学位論文要旨



No 116678
著者(漢字) プリツァナ,チョムチャン
著者(英字) Pritsana,Chomchan
著者(カナ) プリツァナ,チョムチャン
標題(和) イネグラッシースタントウイルスの遺伝子発現とウイルスタンパク質問相互作用の解析
標題(洋) Analyses on gene expression of Rice grassy stunt virus and the viral protein-protein interactions
報告番号 116678
報告番号 甲16678
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2335号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白子,幸男
 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 助教授 山下,修一
 東京大学 助教授 高野,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

 イネグラッシースタントウイルス(Rice grassy stunt virus、RGSV)は、テヌイウイルス属(Genus Tenuivirus)の一種で、2.6kbから9.8kbの6種類のRNAと分子量36kDaのキャプシドタンパク質で形成される直径6-8nmの糸状の粒子形態を持つ。自然界ではイネと媒介昆虫であるトビイロウンカの間を循環し、感染したイネは葉身が細く黄化し、分げつ数が増加し、草丈が低くなることにより、収量の減少をもたらす。主に、東アジアから東南アジアに発生するイネの重要病害ウイルスの一種である。

 ウイルスゲノムは9.8kbのRNA1、4.1kbのRNA2、3.1kbのRNA3、2.9kbのRNA4、2.7kbのRNA5、および2.6kbのRNA6から構成され、全てのRNAはアンピセンス鎖(プラス鎖RNAと相補鎖RNAの5'末端側に1つずつタンパクをコードする)として機能するものと推定される。すなわち、RNA1は19kDa(P1.19K)と339kDa(P1.339K)タンパク質を、RNA2は23kDa(P2.23K)と94kDa(P2.94K)タンパク質を、RNA3は22kDa(P3.22K)と31kDa(P3.31K)タンパク質を、RNA4は19kDa(P4.19K)と60kDa(P4.60K)タンパク質を、RNA5は22kDa(P5.22K)と36kDa(P5.36K)タンパク質を、RNA6は21kDa(P6.21K)と36kDa(P6.36K)タンパク質をコードするものと推定される。しかしながら、これら12種類のタンパク質のうち、機能が明らかなものはP1.339KウイルスRNA複製酵素タンパク質とP5.36Kキャプシドタンパク質のみである。他に、P6.21Kタンパク質は感染イネ細胞内で大量蓄積し封入体を形成することが明らかになっているが、タンパク質としての機能は不明である。

 そこで本研究では、6本のRNAにコードされた合計12種類のタンパク質について、宿主植物、媒介昆虫および無細胞タンパク合成系を用いて発現の有無を検討し、複数のウイルスタンパク質による機能複合体形成の可能性を探るため酵母2ハイブリッド系などを用いてウイルスタンパク質間の相互作用を解析した。

1.RGSVゲノムの遺伝子発現

 (i)ノーザンブロット法によるRGSV感染イネ葉およびRGSV保毒トビイロウンカ抽出液からのウイルスRNAの検出.RGSV保毒トビイロウンカを用いて接種したイネ苗(品種TN-1)を4週間網室内で育成し、RGSV感染イネ葉から全RNA分画とポリゾームRNA分画を得た。RGSV保毒トビイロウンカからは全RNA分画を得た。ノーザン解析用プローブには、12のORFに対するcDNA断片をそれぞれプラスミドにクローニングし、各ORFに対するマイナス鎖RNAをDIG rUTP存在下でin vitro転写したライボプローブを用いた。ノーザン解析の結果、イネとトビイロウンカ由来の全てのRNA試料について、全長のプラス鎖およびマイナス鎖のRNAが顕著に検出されたが、P1.19Kに対するプローブを用いた場合を除き、サブゲノムmRNAと推定される短いRNAは検出されなかった。

 (ii)P2.94K、P2.23KおよびP5.22Kの各タンパク質に対するウサギ・ポリクローナル抗体の作製とウェスタンブロット法によるRGSV感染イネおよびRGSV保毒トビイロウンカ抽出液からの各種ウイルスタンパク質の検出.P2.94Kタンパク質のN末端領域(アミノ酸配列:aa 25-142)とC末端領域(aa 581-780)およびP2.23Kタンパク質とP5.22Kタンパク質をそれぞれGST融合タンパク質として大腸菌内で大量発現させ、抗原として用いてウサギでポリクローナル抗体を作製した。さらに、P2.94Kタンパク質のC末端領域(aa 425-823)、P5.36Kキャプシドタンパク質およびP6.21K封入体タンパク質に対する抗体(国際イネ研究所G.J.Miranda博士より分譲)を実験に供試した。RGSV感染イネ葉粗汁液とRGSV保毒トビイロウンカ汁液を用いてウエスタンブロット解析した。その結果、RGSV感染イネ葉粗汁液からは、P2.94Kタンパク質およびその断片は検出されなかった。P2.23Kタンパク質、P5.22Kタンパク質、P5.36Kキャプシドタンパク質とP6.21K封入体タンパク質は顕著に検出された。一方、RGSV保毒トビイロウンカ汁液からは、P2.94Kタンパク質は検出されなかったが、約40kDaから60kDaにかけて複数の特異的なバンドが検出され、P2.94Kタンパク質の断片化が示唆された。P2.23Kタンパク質、P5.22Kタンパク質とP5.36Kキャプシドタンパク質は顕著に検出されたが、P6.21K封入体タンパク質は検出されなかった。

 (iiI)ウサギ網状赤血球ライセートを用いたウイルスタンパク質の無細胞合成.P1.19K ORFを含むRNA1の5'末端領域、全長RNA2、全長RNA5、全長RNA6をcDNA化し、T7あるいはSP6 RNAポリメレース・プロモーター下流に配置し、in vitro転写RNAをウサギ網状赤血球ライセート中で翻訳した。その結果、P1.19K ORFを含むin vitro転写RNAの翻訳効率は著しく低かった。P2.94K ORFの全長あるいはC末端側の60kDa領域を含むin vitro転写RNAからは、翻訳産物が殆ど検出されなかったが、N末端側の15kDaないしは24kDa領域のみを含むin vitro転写RNAからは予想される大きさのタンパク質が合成された。従って、P2.94Kタンパク質のC末端領域には強いタンパク分解酵素活性が存在するか、全長P2.94Kタンパク質自体が極めて不安定な構造を形成するもと推察された。一方、RNA5およびRNA6にコードされるタンパク質は、全長RNAよりも各ORFのみを含むサブゲノムRNAから10倍以上の翻訳産物が検出された。従って、少なくともRNA5とRNA6においては、RGSV感染イネおよびRGSV保毒トビイロウンカではサブゲノムRNAを介して5'末端のORFが翻訳される可能性が示唆された。

2.RGSVウイルスタンパク質間相互作用の解析

 (i)GAL4酵母2ハイブリッド実験系を用いた解析.RGSVの6本のRNAにコードされた合計12種類のタンパク質は、同一タンパク質、異種タンパク質、および宿主タンパク質と複合体を形成し、ウイルスRNA複製、細胞間移行、媒介虫伝搬、粒子形成などに機能していると考えられる。そこで、本研究では12種類のウイルスタンパク質間の相互作用をGAL4転写活性因子を利用した酵母2ハイブリッド実験系を用いて解析した。その結果、P2.23Kタンパク質とP5.22Kタンパク質では、同一分子間で強い相互作用が認められた。またP5.36Kキャプシドタンパク質同士でも弱い相互作用が検出された。それ以外のタンパク質では同一分子間、異種タンパク質間とも特異的な相互作用は検出されなかった。

 (ii)CytoTrap酵母2ハイブリッド実験系を用いた解析.GAL4酵母2ハイブリッド実験系で検出されたP2.23Kタンパク質同士およびP5.22Kタンパク質同士の相互作用を、Rasシグナル伝達経路の活性化を利用したCytoTrap酵母2ハイブリッド実験系を用い、細胞質内でのタンパク質間相互作用の有無を検討した。その結果、P5.22Kタンパク質は同一分子間で強く反応し、Rasシグナル伝達経路を活性化した。一方、P2.23Kタンパク質は単独で膜結合活性があることが示された。

3.ファーウェスタン法によるP5.22Kタンパク質間の相互作用の確認

 2種類の酵母2ハイブリッド実験系で同一分子間での強い相互作用が検出されたP5.22Kタンパク質について、さらにファーウェスタン法により、in vitroでの分子間結合の有無を検討した。GST-P5.22K融合タンパク質をSDS-PAGE電気泳動後、ニトロセルロース膜に転写した。アルファウイルスベクターを用いてN末端にHis x 6タグを持つP5.22Kタンパク質(P5.22K-His)をBHK21細胞内で発現させ、ニッケル樹脂を用いて精製した。SDS-PAGEから転写後のニトロセルロース膜をP5.22K-Hisで処理し、さらにアルカリフォスファターゼ標識His x 6抗体をプローブとし、基質を加えて、P5.22K間同士の反応を検出した。その結果、P5.22K-Hisタンパク質はGSTタンパク質とは反応せず、GST-P5.22K融合タンパク質とのみ反応した。2種類の酵母2ハイブリッド実験系での結果と総合し、P5.22Kタンパク質は2量体を形成することが確認された。

 以上を要するに、本研究では、RGSVの遺伝子発現様式を解析し、12種類のウイルスタンパク質間の相互作用の有無を明らかにした。特に、RNA5にコードされた22kDaタンパク質は感染イネ細胞内および媒介トビイロウンカ体内で大量に発現することから、ウイルス複製には不可欠な機能を有するものと考えられた。また、複数の実験結果からP5.22Kタンパク質は2量体を形成することが確認された。今後、さらにP5.22Kタンパク質のRGSV生活環における機能を解明する必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

 イネグラッシースタントウイルス(Rice grassy stunt virus、RGSV)は、東アジアに発生するイネの重要病原ウイルスである。自然界ではイネと媒介昆虫であるトビイロウンカの間を循環し、感染したイネは葉身が細く黄化し、分げつ数が増加し、草丈が低くなる。RGSVはテヌイウイルス属の一種で、ゲノムは6断片のambisense RNAからなり合計12個のORFを持つ。これらのORFから翻訳される推定12種類のタンパク質のうち、機能が明らかなのはP1.339KウイルスRNA複製酵素タンパク質とP5.36Kキャプシドタンパク質のみである。

 本病害の有効な防除法を確立するためには、ウイルスの遺伝子発現様式と複製機構の解明などの基礎的な研究が不可欠である。そこで本研究では、6種のRNA上に存在する12個のORFと5種類のタンパク質について、感染イネおよび保毒トビイロウンカ体内での発現の有無を調べ、無細胞タンパク合成系を用いて翻訳様式を調べた。さらに、ウイルスタンパク質による複合体形成の可能性を探るため、酵母2ハイブリッド系を用いてウイルスタンパク質間の相互作用を解析した。

1.RGSVゲノムの遺伝子発現

 感染イネ葉および保毒トビイロウンカからRNAを抽出し、ノーザンブロット法によりプラス鎖RNA、マイナス鎖RNAおよびサブゲノムmRNAの検出を試みた。その結果、イネとトビイロウンカ由来の全てのRNA試料において、全長のプラス鎖およびマイナス鎖RNAが検出されたが、サブゲノムmRNAに相当する短いRNAは検出されなかった。

 次に、RNA2およびRNA5にコードされる3種類のタンパク質に対するポリクローナル抗体を作製し、RNA5およびRNA6にコードされる2種類のタンパク質に対する既存の抗体とともに、感染イネおよび保毒トビイロウンカ抽出液から、ウェスタンブロット法により5種類のウイルスタンパク質の検出を試みた。その結果、RNA2にコードされた23kDaタンパク質は感染イネの細胞壁、オルガネラ画分、膜画分および可溶性画分の全てに検出され、保毒トビイロウンカからは約17%の個体から検出された。RNA2にコードされた94kDaタンパク質は、感染イネおよび保毒トビイロウンカのいずれからも検出されなかった。RNA5にコードされた22kDaタンパク質は感染イネの可溶性画分と保毒トビイロウンカから大量に検出され、本ウイルスの複製に重要な機能を持つものと推察された。同様にRNA5にコードされたキャプシドタンパク質も、イネおよびウンカから大量に検出された。RNA6にコードされた21kDaタンパク質は感染イネからは検出されたが、保毒トビイロウンカからは検出されなかった。

 ウサギ網状赤血球由来無細胞タンパク合成系を用いて、RNA2にコードされた94kDaタンパク質の翻訳産物を調べた。その結果、N末端側領域は合成されたが、C末端側領域を含むタンパク質は検出されず、94kDaタンパク質のC末端側領域にはそれ自体を不安低化させる要因があり、感染イネおよび保毒トビイロウンカから本タンパク質が検出できない原因となっているものと推察された。また、RNA2およびRNA5にコードされたタンパク質においては、全長RNAよりもサブゲノムmRNAに相当する短いRNAの方が翻訳効率が10倍以上も高く、RGSVのタンパク質はサブゲノムmRNAから翻訳されることが示唆された。

2.RGSVウイルスタンパク質間相互作用の解析

 合計12種類のウイルスタンパク質は、同一タンパク質、異種タンパク質、および宿主タンパク質と複合体を形成し、ウイルスRNA複製、細胞間移行、媒介虫伝搬、粒子形成などに機能していると考えられる。そこで、12種類のウイルスタンパク質間の核内での相互作用を酵母2ハイブリッド実験系を用いて解析した。その結果、RNA2にコードされた23kDaタンパク質とRNA5にコードされた22kDaタンパク質は、同一分子間で強い相互作用を示した。キャプシドタンパク質間では弱い相互作用が検出された。それ以外のタンパク質では同一分子間、異種タンパク質間とも特異的な相互作用は検出されなかった。RNA5にコードされた22kDaタンパク質は細胞質内でも同一分子間で強く反応し、さらにファーウェスタン法によりin vitroでも相互作用することが確認された。

 以上を要するに、本研究ではRGSVの遺伝子発現様式を解析しウイルスタンパク質間の相互作用の有無を明らかにした。本論文は、RGSV病害の有効な防除法確立に有用な新知見を多く含むものであり、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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