学位論文要旨



No 116726
著者(漢字) 藤原,博彦
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,ヒロヒコ
標題(和) 企業情報ディスクロージャーの変容
標題(洋)
報告番号 116726
報告番号 甲16726
学位授与日 2002.01.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会情報学)
学位記番号 博人社第344号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須藤,修
 東京大学 教授 花田,達朗
 東京大学 教授 小林,宏一
 東京大学 助教授 田中,秀幸
 京都大学 助教授 若林,直樹
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、社会情報としての企業情報について、ディスクロージャーの側面に焦点をあてた議論を試みる。企業情報ディスクロージャーを巡っては、その作成者たる企業とこれを利用する様々な関係者が存在する。これを情報の送り手と受け手の関係の枠組みから捉え議論を進めていく。ここで、企業情報とは、情報の送り手としての企業が、企業を取り巻く様々なステイクホルダーに対し情報を発信することを意図し、企業自らがこれを作成するものであり、会計情報はもとより、企業に関する情報全てをいう。

 企業を取り巻く環境は、コーポレートガバナンス、金融資本市場に見られるよう、今日、大きく変容しつつある。特に、インターネットの登場は、企業情報ディスクロージャーに極めて大きなインパクトを与えている。企業情報ディスクロージャーは、まさに、変容しているのである。これは、法令等による強制的企業情報ディスクロージャーの持つ意味の低下、それに、任意企業情報ディスクロージャーの重要性向上となって現れてくる。

 理論的側面から見れば、送り手−受け手間の権利義務関係としてのアカウンタビリティ理論、受け手指向に立った意思決定有用性理論に代わる、送り手−受け手間の双方向的関係を説明しうる新たな理論が求められているのである。そこで、これをコミュニケーション過程モデルを援用し説明する。

 任意企業情報ディスクロージャーの重要性向上は、強制と任意の融合をもたらす。そして、そこでは、基準設定主体を巡って、パブリック・セクターとプライベート・セクターの関係が問い直されなければならない。また、これに伴い、ディスクロージャーのサブシステムとしての監査の問題も浮上してくる。融合化された企業情報ディスクロージャーは、データベース・ディスクロージャーへと進んでいく。ここでは、ディスクロージャーされた情報に信頼性を付与する監査についての問題も議論されなければならない。

 第1章では、強制的企業情報ディスクロージャーの現状として、証券取引法、商法、自主規制機関(証券取引所、証券業協会)の要請について整理する。

 第2章では、任意企業情報ディスクロージャーの現状として、IR(インベスター・リレーションズ)、広報、環境会計報告書について整理する。これらは全て、広義の広報として捉えることもできるが、今日、任意企業情報ディスクロージャーの重要性向上とともに、細分化した上でこれを検討する必要性が高まっており、本論文でもこのような視点から議論を進める。

 なお、第1章と第2章では、企業情報ディスクロージャーの現状を整理するが、特に、今日、新たなチャンネルとしてディスクロージャーに大きなインパクトを与えているインターネットの利用状況に注目した。

 第3章、第4章、第5章では、企業情報ディスクロージャーにインパクトを与える要因としてコーポレートガバナンス、金融資本市場、チャンネルの変容について論じていく。これら3つの要因は、それぞれ独立に、企業情報ディスクロージャーにインパクトを与えるのではなく、企業情報ディスクロージャーを媒介として相互に関連しつつインパクトを与えるという立場で論じていく。

 第6章は、企業情報ディスクロージャーの理論的根拠とその限界ということで、従来から、企業情報ディスクロージャーの理論的根拠として論じられてきた、アカウンタビリティ理論と意思決定有用性理論について論じる。そして、ここでは、今日の企業情報ディスクロージャーは、これら理論から説明することが不可能となる旨を指摘する。

 第7章では、コミュニケーションとしての企業情報ディスクロージャーについて論じる。これは、アカウンタビリティや意思決定有用性といった従来からの説明概念に代わって、コミュニケーション過程モデルを援用した説明を試みるものである。特に、新たなチャンネルとしてディスクロージャーに大きなインパクトを与えているインターネットは、企業情報ディスクロージャーにおいて、双方向的コミュニケーションを実現させる可能性を秘めていることも指摘したい。

 第8章では、強制的企業情報ディスクロージャーと任意企業情報ディスクロージャーの融合した企業情報ディスクロージャーの確立に向けて、ディスクロージャー基準設定主体の問題、ディスクロージャーのサブシステムとしての監査のあり方について論じる。

 終章では、企業情報ディスクロージャーの今後の方向性を示してみたい。これは、強制と任意の融合、さらには、データベース・ディスクロージャーによる双方向的コミュニケーションを実現する企業情報ディスクロージャーの確立である。ここでは、情報に信頼性を付与する監査のあり方も変容する。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、序章、8つの章、終章、そして参考文献リストから構成されている。本論文は、企業活動のグローバル化、金融改革などに典型的にみられる企業を取り巻く社会環境の変容を概観し、それに対応して企業情報ディスクロージャーがいかに変容しつつあるのかを明らかにし、その上でありうべき企業情報ディスクロージャーについて展望している。

 本論文は、パブリック・アカウンタビリティ理論、意思決定有用性理論などの研究成果を批判的に摂取しつつ、インターネットとデータベースを積極的に活用した、情報の送り手と受け手との間での先行コミュニケーションの累積性とフィードバックの繰り返しを重視する双方向的コミュニケーションを可能にする企業情報ディスクロージャーのあり方について考察を行い、IR(Investor Relations)、環境会計など近年重要性を増しつつある企業情報ディスクロージャーの動向を踏まえ、ディスクロージャー基準設定主体のあり方、監査基準設定主体のあり方について検討を加え、企業情報ディスクロージャーのもつ社会性(公共性)について、その重要性を顕揚している。さらに「双方向的コミュニケーションを可能にする企業情報ディスクロージャー」を支えるデータベース・ディスクロージャーとシステム監査の重要性を指摘し、その制度論的考察を行っている。

 本論文は、会計学に関する研究蓄積に学問的基盤をおき、その上でメディア論、コミュニケーション論、経営学、金融論、企業統治論など関連する研究領域の重要な先行研究を踏まえて、企業の存立基盤である社会的諸関係を視野に収め、企業情報のディスクロージャーがどのように変容を遂げてきたのか、さらに今後どのような方向に変化すべきかという点について、情報テクノロジーの進展に関係づけて制度論的かつコミュニケーション論的視点より考察を展開している。双方向性コミュニケーションという概念を考察の基軸に据え、コミュニケーション論的に企業情報ディスクロージャーを再検討し、企業とステイクホルダーとの間のフィードバック・ループに関する考察を展開した点に本論文の独自性がある。本論文では双方向的コミュニケーションに関する実証的な考察がかならずしも十分とはいえないが、今後双方向的コミュニケーションに関する実証的研究をよりいっそう深化させ、本論文で提示された問題構成をより精緻に展開すれば、企業会計情報のコミュニケーション論あるいは企業会計情報の社会情報学として新たな研究分野を形成する可能性を有するものと考えられる。よって審査委員会は、本論文が学術的意義を有し、博士(社会情報学)の学位に相当するものと判断する。

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