学位論文要旨



No 116718
著者(漢字) 榎本,正
著者(英字)
著者(カナ) エノモト,マサシ
標題(和) 金属イオン結合型デンドリマーの自己集合による新規構造の構築と機能
標題(洋) New Structures and Functions by Self-Assembly of Metal-Anchored Dendrimers
報告番号 116718
報告番号 甲16718
学位授与日 2001.12.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5098号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 溝部,裕司
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 八代,盛夫
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 デンドリマーはその化学構造を制御することが容易であり、また空間的な広がりも予測可能なことから、近年ナノスケールの機能性分子集合体のbuilding blockとして注目されている。これまでファンデルワールス力、水素結合、疎水結合、静電相互作用、金属への配位などを利用したデンドリマー集合体が報告されているが、集合体として特異な機能を示す例はまだ限られている。

 本研究では配位子にデンドリマーを導入し金属への配位結合を利用することで、金属錯体の自発的自己集合によるデンドリマー分子の組織化を行い、デンドリマーによる内部金属錯体の機能化を試みた。金属錯体をデンドリマーでカプセル化することで構造の安定化やハンドリングの改善が期待され、デンドリマー配位子の利用は「集積型」金属錯体の新規合成法としても興味がもたれる。

2.デンドリマーの自己組織化を利用する二核金属タンパク質モデルの合成と性質

 2-1.酸素・銅タンパク複合体モデルの合成と性質

 銅二核錯体を活性中心とする金属タンパク質として非脊椎動物の酸素運搬タンパク質であるヘモシアニンや酸化酵素のチロシナーゼがよく知られている。これらのタンパク質では非常に反応性の高い酸素・銅複合体の安定化をタンパク構造により巧妙に実現している。

 環状アミンである1,4,7-triazacyclononane (TACN)配位子は、非ヘム金属蛋白質のモデル錯体の配位子として広く用いられており、種々の金属と錯体を形成することが分かっている。そこでTACN配位子にデンドリマーを導入し、その金属錯体形成を検討した。本研究において用いたTACNデンドリマー配位子をScheme 1に示す。

1)銅(I)錯体・酸素錯体の合成

 Ar下合成したCu(I)錯体([Bn3TACNCu(MeCN)]PF6(1a)及び([Ln3TACNCu(MeCN)]PF6(2a-4a;n=2-4))の溶液に、低温(-78℃)で酸素を導入したところ、溶液の色が濃い黄褐色に変化し、bis(μ-oxo)dicopper(III)構造の銅酸素錯体(1b-3b)が生成した(Scheme 2)。紫外可視吸収スペクトルの時間変化からこの酸素化反応は銅錯体に対して2次であることが分かった。これはこの反応が銅錯体の2分子反応であることと合致する。擬2次反応速度定数は、各々1.39M-1s-1(2a)、1.3×10-2M-1s-1(3a)であり、デンドリマーサイズに大きく依存した。もっとも嵩高いデンドリマー組織を持つ4aではもはやスペクトル変化を示さず、デンドリマーによるコアの銅錯体の遮蔽効果が世代が進むに連れ急速に大きくなることが分かった。

2)酸素錯体の反応性

 [(Bn3TACNCu)2(μ-O)2]2+(1b)は熱的に不安定であり、-10℃ではN-C(benzyl)結合の酸化的開裂に伴い、半減期7秒で分解する(Scheme 3)。これに対し、3bの半減期は3075秒と酸素錯体の著しい長寿命化が確認された。デンドリマーサイズの一階層小さな2bの半減期は24秒であった。

 この分解反応の熱力学パラメーターを求めたところ、3bの活性化エントロピー(ΔS‡,eu)が-9.3と他に比べて大きな負の値を取ることが分かった(Figure 1)。つまり、3bの酸化的分解に対する見かけ上の安定性は、遷移状態において大きな6つのデンドリマー組織が会合によって密に充填される過程で大きなエントロピーロスが発生するために、銅酸素錯体のN-C(dendron)結合への接近を妨げる方向にTACN配位子のコンフォメーションが規制されていることを示す。

3)結論

 コアの銅酸素錯体の自発的自己集合によりデンドリマー二量体を構築することに成功した。さらに、その結果不安定な銅酸素錯体の安定化が実現出来た。このことはデンドリマーの人工タンパクとしての可能性を示し、non-heme金属タンパクに対する新しい合成アプローチを提供するものと思われる。

2-2.酸素・鉄タンパク複合体モデルの合成と性質

 鉄二核錯体を活性中心とする金属タンパク質として無脊椎動物の酸素運搬タンパクの一種のヘムエリトリン(Hemerythrin, Hr)がある。一般に鉄二核錯体は配位子の交換を起こしやすく、また錯体間の反応で多核の重合体を与えるなどの問題がある。上述のヘムエリトリンモデルではFe(II)二核錯体と酸素との反応で二分子の二核錯体が反応し鉄四核錯体を経由してFe(III)二核錯体に分解する機構が考えられている。しかしながら溶液中での錯体の構造を知ることは難しく、速度論などのデータから類推するしかった。デンドリマー配位子を用いれば、その大きな立体障害により反応経路の絞り込みが可能であり、またGPCのような穏和な条件で溶液中での実際の構造を知ることができ、反応のプローブとして利用できると考えられる。

1) Fe(II)錯体の合成

 FeCl2・4H2Oを金属源として、Fe(II)二核錯体の合成を試みたが、得られた錯体は、Fe(II)単核錯体[Ln3TACNFe(OAc)](PF6)(1c-4c;n=1-4)であることが分かった。このFe(II)単核錯体の溶液に酢酸ナトリウム存在下20℃にて酸素を導入すると、錯体に対して二次のスペクトル変化を経て赤橙色のFe(III)二核錯体[(Ln3TACNFe)2(μ-O)(μ-OAc)2](PF6)2(1d-4d;n=1-4)を与えることがわかった(Scheme 4)。その反応速度はデンドリマーサイズに大きく依存するが、もっとも大きなデンドリマー組織を有する4cもFe(III)二核錯体を与えることが分かった(Figure 2)。この錯体は従来提案されている鉄四核錯体経由する過程は非常に困難であると考えられ、単核錯体の二分子反応によりFe(III)二核錯体が生成する過程の存在が示唆される。

2) Fe(III)二核錯体の反応性に対するデンドリマー効果

 一般に[Fe(III)2(μ-O)(μ-OAc)2]2+錯体は水や塩基に不安定であり、分解により特徴的な紫外可視吸収スペクトルが消失することがわかっている。含水THF中、トリスエタノールアミン塩基性条件下50℃での錯体の分解速度を比較したところ4dが1dの約2倍の半減期を示し、デンドリマーの形成する疎水環境によりコアの鉄錯体が安定化していることが確認された。

3)結論

 デンドリマーを配位子として用いることでGPCの様な穏和な分離条件で構造の判定ができ、反応機構のプローブとしてのデンドリマーの可能性が示された。また、デンドリマーによる疎水環境形成をとおしてFe(III)二核錯体のアルカリ加水分解に対する反応性を制御することができた。

3.exo型配位子を有するデンドリマーの合成とその金属錯体形成による新規らせん構造の発現

 pyrazoleはexo型のユニークな二座配位子であり、様々な金属と錯体を形成することが知られている。特にGroup11金属の一価カチオンM+(Cu+, Ag+, Au+)とは、直鎖状から環状のさまざまな構造を取ることが判っている(Scheme 5)。またこれらの金属錯体は会合状態に特徴的なルミネッセンスを発することが知られており、錯体の構造や会合状態をコントロールすることは、光化学、液晶、触媒化学などの見地からも興味がもたれる。

 そこでピラゾールの4位にデンドリマーを導入したピラゾリルデンドリマーを合成した(Scheme 6)。[Cu(dmpz)]3錯体は有機溶媒にほとんど溶解しないが、デンドリマーを導入した配位子ではデンドリマーの層が増えるに従い溶解性が増す。これらの銅錯体は、固体状態で600nm付近にピークを持つルミネッセンスを示すが、溶液状態ではこのルミネッセンスは観測されないことから、銅錯体の会合が重要な役割を果たしていることが示唆される。

 銅錯体のDSC測定より、デンドリマーの層が大きくなるに従い融点が低下し融解エンタルピーも減少することから、結晶性が低下しポリマーとしての性質が現れてくることが分かった。

 興味深いことに比較的小さなピラゾリルデンドリマーであるHG1pzを配位子として用いた場合([Cu(G1pz)]n)、パラフィン中で加熱再結晶することで、1ピッチが1μmを超える巨大らせん状フィラメントが生成することを見いだした(Figure 3)。このフィラメントの粉末X線回折測定ではd値が5Aから最大35Aの明確なピークと3-5Aの間の散漫なピークが観測され、錯体分子がある程度規則正しく配列した構造を取っているが、単位胞内での分子位置に乱れがある構造をしていることが分かった。一方、より大きなHG2pzやHG3pzを配位子として用いた場合はガラス状の固体を与えた。本系はデンドリマーの構造化により、ミクロンオーダーのヘリックスを形成したはじめての例である。

4.まとめ

 デンドリマー配位子の金属への配位を利用して構造化することで、生体系における複核錯体モデルからミクロンオーダーのヘリックス構造のファイバーまで合成することに成功した。そして、デンドリマーを構造化することにより、中心の金属錯体の安定化や会合状態をコントロールできることを見いだした。

Figure 1. Kinetic parameters for oxidative decomposition of [Ln3TACNCu)2(μ-O)2]2+ (1b-3b) in CH2Cl2.

Figure 2. Pseudo-second order constants of oxidation reaction of [Ln3Fe(OAc)]PF6(n=1-4) in CH2Cl2/EtOH at 20℃.

Figure 3. FE-SEM images of helical fibers of [Cu(G1pz)]n. Magnification; a) x2,000 and b) x50,000.

審査要旨 要旨を表示する

 光合成中心のアンテナ部位、呼吸鎖の電子伝達系や酵素触媒系においては、複数のタンパクからなる組織化構造が高効率なエネルギー変換、物質変換を実現している。このようなナノメートルスケールの巨大な構造を共有結合のみで構築することは実質的に困難である。これに対して、戦略的にデザインされた機能性ナノオブジェクトを生体系と同じく自発的に組織化させる方法論が有望視されている。本研究では、そのようなナノオブジェクトとしてデンドリマーを、また自己組織化の推進力として配位結合が利用されている。デンドリマーは、中央部、組織、表面を構成するユニットの適切な選択により、大きさや空間形態などの構造的パラメータがほぼ完全に制御可能なナノスケールの樹木状多分岐高分子であり、近年、超分子機能材料の基本モチーフとして注目されている。しかし、デンドリマー組織体の特異機能発現の例は極めて限られている。一方、複数の金属イオンを含む「集積型」金属錯体には、単核錯体にはない特異な物理的・化学的性質が期待され、注目を集めている。しかし、一方で、構造の不安定さや溶解性等に関する問題も指摘されている。本研究では、金属イオンと錯形成可能なエンド、エキソ型配位子を有するデンドリマーをもとに、多核金属錯体部位がデンドリマー組織によって包み込まれた「デンドリマー内包集積型金属錯体」が設計され、その機能や自己組織化挙動が検討されている。

 第一章では、酸素架橋銅二核錯体を内包したメタロデンドリマーの合成と機能に関する検討がなされている。非脊椎動物の酸素運搬タンパク質であるヘモシアニンや酸化酵素のチロシナーゼは、活性中心に銅二核錯体を有する。これらの金属タンパク質の場合、酸素との反応で生じる高反応性の酸素付加体がタンパクによる内包を通じて巧妙に安定化されている。これまでいくつかの人工モデル系が提案されているが、そのいずれもが-80℃といった極低温でしか安定に存在できない。本研究では、コアにエンド型配位子である環状オリゴアミンを有するデンドリマーが設計され、その一価銅錯体が酸素との反応により二量化し、酸素架橋銅二核錯体を与えることが見いだされている。デンドリマー組織を持たない錯体との比較から、-10℃における半減期が、デンドリマー組織による内包によって400倍以上長くなることが示されている。また、分解反応の活性化パラメーターの評価から、この安定化が錯体活性部位そのものの化学的不活性化ではなく、配位子の運動性が制限されたことによる自己失活反応の抑制に起因していることが示唆されている。以上の結果から、デンドリマーを用いた本アプローチが、非ヘム金属タンパクのモデル化に対する新しい合成戦略を提供すると結論されている。

 第二章では、同様のデンドリマーを用い、無脊椎動物の酸素運搬タンパクの一種であるヘムエリトリン活性部位のモデル化が検討されている。ヘムエリトリンの活性部位は、鉄二核錯体からなるが、酸化反応による鉄三価二核錯体の生成反応に関して、デンドリマーの空間的広がりを利用した戦略的な検討がなされ、従来の鉄四核錯体を中間体とする反応機構にかわる新たな反応スキームが提案されている。また鉄三価二核錯体が紫外線照射下で主に鉄二価二核錯体へと光還元されるユニークな反応が見いだされ、その反応機構が考察されている。

 第三章で、エキソ型配位子であるピラゾールをコアに有するデンドリマーの合成とその銅錯体形成、およびパラフィン中での銅錯体の自己組織化が検討されている。デンドリマー組織を持たないピラゾールが銅との錯形成を通じて不溶化するのに対し、ピラゾリルデンドリマー銅錯体が多様な有機溶媒に対して高い溶解性を示すことが明らかにされている。また、NMRや質量分析から、これらのデンドリマー錯体が環状構造をとっていることが示唆されている。さらに、比較的小さなピラゾリルデンドリマー銅錯体をパラフィン中で加熱冷却すると、1ピッチが1μmを超える巨大なラセン状多重フィラメントが生成することが見いだされている。これは不斉要素を持たないデンドリマーが自己組織化によりマイクロメートルスケールの多重へリックスを形成したはじめての例である。

 以上のように、提出者は、金属イオンへの配位結合によるデンドリマーの組織化を通じて、新しいアイデアによる金属タンパク質のモデル化やユニークな超分子構造の構築に成功している。これらの成果は、超分子化学の進歩に寄与するばかりか、錯体化学、生体関連化学、マテリアル科学、さらにはこれらが関わる科学技術の発展にも大きく貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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