学位論文要旨



No 116679
著者(漢字) 賈,華
著者(英字)
著者(カナ) ジァー,ファー
標題(和) AHP転換ルールを用いたCAモデルによる土地利用転換に関する研究:中国江蘇省の南部地域を事例として
標題(洋) Research on Land Transformation Through the Integrated CA Model with AHP-Derived Transition Rules : exemplifying the southern part of Jiangsu province, China
報告番号 116679
報告番号 甲16679
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2336号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 柴崎,亮介
内容要旨 要旨を表示する

 中国江蘇省南部は経済開発地域の一つである。産業および商業が盛んであることから、無秩序な都市的拡大が発生しており、多くの優良農地が損失している。このような農地を対象とした大規模な都市的開発の進行によって、大気との相互作用および生物の多様性に負の影響を及ぼすことが懸念されている。その対策として農村地域への都市形態の急激な浸透を少なくすることが肝要であるが、一方で、土地利用転換において、土地利用や土地被覆の経年変化を考慮した土地開発シナリオを構築することが緊急の課題となっている。

 本研究は、AHP(Analytical Hierarchy Process)転換ルールによるGIS(Geographic Information System)とRS(Remote Sensing)を連結したCA(Cellular Automata)シミュレーションモデルを開発し、このモデルを中国江蘇省南部の土地利用転換に適用することを目的としており、以下の4つの課題について検討した。

 (1)CA-MCE(Multicriteria Evaluation)モデルを開発する。

 (2)対象地域において、1990年から1995年までの土地利用転換メカニズムを社会・経済的視点、環境および政策の視点から明らかにする。

 (3)様々な人口増加および経済発展を想定し、1995年から2020年までの土地利用転換シナリオをシミュレーションする。

 (4)水稲供給の観点から、1995年から2020年までの土地利用転換シナリオのシミュレーションの持続性を検証する。

 本研究での土地システムの前提条件として、開放、複雑かつ自己組織型土地システムであると仮定している。また、そのシステムの開発に際し、最も大事なことはシミュレーションの意思決定者との相互作用である。従って、シミュレーションの遂行は単純に視覚化するだけではなく、非空間的意思決定と空間形態の関係を結ぶことにある。その点、CAシミュレーションは、全種類の自己組織化システムの行動開発に優れた方法であるといえる。CAは本質的にダイナミックかつ効率的に計算された結果を空間的に表示でき、ダイナミックな空間的結果をモデル化することが可能である。ただし、CAシミュレーションの特徴は単に予測することではない。なぜなら、シミュレーションでは発展の形態を正確に予測することはできないからである。しかし、システム発展の本質的な質的特徴を表すことができると考える。

 本研究でのシミュレーションの目的は、論理的または、数学的に推論することが不可能な未知の結果を、事実あるいはゲーム理論を使用し、意思決定をすることであり、本モデルは以下の三つのルールとして定義される。

 第一のルールは、土地転換適用性の側面から、位置の選択確率を定義することである。土地適用性に関する評価については、影響される要因の重み付けの合計を算出し、土地適用性の評価を行った。なお、評価得点を開発確率に転換する方法には様々な方法があるが、本研究ではカテゴリー間の選択および変化については、非線形logisticモデルまたは、logitモデルを使用し、以下の三つの仮定に基づいて、logitを推定した。(1)各選択はそれらの効用を最大化する。(2)差別的な選択を行う。(3)各選択は独立している。また、本モデルは、都市的土地利用(1)とそうではない場合(0)に選択されるので、その土地状態は二つの値とした。Logistic式は以下のような確率式として表した。λの値は選択の過程を表す。

 第二のルールは、異なった開発要因について、その相対的な重要性を定義することである。本モデルでは二層からなる分析階層が構築されるが、それらの比較は、優先マトリックスAの重み付けを回復することに使用される。なお、優先マトリックスは影響要因の重み付けを計算するAHP転換の改良に使用される。この結果は、選択場所の適用性を計算するCAに使用され、その計算結果が満足できるまで、優先マトリックスは再定義される。

 第三のルールは、GA(Genetic Algorithm)を通じて実現される確率的開発を定義することである。セルにおいて、転換確率はそれより大きい場合にはセルの土地は「開発」とし、そうではない場合は「変化なし」とする。

 本研究対象地域で発生する土地利用転換の要因について、列挙し説明すると、以下のようになる。総国民生産(GDP)は国、または地域の経済の強さを表し、TVIは地域においての都市化開発の動機であり、AGGは周辺にある都市的土地利用セルの割合で、都市セルの集積を反映する指標であり、CAPは周辺にある農業的土地利用の比率であり、都市空間に開発される容量に影響を与えるPOPは人口密度で、土地転換の直接的動機になる指標であり、一番近いところにある電車の駅(SD)および道路までの距離(RD)で、交通機関の近接性を表す指標とした。

 三つのシナリオによって、中国江蘇省南部における1990年から1995年までの土地利用転換のシミュレーションを試みた。

 第一のシミュレーションでは、道路推進である近接性の役割を強調した。交通機関の近接性を増大することは、RDとSDの重み付けが大きくなることによって達成される。その結果、開発は道路(例えば、高速道路、電車の線路または、幹線道路)沿いに広がることが示唆された。

 第二のシミュレーションでは、経済の発展が土地利用転換に重要な要因であると見なした。その結果、GDPとTVIが重要な要因であるという重み付けは、経済を優先する都市であるXishan市とJiangyin市で主に発生した。

 第三のシミュレーションでは、人口の役割を強調した。その結果、都市拡大は、高い人口密度を持っているNanjing市とWuxi市で発生した。

 以上のシミュレーションによるその適用性と誘発要因の分析を通じて、人口成長と経済成長との関連がある中国江蘇省南部で発生している土地利用転換の法則性を発見することができた。と同時に、本研究によって新たに開発されたモデルによるシミュレーションの妥当性が示唆された。特に、経済の発展は人口の成長と比較すると、土地利用転換に影響を与えることが判明した。

 さらに、こうした人口成長および経済成長に関する四つのシナリオにより、中国江蘇省南部における1995年から2020年までの土地利用転換のシミュレーションを試みた。

 次に、中国江蘇省南部におけるXishan市を取り上げ、特定の産業(郷鎮企業)が都市化に及ぼす影響を考察した。都市地域の増加率と郷鎮企業の卓越性との関係を考慮すると、CA-MCEモデル転換ルールは修正され、推定値βは土地利用転換における郷鎮企業の影響を示すことが追加されることになる。三つのシナリオについて、Xishan市における1990年から1995年までの土地利用転換をシミュレーションによって検証した。

 第一のシミュレーションでは、近接性の役割を強調した。これは道路網の拡大を開発戦略として、シミュレーションする意図がある。

 第二のシミュレーションでは、都市成長の重要要因として、人口および経済の成長を使用した。その際、POP,TVIおよびGDPを高い重みづけとして選択し、推定値βについてはそれぞれ異なる値を用いた。その結果、Dongting村とLuoshe村等では、鉄鋼産業および機械産業が主に都市成長を促していたことが判明した。

 第三のシミュレーションでは、中央市街地の建設政策について行った。Xishan市の報告によると、中央市街地として選択された七つの市街地は都市化の進行が早く、それぞれが隣接する市街地の開発を誘発している報告されている。本シミュレーションでは、開発の推定値αの算出に際し、土地適性の評価指標してGDPを追加した。その結果、七つの市街地のひとつが土地セルとして位置している場合、αは1.8であり、他の場合は1.0であった。同時に、AGGの重みづけの増加は、都市セルが集まることを強調する役割をなしていた。こうした適用性および誘発要因の分析結果から、郷鎮企業はXishan市の柱になる産業であることが判明した。さらに、郷鎮企業の発展が、土地利用転換を多く推進していることが明らかとなった。特に、Xishan市では機械、金属および生地産業の振興が土地利用転換の直接要因であった。また、こうした異なる人口および経済発展に関する五つシナリオにより、1995年から2020年までのXishan市における土地利用転換のシミュレーションを試みた。

 本論文の最後に、2020年における土地利用転換シナリオについて、水稲供給の側面からシミュレーションを試みた。最後に、本論文で取り上げた方法論および適用性を考察した。

審査要旨 要旨を表示する

 中国江蘇省南部は経済発展地域の一つである。産業が盛んであることから、無秩序な都市的拡大よる優良農地の喪失が多くみられる。その対策として、農村地域への都市的土地利用の急激な侵入を抑制することが肝要であるが、一方で、土地利用転換において、土地利用や土地被覆の経年変化を考慮した土地開発シナリオを構築することが緊急の課題となっている。

 本研究は、階層分析法(AHP)転換ルールによる、GISとR/Sを連結した、セルオートマトン(CA)シミュレーションモデルを開発し、このモデルを中国江蘇省南部の土地利用転換に適用することを目的としている。

 本論文は8章で構成されている。第1章は、研究の背景と既往の研究、並びに本研究での目的と論文の構成について述べている。第2章では土地利用の影響ファクターを自然、社会、経済そして、政策の側面から述べている。

 第3章は、新たに構築したセルオートマトン−多規準評価(CA-MCE)統合モデルについて詳述している。CAは本質的に動的かつ効率的に計算された結果を空間的に表示することができ、動的な空間的事象をモデル化することが可能である。なお、本研究での土地システムの前提条件として、土地システムは開放、複雑かつ自己組織型であると仮定している。本モデルは以下の三つの転換ルールとして定義される。第一のルールは、土地利用転換の実行性の側面から、位置の選択確率を定義する。土地の適用性に関する評価については、影響される要因の重み付けの合計を算出し、その評価を行っている。第二のルールは、異なった開発要因について、その相対的な重要性を定義する。第三のルールは、GA(遺伝的アルゴリズム)を通じて実現される確率的開発を定義する。

 第4章、第5章及び第6章では、研究対象地域である中国江蘇省南部と錫山(Xishan)市の概要を記述するとともに、研究対象地域における土地利用転換の過程をCA-MCEモデルによって解析している。第5章は、三つのシナリオによって、中国江蘇省南部における1990年から1995年までの土地利用転換のシミュレーションを試み、その結果、人口成長と経済成長との間に強い関連を有している中国江蘇省南部において、そこで発生している土地利用転換の法則性を発見している。また、本研究によって新たに開発されたモデルによるシミュレーションの妥当性が示されている。特に、経済の発展は、人口の成長と比較すると、土地利用転換に強い影響を与えることを明らかにしている。さらに、こうした人口成長および経済成長に関する四つのシナリオに基づき、中国江蘇省南部における1995年から2020年までの土地利用転換の予測をシミュレーションによって行っている。

 第6章では、中国江蘇省南部における錫山市を取り上げ、郷鎮企業が都市化に及ぼす影響を考察している。三つのシナリオによるシミュレーションによって、錫山市における1990年から1995年までの土地利用転換を検証した結果、東亭(Dongting)村と洛社(Luoshe)村等では、鉄鋼業および機械工業が主に都市成長を促したことを明らかにしている。さらに、郷鎮企業は錫山市の柱になる産業であり、郷鎮企業の発展が、土地利用転換を著しく促進していることを明らかにしている。特に、錫山市では機械、金属および繊維産業の振興が土地利用転換を促進する直接的駆動要因となっている。また、人口規模および経済発展状況を異にする五つシナリオにより、1995年から2020年までの錫山市における土地利用転換の予測をシミュレーションによって行っている。

 第7章では、2020年における土地利用転換シナリオに基づくシミュレーションにより、主穀である米の需給関係の予測を行い、考察を加えている。

 第8章では、本研究で取り上げた方法論および異なる地域への適用性を考察し、本研究の結論をまとめている。

 以上を要するに、本研究は、中国江蘇省南部における土地利用・土地被覆の経年変化を説明する土地利用転換モデルを構築し、そこで生起している土地利用・土地被覆変化の駆動要因を考察するとともに、当該地域における土地開発シナリオの構築と、それに基づく土地利用・土地被覆変化を予測することによって、無秩序な都市的開発防止に関する政策的知見を得ている。以上の結果は、モデルを構築することを通じて、中国の都市近郊農村における農地保全のための都市成長管理に関して新しい知見を得るものであり、学術上・応用上の価値が高いものと評価できる。よって審査委員一同は、本論文は博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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