学位論文要旨



No 116683
著者(漢字) ソンクラム,シャラムキャット
著者(英字) Songkram,Chalermkiat
著者(カナ) ソンクラム,シャラムキャット
標題(和) カルボランによる空間的規制に基づく三次元分子構築
標題(洋) Construction of Three-Dimensional Structures Based on Spatial Definition by Icosahedral Carboranes
報告番号 116683
報告番号 甲16683
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第970号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 影近,弘之
内容要旨 要旨を表示する

 二十面体型ホウ素クラスター:カルボラン(dicarba-closo-dodecaboranes, C2B10H12)は、高いホウ素含有率、化学的安定性、球状の立体構造、高い疎水性等の特有の性質を有する分子構造単位である。材料科学の分野では、これらの特異的性質の中で、高いホウ素含有量と化学的安定性が、耐熱性高分子への応用へ、また、カルボラン環の安定性の要因である26個の骨格電子の非局在化という電子的性質が液晶素材等への応用に展開されている。また、医薬化学の分野では、10Bへの低エネルギー中性子線の照射により発生する核エネルギーを利用した癌中性子捕捉療法への応用が展開されているほか、最近、カルボランの球状の立体形状と疎水性を医薬品設計の構造単位として応用する研究も推進されている。一方、カルボランの嵩高い球状の立体形状、炭素原子の位置による3種の異性体(Figure 1)の存在、炭素上への容易な置換基導入等の諸性質は、立体分子構築に適した素材であり、分子認識の化学、超分子形成の化学における構造単位としての可能性をもつが、この分野の研究は少なく、今後の研究が期待される段階である。

 本研究の目的は、カルボランの置換様式と立体形状によって空間的に制御された構造単位を開発して三次元分子構築への応用の基礎を築くことにある。その基本構造単位としてカルボランー芳香族ウレア構造単位とアリール-o-カルボラニルベンゼン構造単位を設計し、その構造を検討した。

1.カルボラン−芳香族ウレア構造単位

 芳香族ウレアは、N上の置換基の構成により立体配座を制御することができる。すなわち、二級ウレアであるN, N'-diphenylureaはtrans, trans-の立体構造をとるが、N, N'-dimethyl-N,N'-diphenylureaはcis, cis-の構造を結晶中及び溶液中でとっている。(Figure 2)

 芳香族ウレアとカルボランの立体特性を組合せることにより、種々の三次元分子構築が可能となる。そこで、先ず、基本的な数種のカルボラン置換芳香族ウレアを合成して、溶液中及び結晶の立体配座を解析した。その結果、Figure 3に例を示すように、カルボラン環の嵩高さや電子効果がN, N'-dimethyl-N,N'-diphenylureaのcis-優先性に影響を与えない、したがって、カルボラン−芳香族ウレア構造単位を分子構築に応用できることを明らかにした。

この構造単位はFigure 4に一部の例を示すように、特異な構造を有する分子、すなわち、分子内にnido-carboraneの遷移金属との配位結合を含む化合物(3)、芳香族多層構造を含む化合物(4)、環状構造を含む化合物(5)の構造を構築することに応用することができた。

化合物(3)は母化合物であるN,N'-dimethyl-N,N'-bis(o-carboran-l-yl)phenylureaをフッ素アニオンによるカルボラン環のホウ素一原子脱離反応によりnido-structureに導き、CoCl3を加えることにより分子内で配位させることにより形成できる。その複合体形成は、母化合物のウレア構造のcis-優先性による2つのカルボラン環の近接と、nido-carboraneの強い配位性を応用したものであり、X線結晶解析によって、その構造を(3)のように確定した。また、芳香族多層構造は、m-置換芳香族ウレアとo-カルボランの組合せにより、カルボランと芳香環の環状構造はp-置換芳香族ウレアとm-カルボランの組合せにより構築することができた。

2.アリール-o-カルボラニルベンゼン構造単位

 もう一つの基本的構造単位はbis-あるいはtris(phenyl-o-carboranyl)benzene構造である。o-カルボランはルイス塩基の存在下、アセチレンをnido-dedaboraneと加熱することにより構築することができる。したがって、Figure 5のように、二次元的な平面diphenylacetylene構造を1ステップでカルボランを含む三次元構造に変換することが可能である。そこで、この概念を応用して、基本的なアリール-o-カルボラニルベンゼン構造単位(6-8)をbis-あるいはtris-phenylethynylbenzeneから構築して、その立体構造を検討することとした。化合物6-8のX線結晶解析による構造をFigure 6に示す。

1,4-Bis(phenyl-o-carboranyl)benzene(6)では、中央のベンゼン環に対して末端の2つのフェニル基はantiの構造をとる。一方、1,3-bis-(7)及び1,3,5-tris(phenyl-o-carboranyl)benzene(8)の場合、末端の2つ、あるいは3つのフェニル基は全てsynの構造をとっていることが明らかとなった。これは末端フェニル基が、互いにedge to face aromatic interactionに適した位置に固定されたためと考えられる。

 上記のカルボラン環による位置固定とフェニル基間のinteractionによる別の例としてbis-あるいはtris(benzyl-o-carboranyl)benzene構造を設計、合成した。1,4-Bis(benzyl-o-carboranyl)benzeneでは、中央のベンゼン環に対して末端の2つのフェニル基はantiの構造をとるが、1,3-bis(benzyl-o-carboranyl)のでは、末端の2つsynの構造をとっていることが明らかとなった。さらに、1,3,5-tris(benzyl-o-carboranyl)benzene(9)の場合、興味深いととに、再結晶溶媒であるアセトンがsyn構造の3つのフェニル基で形成される内孔に入り込んだ構造をとり、しかも、2分子が互いに向き合った構造で内孔に2分子のアセトンを包含する構造をとっていることが明らかとなった。

結論

 本研究では、カルボランの置換様式と立体形状を三次元分子構築に応用しうることを示すことを目的とする設計・合成・構造解析を行った。基本構造単位としてカルボラン−芳香族ウレア構造単位を応用して、遷移金属配位性化合物、芳香族層状化合物、環状化合物の形成を示した。また、アリール-o-カルボラニルベンゼン構造単位を応用して、カルボラン環による空間的制御とフェニル基間のinteractionによる分子構造形成の例を示した。これらの結果は今後のカルボランを構造単位とする材料科学、機能性分子構築の展開への基盤となるものである。

Figure 1. The general structures with numbering system of o-, m- and p-carborane.

Figure 2. Conformational alteration of aromatic ureas by N,N'-dimethylation.

Figure 3. Crystal structures of aromatic secondary and tertiary ureas (for chemical structure, ●=Carbon, other vertices=BH groups)

Figure 4. Crystal structures of molecular motifs constructed from N,N'-dimethyl-N,N'-diphenyl carboranescaffold.

Figure 5. One step conversion of 2-dimensional molecules of diphenyl acetylene to 3-dimensional molecules of diphenyl-o-carborane

Figure 6. Crystal structures of bis- and tris-(phenyl-o-carboranyl)benzene(for chemical structure, ●=Carbon, other vertices=BH groups)

Figure 7. Crystal Structures of tris-(benzyl-o-carboranyl)benzene

審査要旨 要旨を表示する

 ホウ素クラスターの一種である二十面体型球状分子C2B10H12:カルボランは水素化ホウ素の構造をもちながら、物理的、化学的に極めて安定な化合物である。その安定化には三中心二電子結合構造に基づく電子非局在化が関与しており、三次元的なベンゼンとも称される。ホウ素クラスターやカルボランの構造化学は1970年代以来、無機構造化学を中心に研究が発展してきており有機化学者の関心を引くことは少なかった。しかし、その立体形状、電子非局在化の電子効果、分子表面の疎水的性質などを利用した材料科学や医薬化学分野への幅広い応用の可能性が急速に高まっている。一方、カルボランの嵩高い球状の立体形状、炭素原子の位置による3種の異性体の存在、炭素上への容易な置換基導入等の諸性質は、立体分子構築に適した素材であり、分子認識の化学、超分子形成の化学における構造単位としての可能性をもつが、この分野の研究は少なく、今後の研究が期待される段階である。

 本研究は、カルボランの置換様式と立体形状によって空間的に制御された構造単位を開発して三次元分子構築への応用の基礎を築くことを目的として、その基本構造単位としてカルボラン−芳香族ウレア構造単位とアリール-o-カルボラニルベンゼン構造単位を設計し、その構造解析と応用性を検討したものである。

 本研究では、第一に、炭素置換カルボラン異性体の置換基配向とN,N-ジメチル芳香族ウレアのcis-優先的な立体特性を利用した分子構築を展開している。先ず、基本的な数種のカルボラン置換芳香族ウレアを合成して、溶液中及び結晶の立体配座の解析を行い、カルボラン環の嵩高さや電子効果がN,N-ジメチル芳香族ウレアのcis-優先性に影響を与えないという基礎的知見を得ている。この構造単位は図に例を示すように、特異な構造を有する分子、すなわち、o-カルボランから誘導したnido-carboraneの遷移金属との強い配位性を利用した配位結合を含む化合物(1)、m-置換芳香族ウレアとo-カルボランの組合せにより、芳香族多層構造を含む化合物(2)、p-置換芳香族ウレアとm-カルボラン環状構造を含む化合物(3)の構造構築に応用できることを示している。

 第二に、フェニル-o-カルボランを基本的構造単位とする分子構築を展開している。o-カルボランはルイス塩基の存在下、アセチレンをnido-dedaboraneと加熱することにより構築することができる。したがって、二次元的な平面diphenylacetylene構造を1ステップでカルボランを含む三次元構造に変換することが可能である。この概念を応用して設計合成したbis-あるいはtris(phenyl-o-carboranyl)benzene構造(4-6)の結晶構造を図に示すが、化合物4では、中央のベンゼン環に対して末端の2つのフェニル基はantiの構造であるのに対し、化合物5及び6の場合、末端の2つ、あるいは3つのフェニル基は全てsynの構造をとっていることを明らかとした。これは末端フェニル基が、カルボラン構造により、互いにedge to face aromatic interactionに適した位置に固定されたためと考察している。また、カルボラン環による位置固定とフェニル基間の相互作用による別の例として設計合成したtris(benzyl-o-carboranyl)benzene(7)の場合、再結晶溶媒であるアセトンがsyn構造の3つのフェニル基で形成される内孔に入り込んだ構造をとり、しかも、2分子が互いに向き合った構造で内孔に2分子のアセトンを包含する構造をとっていることを明らかにした。

 本研究では、カルボランの置換様式と立体形状の三次元分子構築への適用として、基本構造単位としてカルボラン−芳香族ウレア構造単位を応用して、遷移金属配位性化合物、芳香族層状化合物、環状化合物の形成を示した。また、アリール-o-カルボラニルベンゼン構造単位を応用して、カルボラン環による空間的制御とフェニル基間の相互作用による分子構造形成の例を示している。これらの結果は今後のカルボランを構造単位とする材料科学、機能性分子構築の展開への基盤となるものである。

 以上、Songkram, Chalermkiatの研究成果は、構造有機化学、機能性分子構築化学の研究に資するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに十分なものと認めた。

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