学位論文要旨



No 116691
著者(漢字) エルサムニ オサマ アーメド アリ
著者(英字) El-Samni Osama Ahmed Ali
著者(カナ) エルサムニ オサマ アーメド アリ
標題(和) 回転チャネル乱流における熱・運動量輸送に関する研究
標題(洋) Heat and Momentum Transfer in Turbulent Rotating Channel Flow
報告番号 116691
報告番号 甲16691
学位授与日 2001.10.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5090号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 谷口,伸行
 東京大学 講師 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

 回転乱流は自然界および産業界において実用上非常に重要な流れであり,ポンプ,圧縮機,ガスタービン等の回転機械の分野では,それらの効率向上のため,回転する流路内での輸送現象の解明に多大な努力がなされてきた.さらに近年では,家庭用,自動車の駆動,携帯用電源等に対し高密度の出力を提供する超小型ガスタービンの設計という挑戦的研究課題がある.これら回転装置内部の流れは遠心力およびコリオリ力の影響を受けるが,それらが壁境界に対してどの方向に働くかが流れの構造の変化に重大な影響を与えるとされている.本研究ではもう少し一般的に,コリオリ力が流れ場および温度場に与える影響を,回転軸の向きと平均圧力勾配の向きのなす角の違いから考察した.解析対象としては,コリオリ力単独の影響を見るため,主流方向とスパン方向に一様であるチャネル流れを用い,デカルト座標系の3主軸を回転軸に選んだ.これら3つの回転軸をそれぞれST(主流方向),WN(壁垂直方向),SP(スパン方向)と表記する.

 回転の一般的な効果を見るため,様々にパラメータを変化させ,粗い解像度での直接数値シミュレーション(DNS)を行った.また,各回転軸方向に対してそれぞれ最高回転数のケースについては細かい解像度でもDNSを行った.SPおよびSTのケースでは,壁面摩擦速度とチャネル半幅に基づく回転数(Roτ=2Ωδ/uτ)は最高で15,WNのケースでの最高回転数は0.04とした.これらは超小型ガスタービンで考えられる回転数の範囲をカバーすると考えられる.乱流場は主流方向およびスパン方向に周期境界条件,および流量一定条件のもとに完全に発達させた.平均流速Ubに基づくレイノルズ数(Ubδ/v)は2265である.温度場に関しては物性値を固定とし,浮力を無視した.これにより温度場はパッシブスカラーとして扱える.プラントル数は0.71とし,両壁にはそれぞれの温度で等温条件を課した.計算条件を表1に示す.

 STおよびWNのケースでは全ての回転数において乱流が促進された.またSPのケースではRoτ〓7.5程度までは乱流は促進され,それ以上では逆に抑制された.全ての回転数において壁面摩擦係数,熱伝達係数ともに回転しないチャネルに比して増加したが,例外として,SPのケースで安定壁側ではこれら両係数は回転数と共に次第に減少,Roτ〓15の高回転数では不安定壁側でも減少が見られた.ここで注目すべきは,全てのケースで熱伝達係数の増加割合が摩擦係数のそれを上回ったことである.例えば図1に示すようにSPのケースでRoτ〓11の場合にはヌッセルト数Nuが不安定壁側で100%増加した(安定壁側では60%の減少)のに対し,摩擦係数Cfは不安定壁側で17%の増加,安定壁側で53%の減少であった.STのケースでは最高回転数においてNuは32%増加したのに対してCfは17%の増加にとどまった.WNのケースではRoτ〓0.04でNu,Cfともに15%の増加であった.

 SPのケースでは以前からの知見と同様,傾き2Roτで線形に変化する領域をもつ非対称な平均流速分布が得られた.最高回転数のRoτ〓15ではその傾きは14.6であり,このことからKristoffersen-Andersson (1993)の低回転数でのシミュレーションで観察されたようなロールセル構造は存在しないといえる.これは回転数の増加に伴い安定壁側での層流化する層の厚みが増し,主流方向に長く伸長したロールセル構造が小さくなりやがて消失するためだと考えられる.STおよびWNのケースでは主流方向平均流速は多少平坦になるものの,大きな変化は見られなかった.またこれらのケースではスパン方向にも平均流速を生じるが,その様相はそれぞれで異なっている.STでは図2に示す通り,スパン方向平均流速は壁近傍およびチャネル中心で符号が変わり,結果として符号の異なる4つの領域が存在することがわかる.WNでは図3に示す通り,スパン方向に正味の流量を持ち,そのため正味の流れ方向がRoτ〓0.02の場合には16°,またRoτ〓0.04の場合には28°傾いた.これはコリオリ力が直接スパン方向に働き,流れを駆動する効果のためである.この様相は,スパン方向に対する平均圧力勾配の付加,もしくは形状効果により誘起される三次元流とは異なるものである.スパン方向流速により流れ場は三次元性の様相を呈し,新たなレイノルズ応力の非対角成分を生じている.この複雑な三次元性はST,WNでの構造パラメータa1の変化にも表れており,WNよりもSTのケースでより大きな変化を示している.

 回転がレイノルズ応力,乱流エネルギー,渦度,熱流束,温度変動およびこれらの散逸率に直接的あるいは間接的に及ぼす影響を調べるため,それらの輸送方程式の収支解析を行った.特にSPのケースにおいて運動量輸送よりも熱輸送がより促進されることは,レイノルズ応力−〓,熱流束〓それぞれの,回転による付加的な生成項の違い,即ち,これらの項はそれぞれ(〓-〓)および−〓の関数であるが(〓-〓)が回転数の増加に伴い符号を変えるのに対し−〓は符号を変えないという違い,によって説明された.STにおいてはこれら2つの付加的な生成項は類似している.またWNにおいては回転数が低い為に回転は生成に対し殆ど影響を及ぼさないが,収支分布ではレイノルズ応力よりも熱流束のほうに注目すべき変化が現れた.

 壁近傍での流れの可視化を行い,回転と高速・低速ストリークや準秩序構造との関係をより明確にした.ST,WNの両ケースでは主流方向に対して傾いたストリークが観察された.この傾きは壁近傍でのスパン方向平均流速に応じているため,STでは両壁側でWの反対称な分布により反対方向の傾き,WNでは同方向の傾きである.また,低速ストリーク間隔は回転しないチャネル流のそれよりも広いことが観察された.

 準秩序構造については渦度ゆらぎのRMS値,負の局所圧力,変形速度テンソルの第二不変量〓,速度場のヤコビアンの第二固有値−λ2,といった様々なスキームを用いて検出を試みた結果,〓,−λ2のいずれを用いても準秩序構造の検出が可能であることがわかった.STのケースではシステムの回転と同方向に回転する渦は強められ,逆方向に回転する渦は弱められており,また図4に示すように,傾いたストリーク構造にほぼ平行,さらに渦の数も少ないということが観察された.

 本研究で行った3つの直交する回転軸での回転乱流のDNSで計算されたレイノルズ応力,渦度ゆらぎのRMS値,熱流束,温度変動およびそれらの散逸率等の詳細なデータはデータベース化してあり,回転乱流のための乱流モデルの構築,改良および検証に利用できる.

 今後の研究課題としては,高レイノルズ数での効果,コリオリ力が準秩序構造の大きさやその生成・維持過程に及ぼす影響の考察のための可視化の利用,さらにはコリオリ力に他の体積力,もしくは複雑形状の重畳した場合の効果の解明があげられる.

表1:シミュレーションを行ったケース.欄内の数値は回転数(Roτ).

図1:SP(スパン方向回転軸)の場合の壁面摩擦係数およびヌッセルト数.

図2:ST(主流方向回転軸)の場合のスパン方向平均流速分布.

図3:WN(壁垂直方向回転軸)の場合のスパン方向平均流速分布.

図4:ST(主流方向回転軸)の場合の壁近傍ストリーク及び渦構造(Roτ=15).

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「Heat and Momentum Transfer in Turbulent Rotating Channel Flow」(回転チャネル乱流における熱・運動量輸送に関する研究)と題し,6章より成っている.

 ガスタービンや蒸気タービンなどの回転動力機械は社会のインフラを構成する重要な機器であり,それらのより優れた設計を可能とするためには,内部熱流動を精度良く予測する必要がある.また,最近省エネルギーや環境負荷軽減の観点から,小型分散エネルギーシステムへの期待が高まりつつあるが,これらの新しいエネルギー需給の基幹技術のひとつとして,マイクロガスタービンが挙げられる.そこでは強い回転の効果が,熱流動特性に特殊な状況をもたらすことが予想されている.本論文は,未解明な点の多い回転系熱流動の基本的な特性を明らかにし,乱流モデルの評価などに供するための基礎データベースを構築するため,一連の直接数値シミュレーションを行ったものである.

 第一章は序論であり,本研究の背景と目的が述べられている.様々な回転装置内部の流れは遠心力およびコリオリ力の影響を受けるが,それらの体積力が主流や壁面に対して相対的にどのような方向に働くかによって大きな差異の生じることが予想される.そこで,本論文では,この問題をより一般的に考察するために,壁乱流として基本的な流れのひとつである平行壁面間チャネル内の発達した乱流を対象に,デカルト座標系の3主軸を回転軸に選んで解析したことが述べられている(これら3つの回転軸が,それぞれST(主流方向),WN(壁垂直方向),SP(スパン方向)と表記される).

 第二章では,支配方程式,そして用いた数値計算手法について述べている.チャネル乱流の直接シミュレーションには,一貫して擬スペクトル法を用い,回転数や回転軸方向を幅広く変化させた計算には比較的粗い格子を採用し,一方各回転軸方向に対してそれぞれ最高回転数の場合については細かい格子を採用している.乱流場は主流方向およびスパン方向に周期境界条件,および流量一定条件のもとに完全に発達させている.マイクロガスタービンなどで想定される回転翼の寸法や流速,そして回転数の範囲を想定して,レイノルズ数やローテーション数が設定されている.平均流速に基づくレイノルズ数は約2300,壁面摩擦速度とチャネル半幅に基づくローテーション数は,SPおよびSTの場合,最大で15,WNの場合での最大値は0.04としている.

 第三章では,一連のシミュレーションから得られた基本的な統計量について述べられている.STおよびWNの場合では全ての回転数において乱流が促進され,SPの場合ではローテーション数が7.5程度までは乱流は促進され,それ以上では逆に抑制された.また,壁面摩擦係数,熱伝達係数ともに,多くの場合回転しないチャネルに比して増加したが,それら全ての場合に後者の増加割合が前者のそれを上回ったことが示されている.この事実は通常の乱流における運動量と熱の輸送の相似性と異なり,回転特有の効果であるとしている.平均速度分布に関しては,SPの場合ではチャネル中央部で線形かつ非対称な分布が現れることを確認し,STおよびWNの場合では大きな変化は生じないとしている.しかし,これら二つの場合にはスパン方向にも有意な平均流が生じ,STでは壁近傍およびチャネル中心で符号が変わる4つの層状流が存在し,またWNではスパン方向に正味の流量が発生することを示している.このように流れ場は三次元の様相を呈し,新たなレイノルズ応力の非対角成分を生じていることを示している.

 第四章では,レイノルズ応力,乱流エネルギー,渦度,熱流束,温度変動およびこれらの散逸率に,回転が直接的あるいは間接的に及ぼす影響を調べるため,それらの輸送方程式の収支解析を行っている.3つの回転軸の場合に,前章までに明らかにされた種々の輸送機構の変化が,これらの輸送方程式の生成,分解,拡散などのバランスで説明されている.また,本研究で行った回転乱流のDNSで計算された種々の統計量や輸送方程式の収支については,回転乱流のための乱流モデルの構築,改良および検証に利用できるように,詳細なデータベースが構築されている.

 第五章では,壁近傍での流れの可視化を行い,回転と高速・低速ストリークや準秩序構造との関係を明らかにしている.特に,ST,WNの場合には主流方向に対して傾いたストリークが形成されるという興味深い観察を報告している.また,低速ストリーク間隔は回転しないチャネル流のそれよりも広いことが示されている.準秩序構造については渦度ゆらぎのRMS値,負の局所圧力,変形速度テンソルの第二不変量,速度場のヤコビアンの第二固有値といった様々な指標を用いて検出を試みている.STの場合ではシステムの回転と同方向に回転する渦は強められ,逆方向に回転する渦は弱められる特異な機構が存在することを明らかにしている.

 第六章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている.

 以上要するに,本論文では,回転系のチャネル乱流の熱流動特性に関して,高精度を実現する直接数値シミュレーションを行って多くの統計量やそれらの収支を明らかにし,データベースを構築すると共に,可視化などを駆使して特異な乱流構造の存在を明らかにしている.これらは,回転機械における熱流動機構に関して新たな知見を提供すると共に,今後の回転系の乱流モデル開発に対してに有用な指針を与えるものである.従って,本論文は熱流体工学及び乱流工学の上で寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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