学位論文要旨



No 116713
著者(漢字) 大島,俊
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,タカシ
標題(和) Ce(Rh1−xNix)2Ge2の異常な磁気相図とKondo Volume Collapse的振る舞い
標題(洋) Anomalous Magnetic Phase Diagram and Kondo Volume Collapse Behavior of Ce(Rh1-xNix)2Ge2
報告番号 116713
報告番号 甲16713
学位授与日 2001.12.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4073号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榊原,俊郎
 東京大学 教授 後藤,恒昭
 東京大学 助教授 和田,信雄
 東京大学 助教授 岡本,徹
 東京大学 助教授 溝川,貴司
内容要旨 要旨を表示する

Ce化合物の多くは重い電子系と呼ばれ、見かけ上、電子の質量が通常の100倍以上に増大したような性質を示すことで知られる。重い電子系は高温超伝導体とともに強相関電子系の典型例と考えられ、多くの物性研究者に注目されている。筆者は、反強磁性体CeRh2Ge2のRh-siteにNiをドープした系、Ce(Rh1-xNix)2Ge2(0≦x≦1)を基礎物性測定(比熱、帯磁率、電気抵抗、中性子散乱)により系統的に研究した。この系は以前に調べられたことはない。詳細な研究の結果、最終的に得られた磁気相図は、予想を覆す特異な形をしていた。すなわち、0≦x≦0.06の反強磁性相(AF1)と0.65≦x≦0.8の反強磁性相(AF2)の間に、広範囲にわたる非磁性重い電子系相が存在することがわかった(図1)。この予期せぬ非磁性相の出現は、この組成領域だけ格子体積Vが不連続に小さくなっていることに起因していた(図2)。S.Doniachの理論によると、格子体積はCe化合物の基底状態の決定に重要な影響を及ぼす。すなわち、格子体積が小さくなるほど系の基底状態は非磁性になりやすくなる。こうして図1の特異な磁気相図は理解できる。そこで次に問題になるのは、この組成領域0.1≦x≦0.6で体積が大きく減少している理由である。筆者はGibbsの自由エネルギーを考察することにより、その機構を定性的に説明できた。それによると、このように体積が自然に期待される値より減少するのは、弾性エネルギー的に非常に損であるが、同時にKondo効果が起こって非磁性の基底状態(Kondo Singlet)をとれることで磁気エネルギー的には得をする。したがって、後者の寄与が前者の寄与に勝れば、このような体積減少も自由エネルギー的に可能になるであろう。このような考え方は、Ceのγ−α転移の説明に用いられたものと本質的に同じで、Kondo効果が体積激減に重要な寄与を及ぼすことから、Kondo Volume Collapse(KVC)と呼ばれる。Ce(Rh1-xNix)2Ge2はCeとともに、KVCを起こす数少ない例であろう。

図1

図2

審査要旨 要旨を表示する

 本学位論文の研究対象は反強磁性体CeRh2Ge2と非磁性の重い電子系化合物CeNi2Ge2との混晶系Ce(Rh1-xNix)2Ge2であり、組成変化を通して反強磁性から重い電子状態への遷移を詳細に調べるのが研究目的である。

 本論文は6章から構成されている。第1章は序章で、Ce系を中心とする近藤効果や重い電子系の形成、量子相転移相図、結晶場効果、非フェルミ液体的振舞い等についての物理的背景、およびThCr2Si2型構造を有するCe化合物における磁気相図の特徴について簡潔に述べられている。第2章では試料作成法を中心とする実験方法が述べられている。第3章では本論文の対象物資であるCeRh2Ge2およびCeNi2Ge2について、各々の物性の特徴がまとめられている。

 第4章が実験結果についての記述である。本研究では0≦x≦1の計19個にも及ぶ試料を作成しその物性評価を行っている。まず各試料が単一相であるかどうかは重要な点であるが、論文提出者は熱処理時間の工夫等により全ての試料についてX線回折から判断する限り単一相であることを確認している。この際、通常は格子定数の組成変化がx=0からx=1までほぼ直線的に変化(Vegard則)するのに対して、意外にもx=0.1、0.6において正方晶a, c軸がともに不連続を示し結晶体積が0.1≦x≦0.6の間でVegard則の予測と比べ顕著に減少する異常を見出している。一方磁化率、比熱および電気抵抗の測定結果より申請者はCe(Rh1-xNix)2Ge2の磁気相図が4つの異なる領域に分けられることを示した。通常、cf混成強度を変化させた場合の反強磁性から非磁性の重い電子状態への遷移では量子臨界点が1つ存在するのが普通であるが、本研究からCe(Rh1-xNix)2Ge2系ではxの増加とともに基底状態が反強磁性→非磁性重い電子状態→反強磁性→非磁性重い電子状態のように複雑に変化することが明らかにされた。このような組成変化を示す混晶系はかなり例外的であり、その原因はこれまであまり理解されていない。論文提出者はさらに中間領域で出現する非磁性重い電子状態の組成範囲が格子定数の異常が見られる領域(0.1≦x≦0.6)と一致している点を見出した。非磁性基底状態への転移と格子の異常との関係を明らかにしたのは本研究が初めてであり、興味深い実験結果であると言える。

 これらの実験結果に対する考察が第5章である。反強磁性から非磁性重い電子状態への遷移について、論文提出者はDoniachの相図としてよく知られている近藤効果とRKKY相互作用の競合の図式に基づいて説明を試みている。CeRh2Ge2のRhに対するNi置換は基本的には結晶体積を減少させる効果(chemical pressure)であると考え、Ni濃度増加(体積減少)に伴うcf混成強度の増大による近藤温度TKの上昇が反強磁性を抑制すると推論している。このことを検証するために論文提出者は磁化率・比熱の測定結果をもとにTKの組成依存性を評価し、非磁性状態においてTKが実際に上昇していることを確認した。混晶系におけるTKの推定はランダムネスに伴う分布の問題があり必ずしも容易ではないが、評価の結果は概ね妥当であると思われる。ところでDoniachのモデルでは反強磁性基底状態から非磁性状態への転移の次数は通常2次であり、本研究のx=0.1で見られた1次転移を説明しない。そこで論文提出者は1次転移の機構としてKondo volume collapseの可能性を考察している。この現象は金属Ceなどで見られ、加圧によって低いTKを持つ状態から高いTKの状態へと1次転移を示すもので、近藤1重項凝縮エネルギー(TK)の強い体積依存性と格子の弾性エネルギーとのバランスによって説明される。論文提出者は組成変化によるchemical pressureに対してこのモデルを初めて適用し、その結果は定性的には1次転移による反強磁性の消失を説明することに成功しているように思われる。ただしNi置換効果をchemical pressureだけと考えるとx=0.6付近で再び反強磁性が出現することを説明できない。この点について論文提出者はNi置換がもたらす伝導電子数の変化によりフェルミ準位状態密度が変化し、cf混成強度の非単調な変化を生じる可能性を指摘している。同様な状態密度の効果はCe(Rh1-xRux)2Si2系でも考察されており、妥当な解釈と思われる。これらの考察は定量的にはTKの変化を大きく評価しすぎること、有限温度の効果を考慮していないこと、さらに何らかの格子系の異常が先に起こっていて基底状態が変化している可能性があるなどやや不完全な点もあるが、これらの点は実験的研究としての本論文の範囲を超えるものであり今後の理論的課題と言うべきであろう。6章では以上の結果が要約されている。

 本研究は非常に多くの測定結果に基づいて混晶系Ce(Rh1-xNix)2Ge2の磁気相図を初めて明らかにし、基底状態が格子の異常と関連して特異な組成依存性を示すことを見出したこと、さらにその機構としてKondo volume collapseのモデルを組成変化に対して初めて適用するなど興味深い可能性を提案しており、学位論文として評価に値するものであることが審査員全員によって認められた。

 なお、本論文の4章における単結晶を用いた中性子回折の実験は試料提供者など数名との共同研究であるが、論文提出者が主体となって計画を立案し分析したものであり、論文提出者の寄与が十分であったものと認められる。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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