学位論文要旨



No 116692
著者(漢字) 椎葉,太一
著者(英字)
著者(カナ) シイバ,タイチ
標題(和) マルチボディダイナミクスの車両モデルを用いたドライビングシミュレータに関する研究
標題(洋)
報告番号 116692
報告番号 甲16692
学位授与日 2001.10.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5091号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須田,義大
 防衛大学校 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 鎌田,実
内容要旨 要旨を表示する

 ドライビングシミュレータは自動車を運転する感覚を模擬的に体験することが可能な装置であり、人間−自動車系の研究や運転訓練などの目的で有効に活用されている。ドライビングシミュレータではドライバの操作を直ちに車両の運動計算に反映させる必要があるため、従来は平面運動モデルに代表される簡易的な車両モデルが利用されてきたが、車両運動計算という観点からは、これらの車両モデルは計算精度という点で不充分なものであった。

 本研究は、ドライビングシミュレータにマルチボディダイナミクス車両モデルを適用することによって車両運動計算の精度向上を図り、より実際の自動車の特性に近いドライビングシミュレータを実現することを目的としたものである。本研究によって、サスペンション構造を忠実にモデル化した車両モデルをドライビングシミュレータに適用することが可能となり、操縦安定性や乗り心地といった車両運動特性の評価を、実車を利用せずに行うことが可能となると考えられる。従来のドライビングシミュレータは、研究目的の利用としては、人間の動作特性を評価する装置としての利用が主体であったが、本論文で提案するドライビングシミュレータは、このような人間の特性に加えて、自動車の運動特性にも焦点を当てたものであり、車両開発のツールとしてのドライビングシミュレータの可能性が期待される。

 通常のマルチボディダイナミクス解析のアルゴリズムは多くの計算量を必要とするため、リアルタイム解析を必要とするドライビングシミュレータに直接適用することは困難である。本研究では、拘束条件を近似することによって、マルチボディダイナミクス解析に必要な計算量を低減する手法を提案した。また、運動方程式を記述する変数の変換を行うことにより、逆行列計算を行わずに解析を行う方法を示した。更に、ドライビングシミュレータに必要とされる安定したリアルタイム解析を実現するために、拘束条件近似の安定化手法を併せて提案した。これらの手法を組み合わせたリアルタイム解析アルゴリズムの有効性を確認するために、自動車のフルビークルモデルを用いた数値シミュレーションを行った。数値シミュレーションの結果より、提案したアルゴリズムによって、自動車の91自由度フルビークルモデルを用いた解析を、精度良く且つリアルタイムに行うことが出来ることが実証された。

 提案したリアルタイム解析アルゴリズムをドライビングシミュレータに実装した。開発したドライビングシミュレータの外観をFig. 1に示す。このドライビングシミュレータを用いて、自動車の操縦安定性、車体姿勢特性、及び乗り心地特性を評価する実車同様の走行試験を行い、開発したドライビングシミュレータの有効性を明らかにした。

 本論文の構成は次の通りである。

 第1章「序論」では、研究の背景と研究の目的を述べている。

 第2章「マルチボディシステムの運動方程式と解析アルゴリズム」では、マルチボディダイナミクスの解析理論を整理している。マルチボディシステムのリアルタイム解析を実現するためにはオイラーパラメータを用いた姿勢表現が有効であるという知見を示した上で、マルチボディダイナミクス車両モデルを構築する際に必要な拘束条件と力学要素の代数表現を構築し、オイラーパラメータを用いたマルチボディシステムの運動方程式を導出している。

 第3章「マルチボディシステム解析プログラムの開発」では、本研究において新たに開発したマルチボディダイナミクス解析プログラムの特徴を示している。この解析プログラムを利用した自動車のフルビークルモデル解析によって、開発した解析プログラムの有用性を明らかにしている。

 第4章「マルチボディシステムのリアルタイム解析アルゴリズム」では、自動車のマルチボディ車両モデルを用いたリアルタイム解析を実現するアルゴリズムの提案を行っている。平衡状態における拘束条件式のヤコビ行列を利用する近似的な手法により、厳密なマルチボディダイナミクス解析を行う場合と比較して計算量を1/10以下に抑えることが出来ることを明らかにしている。更に、自動車のアライメント解析及びフルビークルモデルの解析を通して、提案した解析アルゴリズムによって、自動車のフルビークルモデルによる解析を精度良くかつリアルタイムに行うことが可能であることを実証している。また、安定したリアルタイム解析を実現するために、解空間からの逸脱を防ぐ仮想的な外力項を利用する安定化手法を提案している。

 第5章「ドライビングシミュレータへの適用」では、車両と共に移動する座標系を導入することによって、第4章で提案したリアルタイム解析手法を、グローバル座標系における車両運動解析に拡張する手法を提案している。更に、開発したドライビングシミュレータを利用した走行試験によって、第4章で提案した安定化手法の有効性を実証している。

 第6章「ドライビングシミュレータのシステム構成と基礎的特性の評価」では、開発したドライビングシミュレータのハードウェア構成を示し、その基礎的特性を評価する試験について述べている。

 第7章「ドライビングシミュレータを用いた操縦安定性の評価」では、開発したドライビングシミュレータを利用した実車同様の操縦安定性評価試験の結果から、開発したドライビングシミュレータによってサスペンションセッティングと操縦安定性の関係を評価できることを明らかにしている。更に、オープンループ試験の結果から、開発したドライビングシミュレータは既存のドライビングシミュレータと比較して高い解析精度を持っていることを実証している。

 第8章「ドライビングシミュレータを用いた車体姿勢特性の評価」では、提案したリアルタイム解析アルゴリズムは車体姿勢角の特性について高い計算精度を持っており、開発したドライビングシミュレータによってサスペンションセッティングと車体姿勢特性の関係を評価できることを明らかにしている。また、ロール挙動及びピッチ挙動の変化はモーション装置によって忠実に再現することが可能であり、これらの特性をドライビングシミュレータによって体感として呈示できることを実証している。

 第9章「ドライビングシミュレータを用いた乗り心地評価」では、モーション装置の特性補償を行うことにより、3Hzまでの振動をモーション装置によって忠実に再現できることを明らかにしている。更に、実際の路面外乱の周波数特性を考慮した乗り心地評価試験を行うことにより、開発したドライビングシミュレータによってピッチング・バウンシングなどの乗り心地特性を体感として呈示し、評価することが可能であることを示している。

 第10章「考察と今後の展望」では、既存のドライビングシミュレータと比較して開発したドライビングシミュレータが優れている点について考察を行っている。また、開発したドライビングシミュレータにおいて、マルチボディダイナミクス解析に対して人間が介在できることの意義について考察を行っている。更に、開発したドライビングシミュレータの用途についての考察を行い、今後の展望を示している。

 第11章は「結論」と題し、本研究によって得られた成果をまとめている。

Fig. 1開発したドライビングシミュレータ

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「マルチボディダイナミクスの車両モデルを用いたドライビングシミュレータに関する研究」と題し、11章より構成されている。

 6軸動揺装置と模擬視界を持つドライビングシミュレータは自動車の操縦を模擬的に体験することが可能な装置であり、主として人間・自動車系の研究や運転訓練などの目的で有効に活用されている。従来のドライビングシミュレータではドライバの操作を直ちに車両の運動計算に反映させる必要があるため、車両の運動計算には、平面運動モデルに代表される簡易的な車両モデルが利用されてきたが、車両の運動力学の観点から、計算の精度の面では不充分なものであった。

 これに対し、本論文はドライビングシミュレータにマルチボディダイナミクスの車両モデルを適用することによって、車両運動計算の精度向上を図り、より実車の特性に近いドライビングシミュレータを実現することを目的としたものである。通常のマルチボディダイナミクス解析は計算時間を必要とするため、市販のソフトウエアをそのままドライビングシミュレータに適用することは出来ない。本研究では、新たにマルチボディダイナミクス解析プログラムを開発し、さらに、拘束条件近似を用いてマルチボディダイナミクス解析に必要な計算量を低減する手法を提案し、ドライビングシミュレータに適用することに成功している。開発したドライビングシミュレータを用いて自動車の操縦安定性、車体姿勢特性、及び乗り心地特性を評価する試験を行うことによって、その有用性を示している。

 第1章は「序論」と題し、研究の背景及び研究の目的を述べている。

 第2章は「マルチボディシステムの運動方程式と解析アルゴリズム」と題し、マルチボディダイナミクスの理論的な背景を述べている。マルチボディシステムのリアルタイム解析の実現にはオイラーパラメータを用いた姿勢表現が有効であるという知見を示し、マルチボディダイナミクスの車両モデルを構築する際に必要な拘束条件と力学要素の代数表現を構築している。さらにオイラーパラメータを用いたマルチボディシステムの運動方程式を導出している。

 第3章は「マルチボディシステム解析プログラムの開発」と題し、本研究において新たに開発されたマルチボディダイナミクス解析プログラムの特徴について述べている。開発した解析プログラムを利用した自動車のフルビークルモデル解析を行い、開発した解析プログラムの有用性を確認している。

 第4章は「マルチボディシステムのリアルタイム解析アルゴリズム」と題し、リアルタイム解析を行うアルゴリズムを提案している。平衡状態における拘束条件式のヤコビ行列を利用する近似的な手法によって、厳密な解析と比較して計算量を1/10以下に抑えることが出来ることを示している。サスペンションのアライメントの解析を通して、提案した解析アルゴリズムは、自動車のフルビークルモデルによる解析を精度良くかつリアルタイムに行うことが可能であることを実証している。これらの提案を実際のドライビングシミュレータに適用するには、リアルタイム解析において安定して解を求められることが必須であり、そのための手法として、拘束条件近似の安定化手法も併せて提案している。

 第5章は「ドライビングシミュレータへの適用」と題し、移動座標系を導入することによって、提案したリアルタイム解析手法をドライビングシミュレータにおけるグローバル座標系での車両運動解析に拡張する手法を提案している。さらに、ドライビングシミュレータを利用した走行試験によって、提案した手法が解析の安定性を高める上で有効であることを実証している。

 第6章は「ドライビングシミュレータのシステム構成と基礎的特性の評価」と題し、開発したドライビングシミュレータのハードウェア構成とその基礎的特性評価試験結果について述べている。

 第7章は「ドライビングシミュレータを用いた操縦安定性の評価」と題し、開発したドライビングシミュレータを利用した操縦安定性評価試験を通して、サスペンションの特性と操縦安定性の関係を評価することが新たに可能となることを明らかにしている。さらに、人間の操縦を伴わないオープンループ試験の結果から、開発したドライビングシミュレータは既存のドライビングシミュレータと比較して高い解析精度を持っていることを実証している。

 第8章は「ドライビングシミュレータを用いた車体姿勢特性の評価」と題し、提案したリアルタイム解析アルゴリズムにより、サスペンション特性と車体姿勢特性の関係を評価することが可能であることを明らかにしている。さらに、車両姿勢に関連する特性を体感として呈示することが可能であるということを実証している。

 第9章は「ドライビングシミュレータを用いた乗り心地評価」と題し、第6章で検討したモーション装置の特性を補償することにより、3Hzまでの振動を再現できることを実証している。さらに、実際の路面外乱の周波数特性を考慮した乗り心地評価試験により、ピッチング、バウンシングなどの乗り心地特性を評価することが可能であることを示している。

 第10章は「考察と今後の展望」と題し、開発したドライビングシミュレータが既存のドライビングシミュレータと比較して優れている点について考察を行っている。また、マルチボディダイナミクス解析に人間の操縦が介在できるクローズドループ解析が可能であることの意義、および開発したドライビングシミュレータの用途について考察がなされ、今後の展望が示されている。

 第11章は「結論」と題し、本研究によって得られた成果をまとめている。

 以上より、本論文はマルチボディダイナミクスの車両モデルをドライビングシミュレータに適用することを提案し、実際に適用および評価を行い、ドライビングシミュレータを用いて自動車の運動特性を評価することが可能であることを示している。すなわち、マルチボディダイナミクス解析においてドライビングシミュレータをポストプロセッサとして用いる可能性、ドライビングシミュレータによるバーチャル・プルービンググラウンドを実現する可能性を新たに示したものであり、産業機械工学に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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