学位論文要旨



No 116727
著者(漢字) アディオレ,エマニュエル
著者(英字)
著者(カナ) アディオレ,エマニュエル
標題(和) エネルギー安全保障をめぐる東アジアの国際政治
標題(洋)
報告番号 116727
報告番号 甲16727
学位授与日 2002.01.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第164号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,明彦
 東京大学 教授 猪口,孝
 東京大学 教授 北岡,伸一
 東京大学 教授 藤原,帰一
 東京大学 教授 山本,吉宣
内容要旨 要旨を表示する

 エネルギー安全保障は東アジアにおける国際関係の重要な一部である。この研究においてエネルギー安全保障という言葉は、経済の持続的発展のために必要なエネルギー資源を合理的価格で安定的に入手できることを意味するために使われるものとする。また、この言葉はエネルギー利用のもたらす結果から環境を保護するための適切な手段を講ずることをも意味する。

 本研究では、特に集団的なエネルギー安全保障および東アジアにおける多数国家間の協力一般の問題に焦点をあわせ、この地域におけるエネルギー安全保障政策の性質を探ることによって東アジアにおける国際関係を検討した。

 本論文においては、エネルギー安全保障が国際関係に多様な含意を持つということが主張されている。エネルギー安全保障は一方において国家間関係を緊張させる原因となりうるものであるが、他方においては、多数国家間の協力の重要な機会となる可能性を持っている。本研究は、国際関係にとってエネルギー安全保障が有している後者の含意に焦点をあわせ、エネルギー安全保障が東アジアにおいて提供している多数国家間協力の可能性について検討したものである。

 本論文は、まず、東アジアにおいて集団行動をとるための基礎的な制度の発展の促進に関してエネルギー安全保障が有する可能性について検討した。言い換えれば、集団的エネルギー安全保障がどのように東アジアにおける多数国家間協力の形としてたちあらわれうるかを探求し、さらに、東アジアにおける多数国家間協力に関する一般的な問題の一環あるいは一部分としての集団的エネルギー安全保障にまつわる困難について説明した。この多数国家間協力の困難性については、本論文は東アジア内部におけるダイナミックスと、国際政治の役割という二つの重要な要因から受ける影響の観点から説明を行った。東アジアの内部的ダイナミックスについては、東アジアにおける過去の歴史的関係を主要な要因として特定した。さらに、この論文は東アジアにおける国際関係について国際政治が果たしている役割についても検討を加え、特に、東アジアにおいて強い影響力を保持してきた大国の間で利害関係が多様であって一致しないことを、この地域における多数国家間協力の問題に寄与している要因として挙げた。

 本論文は、大きく分けて9つの章からなっている。

 第1章は、国際協力についての理論的な概観を行っている。この章は、続く章における東アジアの集団的エネルギー安全保障の研究の理論的基礎をなすものである。第2章から第5章までは、この研究において東アジアとして定義された範疇に入る国それぞれにおける、エネルギー安全保障の状況について検討する。この定義には、日本、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国および台湾が含まれる。

 第2章においては、日本におけるエネルギー安全保障の状況と、それが東アジアにおける集団的エネルギー安全保障に与える含意が検討される。この章においては、日本が他の東アジアの国々と共通してエネルギー集団保障について利益を持つ重要な領域が同定される。それは、国内的なエネルギー資源の欠如、エネルギーの輸入における中東への依存、および日本へエネルギー資源を輸送する経路として共通の海路を利用することといったものを含む。この章では、これらの顕著な要因が日本のエネルギー安全保障外交において非常に重要な役割を果たしていると主張される。これらの要因は従って、東アジアにおける集団的エネルギー安全保障の重要な基礎となるのである。

 第3章では中華人民共和国におけるエネルギー安全保障の状況およびそれが東アジアの国際政治に対して有する含意を検討する。この章では、中国のエネルギー安全保障外交は国際関係一般について重要な意味を持っていると主張される。急速な経済発展は、中国におけるエネルギー安全保障の状況を複雑化させるものと主張される。経済発展は、中国のエネルギー安全保障外交および東アジアの国際関係に大きく影響を与えるであろう。この章は特に、中国が増大するエネルギー需要に応えるためにエネルギーの輸入に依存するようになってきていることを指摘する。そしてさらに、中東における中国のプレゼンスが東アジアおよび国際関係双方にもつ意味について検討が加えられる。この章では、中国がエネルギー安全保障に関して中東に依存していることは、東アジア全体について深刻なエネルギー安全保障問題を引き起こすとの説明がなされる。しかし、このことは東アジアにおける協力の重要な契機を指し示すものである。なぜなら中国は東アジアにおけるエネルギー安全保障に共通の問題に対して影響を被ることになるであろうからである。さらに、東アジアの経済的相互依存の結果、中国のエネルギー安全保障政策がむしろこの地域における多数国家間協力の重要な要因となるということは確実であろう。

 第4章は、南北朝鮮におけるエネルギー安全保障の状況について考察している。この章では、東アジアのエネルギー安全保障に対して有する意味という観点から、南北朝鮮の国際関係が検討される。この章の最初の部分では、韓国がエネルギー輸入への依存度を強めていることと、そのことが東アジアのエネルギー安全保障政策に対して有する意味について検討している。この章はまた、近年における両朝鮮のあいだでの国際関係の進展が、いかにしてエネルギー安全保障に関し朝鮮半島において"軍事的準備"の重要性を低下させることになりうるかについて説明している。本研究では、この国際関係の進展が、東アジアにおいて協力を通じてエネルギー問題の管理への道を開く可能性があることを説明している。北朝鮮に関しては、本研究は、その核外交と中東におけるそのエネルギー資源を求めての北朝鮮の存在を東アジアにおける主要なエネルギー安全保障問題として指摘する。本研究は、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の設立に見られるような北朝鮮のエネルギー安全保障外交に対する多数国間による対応は、多数国間エネルギー協力は東アジアにおいてに実行可能であることを示す主要な実例であることを説明している。

 第5章では、本研究は、台湾におけるエネルギー安全保障の状況とその東アジアにおける国際関係への含意を検討している。本章では、東アジアにおける共通のエネルギー輸送ルート上に存在するという台湾の戦略的位置が東アジアのエネルギー安全保障の主要な関心として指摘される。加えて、本章では、極東ロシアのエネルギー資源とその東アジアエネルギー安全保障への含意も検討される。極東アジアの東アジアへの近接性とその豊富なエネルギー資源の存在は、同地域の東アジアエネルギー安全保障への重要性を示している。またそれは同時にロシアの対東アジア関係の重要な要素を形成している。しかし極東ロシアにおけるエネルギー資源開発に要する多額な費用の存在は、その開発が協力を通じてのみ達成されうることを示している。本章は、東アジア諸国間の諸資源の結合が、極東ロシアのエネルギー開発の唯一の有望な選択肢であるように見えることを論じている。被害アジア各国による資本・技術・労働・エネルギー市場・政治的善意の提供があって、極東ロシアにおけるエネルギー資源開発が初めて可能となる。またこの協力があって、極東ロシアのエネルギー資源が東アジアの中東のエネルギーへの依存を減少させることが初めて可能ともなるのである。

 第6章から第8章まででは、東アジアにおける集団的エネルギー安全保障問題を実証的に検討している。第一に第6章では、東アジアにおけるエネルギー安全保障に関する共通問題を指摘し、議論している。まだこれら共通エネルギー問題の東アジア国際関係への含意をも検討している。本章では、特に共通のエネルギー海上輸送路の使用が、東アジアのエネルギー安全保障と国際関係へ及ぼす影響を説明している。加えて、本章は、エネルギー安全保障政治が、沈静化していた領土問題や核拡散問題や環境問題を東アジア国際関係に置いて復活させる可能性をも論じている。

 第7章では、現在及び過去の、東アジアと世界の他の地域のエネルギー安全保障取り決めの歴史につき概観した。本章では特に、東アジアが世界の他の地域のエネルギー安全保障取り決めから引き出しうる教訓に焦点が当てられた。また本章では、東アジアにおける二国間エネルギー安全保障取り決めの優越性に関しても説明が加えられた。

 第8章では、東アジアにおける集団的エネルギー安全保障と多数国間協力の問題が検討された。東アジアにおける内部的なダイナミックスと国際政治の役割の観点より、東アジアにおける集団的エネルギー安全保障と多数国間協力の困難性が説明された。本章では、単に東アジア国際関係における集団的エネルギー安全保障取り決めだけではなく、いわゆる東アジア国際関係における協力の不存在をも説明するために、上記の2つの要因の相互作用がどのように使用されうるかが説明された。

 第9章では、東アジアにおけるエネルギー安全保障研究の結論が示される。第一にそこでは、東アジアにおける集団的エネルギー安全保障の将来性が検討される。また世界の他の場所が、東アジアにおけるエネルギー安全保障政治から引き出すことのできるであろう教訓についても指摘される。最後に、本研究の主要な発見が提示され、また東アジア国際政治研究と国際関係一般の研究への本研究の含意の再検討がなされる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「エネルギー安全保障をめぐる東アジアの国際政治」は、現在の東アジアにおける各国のエネルギー安全保障をめぐる環境と各国のエネルギー政策を、国際政治の連関のなかで全面的に分析することによって、この地域におけるエネルギー安全保障に関する多国的協力の可能性を検討した試みである。エネルギーは、一方において、常に国際政治における紛争の焦点であった。しかし、他方、エネルギー資源の賦存状況、エネルギーへの需要構造、エネルギー貿易の構造などの観点からのみ観察するとき、東アジア諸国間の補完関係は相当高い。その意味で、相互協力の必要性は高い。多国間協力は、各国のエネルギー安全保障を高めるためには望ましい方策なのである。しかし、現実には、この地域にはエネルギーに関する多国間協力の試みはほとんど存在していない。エネルギーに関する多国間協力の有益性・必要性が高いにもかかわらず、何ゆえ東アジアには多国間のエネルギー協力の枠組みが存在しないのか。いかなる要因が、多国間協力の実現を阻害しているのか。将来的にも多国間協力の可能性は低いままなのか。これらの疑問に理論的・実証的に回答を与えようとするのが本論文の目的である。

 本論文は、理論的問題提起から始まり各国別・地域全体に関する包括的で詳細な実証分析、この実証分析を踏まえ多国間協力に関する理論的検討を経て結論に至るという全9章からなる整然とした構成となっている。

 まず第1章「序と理論的概観」では、本論文の取り扱う問題設定を明確にした上で、これに関連する国際政治学における多国間協力に関する理論的検討を行ない、次章以下で行う実証分析を誘導する理論的枠組みを提示する。全般的にいえば国内のエネルギー資源が減少する中でエネルギー需要が増大する傾向を持つ東アジア地域において、エネルギー安全保障は、各国間の紛争要因となるとともに協力を促す要因であるとも考えられる。このような両用の可能性をもたらす問題領域において、国際協力はいかなる場合に可能となるか。本章は、この国際政治学における一般的問題に関する理論的アプローチとして、パワー理論、利益理論、認知または知識モデルの三種を区別し、それぞれの理論的特徴、長所、課題を体系的に整理している。この理論的検討の結果、著者は、三つのアプローチを相互排他的な理論体系と見なすのでなく、支配的リーダーシップ、各国間の利益の分布、当該問題に関する知識の分布を組み合わせて検討することが、多国間協力の存在ならびに困難性の説明を提供すると論じる。

 第2章「日本におけるエネルギー状況とエネルギー安全保障問題」は、日本の直面するエネルギー安全保障問題の包括的な分析である。石炭、石油、天然ガス、ウランと原子力発電、再生可能エネルギー源の賦存状況、エネルギー資源についての需要と供給の構造を分析した後、これまで日本がとってきたエネルギー安全保障政策を各分野ごとに詳細に検討している。さらにこれに加えてエネルギー政策が環境に与える影響についても分析している。これまでも日本のエネルギー政策については分析がないわけではないが、本章は、日本のエネルギー政策を外交政策との関連で位置づけたところにその特徴がある。

 第3章「中国のエネルギー安全保障問題」は、第2章とほぼ同じ枠組みで、中国の直面するエネルギー状況と安全保障問題を包括的に分析したものである。石炭、石油、天然ガス、ウランと原子力発電、再生可能エネルギー源の賦存状況を分析した後、国内のエネルギーの需要と供給の構造の分析、エネルギー安全保障政策の分析を行う。ここでも、中国におけるエネルギー状況と環境問題の関連も分析されている。本章は、日本語で書かれた中国のエネルギー事情分析としては最も詳細なものであり、とりわけ、石炭の圧倒的重要性とその使用に伴う数々困難を的確に分析したところ、近年の石油輸入の急増について石炭との関連で分析を行ったところ、さらにはこれがもたらすであろう中国の中東への石油依存の影響について分析を行ったところに特色がある。

 第4章「北朝鮮と韓国におけるエネルギー安全保障問題」も、北朝鮮と韓国について、第2章および第3章と同じ枠組みでそれぞれのエネルギー状況を分析している。韓国においては、日本におけると同様の石油依存の問題が指摘されるとともに、外交面での活動として中国との関係やロシアとの関係が、朝鮮半島情勢と複雑に絡み合って、重要性をもっていることが指摘されている。北朝鮮については、データの問題などから分析が困難であるが、その中で本章は、知られている資料を全面的に利用しつつ、体系的な分析を行っている。とりわけ、北朝鮮の原子力開発を政治軍事政策との関連で分析しているところに特徴がある。

 第5章「台湾とロシアの極東:エネルギー安全保障と環境をめぐる外交」もまた、前章までと同様の枠組みによるエネルギー状況の体系的分析である。しかし、本章においては、台湾の中国大陸との特有な政治的関係の問題、また台湾が海洋に存在することからくる海洋エネルギー資源をめぐる紛争の可能性、シーレーン(海洋交通路)の問題などが特有の問題として分析される。また、極東ロシアは、それ自身では国家ではないが、東アジアのエネルギー状況に対してきわめて重要な供給基地となりうる可能性を持っている点が詳細に分析されている。

 第6章「東アジアのエネルギー安全保障への主な取り組み」は、東アジアのエネルギー安全保障に影響をあたえるいくつかの共通の問題をそれぞれとりあげ分析している。それらの問題とは、シーレーンの問題、パイプライン建設の問題、領域主権の問題、グローバル化した市場の問題、環境問題、各国の原子力開発計画の問題、東アジアにおける軍拡の問題、中東地域への依存増加の問題である。これらすべての問題は、著者によれば、東アジアのエネルギー安全保障にとって共通の挑戦であり、緊張をもたらしかねない問題であるとされる。

 第7章「東アジアにおける集団的エネルギー安全保障政策」は、東アジアにおいて成立する可能性のある多国間エネルギー取り決めのモデルを二つ提示した後、現在の東アジア諸国間のエネルギーをめぐる二国間関係に含まれるさまざまな問題と可能性を検討する。さらに周辺的な枠組みとして、エネルギーに関連する取り決めについて漁業協定、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)、核開発をめぐる多国間政治、環境取り決めなどが検討される。また、比較対照のため、他地域における多国間エネルギー枠組みとして、ヨーロッパエネルギー憲章条約、ヨーロッパ原子力共同体の内容が検討される。本章を通して、東アジアで支配的なエネルギー協力のあり方か、二国間のものであることが示され、多国間の協力はきわめて少ないことが示される。

 第8章「非協力の説明:東アジアの集団的エネルギー安全保障」は、第1章の理論的検討をふまえ、第2章から第7章までの実証分析の結果を利用しつつ、なぜ東アジアでの多国間の協力は困難でありつづけたのかの説明を行う。説明は大きくわけて地域に内的な制約と外的な影響に分けられる。地域に内的な制約としては、冷戦の影響、地域内のリーダーシップの欠如の問題、共通利益の存否に関する問題、歴史問題などその他内的な制約が検討される。この中では、とりわけ支配的リーダーシップの欠如として日本がなぜリーダーシップがとれないかの分析がなされ、日本以上に他の域内諸国にはそのための条件が欠如していることが示される。また、共通利益の観点からすると、集団的取り決めのもたらす利益の明白性が十分示され得ないこと、また集団取り決めのための費用の計測も困難である点が、多国間協力への展開を阻害している要因として示される。最後に、域外からの影響力という点で、アメリカの政策についての検討がなされる。これまでの東アジアのエネルギー安全保障の研究においては、この地域で多国間協力が実現しなかった最大の理由は支配的リーダーシップが存在しなかったことだとされてきた。内的制約の検討でみたようにたしかに日本が支配的リーダーシップをふるうことは困難であることがわかったが、著者は、それでもって支配的リーダーシップが欠如しているのだと結論するのは短絡的であると批判する。本論文の理論的枠組みからすれば、支配的リーダーシップは、日本が担えないとしても、アメリカが担えないはずはないとされるからである。そこで、最終的検討は、なにゆえアメリカは東アジアにおける多国間のエネルギー枠組みを促進する方向のリーダーシップをふるわないのかという問題に分析が移るわけである。そして本稿の分析によれば、アメリカが東アジアで歴史的なさまざまな要因から二国間主義を重視しているところに、そのようなリーダーシップを向かわせない理由があるとされる。

 第9章「結論」では、まず、東アジアのエネルギー安全保障に関する今後の展望が概説された後、本論文における結論を要約する。その結論の第1は多国間協力を形成をする上での支配的リーダーシップの重要性である。本論文によれば、支配的リーダーシップは、協力の機会を促進もすれば阻害もする。そして、東アジアにおいては国際協力を作るための支配的リーダーシップが存在しなかったのではなく、(アメリカという)支配的リーダーシップは、かえって非協力を促進したのだというのである。結論の第2は、域内諸国の利益の調和と単なる相互利益の認識だけでは国際協力のための十分な条件とならないということである。相互利益にしても、その複雑なあり方によっては、非協力を条件ともなりうるとされる。結論の第3として、認知的要素や知識の要素については、本実証分析からは十分な結論を導くには至らなかったとされる。

 以上が本論文の要旨であるが、以下に評価を述べる。

 本論文の長所としてみると以下の3点をあげることができる。

 第1に、国際レジーム論による国際協力の理論を的確に整理し、そこから導き出された理論概念を使いつつ、これを東アジアにおけるエネルギー安全保障という、国際レジーム論によってこれまで十分に分析されたことのない対象に適用し、理論的検討を加えたことである。これまでのレジーム論においては、覇権や支配的リーダーシップの概念が、協力の達成の促進要因としてのみ利用されることがあったのに対し、その反対の側面を強調した理論的貢献は大きい。東アジアのエネルギー安全保障についてこれまでの研究は、おうおうにして、多国間レジームの欠如を支配的リーダーシップが不在によって説明しようとしてきた。これは、覇権安定論に代表されるような支配的リーダーシップは必ず協力の形成に結びつくのだという思いこみに由来していた。本論文は、そうではなく、支配的リーダーシップは、協力促進要因としても働くが、協力阻止要因としても働くのだと指摘し、そのことをアメリカの対東アジア政策の文脈のなかで実証している。

 本論文の第2の長所は、東アジア諸国のエネルギー状況ならびにエネルギー安全保障政策を環境問題も含めて包括的に記述し、その政策的含意も含めて分析しつくしたことである。これまで日本語で書かれた文献で、これほど詳細かつ体系的に各国のエネルギー政策をとりまく状況を記述したものはない。また、日本におけるエネルギー政策分析は、あくまでも狭い意味のエネルギーに関連した分析にとどまり、綿密なエネルギー状況分析の上に政治学的分析を加えた分析としては、本論文を嚆矢とすることになろう。とりわけ、中国、南北朝鮮、台湾のエネルギー政策の分析は、それぞれ個別にも学界に貢献する分析となっている。

 本論文の第3の長所は、論文全体の構成である。理論の提示→→実証分析(東アジアのそれぞれの国→→2国間関係→→多国間協力)→→理論分析→→結論ときわめて体系的に構成されており、説得性を付加している。

 もとより本論文にも短所がないわけではない。

 第1に、理論面での議論展開および理論と実証の結合にやや難がみられることである。第8章の理論分析は、本論文の要となる部分であるが、ここに理論展開を急ぐあまり強引な立論が散見される。また、本論文の理論展開を承認したとしても、それがたとえばヨーロッパなどのような他地域の多国間枠組みの形成の説明としても十分説得的に利用可能なのか否かについては、本論文では依然としてややあいまいな点が残っている。また、国際レジーム論のこれまでの理論を整理し中心概念としての支配的リーダーシップ、共通利益、知識・情報を抽出しているが、これらが、実証分析の中心部分においては、十分活用されていないように見える。各国別の実証分析や二国間関係の分析に際し、これらの概念が、理論との関連で適時に示されていれば、より見通しのよい研究となったと思われる。また、国際協力における知識や情報の重要性を理論的に指摘しながら、実証分析の中からは、この点についての知見をほとんど見いだしていないのは、論文自身に指摘してあるが、惜しまれる点である。

 第2に、実証分析は、その包括性との政策含意の考察においてきわめて印象的であるが、第1に指摘したように、理論との結びつきが弱く、やや平板な叙述となっている。各所に、それぞれの国のエネルギー状況について、日本であまり気づかれていない点についての指摘があるが、それと理論展開がどう結びつくのかあいまいなところがある。また、実証面では、主に英語文献を利用しているためか、個別地域の研究という観点からするとやや不十分な点がないわけではない。

 第3に、論文全体の大きな構成は大変しっかりしたものであるが、細部の論述においては時にわかりにくい日本語が散見される。また、ところどころ、日本で定訳として定着している単語が使用されていない場合もあり、改善の余地がある。

 しかしながら、以上の問題点は、本論文の学術的価値を大きく損なうものではない。東アジアのエネルギー安全保障という現在の国際政治においてきわめて重要な対象に、国際協力の可能性という国際政治理論の中心的テーマの一つを切り口に、果敢に挑戦し、理論的分析を行うとともに徹底的かつ包括的な記述を与えたことは、学界に対する貴重な貢献である。したがって、本論文は博士(法学)の学位を授与するに相応しいものと評価できる。

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