学位論文要旨



No 116682
著者(漢字) 許,明江
著者(英字) Xu,Ming-jiang
著者(カナ) キョ,メイコウ
標題(和) マウス胎仔大動脈−性腺−中腎領域由来ストローマ細胞株によるマウスおよびヒトの未分化な造血に対する作用の解析
標題(洋) Stimulation of Mouse and Human Primitive Hematopoiesis by Murine Embryonic Aorta-Gonad-Mesonephros-Derived Stromal Cell Lines
報告番号 116682
報告番号 甲16682
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1862号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 助教授 野阪,哲哉
 東京大学 講師 前川,平
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 助教授 上妻,志郎
内容要旨 要旨を表示する

 中胚葉から発生する脊椎動物の造血機構は、最初に卵黄嚢、あるいはこれに相当する臓器に出現する一次造血と、これに引き続いて胚体内に発生する二次造血に分けられるが、鳥類や両生類では、その後の一生にわたる造血を担う二次造血は胚体内に起源を有することが示されている。一方哺乳類においては、マウスの実験から、卵黄嚢に発生した二次造血が、胎仔肝、次いで骨髄へと造血の場を移動すると考えられてきた。しかし最近になって、マウスにおいても、鳥類や両生類と同様に、二次造血は胚体内aorta-gonad-mesonephros(AGM)領域に発生する可能性が報告された。特に、長期造血再構築能を有する造血幹細胞(LTR-HSC:long-term repopulating hematopoietic stem cell)は、胎生10日のAGM領域に初めて認められ、胎生11日にかけて著明な増幅をした後、造血の場を胎仔肝に移動することが示された。このことより、胎生10〜11日のAGM領域には、造血幹細胞の発達を支持す環境が形成されていると推測されるが、その詳細なメカニズムについては全く解っていない。本研究においては、AGM領域における造血支持機構を明らかにするために、胎生10.5日のAGM領域からストローマ細胞株を樹立し、その造血能を検討した。

(方法)

1.ストローマ細胞株の樹立

 胎生10.5日のマウス胎仔(C3H/HeN)よりAGM領域組織を分離し、約0.3mmに細切した組織片を24穴プレート底に付置した。これに1滴の10%牛胎仔血清を含むαメディウムを重層した後、37℃5%CO2の条件下で1晩培養し、翌日1mlの培養液を添加した。培養1週間後には、組織片の周辺に付着細胞が出現した。組織片を取り除いて、更に1週間培養し、付着細胞0.53mmolEDTAを含む0.05%トリプシンにて処理した後、採取した。採取された付着細胞は6穴プレートで2週間培養された後、900radの放射線照射を受け、更に培養は継続された。2週間後、付着細胞はトリプシン処理にて採取された。採取された細胞は50〜100個づつに分けて24穴プレートで再び培養され、個々の穴の中で増殖した細胞群を用いて、限界希釈法によりクローニングされた。

2.ストローマ細胞の性状の検討

 樹立された細胞株は、フローサイトメトリーにより、CD34、Sca-1、c-Kit、CD3、CD4、CD8、B220、Mac-1、Gr-1、TR119、VCAM-1、PECAM-1、Eセレクチン、Pセレクチン、CD13の発現が検討された。また、RT-PCRにて、IL-3、IL-6、オンコスタチンM(OSM:oncostatin M)、LIF、G-CSF、GM-CSF、M-CSF、SCF、Flk2リガンド、TPO、IL-11等のサイトカインmRNAの発現が検討された。また、比較対象として、成体マウス骨髄細胞由来ストローマ細胞株、MS-5が用いられた。

3.ストローマ細胞の造血支持能の検討

(1)マウス造血細胞に対する作用の検討

 マウス骨髄細胞(C57BL/6)、あるいはマウス骨髄細胞から蛍光活性化細胞分離装置にてソーティングされた血球特異的マーカー陰性(Lin-)c-Kit+Sca-1-細胞、またはLin-c-Kit+Sca-1+細胞を樹立されたストローマ細胞上で培養し、コブルストーン・コロニーの形成を観察した。また、培養細胞中に含まれる造血前駆細胞を測定するために、メチルセルロースクローナル培養を、マウス(m)SCF 100ng/ml、mIL-3 20ng/ml、ヒト(h)IL-6 100ng/ml、hEPO 2U/ml、hG-CSF 10ng/ml、hTPO 4ng/ml存在下で行った。形成されたコロニーの種類と数は、培養7〜8日めに判定された。また、培養細胞中に含まれる脾コロニー形成細胞(CFU-S:spleen colonyforming unit)を測定するために、920radの放射線照射を受けたC57BL/6マウスに尾静脈から注射し、8日と12日にレシピエントの脾臓に形成されるコロニーを観察した。さらに、LTR-HSCを測定するために、培養細胞をLy-5.1コンジェニックマウスに移植し、移植後10週の末梢血中のLy-5.2発現ドナー細胞の存在をフローサイトメトリーで検討した。

(2)ヒト造血細胞に対する作用の検討

 ヒト臍帯血、あるいは臍帯血より分離されたCD34+細胞、CD34+CD38+細胞、CD34+CD38+細胞を、ストローマ細胞上で共培養した後、培養細胞中に含まれる造血前駆細胞を測定するために、メチルセルロースクローナル培養を、hSCF 100ng/ml、hIL-3 20ng/ml、IL-6 100ng/ml、hEPO 2U/ml、hG-CSF 10ng/ml、hTPO 4ng/ml存在下で行った。形成されたコロニーの種類と数は、培養12〜16日に判定した。また、LTR-HSCを測定するために、培養細胞を300radの放射線照射を受けた免疫不全NOD/SCIDマウスに移植し、移植後5週の骨髄中のヒトCD45+血液細胞の存在をフローサイトメトリーで検討した。

(結果と考察)

1.ストローマ細胞の性状

 樹立された17の細胞株のうち、14の細胞株は線維芽細胞様の形態を呈していた。残りの3細胞株はいずれも形態的には比較的大型の扁平細胞で、AGM-S1、S2、S3と名付けられた。フローサイトメトリーでは、AGM-S3細胞はVCAM-1、CD13、CD34、Sca-1を発現しており、内皮細胞に近い性状を有するものと推測された。RT-PCRでは、AGM-S3細胞は、SCF、IL-6、OSMを発現していた。

2.ストローマ細胞の造血支持能

(1)マウス造血細胞に対する作用の検討

1×105個のマウス骨髄細胞を、AGM-S1、S2、S3細胞上で共培養したところ、いずれのストローマ細胞上でもコブルストーン・コロニーが形成されたが、AGM-S1、S3細胞では、AGM-S2細胞と比較して約2倍のコロニーが形成された。また、骨髄細胞中の造血前駆細胞は、いずれのストローマ細胞株との共培養によっても増加したが、その増加率は、AGM-S1、S3細胞ではAGM-S2細胞の約5〜7倍に達した。また、AGM-S1、S3細胞との共培養ではday8CFU-S、day12CFU-Sいずれも増加した。以上の結果より、樹立されたAGM-S1、S2、S3細胞はいずれも造血支持能を有していたが、その作用はAGM-S1、S3細胞で強く、特にAGM-S3細胞は安定して維持可能であったため、多くの実験においてAGM-S3細胞が用いられた。

 AGM-S3細胞の造血支持作用の標的細胞を明らかにするために、マウス骨髄細胞からLin-c-Kit+Sca-1-細胞と未分化なLin-c-Kit+Sca-1+細胞を分画し、各々100個の細胞を10日間AGM-S3細胞と共培養した。後者の培養中には造血前駆細胞は認められなかったが、前者の培養においては、種々の造血前駆細胞、CFU-Sが著明に増幅していた。また、Ly-5.2マウス骨髄から分離した1000個のLin-c-Kit+Sca-1+細胞をAGM-S3細胞上で7日間培養した後、Ly-5.1マウスに移植したところ、10週後のレシピエントの末梢血中に、ドナー・タイプのB220+B細胞、Thy-1+T細胞、Mac-1/Gr-1+骨髄系細胞が認められた。この結果より、AGM-S3細胞は未分化な造血前駆細胞/幹細胞に作用し、その増殖を支持すると考えられた。

(2)ヒト造血細胞に対する作用の検討

 500個のヒト臍帯血CD34+細胞を、AGM-S1、S2、S3細胞、あるいはMS-5細胞上で3週間共培養し、培養細胞中の造血前駆細胞を検討したところ、いずれのストローマ細胞もその増幅を支持したが、その作用はやはりAGM-S1、S3細胞で強かった。6週間の共培養での培養中の造血前駆細胞数は、AGM-S1、S3細胞では、AGM-S2細胞、MS-5細胞の約5倍に達した。興味深いことに、後者の培養中には骨髄系前駆細胞のみが認められたが、前者の培養中には、骨髄系前駆細胞ばかりでなく、赤芽球系前駆細胞や多能性前駆細胞が多数存在した。

 AGM-S3細胞のヒト造血支持作用の標的細胞を明らかにするために、ヒト臍帯血細胞からCD34+CD38+細胞と未分化なCD34+CD38-細胞を分画し、各々500個の細胞をAGM-S3細胞上で6週間共培養した。前者と比較して、後者の培養中にはより多数の造血前駆細胞が存在し、それらには赤芽球系前駆細胞や多能性前駆細胞も含まれていた。このことより、AGM-S3細胞はヒトの未分化な造血前駆細胞にも作用すると考えられた。

 そこで、AGM-S3細胞のヒト造血幹細胞に対する作用を明らかにするために、1×106個の臍帯血単核球をAGM-S3細胞上で3週間共培養した後、NOD/SCIDマウスに移植したところ、5週間後のレシピエントの骨髄中にはヒトCD45+CD19+B細胞、CD45+CD13/CD14+骨髄系細胞、CD45+CD34+未分化細胞が存在した。この結果より、AGM-S3細胞はヒト造血幹細胞にも作用することが明かとなった。

 RT-PCRの結果より、AGM-S3細胞はSCF、IL-6、OSMを発現していたが、これらのサイトカインの組合せだけでは、AGM-S3細胞の造血支持能を再現することはできない。従って、AGM-S3細胞には検討されたサイトカイン以外の造血支持作用を有する分子(群)が発現されていると推測された。そこで、こうした分子の性状を明らかにするために、臍帯血CD34+細胞をAGM-S3細胞上に挿入されたトランスウェル上で2〜4週間培養したところ、AGM-S3細胞上で培養した場合と比較して、産生された造血前駆細胞は明らかに少なく、骨髄系前駆細胞のみで、赤芽球系前駆細胞、多能性前駆細胞は産生されなかった。この結果より、AGM-S3細胞上には、未分化な造血細胞に作用する膜結合型分子が発現されており、この分子はヒト造血細胞とも交差反応性を有すると考えられた。

(まとめ)

 胎生10,5日の胎仔マウスのAGM領域から樹立されたストローマ細胞株、AGM-S3は、内皮細胞様の性状を有し、マウスばかりでなく、ヒトの未分化な造血細胞に対する作用を有していた。この造血支持作用は、AGM-S3細胞上の未知の膜結合型分子(群)により担われていると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、胎仔マウスのaorta-gonad-mesonephross(AGM)領域における二次造血の発生機構を明らかにするために、胎生10.5日のAGM領域からストローマ細胞株を樹立し、その造血能の検討を行い、以下の結果を得ている。

1.ストローマ細胞株の樹立とその性状

 17のストローマ細胞株が胎生10.5日のAGM領域から樹立された。そのうち、14の細胞株は線維芽細胞様の形態を呈していた。残りの3細胞株は形態的には比較的大型の扁平細胞で、AGM-S1、S2、S3と名付けられた。これらの細胞株はいずれもマウスおよびヒトの造血を支持したが、その作用はAGM-S1、S3細胞で強く、特にAGM-S3細胞は安定して維持可能であった。フローサイトメトリーでは、AGM-S3細胞はVCAM-1、CD13、CD34、Sca-1を発現しており、内皮細胞に近い性状を有することが示された。

2.AGM-S3細胞の造血支持能

1) マウス造血細胞に対する作用

 AGM-S3細胞のマウス造血支持作用の標的細胞を明らかにするために、マウス骨髄細胞をlineage markers(Lin)-c-Kit+Sca-1-細胞とより未分化なLin-c-Kit+Sca-1+細胞に分画し、AGM-S3細胞と共培養したところ、後者の培養においてのみ造血前駆細胞、脾コロニー形成細胞の増加が認められた。さらに、Ly-5.2マウスLin-c-Kit+Sca-1+細胞を7日間AGM-S3細胞と共培養した後、Ly-5.1マウスに移植したところ、10週後のレシピエントにドナータイプの造血が再構築された。これらのことより、AGM-S3細胞はマウスの未分化な造血前駆細胞/幹細胞に作用することが示された。

2) ヒト造血細胞に対する作用

 AGM-S3細胞のヒト造血支持作用の標的細胞を明らかにするために、ヒト臍帯血からCD34+CD38+細胞とより未分化なCD34+CD38-細胞を分画し、AGM-S3細胞と共培養したところ、前者と比較して、後者からは多数の造血前駆細胞が産生され、それらには赤芽球系前駆細胞や多能性造血前駆細胞も含まれていた。さらに、臍帯血単核球をAGM-S3細胞上で3週間共培養した後、免疫不全NOD/SCIDマウスに移植したところ、5週間後のレシピエントの骨髄にはヒト造血が再構築されていた。これらの結果より、AGM-S3細胞はヒトの未分化な造血前駆細胞/幹細胞に作用することが示された。

3.AGM-S3細胞に発現されている造血支持分子の性状の検討

Reverse transcription-polymerase chain reaction(RT-PCR)では、AGM-S3細胞は、stem cell factor、IL-6、oncostatin Mを発現していたが、これらのサイトカインの組合せだけでは、AGM-S3細胞の造血支持能を再現することはできない。従って、AGM-S3細胞には検討されたサイトカイン以外の造血支持作用を有する分子(群)が発現されていると推測された。そこで、その分子の性状を明らかにするために、臍帯血CD34+細胞をAGM-S3細胞上に挿入されたトランスウェルで2〜4週間培養したところ、AGM-S3細胞上で培養した場合と比較して、産生された造血前駆細胞は明らかに少なく、骨髄系前駆細胞のみで、赤芽球系前駆細胞、多能性前駆細胞は産生されなかった。この結果より、AGM-S3細胞上には、未分化な造血細胞に作用する膜結合型分子が発現されており、この分子はヒト造血細胞とも交差反応性を有すると考えられた。

 以上、本論文は胎生10.5日の胎仔マウスのAGM領域から樹立されたストローマ細胞株、AGM-S3は、マウスおよびヒトの未分化な造血前駆細胞/幹細胞に対する作用を有していることが明らかとなった。本研究により得られた成果は、胎仔マウスのAGM-S3細胞における二次造血の発生機構の理解に大きく貢献するものであり、また、将来的にはヒト移植造血幹細胞の増幅に応用可能と考えられる。従って、学位の授与に値するものと考えられる。

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