



No 116677
著者(漢字) 黄,瑛
著者(英字)
著者(カナ) ファン,イン
標題(和) C型肝炎ウイルス非構造蛋白のヒト培養肝癌細胞での発現及び解析
標題(洋) Establishment and Characterization of A Human Hepatoma Cell Line Expressing Hepatitis C Virus Nonstructural Proteins
報告番号 116677
報告番号 甲16677
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5089号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 助教授 浜窪,隆雄
 東京大学 助教授 油谷,浩幸
内容要旨 要旨を表示する

 C型肝炎ウイルス(HCV)は,非A非B型肝炎の最大の原因ウイルスであり,ウイルスゲノムには9,500塩基のプラス1本鎖RNAからなるオープンリーディングフレーム(ORF, open reading frame)が存在し,そこから約3,010アミノ酸からなる前駆体蛋白質が生成する.個々の構造蛋白質と非構造蛋白質(Nonstructural Protein, NS)は,この大きな前駆体蛋白質からそれぞれプロセッシングされて産生される.また,非構造蛋白質はプロテアーゼ,ヘリカーゼ活性(NS3)とRNAポリメラーゼ活性(NS5B)を有することが示されており,遺伝子複製に中心的な役割を果たすと考えられる.ウイルス阻害剤の開発においては,これらのHCVの複製に重要な非構造蛋白質の機能的発現法が開発されていないことが大きな障壁になっている.本研究は、テトラサイクリン(Tet)で誘導されるヒト培養肝癌細胞(HepG2)を用いて,HCV非構造蛋白質を機能的に発現する系を樹立することを目的とした.

 まず野性型培養肝癌細胞(HepG2)を用いてテトラサイクリンで誘導される細胞系(HY-ToffとHY-Ton)を作製した.HY-Toff細胞ではテトラサイクリン誘導体であるドキシサイクリン(Dox)の存在下で目的遺伝子の発現がほとんど抑制された.Doxの非存在下では,目的遺伝子の発現がDox存在下にくらべほぼ300倍の誘導倍率が得られた.同様に,HY-Ton細胞はDoxの存在下で50倍の誘導倍率が得られた.この結果はHY-ToffとHY-Ton細胞系が高い誘導レベルを持ち,目的遺伝子発現を正確に調節することのできる,特に細胞毒性遺伝子の発現に有効な,安定的な細胞系であることを示している.

 双方向性テトラサイクリン誘導ベクターは,Tetオペレーター配列を含むテトラサイクリン応答因子(TRE)と,それに隣接するCMVプロモーターが逆方向に2箇所含まれている.今回この双方向性ベクターを用いて,HCV非構造蛋白質とEnhanced Green Fluorescent Protein (EGFP)の2種類の遺伝子を同時に発現できるようにコンストラクトを構築し,HY-Toff細胞に導入した.抗生物質で選択した48クローン中最も蛍光の強いクローン(HY-Toff-NS)は,全長のNS mRNAと蛋白質が大量に発現していることを認めた.Doxの非存在下で,NS3, NS4A, NS5AおよびNS5Bの発現をイムノブロットと免疫蛍光染色により確認した.この結果は,細胞内転写,翻訳が行われ,ウイルス自身がコードするプロテアーゼによってプロセッシングされた蛋白が生成されることを示している.

 このC型肝炎ウイルス非構造蛋白を発現する細胞系(HY-Toff-NS)は現在まで約8が月培養されており,しかも細胞の形は正常なままである.プロテアーゼ阻害剤N-Acetyl-Leu-Leu-Norleucinal (ALLN)はNS3蛋白のデグラデーションを抑制することが分かったが,プロテアソーム阻害剤N-Acetyl-L-Cysteine (Lactacystin)とcathepsin B阻害剤L-Isoleucyl-L-Proline (CA-074)はこの影響が見られなかった.この結果より,NS3蛋白のデグラデーションにはプロテアソームやcathepsin B以外の経路が重要と考えられる.

 C型肝炎は高率に肝癌を併発することが知られており,HCVによる肝癌発症機構の解析は治療や予防法を開発する上で重要である.このため上記の機能的なウイルス蛋白質発現が樹立された細胞を用いて,HCV NS蛋白の発現によるトランスクリプトームプロファイルの変化を調べた.HY-Toff-NS細胞を用いてDox存在下および非存在下でRNAを調整し,DNAマイクロアレイによりmRNA発現プロファイルを解析した.NS蛋白質発現により,細胞増殖や代謝関連の遺伝子が比較的強く誘導され,特にウイルス感染と発がんに関する遺伝子,例えば,alpha-antitrypsin, C-src tyrosin kinase, mammalian suppressor of sgv-1(MSS1),とcytochrome P450等の発現レベルが明らかに増加した.

 これまで述べてきた結果より,HCV非構造蛋白質を発現するテトラサイクリンにより誘導されるヒト培養肝癌細胞系の樹立は,HCV蛋白のプロセシングや成熟機構および複製機構の解明といった基礎研究面だけでなく,治療薬の開発やスクリーニングなどにも寄与できるものと思われる.

審査要旨 要旨を表示する

 C型肝炎ウィルス(Hepatitis type C Virus;以下HCVと略す)は世界で1億7千万人以上が感染していると推定され、医療上もっとも重要な感染症の一つである.C型肝炎治療薬開発の最大の問題となっているのは、培養細胞での効率よい感染系がないことである.HCVはヒトまたはチンパンジーなどにしか感染せず、しかも培養肝臓由来細胞でも増殖効率は極めて低い.

 本論文で黄は、C型肝炎の新たな治療薬開発のための基盤技術として、C型肝炎の増殖にかかわる非構造領域蛋白(non-structural proteins;以下NSと略す)のヒト肝臓癌由来細胞での包括的発現を試みてた.NS蛋白にはNS2、3、4A,4B、5A,5Bの6種類があるが、これら全部を発現すると細胞の生育が悪くなり長期維持が困難なことが報告されている.そこで黄は、遺伝子を特定の薬物不在下でのみ誘導できるシステムの開発を試みた.ヒト肝臓癌由来HepG2細胞に、テトラサイクリン誘導システムの遺伝子を導入し、極めて効率よくテトラサイクリン誘導体であるドキシサイクリン濃度を減少させると遺伝子を発現させる細胞株を樹立した.今回樹立したHY-Toff細胞はドキシサイクリンの非存在下で存在下に比べ300倍の誘導倍率がみられた.HY-Ton細胞は、逆に存在下で50倍の誘導を示した.これらの細胞は、目的遺伝子発現を正確に調節することのできる、特に細胞毒性遺伝子の発現に有効な、安定的細胞系であることを示している.

 この細胞に、双方向ベクターを用いてNS構造配列と蛍光標識発現マーカーであるEGFPを共発現させ、EGFP蛍光をマーカーに抗生物質で選択した48クローンから選択されたHY-Toff-NSは、NS全長のmRNAを多量の誘導できることを認めた.HY-Toff-NSは、特異的抗体を用いて検討したNS3, 4A, 4B, 5A, 5B蛋白も多量に発現することがわかった.この細胞は現在まで8ヶ月をこえて安定的に培養でき、NS蛋白を誘導でき、細胞の形は正常のままである.

 HCVのNS蛋白誘導にともなう細胞の変化の検索ため、DNAマイクロアレー法により、6000個以上のRNA量の変動を、NS蛋白誘導前後において検索した.その結果10種類以上の変動する遺伝子がプロファイリングされ、その中の数種の遺伝子については誘導がノーザン解析でも確認された.

 本研究による,HCVのNS蛋白群を包括的にテトラサイクリン誘導で発現するヒト培養肝臓癌由来細胞系の樹立は、HCV蛋白の発現、プロセッシングや成熟機構、複製機構の解明という基礎研究と、治療薬の開発、スクリーニングの両面に大きな寄与が期待される.

 よって本論文は、博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる.

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