学位論文要旨



No 116722
著者(漢字) 宮本,光一郎
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,コウイチロウ
標題(和) ヒトB細胞初期分化に対するIL−3の抑制作用の検討
標題(洋)
報告番号 116722
報告番号 甲16722
学位授与日 2001.12.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1870号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 横田,崇
 東京大学 助教授 佐藤,典治
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 本倉,徹
内容要旨 要旨を表示する

 造血幹細胞由来の未分化なB細胞は、表面抗原、再構成活性化遺伝子、プレB細胞受容体、サイトカイン要求性等の変化を伴って分化していく。こうしたB細胞の分化を解析するために、B細胞の分化過程をin vitroで再現するための培養系が考案されてきた。マウスでは、Whitlock & Witteが骨髄間質細胞を使ったB細胞の長期の培養系を開発して以来、Dexter培養と組み合わせてB細胞の増殖と分化の研究が進められてきた。その結果、マウスB細胞発生へのサイトカインの影響は、サイトカイン添加実験およびノックアウトマウスの実験により、B細胞発生の初期に作用するもの、あるいは後期に作用するものが明らかになってきた。しかし、ヒトの系については、B細胞分化の後期段階での制御は比較的詳細に研究されてきたが、抗原に依存しない初期のB細胞分化はWhitlock-Witte共培養法に相当する生体外培養系がないため充分に解明されていなかった。しかし、Rawlingsらが臍帯血CD34+細胞からCD19+B細胞の産生に成功して以来、いくつかのヒトB細胞培養系が報告されてきた。その中でもマウス骨髄由来ストローマ細胞株MS-5はヒトB前駆細胞の分化増殖を支持し、stem cell factor (SCF)とgranulocyte colony-stimulating factor (G-CSF)の添加により臍帯血CD34+細胞からのB細胞の産生が著しく増加することが明らかになった。

 interleukin(IL)-3は、活性化T細胞、単球/マクロファージ、ストローマ細胞によって産生される多系統造血因子で、リガンド結合性α鎖とシグナル伝達性β鎖からなるIL-3レセプター(IL-3R)を介してその機能を発揮する。IL-3は好中球、好酸球、好塩基球、巨核球、赤血球等様々な系統の造血細胞の増殖分化を刺激するばかりでなく、B細胞の分化にも影響を与えることが報告されている。マウスの系ではIL-3はプレB細胞の増殖を刺激することが報告されているが、一方リンパ造血前駆細胞からのB細胞の初期分化はIL-3によって阻害されることが示されている。しかしヒトの系については、IL-3はB細胞分化の後期にはB細胞増殖因子として作用することが報告されているものの、その初期分化に及ぼす影響についてはほとんどわかっていない。本研究では、MS-5との共培養による臍帯血CD34+細胞からのヒトB細胞分化誘導法を用いて、IL-3のヒトB細胞分化、特にその初期分化に及ぼす影響について検討した。

[研究方法]

 臍帯血CD34+細胞は臍帯血単核球から磁気ビーズ法で精製した。臍帯血CD34+CD38+or-細胞、CD34+IL−3Rα+or-細胞はFACSVantageで分取し、各々使用した。

 臍帯血CD34+細胞のB細胞への分化能はMS-5との共培養系により解析した。2×103個の臍帯血CD34+細胞を、10%牛胎仔血清、100 ng/ml SCF、10ng/ml G-CSFを含むα-MEMとともに、MS-5がほぼコンフルエントな状態となったプレートに播種して4週間共培養した。一部の実験では、10 ng/ml macrophage colony-stimulating factor (M-CSF)、あるいは各種濃度のIL-3を共培養系に加えた。myeloid系への分化能を評価するためにはメチルセルロース培養をした。メチルセルロース培養は、細胞を0.9%メチルセルロース,30%牛胎仔血清、1%牛血清アルブミン,5×10-5 mol/l 2-メルカプトエタノール,10 ng/ml granulocyte-macrophage colony-stimulating factor (GM-CSF), 20 ng/ml IL-3, 100 ng/ml IL-6, 100 ng/ml SCF, 10 ng/ml G-CSF, 10 ng/ml thrombopoietin (TPO), 2 U/ml erythropoietinを含むα-MEM1mlとともに浮遊培養用培養皿に播種することにより行われ、2週間後に形成されたコロニーを倒立顕微鏡下で観察した。

 単細胞培養は、単細胞分離されたCD34+CD38-細胞を、100 ng/ml SCF, 100 ng/ml IL-6, 1μg/ml soluble IL-6 receptor(sIL-6R), 10 ng/ml TPO、あるいはこれに20 ng/ml IL-3を添加した10%牛胎仔血清を含むα-MEM 100 μlにて、1週間96穴プレートで培養した。任意に選ばれた一次コロニー構成細胞の半分はMS-5との共培養系により、残り半分はメチルセルロース培養により各々B細胞への分化能、myeloid系への分化能を評価した。

 培養細胞のCD19発現は免疫細胞化学的に、あるいはフローサイトメトリーで検出した。

[結果及び考察]

1臍帯血CD34+細胞とMS-5との共培養において、サイトカイン無添加の条件下では4週間の培養後少数の細胞が認められたのみであったが、100 ng/mlのSCFと10 ng/mlのG-CSFを添加することにより、多数のCD45+CD19+B細胞の出現が認められた。共培養中の細胞における表面マーカーの発現の経時的推移をフローサイトメトリーで観察したところ、14日目にはリンパ球ゲート中の細胞の20〜25%がCD34+細胞、約5%がCD19+細胞であったが、28日目には大部分の培養細胞はCD19+細胞となり、CD34+細胞はほとんど認められなかった。2IL-3(20ng/ml)を臍帯血CD34+細胞とMS-5の共培養に添加すると、IL-3が添加された培養中のCD19+B細胞は大幅に減少し、IL-3添加により臍帯血CD34+細胞からのCD19+B細胞の産生は抑制された。B細胞の産生に対するIL-3の抑制効果を確認するためにMS-5との共培養系に種々の濃度のIL-3を添加したところ、IL-3は濃度依存的にB細胞の産生を抑制した。さらに、IL-3と同様にマクロファージの増殖分化を促進するM-CSFをMS-5との共培養系に添加して、B細胞およびマクロファージの産生を比較した。SCFとG-CSFのみに比べてIL-3またはM-CSFを添加した系はともにCD14+マクロファージ産生量は3倍以上に増加したが、B細胞産生量はIL-3を添加した系では減少したが、M-CSFを添加した系では減少しなかった。この結果より、IL-3の臍帯血CD34+細胞からのB細胞産生抑制作用は、マクロファージを介する作用ではなく、IL-3の直接作用と推測された。

3臍帯血CD34+細胞のIL-3Rα陽性分画とIL-3Rα陰性分画を分取した。IL-3Rα-細胞をSCF, G-CSF存在下でMS-5と共培養しても、わずかなCD19+B細胞しか産生されなかったが、対照的にIL-3Rα+細胞は大量のCD19+B細胞を産生した。さらに、IL-3Rα+細胞とMS-5の共培養系へIL-3(20ng/ml)を添加するとB細胞産生は抑制された。この結果はIL-3Rα+細胞はMS-5との共培養系でSCFとG-CSFに反応してCD19+B細胞を産生するが、IL-3存在下ではIL-3受容体を介する刺激によりそのB細胞産生は抑制されることを示唆すると考えられた。

4.IL-3がCD34+細胞からのB細胞の産生に関して抑制因子として働く時期を特定するために、時差添加実験を行った。臍帯血CD34+細胞とMS-5の共培養系において、IL-3が培養7日目あるいは14日目に添加された場合には、IL-3の抑制効果は認められたが、培養21日目にIL-3を添加してもB細胞産生に影響はなかった。さらにMS-5との共培養の最初の3日間SCFとG-CSFに加えてIL-3を添加し、その影響を調べた。培養初期におけるIL-3への短期曝露によっても、臍帯血CD34+細胞からのB細胞産生は抑制された。B細胞産生能を有する臍帯血CD34+細胞はIL-3 Rαを発現していること、また、培養14日目には培養細胞の約20%はCD34+細胞であるがCD19+細胞は5%にすぎないという観察結果と合わせて、これらの結果からIL-3はCD34+細胞からのB細胞発生の初期のCD19+B細胞の出現前にその抑制作用を発揮することが示唆された。

5.MS-5との共培養系における臍帯血CD34+細胞からのB細胞産生に対するIL-3の抑制効果は、培養初期においてその効果を発揮することより、マウスと同様にヒトでも、IL-3は未分化なリンパ造血幹細胞/前駆細胞からのB細胞の初期分化を抑制する可能性が示唆された。そこで、FACSにて単細胞分離された臍帯血CD34+CD38-細胞を、TPO+SCF+IL-6+可溶性IL-6レセプター存在下で7日間単細胞培養し、IL-3添加群、非添加群で、B細胞産生能を比較検討した。IL-3無添加で培養されたコロニーにはB細胞、myeloid系への分化能が認められたが、IL-3を添加して培養されたコロニーにはB細胞分化能は認められなかった。この結果から、CD34+CD38-細胞はリンパ造血幹細胞/前駆細胞を含んでおり、IL-3はそれらのB細胞系への分化に抑制効果を有すると考えられた。

 以上の研究結果より、IL-3はヒトB細胞の初期分化、特にリンパ造血幹細胞/前駆細胞のB細胞系への分化に対して抑制的に作用することが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、種々の血液細胞の増殖分化の刺激因子として知られているIL-3のヒトB細胞の初期分化に対する影響を、SCF、G-CSF存在下でのマウスストローマ細胞株MS-5との共培養系を用いて検討し、以下の結果を得ている。

1.臍帯血CD34+細胞とMS-5との共培養において、サイトカイン無添加の条件下では4週間の培養後少数の細胞が認められたのみであったが、100 ng/mlのSCFと10 ng/mlのG-CSFを添加することにより、多数のCD45+CD19+B細胞の出現が認められた。共培養中の細胞における表面マーカーの発現の経時的推移をフローサイトメトリーで観察したところ、14日目にはリンパ球ゲート中の細胞の20〜25%がCD34+細胞、約5%がCD19+細胞であったが、28日目には大部分の培養細胞はCD19+細胞となり、CD34+細胞はほとんど認められなかった。

2.IL-3(20ng/ml)を臍帯血CD34+細胞とMS-5の共培養に添加すると、IL-3が添加された培養中のCD19+B細胞は大幅に減少し、IL-3添加により臍帯血CD34+細胞からのCD19+B細胞の産生は抑制された。B細胞の産生に対するIL-3の抑制効果を確認するためにMS-5との共培養系に種々の濃度のIL-3を添加したところ、IL-3は濃度依存的にB細胞の産生を抑制した。さらに、IL-3と同様にマクロファージの増殖分化を促進するM-CSFをMS-5との共培養系に添加して、B細胞およびマクロファージの産生を比較した。SCFとG-CSFのみに比べてIL-3またはM-CSFを添加した系はともにCD14+マクロファージ産生量は3倍以上に増加したが、B細胞産生量はIL-3を添加した系では減少したが、M-CSFを添加した系では減少しなかった。この結果より、IL-3の臍帯血CD34+細胞からのB細胞産生抑制作用は、マクロファージを介する作用ではなく、IL-3の直接作用と考えられた。

3.臍帯血CD34+細胞のIL-3Rα陽性分画とIL-3Rα陰性分画を分取した。IL-3Rα-細胞をSCF, G-CSF存在下でMS-5と共培養しても、わずかなCD19+B細胞しか産生されなかったが、対照的にIL-3Rα+細胞は大量のCD19+B細胞を産生した。さらに、IL-3Rα+細胞とMS-5の共培養系へIL-3(20ng/ml)を添加するとB細胞産生は抑制された。この結果はIL-3Rα+細胞はMS-5との共培養系でSCFとG-CSFに反応してCD19+B細胞を産生するが、IL-3存在下ではIL-3受容体を介する刺激によりそのB細胞産生は抑制されることを示唆すると考えられた。

4.IL-3がCD34+細胞からのB細胞の産生に関して抑制因子として働く時期を特定するために、時差添加実験を行った。臍帯血CD34+細胞とMS-5の共培養系において、IL-3が培養7日目あるいは14日目に添加された場合には、IL-3の抑制効果は認められたが、培養21日目にIL-3を添加してもB細胞産生に影響はなかった。さらにMS-5との共培養の最初の3日間SCFとG-CSFに加えてIL-3を添加し、その影響を調べた。培養初期におけるIL-3への短期曝露によっても、臍帯血CD34+細胞からのB細胞産生は抑制された。B細胞産生能を有する臍帯血CD34+細胞はIL-3 Rαを発現していること、また、培養14日目には培養細胞の約20%はCD34+細胞であるがCD19+細胞は5%にすぎないという観察結果と合わせて、これらの結果からIL-3はCD34+細胞からのB細胞発生の初期のCD19+ B細胞の出現前にその抑制作用を発揮することが示唆された。

5.MS-5との共培養系における臍帯血CD34+細胞からのB細胞産生に対するIL-3の抑制効果は、培養初期においてその効果を発揮することより、マウスと同様にヒトでも、IL-3は未分化なリンパ造血幹細胞/前駆細胞からのB細胞の初期分化を抑制する可能性が示唆された。そこで、FACSにて単細胞分離された臍帯血CD34+ CD38-細胞を、TPO+SCF+IL-6+可溶性IL-6レセプター存在下で7日間単細胞培養し、IL-3添加群、非添加群で、B細胞産生能を比較検討した。IL-3無添加で培養されたコロニーにはB細胞、myeloid系への分化能が認められたが、IL-3を添加して培養されたコロニーにはB細胞分化能は認められなかった。この結果から、CD34+CD38-細胞はリンパ造血幹細胞/前駆細胞を含んでおり、IL-3はそれらのB細胞系への分化に抑制効果を有すると考えられた。

 以上、本論文はマウスストローマ細胞株MS-5との共培養系において、IL-3がヒトB細胞の初期分化、特にリンパ造血幹細胞/前駆細胞のB細胞系への分化に対して抑制的に作用することを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかったヒトB細胞の初期分化における調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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