学位論文要旨



No 116720
著者(漢字) 松崎,政紀
著者(英字)
著者(カナ) マツザキ,マサノリ
標題(和) 海馬CA1錐体細胞の樹状突起スパイン形態とAMPA型グルタミン酸受容体の機能的発現
標題(洋) Dendritic spine geometory is critical for AMPA receptor expression in hippocampal CA1 pyramidal neurons
報告番号 116720
報告番号 甲16720
学位授与日 2001.12.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1868号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 講師 廣瀬,謙造
内容要旨 要旨を表示する

 樹状突起上のスパインは、中枢神経細胞における興奮性シナプス結合の主たる部位である。その機能を担う分子として特に、スパインに集積しているAMPA型グルタミン酸受容体(AMPAR)は、シナプス前終末から放出されたグルタミン酸と結合し速いシナプス後電位を生じさせる、シナプス伝達効率の決定因子であり、記憶の獲得・保持に中心的な役割を担っている。生化学的研究からシナプス後肥大部におけるAMPARは細胞骨格系にも関わる様々な分子機構によって制御され、膜への輸送やリン酸化が起こることが明らかになっている。一方、Cajalによるスパインの発見以来、多くの形態学的知見から、スパインが多様の形態を持ったメタボリックに独立した機能素子として作用すると主張されてきた。しかし、スパインの構造は小さく、樹状突起上に密集しているために、従来の電気生理学的手法(イオントフォレーシス)・光学的手法(ケイジド試薬)を用いては、単一スパインでのAMPARの機能を系統的に調べることは困難であり、機能と形態の関連性を直接的に検証することができなかった。

 そこで我々は、単一スパインレベルでの形態およびAMPARの機能を体系的に調べることを目的として、2光子励起法によるケイジドグルタミン酸の活性化と蛍光イメージングを組み合わせた方法論を構築した。720nmの波長を持つ超短パルスレーザーを顕微鏡に導入し、対物レンズ後の標本面での任意の一点にレーザーを回折限界(x軸0.29μm、z軸0.89μm)まで集光できる光学系を構築した。また、2光子励起法を適用できるケイジドグルタミン酸はこれまで報告されていなかったため、2光子吸収断面積が大きく、フォトリシスの速い、水溶液中で安定な、新規のケイジドグルタミン酸、

1-[S-(4-Amino-4-carboxybutanoyl)]-4-methoxy-7-nitroindoline(MNIグルタミン酸)、をケイジド試薬合成の専門家である共同研究者のGraham C. R. Ellis-Davies (MCP Hahnemann University, Philadelphia, USA)と共同開発した。

 ホールセルクランプしたラット培養海馬細胞の樹状突起近傍でMNIグルタミン酸を2光子励起法によって50μsの間だけ活性化させると、シナプス前終末からグルタミン酸が放出されて起こるmEPSCの時間経過とほぼ同一である、AMPARによる電流反応を誘起することができた。その反応の空間解像度は水平方向で0.45μm、垂直方向で1.1μmであった。この実験結果は理論的に推定される2光子励起法によるMNIグルタミン酸の活性化で引き起こされるAMPAR反応の時間的・空間的解像度に一致する。この方法を用いて樹状突起上での機能的なAMPARの2次元空間分布を調べると、AMPARは樹状突起に沿ってクラスター状に散在し、その分布はFM1-43によって染色されたシナプス前終末と良く一致した。従って、2光子励起法によって、シナプス前終末のシナプス小胞からの開口放出という生理的現象に極めて近いグルタミン酸の放出を、3次元的な任意の一点で人工的に作り出すことが可能となった。

 この方法論をラット海馬の急性スライス標本に適用し、ホールセルクランプしたCA1錐体細胞の樹状突起に沿って3次元的にグルタミン酸感受性のマッピングを行った。近隣(距離10μm以内)の個々のスパインを比較するとグルタミン酸感受性には大きな相違(CV=0.45±0.11、9細胞)が見られた。グルタミン酸感受性はスパインの体積に強く相関し(相関係数0.80±0.07、9細胞)、キノコ型の大きな頭部を持つスパインでは強く、細いスパインや細長いフィロポディアでは反応がないか、弱い反応しか得られなかった。この結果はいわゆる「サイレントシナプス」が後者の形態をもったスパインである可能性を示唆している。多くのスパインでは、その頭部の一部に強いAMPARの反応が見られ、AMPARがシナプス後肥大部に局在するという電子顕微鏡による報告とよく一致した。一方、グルタミン酸感受性及び形態(体積)の空間的な自己相関を求めると、距離にして1μm以下の隣接したスパイン間においても両者共に相関が無かった。最後に、キノコ型スパインにおいて非定常状態ノイズ解析を行い、機能的なAMPARの数は単一スパインあたり最大で約150個(46-147個、n=8)存在することを明らかにした。これらの結果から、スパインの形態と機能的AMPARの発現は強く相関しており、その機能的発現量は高いダイナミックレンジを持ちながら、単一スパインレベルで独立に調節されていることが示された。

 我々は、樹状突起スパインの形態と機能に密接な相関関係があることを単一シナプスレベルで初めて立証した。我々の開発した2光子励起活性化法は、高速で再現性良く、3次元的な任意の空間部位において、シナプス前終末からのグルタミン酸放出を光学的に模倣することを可能にした。この方法論は今後、神経細胞のみならず他の多くの細胞におけるサブミクロンレベルでの化学・分子シグナル伝達のダイナミクスを明らかにする手段として、極めて有用であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、哺乳動物中枢神経細胞の樹状突起上のスパインの形態とAMPA型グルタミン酸受容体(AMPAR)の機能的発現の関連性を調べるために、ケイジドグルタミン酸を2光子励起法によって局所的に活性化することで、単一スパインでのAMPAR反応の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.2光子吸収断面積が大きく、水溶液中で安定な新規のケイジドグルタミン酸を開発し、2光子励起法を用いて3次元的な任意の一点でグルタミン酸を放出し、同時に蛍光観察を行えるシステムを構築した。ホールセルクランプしたラット培養海馬細胞の樹状突起近傍でケイジドグルタミン酸を2光子励起法によって50μsの間だけ活性化させると、シナプス前終末からのグルタミン酸の放出で起きるmEPSCとほぼ同一の時間経過を持つAMPARによる電流を誘起することができた。その反応の空間解像度は水平方向で0.45μm、垂直方向で1.1μmであり、2光子励起法としての理論的な限界値を達成した。シナプス前終末のシナプス小胞からの開口放出という生理的現象に極めて近いグルタミン酸の放出を、光学的に作り出すことが初めて可能なった。

2.この方法論をラット海馬のスライス標本に適用し、ホールセルクランプしたCA1錐体細胞の樹状突起に沿って3次元的にグルタミン酸感受性のマッピングを行った。グルタミン酸感受性はスパインの体積に強く相関し、キノコ型の大きな頭部を持つスパインでは強く、細いスパインや細長いフィロポディアでは反応がないか、弱い反応しか得られなかった。この結果から、いわゆる「サイレントシナプス」が後者の形態をもったスパインである可能性が示唆された。キノコ型スパインにおいて非定常状態ノイズ解析を行い、機能的なAMPARの数は単一スパインあたり最大で約150個存在することが示された。

3.グルタミン酸感受性及び形態(体積)の空間的な自己相関を求めると、距離にして1μm以下の隣接したスパイン間においても両者共に相関が無かった。これらの結果から、スパインの形態と機能的AMPARの発現は強く相関しており、その機能的発現量は高いダイナミックレンジを持ちながら、単一スパインレベルで独立に調節されていることが示された。

 以上、本論文はラット海馬CA1錐体細胞において、ケイジドグルタミン酸の2光子励起法による活性化によって、単一スパインレベルでのAMPA型グルタミン酸受容体の機能的発現を可視化し、その発現量がスパインの形態と強い相関関係にあることを明らかにした。本研究はこれまで調べることのできなかった中枢神経細胞の樹状突起上のスパインの形態と機能の関係性の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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