学位論文要旨



No 116693
著者(漢字) 朴,常燻
著者(英字)
著者(カナ) パク,サンフン
標題(和) 精密ろ過膜を用いたエマルションのサイズ制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 116693
報告番号 甲16693
学位授与日 2001.10.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5092号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 講師 山口,猛央
内容要旨 要旨を表示する

 マイクロオーダーのエマルションは化粧品・医療・食品など様々な分野で応用されている。これらの分野での応用にあたって、エマルションの特定サイズが発揮できる機能を大きく左右するため、均一性に優れた単分散エマルションの調製技術が極めて望まれる。本研究では、粒径分布の広いエマルションを用いろ過を行うことによって、細孔径に応じてエマルションの分布や大きさを自由に制御できる技術を確立させるために研究を進めてきた。上記技術を確立させるためには、特定の大きさを示す粒子がある細孔径を有する膜に、どの位の割合・速度で透過するかに関する検討が要求される。本研究では精密ろ過膜を用いてエマルションのサイズ制御を行うために要する最適な操作条件を求めるために阻止性能と透過流束に及ぼす影響を検討することを目的とした。分散相として灯油、連続相SDS水溶液からなるO/Wエマルションを分離対象として直円筒状の細孔(細孔径:0.6〜3.0μm)を有するNuclepore膜を用い、第二章、第三章ではそれぞれ、細孔径より小さい粒子、大きい粒子の阻止性能に関して検討を行った。第五章では、濃度・圧力上昇によって形成される堆積層が阻止性能にどのような影響を及ぼすかに検討を行った。第四章では、低濃度・高濃度領域において透過流束に及ぼす影響に関して検討を行い、第六章では、ろ過技術によるエマルションサイズ制御プロセスを提案した。

 第二章:精密ろ過膜とコロイド粒子系において、細孔径より小さい粒子でも、ろ過初期に膜面に堆積層を形成し、すべて阻止されてしまう。そこで、堆積層の形成を抑制すれば、真の阻止性能が発揮できサイズ制御が可能であると考えた。

 真の阻止性能に及ぼす影響を検討した結果、粒子が有するゼータ電位の影響は乏しく、本系での透過機構は粒子径と細孔径の比のみで決まる篩い機構であると考えられた。低濃度・低圧力下で膜面に強い乱流効果を与えることによって堆積層の形成を抑制し、diafiltrationによって単分散エマルションの調製を試みた。その結果、実験から得られた粒径分布は、分画曲線から成る予測値と良い一致を示した。以上の結果から、精密ろ過膜でも、堆積層が形成しない条件下では、真の阻止性能が発揮でき、それに基づいてサイズ制御が可能であることが明らかになった。その際、本系での透過機構は粒子径と細孔径の比のみで決まる篩い機構であると考えられた。

 第三章:エマルション粒子は柔らかい液状粒子であるため、細孔径より大きい場合でも圧力が上昇することによって、透過してしまい篩い機構が失われる。細孔径より大きい粒子が透過し始める圧力を、通常、臨界圧力と表現し、細孔径に応じてサイズ制御を行うためには、臨界圧力に関する明確な定量化が要求される。

 臨界圧力を測定し、粒子径依存性を検討した結果、既往の解析では説明できない、粒子径に依存する領域が存在することが明らかになった。すなわち、粒子径と細孔径の差がそれほど大きくない領域においては、堆積したエマルションを油の固まりと見なすのではなく、界面張力によって引っ張られる1個の粒子と見なすべきであると考えられた。このような仮定に基づいて新たなモデルを提案した。すなわち、球状のエマルション粒子が界面張力に反して変形する際、表面積増加を最小限に抑えるため楕円形に変形すると仮定した。その際、エマルション粒子は透過後、界面張力により引っ張られることによって、その大きさを維持できるものであると考えられた。臨界圧力の実験値とモデル値との比較、供給側と透過側の粒径分布の比較を行った結果、今モデルの妥当性が確認された。

 第四章:臨界圧力の定量化から、堆積を除去しない限り、細孔径よりそれほど差がない粒子が大きさを維持しながら変形透過する現象は避けられないことが明らかになった。その結果、透過流束に及ぼす抵抗は、膜抵抗Rm、膜表面抵抗Rs、堆積層抵抗Rcに加え、変形透過現象によって生じると予想されるRdに大きく分けられると考えられた。そこで、各抵抗が透過流束に及ぼす影響に関して検討を行った。

 Rs、Rd評価を行った。以上の抵抗が律速である場合、透過流束は開いた細孔の数で決まるため、各抵抗の評価は開いた細孔数を計算することによって行った。その際、細孔は一定の割合で閉塞され、閉塞される間水の流れはないものと仮定し、変形透過する粒子の速度が水より遅い場合はRdが律速、それに対し膜面の乱流効果によってかきとられる速度が遅い場合はRsが律速であると仮定した。Rcの評価は境膜モデルを用いて行った。

 透過流束の定量的な考察を行った結果、変形透過現象が透過流束に及ぼす影響は極めて乏しいことが明らかになった。すなわち、変形透過する速度は水の速度と同程度であると推測された。また、本系での透過流束の低下機構は、Rs律速からRc律速の転移機構であることが明らかになった。

 第五章:バルク濃度が上昇することによって、膜面に乱流効果を与えても、堆積層の形成を抑制することは極めて困難であることが示された。その際、細孔径より小さい粒子が透過するためには、堆積層を超えなくてはいけないため、透過に相当な抵抗を受けると考えられた。

 細孔径より小さい粒子の阻止率を測定した結果、バルク濃度が上昇することによって、負の阻止率を示すことが明らかになった。負の阻止率は、溶液の透過流束より粒子の移動速度が速いことを意味する。細孔径より小さい粒子の移動促進は、液状粒子であるエマルション独特の性質によるものと考えた。硬い剛体球粒子と異なり、エマルションの場合、粒子外部の流体の流れによりエマルションを構成している内部液の流れを引き起こす。すなわち、堆積層を形成している粒子の間に溶液が流れることによって内部循環が生じる。その際、粒子の間に細孔径より粒子が供給された場合、供給された粒子は堆積層を形成している周りの粒子から、内部循環による透過方向の運動量を伝達され移動速度が促進されると考えた。以上の仮定は、負の阻止率が現れる時点が堆積層を形成し始める時点に相当し、堆積層の厚みが増すほど、負の阻止度合いが増加することから妥当であると考えられた。

 以上のことから、堆積層の存在は、透過性能に抵抗と作用するより促進と作用することが明らかになった。そこで、高濃度でのエマルションのサイズ制御を試みた。その際、堆積層による臨界圧力以上という条件を防げないため、予め、操作圧力をある大きさまで変形透過する臨界圧力以内に固定し、diafiltrationによってサイズ制御を試みた。その結果、透過側に存在する最大エマルション径を予測でき、原液から均一性に優れた単分散エマルションを得ることが可能であることが明らかになった。

 第六章:粒径分布の広いエマルションを細孔径に応じてサイズ制御を行い、調製されるエマルションの分布の経時的な変化を予測できるプロセスを提案した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「精密ろ過膜を用いたエマルションのサイズ制御に関する研究」と題し、精密ろ過膜のサイズ分画機能を利用してエマルションの平均粒径、粒径分布を制御する方法を新たに開発し、分画性、膜透過流束の解析モデル、サイズ制御プロセスの設計手法などを確立したもので、7章からなっている。

 第1章は緒論で、従来、エマルションの膜処理については、分離、濃縮が研究の中心であったが、これらの研究について既往の報告をまとめ、本研究の背景、目的および論文の構成を述べている。

 第2章では、精密ろ過膜の細孔径よりも小さな、サブミクロンから10ミクロンの粒径のO/Wエマルション粒子を対象として分画実験を行い、膜表面に粒子の堆積層が形成されない低濃度、低圧力といった条件下では、膜の細孔径とエマルション粒径とで阻止性が決まる篩機構が発現し、この機構に基づいて粒子の分画曲線が得られ、サイズ制御が可能であることを示している。

 第3章では、膜細孔径よりも大きなエマルション粒子の膜透過現象を取り扱っている。膜細孔より大きなエマルション粒子は低圧条件では膜を透過しないが、圧力をあげていくとある値を超えた時点で膜を透過するようになる。この値は臨界圧力と呼ばれているが、膜面が撹拌されない条件下で稀薄な単分散エマルションの定速全ろ過を行うことで臨界圧力を正確に測定できることを明らかにしている。

 また、圧力によりエマルション粒子が変形して透過し、透過後もとのサイズに戻る領域と、破壊を伴って透過し、透過後はサイズ分布が透過前のものと異なる領域とがあることを明らかにしている。

 更に、臨界圧力と膜細孔径、エマルション粒径との関係を定量的に表すモデルを提案し、これと従来の毛管圧力モデルとの境界が変形透過領域と破壊透過領域との境界であることを明らかにしている。

 第4章では、膜透過流束の低下機構について検討している。低濃度領域では膜細孔内部での細孔閉塞よりも細孔閉塞よりも細孔表面で細孔をふさぐ表面閉塞の方が大きな抵抗になることを見いだし、粒子一個が幾つの細孔を塞ぐかを表すパラメータと、細孔を塞いだ粒子がどのくらいの速度で再び膜面を離れ細孔を開けるかを表すパラメータを導入することで、新たな膜透過流束記述モデルを提案し、これにより実験結果をよく説明できることを示している。

一方、高濃度域では膜面に粒子が堆積しケーク層を形成するため、この領域では膜透過流束は従来の濃度分極モデルが適用できることを明らかにしている。

 第5章では、高濃度域で膜面に堆積層が形成される条件下での粒子の阻止特性を検討している。剛体球粒子ではこの条件下では膜細孔径より小さな粒子もケーク層により阻止され、膜を透過できないことはよく知られているが、エマルション粒子は変形できることからケーク層内を変形透過でき、しかもその際透過側に濃縮されることを初めて見いだし、高濃度域でも分画が可能であることを示している。また、膜のモデル系であるマイクロチャネルを用いたエマルション粒子透過の観察から、このような条件下ではケーク層を形成している大きな粒子では粒子内で液が循環していることを初めて発見し、これが小さな粒子の濃縮に関与していることを示している。

 第6章では、これまでに得られた成果に基づき、精密ろ過膜によるエマルション粒子のサイズ制御プロセスを提案し、処理に要する時間、膜面積、エマルションの回収率、その分散度をシミュレートできるモデルを開発している。このシミュレータを用いてケーススタディを行い、回収率と分散度との間にはトレードオフの関係があることから、プロセスの最適化には、例えば分散度によるエマルションの付加価値の決定など制約条件の決定が必要であることを示している。

 第7章は総括で、本論文の内容をまとめ、今後の課題を述べている。

 以上要するに、本論文は、精密ろ過膜を用いてエマルション粒子をろ過すると、低濃度領域はもちろんのことケーク層が形成される高濃度領域においてもサイズ分画が可能であり、特に高濃度域では小さな粒子の濃縮がおこることからより効率的にサイズ分画が可能なことを示し、更にプロセスの定量的設計、評価が可能なシミュレーションモデルを構築することで、精密ろ過膜によるエマルションのサイズ制御が可能なことを初めて明らかにしたもので、膜分離工学および化学システム工学に大きな貢献をするものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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