学位論文要旨



No 116700
著者(漢字) 渡辺,彰
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,アキラ
標題(和) 糸状菌ポリケタイド合成酵素遺伝子の機能解析
標題(洋)
報告番号 116700
報告番号 甲16700
学位授与日 2001.10.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第971号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 藤井,勲
 東京大学 助教授 三田,智文
内容要旨 要旨を表示する

 糸状菌が生産する芳香族ポリケタイドは多様な骨格と多彩な生物活性を有する重要な化合物群である。これら化合物の生合成は、酢酸単位の縮合の繰り返しによるポリケトメチレン鎖の生成と、それに引き続く閉環反応により行われ、これら一連の反応を触媒、制御するのがポリケタイド合成酵素(PKS)である。しかし糸状菌芳香族系PKSにおいては、鎖長や閉環様式の制御機構は全く不明である。そこで私は、本制御機構を解明することを目的とし、研究を行った。

 PKSの機能解析は、構築した各種変異体PKS遺伝子を、異種糸状菌Aspergillus oryzaeに導入し、得られた形質転換体を誘導培地で培養後、その培地を逆相HPLCおよびLC-ESIMSで分析し、生産化合物を比較することにより行った。

1.糸状菌芳香族系PKS C末ドメインの機能解析

 糸状菌芳香族系PKSは、動物のタイプI型脂肪酸合成酵素に類似した、200KDa前後の多機能型酵素であり、なかでもAspergillus nidulansのWAやColletotrichum lagenariumのPKS1では、N末端およびタンパク中央部の機能未知ドメインと、チオエステラーゼ(TE)に相同性を示すC末ドメインが特徴的である。(Fig.1)

 私はこれまでに、ヘプタケタイドナフトピロン合成酵素であるA. nidulansのWAにおいて、C末ドメインがTEではなく、ナフトピロンB環のクライゼン型閉環を触媒するクライゼン型サイクラーゼ(CLC)として機能していることを明らかにしている。このCLCは鎖長の制御には全く関与せず、WAのCLC変異体ではB環は非酵素的なラクトン化によって形成し、ヘプタケタイドイソクマリンが生産される。

(Fig.2)そこで今回、WAと同じくクライゼン型閉環産物を合成するPKS1においてもC末ドメインがCLCとして機能しているのかを、C末ドメインの変異体を発現させることで確認することにした。構築した変異体はC末ドメイン全体を欠質させたPKS1-dCと、WA CLCの活性中心に相当する2009番目のセリンを部位特異的にアラニンに置換したPKS1-S2009Aの2種類である(Fig.3)。野生型PKS1はペンタケタイドナフタレンが主生産物であることから、C末変異体はペンタケタイドイソクマリンが主生産物となることが予想された。しかし実際には酢酸単位が1つ多いヘキサケタイドイソクマリンが特異的に生産された。(Fig.4)クライゼン型閉環産物が生産されなくなることから、PKS1のC末ドメインもCLCとして機能していることが確認されたが、CLCが機能することによって主生産物の炭素鎖長がヘキサケタイドからペンタケタイドへと短くなっており、WAの場合と異なりPKS1のCLCは炭素鎖長の制御にも関与していることが明らかとなった。活性中心と推定されるセリンをアラニンに置換しただけのPKS1-S2009Aでは生産化合物の炭素鎖長は短くならないことから、PKS1のCLCによる鎖長短縮は、ポリケトメチレン中間体が、伸長途中でACPからCLCに転移して縮合ユニットから切り出され、結果としてそれ以上の伸長を阻止されてしまうためと考えられる。

 しかしWAやPKS1ではCLCドメインを欠質させても、それぞれへプタケタイドおよびヘキサケタイドイソクマリンを特異的に合成することから、本質的な鎖長の制御や最初の閉環(A環の閉環)の制御はCLCドメイン以外のドメインが行っていることは明らかで、CLCによる炭素鎖の伸長阻止は二次的な鎖長制御である。

 今回、A. terreusのゲノムからat1遺伝子を新規にクローニングした。本遺伝子がA. terreusのどの生合成経路に関与するのかは未同定であるが、コードするタンパクAT1が、WAやPKS1と同一のドメイン構造を示し、C末ドメインもCLCと高い相同性を示したことから、当初クライゼン型閉環産物を生産するものと思われた。しかし発現の結果、クライゼン型閉環産物ではないオルセリン酸とペンタケタイドカルボン酸が主生産物であった(Fig.5)。このことからAT1のC末ドメインはCLCではなくTEとして機能しているものと考えられ、これを確認するためAT1のC末端ドメインの変異体AT1-dC(Fig.3)を発現させた。その結果、加水分解ではなく非酵素的なラクトン化によって生成するペンタケタイドイソクマリンも生産されるようになり、AT1のC末ドメインはTEとして機能していることが示された。(Fig.4)以上のことから、糸状菌芳香族系PKSにおけるC末ドメインの機能は多様であること、またこのC末ドメインの機能の多様性が糸状菌芳香族ポリケタイドの骨格の多様性に密接にかかわっていることが明らかとなった。(Fig.6)

2.A. nidulans WAの機能未知ドメインの機能解析

 WAについて、N末端とタンパク中央に位置する機能未知ドメインAとBの機能を検討することにした。まずドメインA全体を欠失させたWA-dN(Fig.3)を発現させたところ、化合物の生産は認められなくなったことからドメインAがWAの活性に必須であることが明らかとなった。しかしその具体的な機能は今回は明らかにすることはできなかった。

 次にドメインBの機能を検討するため、WAとPKS1からなるキメラ体SW-BとSW-ATを構築した。SW-BはPKS1のACPとCLCドメインをWAのものと入れ替え、SW-ATは更にドメインBもWAのものに入れ替えたものである(Fig.7)。両キメラ体を発現させた結果、標品との比較から複数の化合物が同定されたが、主生産物の黄色色素は未知化合物であった。そこで本黄色色素を単離、各種機器分析を行った結果、新規化合物2-acetyl-1, 3, 6, 8-tetrahydroxynaphthalene (ATHN)であると同定した(Fig.8)。ペンタケタイドナフタレンやヘプタケタイドナフトピロン類縁体はバクテリアから植物に至るまで広く存在しているが、ヘキサケタイドアセチルナフタレン(ATHN)の類縁体は天然では極めて稀な存在であり、単離については、棘皮動物においてspinochrom A (Fig.9)のような2、3のナフタザリンが報告されているのみである。ATHNの同定により、主な生産化合物すべてが同定されたことから、両キメラ体の生産化合物を炭素鎖長に注目して比較した。いずれもヘキサケタイド次いでペンタケタイドが主な生産物で、その生成比は両キメラ体でほぼ同等であった。ところがSW-Bではヘプタケタイドの生産は認められないが、SW-ATではヘプタケタイドナフトピロンの生産が認められたことから、WAのドメインBはヘプタケタイド生産に必須であり、鎖長の制御に関与していることが明らかとなった(Fig.10)。しかし、SW-ATにおいてもWAのようなヘプタケタイド特異性はみられないことから、ドメインBは単独で鎖長を制御しているのではなく、ATよりも上流にある他のドメインと共同で鎖長を制御しているものと考えられた。

3.WA CLCの基質特異性

 SW-BおよびSW-ATの発現により、ATHNがかなり生産されていることから、WAのCLCは本来の基質であるヘプタケタイド中間体だけでなく、ヘキサケタイド中間体に対してもクライゼン型閉環を効率よく触媒できることが明らかとなった(Fig.11)。一方、ペンタケタイド中間体に対しては、クライゼン型閉環産物であるナフタレンが生産されていないことからWA CLCの基質にはならないものと考えられる。

4.CLCによるポリケトメチレン鎖伸長阻止機能の検討

 PKS1のCLCによるポリケトメチレン鎖伸長阻止機能についてさらに検討するため、SW-ATのCLC変異体を発現させ、WA、PKS1、SW-ATにおいて、CLCが機能している場合(+CLC)としない場合(−CLC)とで、生産化合物の炭素鎖長がどのように変化するかを比較した(Fig.12)。WAではCLCが機能するしないにかかわらずヘプタケタイドを極めて特異的に生産し、CLCは炭素鎖長の制御には全く関与していない。一方、PKS1ではCLCが機能することにより鎖長は短い方に移行する。そしてSW-ATでもCLCが機能することによりヘキサケタイドに対するペンタケタイドの割合が増加し、更に鎖長の短いテトラケタイドの生産もはっきりと認められるようになり、PKS1の場合と同じく生産化合物の炭素鎖長が短くなる傾向がみられる。SW-ATのCLCはWA由来であることから、このことは、WAのCLCも、PKS1とのキメラ体では炭素鎖の伸長を阻止するようになることを示している。したがって、炭素鎖の伸長阻止は、PKS1 CLC自体に独立に備わった機能ではなく、むしろPKS1のATよりも上流のN末側半分の領域にその機能を生み出す要因があることが示唆される。そして、この領域とCLCが相互作用することによって初めてポリケトメチレン鎖の伸長阻止が起こると考えられる。

5.A. fumigatusにおけるナフタレン生合成経路の解析

 糸状菌A. fumigatusはアスペルギルス症の病原菌であり、その病原性には胞子が生産するDHN-メラニンが必須である。私は米国NIHのTsaiらのグループとの共同研究により、DHN-メラニン前駆体であるペンタケタイドナフタレン合成について、A. fumigatusでは、従来から知られていた、酢酸単位からPKSによって直接合成される経路ではなく、PKSによって先ず酢酸単位の多いヘプタケタイドナフトピロンを生成してから、これを分解してペンタケタイドナフタレンを生成するという新規な生合成経路が存在することを明らかにした。(Fig.13)

まとめ

 私は今回、糸状菌芳香族系PKSのC末ドメインが多様な機能を有することを示し、これが糸状菌芳香族ポリケタイドの骨格の多様性に密接にかかわっていることを明らかにした。また、WAにおいてこれまで機能未知であったタンパク中央付近のドメインが、本質的な鎖長の制御に関与していることを明らかにした。これは糸状菌芳香族系PKSにおいて、本質的な鎖長制御因子として同定された最初の例である。これらのことから、全く不明であった糸状菌芳香族系PKSの炭素鎖長および閉環様式の制御機構についてその一端を明らかにし、バクテリアのPKSにはみられない多彩で複雑な制御機構が存在することを明らかにした。また、A. fumigatusにおいてペンタケタイドナフタレンの新規な生合成経路の存在を明らかにし、生合成経路についても糸状菌は予想外の多様性を秘めていることを示した。以上のことから、糸状菌ポリケタイド生合成系が新規活性物質生産系として非常に有望なものになる可能性を示すことができた。

Fig.1 Domain architecture of fungal aromatic PKSs

Fig.2 Claisen Type Cyclase of A. nidulans WA

Fig.3 Mutant PKSs in C-and N-terminal domain

Fig.4 Products of C-terminal mutants of PKS1 and AT1

Fig.5 A. terreus AT1

Fig.6 Function of C-terminal domain of fungal aromatic PKSs

Fig.7 Chimeric PKSs composed of WA and PKS1

Fig.8 Structure of ATHN

Fig.9 Spinochrome A

Fig.10 Comparison of SW-B and SW-AT

Fig.11 Products of SW-B

Fig.12 Effect of CLC Domain on Product Chain Length

Fig.13 Naphthalene biosynthetic pathway in Fungi

審査要旨 要旨を表示する

 糸状菌が生産する芳香族ポリケタイドは多様な骨格と多彩な生物活性を有する重要な化合物群である。これら化合物の生合成は、酢酸単位の縮合の繰り返しによるポリケトメチレン鎖の生成と、それに引き続く閉環反応により行われ、これら一連の反応を触媒、制御するのがポリケタイド合成酵素(PKS)であるが、糸状菌芳香族系PKSにおいては、鎖長や閉環様式の制御機構等その機能解析はほとんど行われていない。本論文は、異種糸状菌発現系を用い、各種PKSの反応制御機構、特に(1)C末ドメインの機能、(2)N末およびポリペプチド中央部分に保存される領域の機能、(3)新たに見いだしたC末ドメインによる炭素鎖制御機構、の解明を主目的とした研究であり、また、同様の異種糸状菌発現系を用いた(4)糸状菌メラニン生合成に関わる新規PKSの同定、についても記載している。

1.糸状菌芳香族系PKS C末ドメインの機能解析

 糸状菌芳香族系PKSは多機能型酵素をコードし、Aspergillus nidulansのWAやColletotrichum lagenariumのPKS1では、既知のチオエステラーゼ(TE)に高い相同性を示すC末ドメインが存在する(Fig.1)。本論文の著者は、ヘプタケタイドナフトピロン合成酵素であるA. nidulansのWAにおいて、C末ドメインがTEではなく、ナフトピロンB環のクライゼン型閉環を触媒するクライゼン型サイクラーゼ(CLC)として機能していることをすでに明らかにしていた。今回、WAと同じくクライゼン型閉環産物を合成するPKS1において、C末ドメインの変異体を発現させて分析したところ、予想に反し酢酸単位が1つ多いヘキサケタイドイソクマリンを特異的に生産していることを見いだした(Fig.2)。クライゼン型閉環産物が生産されなくなることから、PKS1のC末ドメインもCLCとして機能していることは確認されたが、WAの場合と異なり、PKS1の場合はCLCが機能することで主生産物の炭素鎖長が短くなることから、PKS1のCLCはポリケトメチレン中間体を伸長途中でACPから切り出し、炭素鎖のそれ以上の伸長を阻止するものと結論している。(Fig.2)

 次いで、WAと同一のドメイン構造を示すA. terreus由来のAT1についても同様の解析を行い、実際の生成物がクライゼン型閉環産物ではなく、さらにそのC末ドメイン変異体の解析から、AT1のC末ドメインはTEとして機能していることを明らかにした(Fig.2)。以上のことから、糸状菌芳香族系PKSのC末ドメインは、互いに高い相同性を示すにもかかわらず、その機能は多様であることが明らかとなった。

2.A. nidulans WAの機能未知ドメインの機能解析

 機能未知であるWAタンパク中央部のドメインBの機能を検討するため、WAとPKS1からなるキメラ体SW-BとSW-ATを構築した(Fig.3)。両キメラ体を発現させた結果、複数の化合物が同定されたが、主生成物の黄色色素が新規ヘキサケタイド2-acetyl-1, 3, 6, 8-tetrahydroxynaphthalene (ATHN)であると同定した(Fig.4)。また、両キメラ体の生産化合物の比較から、WAのドメインBはヘプタケタイド生産に必須であり、鎖長の制御には関与しているが、ドメインB単独で鎖長を制御しているのではなく、他のドメインと共同で鎖長を決定しているものと結論している。

3.CLCドメインによる炭素鎖伸長阻止機能の検討

 WA、PKS1、SW-ATにおいて、CLCが機能している場合(+CLC)としない場合(−CLC)とで、生産化合物の炭素鎖長がどのように変化するかをCLC変異体を用いて比較した。WAではCLCによる炭素鎖の伸長阻止はみられないが、PKS1やSW-ATでは、CLCが機能することにより生産化合物の鎖長は短い方に移行し、炭素鎖長が短くなる傾向を見いだした。このことはWAのCLCも、PKS1とのキメラ体ではポリケトメチレン中間体を伸長途中でACPから切り出し、炭素鎖の伸長を阻止できるようになることを示しており、CLCによる炭素鎖の伸長阻止は、CLC自体に独立に備わった機能ではなく、他のドメインとの相互関係の結果初めて生じる付加的な機能であることを示唆した。

4.A. fumigatusにおけるナフタレン生合成経路の解析

 糸状菌A. fumigatusは、ヒト真菌感染症であるアスペルギルス症の病原菌であり、その病原性には胞子が生産するDHN-メラニンが必須である。米国NIHのグループによりクローニングされたPKS遺伝子Alb1を同様の異種糸状菌発現系により解析し、DHN-メラニン前駆体であるペンタケタイドナフタレン合成について、A. fumigatusでは、本PKSにより先ずヘプタケタイドナフトピロンが生成し、これを分解してペンタケタイドナフタレンを生成するという新規な生合成経路が存在することを明らかにした(Fig.5)。

 以上本研究は、これまで全く不明であった糸状菌芳香族系PKSの炭素鎖長および閉環様式の制御機構についてその一端を明らかにし、バクテリアのPKSにはみられない多彩で複雑な制御機構が存在すること、また、生合成経路自身についても糸状菌は予想外の多様性を秘めていることを示したものである。本研究で見いだされた糸状菌PKSの機能についての新知見は、新規生物活性物質生産系として糸状菌ポリケタイド生合成系の利用が非常に有望であることをを示しており、天然物化学、応用微生物学の進展に寄与するところが大きく、博士(薬学)の学位に相応しいものと認めた。

Fig.1 Domain architecture of fungal aromatic PKSs

Fig.2 Products of C-terminal mutants of PKS1 and AT1

Fig.3 Chimeric PKSs composed of WA and PKS1

Fig.4 Structure of ATHN

Fig.5 Naphthalene biosynthetic pathways in fungi

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