学位論文要旨



No 116717
著者(漢字) 蔵川,圭
著者(英字)
著者(カナ) クラカワ,ケイ
標題(和) 製品ライフサイクルシナリオに基づく概念設計支援
標題(洋)
報告番号 116717
報告番号 甲16717
学位授与日 2001.12.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5097号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 冨山,哲男
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 太田,順
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,シナリオを考慮した概念設計プロセスと設計情報構造のモデル化,設計プロトコル分析によるモデルの検証,モデル化に基づいた効率的なアイディア創出を可能とする概念設計方法論の提案と概念設計支援システムの構築を目的とする.目的の設定にあたっては,まず環境調和型設計に重要な製品ライフサイクルシナリオの決定に着目し,さらに製品ライフサイクルシナリオをより一般化してとらえシナリオの決定に着目する.ここで,製品ライフサイクルシナリオとは,製品に利用する材料の選定から製造,利用,保守,リユース・リサイクル,廃棄に至る製品の一生を意味する製品ライフサイクル全般にわたって,環境負荷最小を目指す製品の処理・操作の仕方と製品周辺の状況に関する記述である.シナリオとは,環境調和型設計に特徴的な製品ライフサイクルシナリオをより一般化してとらえた,行為主体・状況・行為の3つの要素を含む記述である.

 本論文では,まず設計活動の理論化において,環境調和型設計に特徴的な製品ライフサイクルシナリオをより一般化してとらえ,行為主体・状況・行為の3つの要素を含む記述すなわちシナリオに着目し,シナリオを考慮した概念設計プロセスと設計情報構造のモデルを仮説として導く.仮説の検証は,実際の設計ミーティングを録画したビデオ情報を対象とするプロトコル分析によって行う.続けて,モデルにおける設計情報の分類・定義に従って分割される設計者の発言をアイディアと呼び,アイディアを効率的に創出するための概念設計方法論を提案する.さらに,本方法論を基にした概念設計支援システムを構築する.概念設計支援システムは環境調和型設計に適用される.

 以下では,本論文の流れに沿って論文全体の要旨とシステムの概要を述べる.

 先ず,第1章において本論文における背景と目的,研究アプローチについて述べる.

 第2章では,環境調和型設計および環境調和型設計研究について概観する.既存の環境調和型設計研究における本論文の位置付けを明らかにする.

 第3章では,シナリオを明示的に扱う設計を対象とし,概念設計における設計情報の構造とプロセスのモデル化を行う.モデル化では,まず設計の基本的な問題解決プロセスとして認知的設計問題解決プロセスを定義し,設計情報構造のモデルを導出する.認知的設計問題解決プロセスでは,設計の問題が与えられてから背景情報,設計解,評価結果と順に創出される.したがって,設計者の発言は,背景情報,設計解,評価結果,および認知的設計問題解決プロセスを制御するメタ設計に分類される.設計解はさらに,設計対象をあらわす対象設計解とシナリオの要素を含むシナリオ設計解に分類される.対象設計解は設計の目的,要求,要求機能が含まれ,シナリオ設計解は製品挙動,周辺環境,ユーザ行為などが含まれる.背景情報も同様にシナリオの要素を含むことが可能であるため,シナリオの要素を含んだ背景情報とシナリオ設計解によってシナリオは記述される.設計情報構造とは,設計解を中心として背景情報,評価結果が関連付けられる構造からなる.さらに,認知的設計問題解決プロセスとシナリオを考慮した設計情報の分類を用いて概念設計プロセスを定式化する.

 本論文の目的を設定するに至る社会的な必要性は地球環境問題を解決するという昨今の重要課題に基づいている.地球環境問題に対処することの重要性はマスメディアによって報道される通りでありここであえて述べるまでもない.ただし,地球環境問題がどのようなメカニズムで起きているのか何に着目すれば解決の糸口が見えるのかは定かでない.ここでは,問題の大きな原因の一つが人間の作り出す製品であるととらえ,地球環境問題に対処するアプローチとして環境に調和する製品を作り出す設計活動,すなわち環境調和型設計に着目する.

 環境調和型設計を対象に既に様々な研究が取り組まれており,環境調和型設計における重要性や必要な着眼点,手法が成果として報告されている.環境調和型設計の特長として,そこで取り扱う情報が地球環境という大きな閉じたシステムの中で環境に影響を及ぼしうるすべての製品属性をカバーし,製品ライフサイクル全般にわたって環境負荷最小を目指す製品ライフサイクルシナリオを設計の初期の段階から決定しなければならない点があげられる.製品の要求や機能と製品ライフサイクルシナリオとは互いに依存しあいながら環境負荷最小を目指し詳細化されていくのである.

 もっとも,環境を配慮する以前の一般的な設計活動自体,残念ながらまだわかっていることが少ない.設計活動を解明し,支援を行う研究は100年以上にわたって行われてきているが図面を表現する支援システム以外に実際に設計者が利用できるものは少ない.それは,設計活動自体が企業秘密であり研究者に必要な情報が公開されないことと,設計活動そのものが人間による高度な創造活動であるため解明自体が難しいからである.

 高度な創造活動を解明する手がかりは,設計ドキュメントや製品,プロトタイプ,スケッチなどの結果であり,結果を基に設計活動の理論を組み立てる.ここ数十年の情報技術の進歩から解明の手がかりを記録し分析することが比較的容易となり,現状での最も詳細な解明の手がかりとして設計者のミーティングを録画したビデオ情報を挙げることができる.本論文は記録された設計者の発言を手がかりに設計活動を解明し,理論化の一助とする.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、製品のライフサイクルにおけるさまざまの状況を考慮した製品ライフサイクルシナリオと呼ぶ新しい概念を提唱し、またこれに適した設計情報構造のモデル化とその検証、ならびにモデル化に基づいた概念設計方法論を提案している。そして、これに基づいた概念設計支援システムの構築を行い、実際の概念設計に適用して、情報を整理し設計の見通しをよくするなどの効果を検証している。

 製品ライフサイクルシナリオとは、製品に利用する材料の選定から製造、利用、保守、リユース・リサイクル、廃棄に至る製品の一生を意味する製品ライフサイクル全般にわたって、環境負荷最小を目指す製品の処理・操作の仕方と製品周辺の状況に関する記述である。これを一般化したシナリオとは、行為主体・状況・行為の3つの要素を含む記述である。本論文では、設計活動の理論化において、シナリオを考慮した概念設計プロセスと設計情報構造のモデルを導いている。続けて、設計者がアイデアを効率的に創出するための概念設計方法論を提案している。さらに、本方法論を基にした概念設計支援システムを構築した。この概念設計支援システムを環境調和型設計に適用し、その効果を検証している。

 具体的には、まず、第1章は、本論文の研究の背景と目的、研究アプローチについて述べている。

 第2章では、環境調和型設計および環境調和型設計研究に関して、既存の研究における本論文の位置付けを明らかにしている。

 第3章では、シナリオを明示的に扱う設計を対象とし、概念設計における設計情報の構造とプロセスのモデル化を行っている。モデル化では、設計の基本的な問題解決プロセスとして認知的設計問題解決プロセスを定義し、設計情報構造のモデルを導出した。認知的設計問題解決プロセスでは、設計の問題が与えられてから背景情報、設計解、評価結果と順に創出されるものとし、したがって、設計者の発言を背景情報、設計解、評価結果、および認知的設計問題解決プロセスを制御するメタ設計に分類した。設計解はさらに、設計対象の設計目的、要求、要求機能をあらわす対象設計解と、製品挙動、周辺環境、ユーザ行為などのシナリオの要素を含むシナリオ設計解に分類される。したがって、設計情報構造とは、設計解を中心として背景情報、評価結果が関連付けられる構造からなる。以上の認知的設計問題解決プロセスとシナリオを考慮した設計情報の分類を用いて概念設計プロセスを定式化することに成功している。

 第4章では、シナリオを考慮した概念設計プロセスと情報構造のモデルを実証するために、設計プロトコル分析を行った。プロトコル分析では概念設計を行う設計ミーティングをビデオ録画し、設計者の発話を書き起こし、これに対し第3章において論じた概念設計プロセスと情報構造のモデルを基にコーディングスキームを定め、コーディングを行っている。続けて、コーディングによって設計情報と設計プロセスの定量的および定性的分析を行った。

 第5章では、シナリオを考慮した概念設計プロセスと情報構造のモデルを基にした概念設計方法論について述べている。本方法論は、シナリオを考慮した概念設計プロセスと情報構造のモデルにしたがってアイディアの外在化、構造化、および必要情報の抽出を行うことによって、シナリオを考慮した効率的なアイディア創出を実現するものである。

 第6章では、第5章の概念設計方法論の有効性を検証するための、本方法論を基にして構築した概念設計支援システムについて述べている。次に方法論の有効性を検証するために、設計プロトコル分析の対象となった次世代携帯電話の設計を対象に紙とシステムの双方を用いてアイディアの外在化、構造化、および必要情報の抽出を行い、設計者へのインタビューを行う。これによって、設計における同一議論の回避、複数の視点からのアイディアの相関関係の把握、設計のトレードオフの把握、設計解同士の相互関係の確認、設計の進行状況や議論の方向性の把握、詳細な設計結果の視覚による把握、他者への設計結果の説明を支援することが可能となり設計の効率性が向上され、また環境調和型設計に有効なシナリオの議論を支援可能であることを確認している。

 最後に第7章では、全体を包括した本論文の結論と展望について述べている。

 以上のように、本論文は製品ライフサイクルシナリオまたそれを一般化したシナリオ概念を提唱し、これを利用した設計情報構造のモデルを用いた概念設計方法論を提案しているが、これらの設計学分野における理論としての工学的有用性は高い。また、これに基づいたユニークな概念設計支援システムの構築を行い、これが実際の概念設計に有効であるという結果を得ている。このことは、本研究が環境調和型製品開発プロセスにおける有力な方法論となることを示しており、その工業的有用性も高い。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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