学位論文要旨



No 116714
著者(漢字) 浅野,芳洋
著者(英字)
著者(カナ) アサノ,ヨシヒロ
標題(和) 磁気圏尾部におけるサブストーム時の薄い電流層の構造
標題(洋) Configuration of thin current sheet in substorms
報告番号 116714
報告番号 甲16714
学位授与日 2001.12.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4074号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 星野,真弘
 東京工業大学大学院 助教授 藤本,正樹
 東京大学 助教授 早川,基
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 宇宙科学研究所 教授 前澤,洌
内容要旨 要旨を表示する

地球磁気圏尾部の反平行磁場に挟まれて存在するNeutral sheet近傍の電流層は,通常は3RE程度の厚さを持ちプラズマシート内の広範囲に渡って存在している.このような状態でのプラズマは十分に流体的な記述が出来,MHDの式から電流密度は〓と記述される.プラズマシート内のプラズマ圧の等方性とイオン/電子温度の差からこの電流は主にイオンの圧力勾配によって作られていると考えられて来た.しかしこの電流層がイオンの慣性長程度まで薄くなってくると,イオンは流体的な振るまいから外れ,粒子的な描像が必要になってくる.また電流への電子の運動の寄与が大きくなってくるため,単一流体MHDでは十分小さいとして無視されていた一般化されたオームの法則〓の右辺のうちHall電流項〓の影響が無視できなくなる.

 近年サブストームGrowth phase後半からExpansion phaseにかけてのシミュレーションや理論計算などにおいても電子の振るまいや電流の発生機構について議論されて来ており,磁気圏では電流密度の増加した薄い電流層ではしばしば電子の振るまいが重要となることが示されている.これらのことから,イオンと電子の電流への寄与やその機構を実際に観測し明らかにすることは,サブストームの発生機構や磁力線再結合の物理を更に理解していく上で重要である.

 過去の衛星観測では実際にGrowth phaseからExpansion phaseにかけて,イオンの慣性長(1000km弱)と同程度の薄い電流層が形成されることが確認されている.しかしこれらはみな磁場の変化をもとに求められたものであり,プラズマのデータから直接電流の様子を調べられたものは無かった.この原因の一つに磁気圏における電子計測の困難さによるものがある.これまでの計測技術では電子のプラズマシートにおける熱速度(約10000km/s)の1%程度にしかならないイオンと電子の相対速度を精度良く求めることは困難であった.今回GEOTAIL衛星の計測で得られた電子のデータから種々の較正を行い,その結果イオンだけでなく電子の速度,温度などの物理量を求めることに成功した.本研究ではイオンと電子のモーメントデータから電流を評価し,サブストーム時の薄い電流層の形成から解消までのプラズマの運動と電流層の構造,Hall電流項の影響についての解析と議論を行った.

 本論文は全部で7章で構成される.第1章は全体的導入部,第2章は解析に用いたGEOTAIL衛星の観測機器および方法,特に電子とイオンの速度差から電流密度を求めて電流層の厚さを求めるための方法について説明し,尾部電流層の一般的な性質について述べている.

 第3章より第6章が本論文の主要部で,実際のサブストーム時の電流層の解析結果を示す.主な結果は以下の通りである.まず第3章では典型的なサブストームの例について詳細に調べ,第4章では統計的な解析を行った結果,Growth phaseからEarly expansion phaseにかけての磁気圏近尾部では徐々に薄い電流層が形成されていく様細が明らかになった.また,この薄い電流層の発達は主にオンセット時のX-line生成領域より地球側で起こり,X-lineの生成領域より尾部側やX-lineの生成されない磁気圏側面部ではこの電流層のthinningは見られないということが明らかになった.この結果はX-lineは形成された薄い電流層の最も尾部側付近で生じるということを示している.この薄い電流層はBzの減少とともに発展し,同時に大きなNeutral sheet向きのEzが現れて電子が朝方側にドリフトし,電流を運ぶようになるということが明らかになった.またこの電流層は時間的空間的変化が大きく,変動に伴ってしばしばNeutral sheetからやや離れた部分で最も強い電流が観測された.これは過去のモデルなどでは言及されていない一時的,局所的な構造の存在を示している.

 第5章ではExpansion phaseのX-line近傍のpost-plasmoid plasma sheetにおける電流層の解析をイベント2例と統計解析を用いて行い,この領域での電流層の二次元的な構造を得た.Crosstail方向にはNeutral sheetからやや外れた領域で電流が大きくなる様子が観測された.この領域はX-lineのまわりに形成されるslow shockの領域であり,Neutral sheet向きの強いEzに伴って粒子は朝方向きにドリフトして電子による電流を作っていることが明らかになった.一方Neutral sheet付近のやや電流が弱い領域では電子だけでなく夕方向きに流れるイオンも電流を担っている.この領域のイオンはまだ完全に熱化しておらず,高エネルギーの成分とやや低エネルギーの成分の2つの成分に分かれている様子が観測された.このうち高エネルギー成分のイオンは強く夕方側へ加速されており,磁気再結合領域での夕方側向きの電場により加速されたものと考えられる.これが電子と同等程度の大きさの電流を担っているということが明らかになった.この時の電流層はX-lineに近づくにつれて薄くなり,近傍では500km程度にまで薄くなるイベントも観測された.またX-lineから離れるとneutral sheet付近の電流層は徐々に厚くなり電場Ezの観測される領域がneutral sheetから離れた外側へと限られていく傾向が見られた.

 X-line近傍領域ではcross-tail方向だけではなく,XZ面内でX-lineへ出入りする向きの電流の構造も得られた.このうち外向き(X-lineから出る方向)の電流については電子とイオンの速度差が大きいため過去にも何度か観測されて来たが,本研究ではこの電流系を統計的に解析し,それぞれの電流の流れる領域を明らかにするとともにその幅を見積もった.その結果,外向きの電流はPlasma sheet boundary layerを磁力線に沿って電子が流れ込むことによって生成されており,幅は約500kmであると見積もられた.内向き(X-line方向)の電流はX-line近傍では比較的bx(磁場強度をローブの磁場で規格化した値)の小さいNeutral sheet近傍でも電流が見られるが,X-lineから離れると少しNeutral sheetから離れた場所,主に0.4<bx<0.8のslow shockの領域と重なるように流れていることが明らかになった.この領域ではイオン,電子とも外向きに流れているが,電子の方が速度が速いため速度差によって内向きの電流が生じているという結果が得られた.これらの電流の境界はbx〜0.85付近にあり,これはX-lineからやや離れた領域でよりはっきりするという結果が得られた.またこの電流系(Hall電流系)の出入りによりX-lineの前後,南北でByが四重極構造を持って現れていることが一般的にも示された.

 第6章においては,Expansion phaseからRecovery phaseにかけて,cross-tail方向の電流層が磁場の形状変化(dipolarization)とともに薄い電流層から非常に幅の広い電流層へと変化する際の解析を行った.この時,両電流層の境界域では電流密度はBzの増加とともに速やかに減少し,電流層が急速に厚くなっていく様子が得られた.多くの場合これは地球向きプラズマ高速流の終了と前後しており,プラズマの高速流が見られなくなるとともにBzが増加する傾向が示された.またこれと同時に夕方側から朝方側に向かう電流が生じていることが明らかになった.これは高速流の地球向き速度の急激な減少により生じた慣性電流であると考えられる.過去の観測と同様このdipolarizationは地球近傍で発生し,時間とともにNENL領域にまで尾部方向へ広がっていくという結果が得られている.また,その規模が地球から遠くなるにつれて小さくなる様子も得られた.特に最初に形成されたX-lineの場所より尾部側のプラズマシートではプラズモイドの放出により存在していたプラズマが一掃されるためプラジマシートが一度非常に薄くなり,その回復後に起こる弱いdipolarizationは先にサブストームが終了するなどの場合まったく起こらない場合も見られた.

 第7章ではこれら全ての結果のまとめをおこなっている.

審査要旨 要旨を表示する

本論文の目的は,地球磁気圏におけるプラズマシートの構造を理解することであり、特に科学衛星ジオテイルのデータ解析から、サブストームに伴ってダイナミックに変動するプラズマシート「電流層」の構造を明らかにすることであった。磁気圏プラズマシートは、1千万度を超える高温プラズマで満たされていることが知られており、地球極域でのオーロラ現象をはじめとして磁気圏における物質エネルギー輸送を解明するためには、このプラズマシートのダイナミックな構造を理解することが大切である。本論文で議論するプラズマシートの電流層の厚さは,磁気圏を特徴付ける基本構造パラメターであり,プラズマシートのダイナミックスを理解する上で極めて重要な意味を持つ。ところが従来の衛星データ解析では,基本構造パラメターである電流層の厚さを精度よく評価することが出来ていなかった。何故なら従来の方法は,衛星が電流層を相対的に横切る時間と速度から間接的に求めることが一般であり,プラズマ対流運動と磁気圏の揺らぎによる相対運動とを分離することが出来なかったからである。本研究では,従来不可能だと思われていた,速度分布関数から電流を直接評価する方法を用いて,精度よく電流層の厚さを評価することに世界で初めて成功した。更にこの解析方法を用いて、サブストームの前後におけるプラズマシートのダイナミックスを明らかにした。特に,サブストームの発生時には、イオン慣性長(イオン・ジャイロ半径)程度以下の非常に薄い電流層が発達することを発見した。このような研究は、近年高機能衛星観測や観測密着型理論シミュレーション研究においても,イオン・ジャイロ半径程度のスケール長をもつ微視的プラズマ現象が,大規模磁気圏構造形成と密接に関連していることが議論されるようになってきており,磁気圏でのミクロ・マクロ結合の複合系物理を理解するうえでも重要な研究と位置づけられる。

本論文は7章からなり、第1章では磁気圏構造および磁気圏尾部での電流層についての概説が述べられている。次に第2章では、データ解析の方法について議論が行われており、特に速度分布関数から直接求まる電流とアンペールの法則を用いて電流層を評価する時の物理的基準について説明がなされている。第3章以降では、サブストームの発生から終末までのそれぞれの段階で電流層の構造がどのように変化するかについて議論することになる。第3章と4章ではそれぞれ,典型的なサブストーム時における詳細解析と統計解析がなされており,Growth PhaseからEarly Expansion Phaseにかけて,電流層がイオン慣性長程度まで薄くなっていくこと,磁気中性面に向かう分極電場が発達していることを明らかにしている。更に新しい視点として,この薄い電流層は,リコネクションのX点の地球側のプラズマシートで顕著に見られること,電流の極大がしばしば磁気中性面から離れた領域に現れることも見出した。第5章では,サブストームのExpansion Phaseにおける磁気リコネクションX点近傍の電流層の解析がなされている。X点近傍ではイオン慣性長程度の電流層が2重構造になりX点から伸びるスロー衝撃波の領域に対応すること,薄いプラズマシートで期待されるHall電流系が形成されていることを観測的に明らかにした。第6章においては,サブストームの最終段階であるExpansion PhaseからRecovery Phaseにかけての電流層の解析を行った。薄い電流層の夜側に引き伸ばされた磁場構造から地球のダイポール磁場構造に向かって変化する,所謂dipolarization現象を詳しく調べ,地球向きのエネルギー輸送の終了時に電流層が厚くなることを明らかにした。第7章では,以上の考察でなされた磁気圏プラズマシートの電流層と磁気圏プラズマ輸送過程の関連が簡潔に纏められている。

なお本論文は,観測データの評価を含め共同研究の部分も有るが、論文提出者が主体となって理論的観点からデータ解析を行なっている。衛星観測運用やデータ取得などは大型衛星計画の国内外のグループによる成果であるが、本論文は、論文提出者の鋭い洞察力がなくては完成しなかったのは言うまでもなく、本人の寄与が十分あると認められる。

以上の理由により、博士(理学)の学位に十分に値すると判断する。

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