学位論文要旨



No 116723
著者(漢字) 川本,竜史
著者(英字)
著者(カナ) カワモト,リュウジ
標題(和) 多様な身体運動に伴う脛骨捻り負荷に関する定量的研究
標題(洋)
報告番号 116723
報告番号 甲16723
学位授与日 2001.12.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第334号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 深代,千之
 東京大学 教授 大築,立志
 東京大学 助教授 渡會,公浩
 東京大学 助教授 金久,博昭
 東京大学 助教授 川上,泰雄
内容要旨 要旨を表示する

 歩行や走行など移動運動中の下肢骨には様々な負荷(圧縮、伸張、曲げ、せん断、捻り)が複合的に作用している。中でもヒト長骨は「捻り」に対して最も脆弱であることから、身体運動中の下肢骨に作用する「捻り」の定量化は、重要な研究課題であると考えられる。特に脛骨には、疲労骨折に代表されるスポーツ障害が頻発することから、脛骨に作用する捻り負荷の定量化は、その研究意義が極めて高い。現在までにいくつかの先行研究によって、身体運動中の脛骨に生じるひずみの実測が行われてきたが、3次元の逆ダイナミクスを応用して、身体運動中の脛骨に作用する捻り負荷を定量化した研究は存在しない。3次元逆ダイナミクスを応用した脛骨捻り負荷の定量化は非侵襲的であるため、多様な研究課題への応用が可能である上、将来的には臨床やスポーツの指導現場での実用化も大いに期待できる。またこうした手法を応用して、多様な身体運動に伴う脛骨捻り負荷を定量化し、これらを横断的に比較検討することによって、脛骨捻り負荷の増大に強く関与する身体運動の特徴を明らかにできる可能性がある。更に運動形態の相違のみならず、走行をはじめ特定運動に伴う脛骨捻り負荷の個人差を検討することによって、スポーツ選手に対する障害予防策に加え、脛骨への過負荷を回避しつつ高い運動パフォーマンスを発揮するための科学的スキルを提案できる可能性もある。

 本研究では、「足部に大きな側方床反力が作用するとともに、下腿の側方傾斜を余儀なくされる方向転換走などの身体運動では、脛骨に大きな捻り負荷が作用する」という仮説に基づき、3次元の逆ダイナミクスを応用して、方向転換走を中心に多様な身体運動に伴う脛骨捻りモーメントを定量化した。特に本研究では、脛骨捻り負荷の増大に関与する身体運動の運動学的、運動力学的な特徴を明らかにすることを主目的とした。また走行を中心として、脛骨捻り負荷の個人差についても検討した。

 第3章では、立位でフォースプレートに対して、最大努力で捻りモーメントを加えるという基礎動作(以下立位捻り動作)を対象として、身体運動中の脛骨捻りモーメントを非侵襲的に推定する方法を提示し、同手法の妥当性について検討した。身体運動中の脛骨捻りモーメントを推定するため、はじめに3次元での逆ダイナミクスを用いて、脛骨両端に作用する長軸まわりの正味モーメントを計算した。続いて、脛骨長軸モーメントの準平衡を仮定し、同仮定の妥当性を検証した上で、脛骨捻りモーメントを決定した。同章では、捻りモーメントの推定に影響を及ぼす複数の誤差要因についても定量的に検討したが、足圧中心位置、マーカーに基づく身体位置決定上の誤差、及び運動学データに対する遮断周波数は、脛骨捻りモーメントの決定には大きな影響を及ぼさなかった。また立位捻り動作に伴う脛骨捻りモーメントの作用傾向(方向や強度)は、同動作の運動力学的特徴(特にフリーモーメントの作用)を妥当に反映していた。また脛骨捻りモーメントの値(最大15Nm程度)は、先行研究によって報告されている脛骨破断強度(98Nm)を十分に下回っていた。更に、脛骨を円筒形でモデリングして求めた捻り応力(5.0MPa)は、先行研究によって報告されている歩行時の脛骨捻り応力(3.0MPa)と比較して妥当であった。以上の結果から、本手法による脛骨捻りモーメントの定量化は、妥当であると考えられた。

 第4〜8章では、脛骨捻り負荷の増大に関与する身体運動の特徴を明らかにすることを目的として、膝屈伸運動(スクワット)、直線走、カーブ走、ジグザグ走、垂直跳びなど多様な身体運動を対象として脛骨捻りモーメントを定量化し、比較検討した。膝屈曲に伴う下腿内傾や、内側方向への床反力の作用が大きいKnee-Inスクワット中の脛骨近位部には、Neutralスクワットと比較して、最大で2.4倍大きい内旋モーメントが作用していた。また同速度(3.5m/s)での直線走と比較して、下腿外傾や外側方向への床反力が大きい、急カーブ走(R=5m)の内側脛骨近位部には、直線走や緩カーブ走(R=15m)と比較して、1.5〜1.7倍の大きな外旋モーメントが作用していた。また急カーブ走では、足部外転に抗する方向へのフリーモーメントの増大も認められた。下腿の内傾、及び内側方向への床反力が顕著であった最大努力でのジグザグ走では、脛骨近位部に、最大努力(7.2m/s)での直線走と比較して1.8倍大きい内旋モーメントが作用していた。

 以上の結果から、Knee-Inスクワット、急カーブ走(内側足着地)、ジグザグ走で認められた脛骨捻りモーメントの増大には、共通して下腿の側方傾斜と床反力側方成分が強く関与していると考えられた。またフリーモーメントの貢献も無視できないと考えられた。

 第9章では、身体運動中の脛骨捻り負荷に関連する運動学的、運動力学的主要因を明らかにするため、本研究によって得られた実験結果を横断的に分析し、脛骨捻りモーメントと下腿運動学、及び床反力との相関関係について検討した。この結果、身体運動に伴う脛骨捻りモーメントは、ピーク値、平均値とも、下腿の側方傾斜及び床反力側方成分と有意な相関関係にあった(側方傾斜:r>0.82 (P<0.0001),床反力:r>0.63 (P<0.05)。一方フリーモーメントと脛骨捻りモーメントのピーク値との間には、有意な相関は認められなかった。以上の結果から、身体運動中の脛骨捻り負荷に影響を及ぼす運動学的な主要因は下腿の側方傾斜であり、運動力学的な主要因は床反力の側方成分であることが確認された。

 長距離ランナーにおいて脛骨慢性障害が頻発するという疫学的背景に基づき、第10章では、直線走行中の脛骨捻りモーメントの個人差について検討した。この結果、直線走行中の脛骨捻りモーメントのピーク値は、下腿の側方傾斜とのみ有意な相関を示した(r=0.80, P<0.05)。この結果から、直線走行中の脛骨捻りモーメントに認められる個人差の主要因は、下腿の側方傾斜であることが示唆された。また下腿側方傾斜や脛骨捻りモーメントは、前額面上での足部の着地位置とも有意な相関関係を示した。以上の結果から、走行中の足部着地位置を調整することによって、脛骨捻り負荷を軽減できる可能性が示唆された。

 第11章では、本研究で対象とした全ての運動について、脛骨捻り負荷の個人差の主要因を総括的に検討した。この結果、脛骨捻りモーメントと有意な相関を示す運動学的、運動力学的変数は、運動形態によって必ずしも一致しなかったが、3.5及び5.0m/sという中〜高速走行では、下腿の側方傾斜が脛骨捻り負荷の個人差に強く関与することが確認された。またスプリント走やジグザグ走に代表される、高強度運動時の脛骨捻りモーメントの個人差には、床反力の側方成分が有意に関与していた(r>0.81,P<0.05)。

 総括論議(第12章)では、本研究で得られた脛骨捻りモーメントのピーク値に関する結果を横断的に比較検討した。この結果、脛骨捻りモーメントのピーク値は、最大努力でのジグザグ走で最も大きく(立位捻り動作に対して198%)、次いで回転半径5mに相当する急カーブ走(内側足接地時)で大きかった(169%)。以上の結果から、ジグザグ走や急カーブ走など、急激な方向転換を伴う走行中の脛骨には、様々な身体運動の中でも、特に大きな捻りモーメントが作用することが定量的に示された。また論文内では、脛骨捻りモーメントと下腿の側方傾斜、及び床反力側方成分との関連性に基づき、走行を3形態に分類することも提案した。

【結論】

 本研究の結果、急カーブ走(R=5m, 3.5m/s)やジグザグ走などの急激な方向転換走では、脛骨に作用する捻りモーメントが、直線走(3.5m/s)の1.7〜2.0倍と特に大きかった。またこうした脛骨捻りモーメントの増大には、運動学的には下腿の側方傾斜が、運動力学的には、床反力の側方成分が特に強く関与することが明らかとなった。これらの結果から、「足部に大きな側方床反力が作用するとともに、下腿の側方傾斜を余儀なくされる方向転換走などの身体運動では、脛骨に大きな捻り負荷が作用する」という本研究仮説の妥当性が示された。

 中,高速度(3.5, 5.0m/s)での直線走行に伴う脛骨捻り負荷の個人差の主要因は、下腿の側方傾斜であることが示唆された。一方、方向転換走などの高強度運動では、脛骨捻り負荷の個人差に床反力側方成分が関与していた。以上の結果から、下腿の側方傾斜や床反力の側方成分は、運動形態そのものの相違に基づく脛骨捻り負荷の相違のみならず、特定運動における脛骨捻り負荷の個人差にも関連する可能性が示唆された。

 本研究は、スポーツに関連する代表的な身体運動(膝屈伸運動や跳躍、走行)に伴う脛骨捻り負荷を、定量的に比較検討したはじめての試みである。本研究によって得られた知見は、身体運動と脛骨捻り負荷との基礎的な関係を理解する上で、有用であると考えられた。また特定個人による運動を、脛骨捻り負荷の回避という観点から観察する上でも、有効な手がかりとなり得ると思われた。

 本手法は、非侵襲的に身体運動中の脛骨捻り負荷を定量化することができるため、研究分野における広範な応用が可能である。将来的には、ランニング障害の診断やフォーム指導など、スポーツ医・科学の現場での実用化も大いに期待された。

審査要旨 要旨を表示する

 移動運動中の下肢骨には様々な負荷が作用するが、中でもヒト長骨は、「捻り」に対して最も脆弱であることが知られている。特に脛骨は、疲労骨折など慢性障害の頻発部位でもあることから、脛骨に作用する捻り負荷の定量的検討は、重要な研究課題であると考えられる。しかしながら現在まで、3次元の逆ダイナミクスを応用して、身体運動中の脛骨捻り負荷を非侵襲的に定量化した研究は存在しない。

 本論文は、3次元逆ダイナミクスを応用した脛骨捻り負荷の非侵襲的な推定方法を提示し、その妥当性を検証した上で、多様な身体運動に伴う脛骨捻り負荷を横断的に検討し、脛骨捻り負荷の増大に関与する身体運動の特徴を解明するという研究課題を中心に展開された。また、走行を中心として、身体運動中の脛骨捻りモーメントの個人差についても検討がなされた。

 身体運動中の脛骨捻りモーメントを推定するために、本論文ではまず3次元での逆ダイナミクスを用いて、脛骨両端に作用する長軸まわりの正味モーメントを計算した。続いて、脛骨長軸モーメントの準平衡を仮定し、その妥当性を検証した上で、脛骨捻りモーメントを決定した。また立位捻り動作に伴う脛骨捻りモーメントの作用様式は、対象動作の運動力学的な特徴(特にフリーモーメントの作用)を妥当に反映している上、その値(最大15Nm程度)は、先行研究によって報告されている脛骨破断強度(98Nm)を十分に下回っていた。更に、脛骨を円筒形でモデリングして求めた捻り応力(5.0MPa)は、先行研究で報告されている、実測に基づく歩行時の脛骨捻り応力(3.0MPa)と比較しても妥当であった。以上の結果から、本手法による脛骨捻りモーメントの定量化は、妥当であると考えられた。以下では同手法を応用して得られた成果を要約する。

 膝屈曲に伴う下腿内傾や、内側方向への床反力の作用が大きいKnee-Inスクワット時の脛骨近位部には、Neutralスクワット時よりも、最大で2.4倍大きい内旋モーメントが作用していた。この結果から、膝屈伸運動中のKnee-Inは、脛骨に対する捻り負荷を増大させることが示唆された。また同速度(3.5m/s)での直線走と比較して、下腿外傾や外側方向への床反力が大きい急カーブ走(R=5m)の内側脛骨近位部には、直線走や緩カーブ走(R=15m)と比較して、1.5〜1.7倍の大きな外旋モーメントが作用していた。下腿の内傾、及び内側方向への床反力が顕著であった最大努力でのジグザグ走では、脛骨近位部に、最大努力(7.2m/s)での直線走と比較して1.8倍大きい内旋モーメントが作用していた。以上の結果から、急カーブ走やジグザグ走のような急激な方向転換を伴う走行では、直線走と比較して、脛骨に作用する捻り負荷が増大することが定量的に示された。また運動学的、運動力学的比較の結果から、Knee-Inスクワット、急カーブ走、及びジグザグ走で認められた脛骨捻りモーメントの増大には、共通して下腿の側方傾斜と床反力側方成分が、特に強く関与していると考えられた。

 上記の推察をもとに、身体運動中の脛骨捻り負荷に関連する運動学的、運動力学的主要因を明らかにするため、多様な身体運動を通じて、横断的に脛骨捻りモーメントと下腿運動学、及び床反力との相関関係が検討された。この結果、脛骨捻りモーメントはピーク値、平均値とも、下腿の側方傾斜、及び床反力側方成分と有意な相関関係にあった(側方傾斜:r>0.82 (P<0.0001),床反力:r>0.63 (P<0.05)。一方フリーモーメントと脛骨捻りモーメントのピーク値との間には、有意な相関は認められなかった。以上の結果から、身体運動中の脛骨捻り負荷に影響を及ぼす運動学的な主要因は下腿の側方傾斜であり、運動力学的な主要因は床反力の側方成分であることが確認された。

 現在まで、身体運動形態と脛骨捻り負荷との関係の理解を促す定量的情報は、皆無であった。本研究結果は、両者の関係を定量的に示したはじめての成果であり、身体運動とそれに伴う脛骨捻り負荷との基礎的な関係を理解する上で、貴重な知見であると考えられた。また運動形態とスポーツ障害との疫学的関係を考察する上での、基礎情報ともなり得ると考えられた。更には、特定個人が行う走行を、脛骨捻り負荷の回避という観点から観察する上での手がかりとなることも期待された。

 続いて、特に慢性障害との密接な関係が指摘されている走行を中心に、個人差に関する検討が行われた。中,高速度(3.5, 5.0m/s)での直線走行に関しては、脛骨捻りモーメントと下腿側方傾斜との間にのみ有意な相関関係(r>0.80,P<0.05)が認められたことから、直線走行中の脛骨捻り負荷の個人差の主要因は、下腿の側方傾斜であることが示唆された。一方、方向転換走などの高強度運動では、床反力側方成分が、脛骨捻り負荷の個人差に関与していた。論文内では、これらの結果に基づき、脛骨捻り負荷に関する具体的な軽減策も提案されており、将来的な発展性が大いに期待された。

 本研究の結果、身体運動中の脛骨捻り負荷に影響を及ぼす運動学的、運動力学的な主要因が明らかとなった。またこれらの主要因は、走行をはじめとする特定運動に伴う脛骨捻り負荷の個人差にも関連している可能性が示唆された。以上のような知見は、脛骨慢性障害に対する予防策の検討のみならず、脛骨に対する過負荷を回避しつつ、高い運動パフォーマンスを実現するための、科学的スキルの提案へとつながることが期待された。また本手法は、非侵襲的に脛骨に作用する捻り負荷を推定できるため、極めて汎用性が高く、多様な研究課題への応用が可能であると考えられた。より発展的には、臨床やスポーツ指導現場での実用化も大いに期待できた。

 以上の論文に関する1編の原著論文は、申請者がファーストオーサーとしての公表が決定している。これらの内容について審査委員会で評価した結果、審査委員全員一致して、申請者論文は、博士(学術)の学位にふさわしいと結論した。

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