学位論文要旨



No 116681
著者(漢字) とんそん,ぶーんりっと
著者(英字) Thongsong,Boonrit
著者(カナ) トンソン,ブーンリット
標題(和) ラットの胎仔発育ならびに胎盤アミノ酸輸送に及ぼすインスリン様成長因子−Iの作用に関する研究
標題(洋) Effects of insulin-like growth factor-I on fetal growth and placental amino acids transport in pregnant rats
報告番号 116681
報告番号 甲16681
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2338号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 小川,博之
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 助教授 稲葉,睦
 独立行政法人農業技術研究機構九州・沖縄農業研究センター 畜産飼料作研究部部長 假屋,堯由
内容要旨 要旨を表示する

 インスリン様成長因子−I(insulin like growth factor-I : IGF-I)はインスリンファミリーに属する成長因子の一つで、成長ホルモン依存性に肝臓で産生され、血中に存在し、成長ホルモンの示す生理活性を仲介するとされている。しかしながら、妊娠期においては、母体血中IGF-Iは成長ホルモンに関連なく増加し、その分泌制御は視床下部・下垂体ではなく胎盤によると推測されている。また、その濃度が出生仔の体重と有意な相関を示すこと、あるいは胎盤にはIGF-Iのレセプターが多数存在することなどから、胎盤を介して胎仔発育に重要な役割を果たしていると考えられている。すなわち、胎盤における糖やアミノ酸輸送など胎仔への栄養輸送を活性化することで、胎仔発育を促進させると推測されているが、その詳細は不明である。一方、アミノ酸は胎仔の発育を考える上で最も重要な栄養素の一つで、蛋白質合成あるいはエネルギー産生の基質であるアミノ酸の母体から胎仔への輸送は胎仔発育に決定的な役割を果たしている。実際、妊娠ラットを絶食させると、胎仔血中アミノ酸濃度の低下と胎仔重量の低下が認められており、また各種動物において胎仔血中アミノ酸濃度は母体血中のそれに比較して高値を示す。したがって、IGF-Iの胎児発育に及ぼす影響を考える上では、胎盤のアミノ酸輸送との関連を明らかにする必要がある。そこで、ラットの胎仔発育ならびに胎盤アミノ酸輸送に及ぼすIGF-Iの作用について検討を加えた。一方、胎盤アミノ酸輸送は数種の輸送系を介すると報告されているが、とくに胎仔発育には体蛋白構成アミノ酸である分枝アミノ酸ならびにエネルギー源となる糖原性アミノ酸の輸送に重要なアミノ酸輸送系L−システムに注目し、その輸送担体の発現、ならびにその制御とIGF-Iとの関連についても検索した。

 まず、第1章では胎仔重量、胎盤重量、ならびに母体血中、臍帯血中、胎仔血中アミノ酸濃度に及ぼすIGF-Iの影響について検討した。妊娠ラットに合成ヒトIGF-I(1、2、および4μg/g体重)を、妊娠18日目から21日目まで、12時間おきに計6回投与し、胎子ならびに胎盤重量を測定するとともに、母体動脈血、臍帯静脈血ならびに胎子血中のアミノ酸濃度を高速液体クロマトグラフィで測定した。母体の体重増加率、摂餌量、胎仔数にIGF-I投与による影響は認められなかった。IGF-Iを1および4μg/g投与した群では、対照群(生理食塩水投与)に比較して、胎仔重量、胎盤重量、各血中アミノ酸濃度に差は認められなかった。しかしながら、2μg/g体重投与群で、胎子重量、胎盤重量に有意な増加が認められ、また胎子へのアミノ酸取り込みを表す、胎子血中/母体血中アミノ酸濃度比で、ロイシン、イソロイシン、トリプトファン、フェニルアラニン、チロシンならびにアルギニンの有意な高値が認められた。したがって、IGF-Iは胎盤のこれらアミノ酸輸送を増強させることで、胎子発育に影響を及ぼしていると考えられた。

 第2章では、胎盤微絨毛膜小胞を用いたアミノ酸輸送活性に及ぼすIGF-Iの影響について検討した。すなわち、第一章と同様に合成ヒトIGF-Iを投与した妊娠ラットから妊娠21日目に胎盤を採取し、胎盤微絨毛膜小胞を調製した。得られた微絨毛膜小胞を用いて、コラーゲンマトリックスの構成アミノ酸であるプロリン、体蛋白構成アミノ酸であるロイシン、エネルギー源となるアミノ酸であるアラニンの取り込みを測定した。いずれの用量を投与したラットから調製した微絨毛膜小胞も対照ラットから得られた小胞とマーカーとなる酵素活性、膜の方向性、精製率など、その性状に差は認められず、IGF-Iは胎盤微絨毛膜小胞の特性に影響を与えないものと考えられた。一方、微絨毛膜小胞へのアミノ酸取り込みは、検討したいずれのアミノ酸についてもMichaelis-Menten kineticsに従う飽和曲線を示した。得られた基質親和性定数(Km)ならびに最大取り込み量(Vmax)では、IGF-Iを1μg投与した群のナトリウム依存性のプロリン取り込み、ならびに2μg投与群のナトリウム非依存性のアラニン取り込みでKm値の増加が、1μg投与群のナトリウム依存性プロリン取り込みのVmaxに有意な増加が認められた。したがって、IGF-Iは胎盤のアミノ酸取り込み、とくにプロリンに代表されるアミノ酸輸送系を増強させることで、胎児発育に関連すると推測された。

 第3章では、胎盤に存在すると報告されている各種アミノ酸輸送系のうち、アミノ酸輸送系L−システムに着目し、その輸送担体のサブユニットであるLAT1 (L-type amino acid transporter 1)、LAT2 (L-type amino acid transporter 2)、ならびに膜表在性の糖蛋白で、LATのシャペロンである4F2のメッセンジャーRNAの発現を検討した。すなわち、第1章、第2章の結果から合成ヒトIGF-Iを2μg/g体重の用量で投与した妊娠ラットから妊娠21日目に胎盤を採取し、RNAを抽出した後、Reverse transcription-polymerase chain reaction (RT-PCR)法で、各mRNA発現量を解析した。各mRNAの発現量は各PCR産物を組み込んだプラスミドの標準曲線から算出した。IGF-I投与によりLAT1ならびに4F2 mRNAの発現量には対照群と差は認められなかったが、LAT2 mRNAの発現量は投与群で有意に高かった。したがって、IGF-Iは少なくとも胎盤微絨毛膜のアミノ酸輸送担体であるLAT2の発現量を増加させ、胎盤のアミノ酸輸送活性を増強させることで、胎仔発育に関連するものと考えられた。

 第4章では、IGF-IによるLAT2の転写調節領域についてChinese hamster ovary細胞(CHO-K1)を用いて検討した。まず、CHO-K1細胞のIGF-IによるLAT2 mRNAの変動を検討した。すなわち、CHO-K1細胞を500 nMのIGF-I存在下で、37℃,5%CO2の条件で1ならびに2時間培養し、LAT2 mRNAの発現量をRT-PCR法で測定した。CHO-K1細胞のLAT2 mRNA量はIGF-I添加により、いずれの培養時間においても対照(無添加)と比較して有意に増加した。ついで、LAT2遺伝子の5'側上流の単離を試みた。すなわちラットの白血球から得たゲノムDNAを4種(Dra I、Eco RV、Pvu II、Stu I)の制限酵素で切断した後、Universal Genomewalker Kitを用いて5端にadaptor sequenceを導入した。ついで、adaptor sequenceをセンスプライマーとし、LAT2遺伝子の80-104に位置する配列をアンチセンスプライマーとしてPCR法で増幅し、Pvu IIで切断した断片から最長の約2kbのPCR産物を得た。得られたPCR産物をクローニングし、LAT2遺伝子の5'側約2kbの領域を単離し、その塩基配列を決定した。つぎに、この領域について長さの異なる8種の断片を作成し、それらのプロモーター活性をsecretary alkaline phosphatase (SEAP)を用いたレポーターアッセイで検討した。すなわち、CHO-K1細胞に各断片を組み込んだプラスミドを導入し、IGF-Iの50ならびに500 nM存在下、37℃で9時間培養した培養上清のSEAP活性を測定した。検討した約2kbの転写調節領域の内、転写開始部位近傍の88 bpの領域で対照に比較して有意なSEAP活性の増加が認められ、転写開始点を1として−409までの423 bpの領域では有意な抑制が認められた。転写開始部位近傍の88 bpの領域で認められるSEAP活性は他の領域に比較すると著しく低い値ではあるものの、検討しえた5'上流2kbの転写調節領域について考えると、この領域がIGF-IによるLAT2遺伝子発現調節に関与する可能性があるものと推測された。

 以上の結果から、IGF-Iは胎盤のLシステムのアミノ酸輸送担体であるLAT2をコードする遺伝子転写を活性化し、LAT2の産生を増加させ、母体のアミノ酸輸送活性を増強させることで、胎仔発育に関連しているものと推測された。

審査要旨 要旨を表示する

 インスリン様成長因子−I(insulin like growth factor-I : IGF-I)はインスリンファミリーに属する成長因子の一つで、胎盤における糖やアミノ酸輸送など胎仔への栄養輸送を活性化することで胎仔発育に重要な役割を果たしていると考えられているが、その詳細は不明である。本論文は、ラットの胎仔発育ならびに胎盤アミノ酸輸送に及ぼすIGF-Iの作用について検討を加えたもので、以下の4章より構成されている。

 第1章では、妊娠ラットに合成ヒトIGF-I(1、2、および4μg/g体重)を投与し、胎仔重量、胎盤重量、ならびに母体血中、臍帯血中、胎仔血中アミノ酸濃度に及ぼすIGF-Iの影響について検討した。、母体の体重増加率、摂餌量、胎仔数にIGF-I投与による影響は認められなかったが、IGF-Iを2μg/g体重で投与した群では、対照群に比較して胎子重量、胎盤重量に有意な増加が認められた。また、胎子へのアミノ酸取り込みを表す、胎子血中/母体血中アミノ酸濃度比がロイシン、イソロイシン、トリプトファン、フェニルアラニン、チロシンならびにアルギニンで有意に高かった。したがって、IGF-Iは胎盤のこれらアミノ酸輸送を増強させることで、胎子発育に影響を及ぼしていると考えられた。

 第2章では、IGF-Iを投与した妊娠ラットの妊娠21日目の胎盤微絨毛膜小胞を用いてアミノ酸輸送活性(コラーゲンマトリックスの構成アミノ酸であるプロリン、体蛋白構成アミノ酸であるロイシン、エネルギー源となるアミノ酸であるアラニンの取り込み)に及ぼすIGF-Iの影響について検討した。微絨毛膜小胞へのアミノ酸取り込みは、検討したいずれのアミノ酸についてもMichaelis-Menten kineticsに従う飽和曲線を示した。得られた基質親和性定数(Km)ならびに最大取り込み量(Vmax)では、IGF-Iを1μg投与した群のナトリウム依存性のプロリン取り込み、ならびに2μg投与群のナトリウム非依存性のアラニン取り込みでKm値の増加が、1μg投与群のナトリウム依存性プロリン取り込みのVmaxに有意な増加が認められた。したがって、IGF-Iは胎盤のアミノ酸取り込み、とくにプロリンに代表されるアミノ酸輸送系を増強させると推測された。

 第3章では、胎盤に存在すると報告されている各種アミノ酸輸送系のうち、L−システムに着目し、その輸送担体のサブユニットであるLAT1(L-type amino acid transporter 1)、LAT2(L-type amino acid transporter 2)、ならびに膜表在性の糖蛋白で、LATのシャペロンである4F2のメッセンジャーRNAの発現量をReverse transcription-polymerase chain reaction (RT-PCR)法で解析した。LAT1ならびに4F2 mRNAの発現量には対照群と差は認められなかったが、LAT2 mRNAの発現量は投与群で有意に高かった。したがって、IGF-Iは少なくとも胎盤微絨毛膜のアミノ酸輸送担体であるLAT2の発現量を増加させ、胎盤のアミノ酸輸送活性を増強させると考えられた。

 第4章では、IGF-IによるLAT2の転写調節領域についてChinese hamster ovary細胞(CHO-K1)を用いて検討した。まず、CHO-K1細胞を500nMのIGF-I存在下で、37℃,5%CO2の条件で培養したところ、LAT2 mRNAの発現量はIGF-I添加により有意に増加した。ついで、LAT2遺伝子の5'側上流約2kbの領域を単離し、塩基配列を決定した。この領域について長さの異なる8種の断片を作成し、それらのプロモーター活性をsecretaory alkaline phosphatase (SEAP)を用いたレポーターアッセイで検討した。すなわち、CHO-K1細胞に各断片を組み込んだプラスミドを導入し、IGF-I 50ならびに500 nM存在下、37℃で9時間培養した。検討した約2kbの転写調節領域の内、転写開始部位近傍の88 bpの領域で有意なSEAP活性の増加が認められ、転写開始点を1として-409までの423 bpの領域では有意な抑制が認められた。転写開始部位近傍の88 bpの領域は、その活性は著しく低いものの、IGF-IによるLAT2遺伝子発現調節に関与する可能性があるものと推測された。

 以上の結果から、IGF-Iは胎盤のシステム−Lのアミノ酸輸送担体であるLAT2をコードする遺伝子転写を活性化し、LAT2の産生を増加させ、母体のアミノ酸輸送活性を増強させることで、胎仔発育に関連しているものと推測された。

 このように本論文は、獣医学上、畜産学上重要な課題である胎仔発育の制御機構の一端を明らかにしたもので、獣医学の学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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