学位論文要旨



No 116710
著者(漢字) 麻生,享志
著者(英字)
著者(カナ) アサオ,タカシ
標題(和) ジョン・デューイにおけるプラグマティズムの真理観の研究
標題(洋)
報告番号 116710
報告番号 甲16710
学位授与日 2001.12.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第341号
研究科 人文社会系研究科
専攻 基礎文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 一ノ瀬,正樹
 東京大学 教授 松永,澄夫
 東京大学 教授 天野,正幸
 東京大学 教授 高山,守
 熊本大学 名誉教授 魚津,郁夫
内容要旨 要旨を表示する

本論文の主題は、デューイの論理学と真理観を探ることにある。そこで重要な特徴は、第一に「探究の論理学」であること、そして第二に、実験主義である。前者は、一面で実際に行われた探究過程の研究によって、論理学に到達すべきことを主張するが、他面で論理学が探究に有益な影響を与えることを目指す。そこで例えば、「自殺志願者を論理学は"諌止"することが(どのようにして)可能か」という問いが生じる。このように、デューイ哲学においては、論理学を論じる場合にも、他方「倫理」や「実践」にも目を向けなければならない。そこには価値と事実の連続と言われる事態がある。デューイのこの倫理学的方面での方法論を、本論文は「小倫理主義」と名付け考察し、さらに論理学の視点からデューイの価値論を考察した。次に探究の諸局面について、(1)探究を開始させる状況をめぐる論争、(2)デューイ論理学の中心的方法である実験に関する思想問題、(3)探究結果として得られる真理の本性が、順に考察され、(4)論理学内における主観(主属的)要素と客観(主属的)要素の観点から探究のパターンがまとめられる。それらにおいて語られるテーマとしては、「単独の操作として仮説の検証を目指す実験が陥る後件肯定の誤謬を、プラグマティズムはいかにして脱するか」という論点や、可謬主義の「くつがえされ得る真理」論の検討が対立仮説を退けることで図られる原理的考察が含まれる。ここから、旧来の論理学の批判に移る。その最大のポイントは、実体化の批判である。「真理」概念の実体化批判は「クイズ的真理観」の批判を意味し、因果概念の実体化はヒューム哲学の再考察を促し、また自由論に対し一定の寄与をなす、など。他に(1)命題中心主義・(2)真理の対応説・(3)直観主義が批判され、旧来の立場が「過度の確実性を求める」ものとして退けられ、蓋然性の真理観を打ち立てねばならないと主張する。さらに社会科学との接点が模索される。その中で、合理性概念が「納得・説得」の問題として経済価値と結び付いた検討を受ける。また別に、同様の問題意識から、実験の後件肯定誤謬性を脱するための「頻出−蓋然性」概念を投票制度の考察に援用すること、これらが補論として試みられる。かくて現代においてこそ、デューイ哲学(論理学)は大きな役割を果たすことが主張される。

審査要旨 要旨を表示する

 麻生享志氏の論文「ジョン・デューイにおけるプラグマティズムの真理観の研究」は、アメリカのプラグマティズムの完成者と目され、今日R.ローティーの哲学に大きな影響を与えているデューイの特異な論理学について、その全容に迫るべく、多面的な角度から徹底的な検討を企てたものである。デューイの論理学の最大の特徴は、徹頭徹尾、「実験」を介した「探究」という実践として論理や知識を捉えていくところにあり、麻生氏は、そのことを、旧来の命題中心の論理観、対応説的真理観、探究の状況から概念を切り離して捉える実体化の傾向、などに対する批判とともに、「保証付きの当面可能的言明」という形で真理を捉え返す「可謬主義」の論理学として丁寧にたどり直している。とりわけ麻生氏が強調的に描き出そうとしているのは、探究の諸相に渡って現れる主観的要素と客観的要素との相関のありようである。麻生氏は、この両要素の相関は判断における主語と述語の関係として現れると押さえ、コントロールされた探究の最終的判断が是認されるのは、主語の客観的要素と述語の主観的要素とが結びついているときだけであると捉える。そして、普遍的命題と存在的命題、帰納と演繹、存在的と可能的、といった探究の中で協力し合う契機は、すべて主観的要素と客観的要素との相関として捉えられると論じるのである。こうした基本的理解にのっとって、麻生氏は、デューイ論理学の広がりに目を配っていく。たとえば、デューイ論理学が倫理学に適用された場合には、道徳原理から天下り的に道徳を論じるような立場を排し、具体的な問題状況に即して探究を行う小倫理主義の立場が帰結するとしたり、民主主義における投票制度が実験結果の頻出によって仮説の蓋然性を高めるという探究の過程と類似している点から、投票制度に対して一定の肯定が与えられることになる、などと論じている。また、経済学における合理性の問題も、「意思決定」の問題と絡めて、デューイ論理学の応用場面として詳しく言及されている。全体として、デューイの論理学と真理観の特徴がきわめて印象的に浮き彫りにされているといえる。

 麻生氏の論文は、デューイ哲学の意義を積極的かつ肯定的に描き出そうという意図に貫かれたものであり、それゆえに、対立する考え方への理解がやや弱い面もあるにはある。しかし、これほど体系的かつ首尾一貫した形で展開されたデューイ研究はわが国でも貴重であり、博士(文学)の学位を授与するに十分値する論文であると判断する。

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