学位論文要旨



No 116729
著者(漢字) 趙,民權
著者(英字) Cho,Min-Kwon
著者(カナ) チョウ,ミンクォン
標題(和) ヒトCdc7キナーゼ複合体によるMCMタンパク質リン酸化の解析
標題(洋) Phosphorylation of MCM complex by human Cdc7 kinase complex: sites and physiological significance
報告番号 116729
報告番号 甲16729
学位授与日 2002.01.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1871号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 大海,忍
 東京大学 助教授 中田,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

 細胞周期制御において、染色体DNA複製の開始は重要な制御段階である。真核細胞の染色体複製開始には、複製起点上にORCやCDC6,Cdt1及びMCMを含む前複製開始複合体(preRC)が形成されることが必要である。このpreRCがG1/S CDK及びCdc7キナーゼにより活性化され、複製起点の二本鎖DNAの巻き戻しが誘導され、さらにCDC45やDNAポリメラーゼが複製複合体にロードされて複製が開始、進行する。

 CDC7は出芽酵母の染色体複製開始に必須なセリン/スレオニンキナーゼをコードする。Cdc7キナーゼはその活性化サブユニットとして機能するDbf4と複合体を形成し、複製開始複合体の一部としてその構成因子をリン酸化することにより複製開始を制御すると考えられてきた。Cdc7キナーゼ複合体は酵母からヒトまで保存されて存在し、Cdc7による複製開始制御が真核細胞全般に保存されている可能性が示唆された。しかし、Cdc7キナーゼによるリン酸化に伴う複製複合体の機能調節の構造的、生化学的な実体については不明である。

 MCM(minichromosome maintenance)2〜7の6つのMCMはそれぞれ互いに高いホモロジーをもっており、MCMファミリーを形成している。MCMは1回の細胞分裂でただ1度のDNA複製を保証するDNA複製許可因子(replication licensing factor)に含まれることが報告された。哺乳動物細胞においてMCMは6つのMCMサブユニットからなるヘテロ六量体として存在し機能しているようである。この複合体はやや不安定で、MCM3-5及びMCM4-6-7からなる小複合体に分解されやすい。最近、ヒトMCM4,6,7から成る3量体が重合した6量体中にDNAヘリカーゼ活性が検出され、MCMがDNA複製過程での2本鎖DNAの巻き戻しに機能する可能性が示された。また、MCM2及びMCM3,5はMCM4,6,7複合体(3量体のダイマー)に結合してそのサブユニット構造を変化させることによりヘリカーゼ活性を阻害し、調節機能を有することが示唆された。

 In vitroでCdc7キナーゼ複合体はそれ自身のサブユニットを自己リン酸化するとともに、MCM複合体を効率よくリン酸化する。なかでも、MCM2サブユニットはin vivoにおいてもCdc7によりS期にリン酸化される。また、出芽酵母あるいは分裂酵母のcdc7あるいはhsk1+の温度感受性変異体ではG1/S境界期に見られるMcm2のリン酸化が観察されなかった。さらに、cdc7+の機能をバイパスするサプレッサー変異(bob1)がMCM5にマップされた。これらの生化学的、遺伝学的解析からMCM複合体がCdc7キナーゼの重要な基質であることが明らかになってきた。

 ヒトCdc7キナーゼ(huCdc7)によるMCMのリン酸化がどのような分子機構で複製起点の活性化をもたらすかを明らかにするためには、MCMタンパク質上のリン酸化部位を決定し、そのアミノ酸残基を置換した変異体を作製して、その機能を野生型と比較する必要がある。Cdc7キナーゼによる生理的に意義があるMCMリン酸化部位の特定によって、Cdc7による複製開始及び進行の制御メカニズムが明らかになるであろう。

 MCMのリン酸化の意義を解析するために、私は、次のような戦略で実験を計画した。1)生化学的に最も解析がすすんでいる動物細胞MCMとCdc7キナーゼ複合体を用いて、まず生化学的にin vitroにおけるCdc7によるリン酸化部位の同定を試みる。2)そのリン酸化の生体内での機能を明らかにするために、リン酸化部位変異体を作製し、in vivoにおける機能解析を行う。3)機能的に保存されている酵母のMCMにおいても保存リン酸化部位の変異体を作製し、その機能を遺伝学的に解析する。これらの一連の解析により、Cdc7によるMCMのリン酸化が複製起点活性化を誘導する分子機序を明らかにすることを目標とした。本研究では、主に、動物細胞Cdc7キナーゼ複合体によるMCM複合体のin vivo及びin vitroでのリン酸化部位の同定と、その機能解析を行った。

1)ヒトCdc7キナーゼ複合体によるMCM複合体内及び単独のMCM2のリン酸化

 触媒サブユニットhuCdc7及び活性制御サブユニットASKから構成されるhuCdc7-ASKキナーゼ複合体を昆虫細胞で発現し精製した。精製されたhuCdc7キナーゼ複合体はin vitroで、同様に昆虫細胞で発現、精製した単独のマウスMCM2タンパク質とともに、MCM2-4-6-7複合体中のMCM2タンパク質を効率よくリン酸化し、リン酸化の結果MCM2タンパク質はSDS-PAGE上で早い移動度の方向にシフトした。細胞内でのS期初期のMCM2もリン酸化により類似した移動度シフトを示すことから、複合体中におけるMCM2のCdc7によるリン酸化が生理的に意義があるリン酸化である可能性が示唆された。MCM2-4-6-7複合体中のMCM4及びMCM6タンパク質も程度は低いがin vitroでhuCdc7キナーゼ複合体によりリン酸化された。

 複合体特異的なMCM2タンパク質のリン酸化は、トリプシン限定分解−2次元電気泳動によって、MCM2単独の場合と複合体の場合とで一部異なったペプチドマッピングパターンを示すことからも確認された。MCM2はCdk2-CyclinE,Cdk2-CyclinA,Cdc2-CyclinBによってもリン酸化されるが、ペプチドマッピングで調べたそれらのパターンは一部異なっており、Cdc7はCdkとは異なる領域をリン酸化することが示唆された。

2)In vivo及びin vitroにおけるMCM2のリン酸化部位のマッピング

 In vivoにおいては、細胞周期を同調したHeLa細胞抽出液中のMCM2タンパク質がS期に進行するにつれてリン酸化されSDS-PAGE上で早く移動する。さらに、分裂酵母のMcm2もリン酸化に伴い同様の移動度の変化があると報告された。細胞内でのMCM2タンパク質のリン酸化部位を検出するために、マウスBa/F3細胞を[32P]正リン酸で標識して、MCM2タンパク質の2次元ペプチドマッピングを行った。その結果、in vivoとin vitroでMCM2のリン酸化部位は、類似したパターンを示すことから、in vitroでMCM2-4-6-7複合体中におけるMCM2のCdc7キナーゼによるリン酸化は生理的に意義があり、複製起点活性化に重要な役割を果たしていると結論した。

 MCM2上のCdc7-ASKキナーゼ複合体によるin vitroでのリン酸化部位は複数個存在し、ペプチドや一部分を含む組み換えタンパク質のリン酸化から、マウスMCM2上のS26及びS40がリン酸化されうること(後述)、S754,T757,S759,T763,S769及びS802,T806,S810,S814,T818のクラスター内にin vitroリン酸化部位が存在することが明らかになった。これらのリン酸化部位は他の真核生物種においても保存されており、機能的な重要性が示唆される。

3)CdkとCdc7の協同作用によるMCM2タンパク質のリン酸化:N端近傍に存在するCdk及びCdc7リン酸化部位の同定

 Cdc7とともに、Cdk2-CyclinEは動物細胞のG1-S移行に必要とされるが、S期移行に必須なCdk2-CyclinEの標的はまだ明らかになっていない。昆虫細胞で発現し脱リン酸化の後、精製したマウスMCM2-4-6-7複合体は、脱リン酸化の前処理を行わないMCM複合体に比べて、Cdc7によるリン酸化の効率が低下するが、Cdk2-CyclinEであらかじめリン酸化してから,Cdc7でリン酸化すると、Cdc7によるリン酸化が特異的に促進されることが明らかとなった。さらに、この活性化にcriticalなCdkによるリン酸化部位はS27とS41であることが明らかとなった。S27及びS41残基をアラニンに置換したMCM2変異体(SASA変異体)は、Cdc7でリン酸化しても、SDS-PAGE上でリン酸化のシフトが見えなくなる。一方、S27及びS41残基をグルタミン酸に置換したMCM2変異体(SESE変異体)はCdkによりリン酸化しなくてもhuCdc7により野生型MCM2とほぼ同様の効率でリン酸化され、SDS-PAGE上での移動度も類似したパターンを示した。このように、CdkとCdc7キナーゼはともにMCMを標的として、協同作用により複製開始を誘導する可能性が示された。

 S26及びS40のリン酸化は、細胞内のMCM2のS期特異的リン酸化部位と一致する。さらに、シフトを与えるCdc7によるリン酸化はS26及びS40であることが明らかとなった。S27及びS41残基がグルタミン酸に置換され、さらにS26及びS40がアラニンに置換された変異MCM2を含む複合体では、Cdc7による特徴的なシフトが観察されなかった。これらの結果から、in vitroで、CdkはマウスMCM2上のS27とS41をリン酸化し、その結果、Cdc7によるS26及びS40残基のリン酸化が特異的に促進されると結論した。

4)リン酸化部位変異体の機能解析

 動物細胞内において、Cdc7キナーゼにより生じると考えられるリン酸化型MCM2は主に、クロマチンから遊離した画分に回収される。また、S26,27,40,41をすべてアラニンに置換したAAAA変異体は、核内への局在を失うことが示された。これに対し、グルタミン酸に置換したEEEE変異体は核に局在する。これらの事実から、S26,27,40,41のリン酸化は核移行を促進する可能性も示唆された。この事実は、Cdc7のリン酸化はMCMサブユニットのクロマチン結合及び細胞内局在を制御する可能性を示唆する。さらに、Cdc7によるMCM2あるいは他のMCMサブユニットのリン酸化はMCM複合体の高次構造の変化を誘起し、そのヘリカーゼ活性の活性化あるいは他のタンパク質との結合を促進し、最終的に複製起点の活性化(二本鎖DNAのメルティング)をもたらす可能性を考えている。現在、作製した各種のMCM2変異体をレトロウィルスベクターを用いて動物細胞内で発現し、その生化学的性状の解析及び、発現が細胞周期進行に及ぼす影響を検討している。また、N端に存在するCdk及びCdc7リン酸化部位は、他の生物種でも保存されており、酵母を用いた変異体の遺伝学的解析結果とあわせて、そのより詳細な機能が明らかになることが期待される。

5)結論

 本研究においては、染色体複製の開始を制御するCdc7キナーゼによるMCM複合体のリン酸化の解析を行い、MCM2上の特異的なリン酸化部位を同定した。さらに、Cdk及びCdc7キナーゼの協同作用によるMCMのリン酸化がMCMの機能を制御する機構の一端を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は染色体複製の開始を制御するCdc7キナーゼによるMCM複合体のリン酸化の解析を行い、MCM2上の特異的なリン酸化部位を同定した。さらに、Cdk及びCdc7キナーゼの協同作用によるMCMのリン酸化がMCMの機能を制御する機構の一端を明らかにするため、1)生化学的に最も解析がすすんでいる動物細胞MCMとCdc7キナーゼ複合体を用いて、まず生化学的にin vitroにおけるCdc7によるリン酸化部位の同定を試みた。2)そのリン酸化の生体内での機能を明らかにするために、リン酸化部位変異体を作製し、in vivoにおける機能解析を行った。これらの一連の解析により、Cdc7によるMCMのリン酸化が複製起点活性化を誘導する分子機序を明らかにすることを目標とした。本研究では、主に、動物細胞Cdc7キナーゼ複合体によるMCM複合体のin vivo及びin vitroでのリン酸化部位の同定と、その機能解析を行い、下記の結果を得ている。

1)ヒトCdc7キナーゼ複合体によるMCM複合体内及び単独のMCM2のリン酸化

 触媒サブユニットhuCdc7及び活性制御サブユニットASKから構成されるhuCdc7-ASKキナーゼ複合体を昆虫細胞で発現し精製した。精製されたhuCdc7キナーゼ複合体はin vitroで、同様に昆虫細胞で発現、精製した単独のマウスMCM2タンパク質とともに、MCM2-4-6-7複合体中のMCM2タンパク質を効率よくリン酸化し、リン酸化の結果MCM2タンパク質はSDS-PAGE上で早い移動度の方向にシフトした。細胞内でのS期初期のMCM2もリン酸化により類似した移動度シフトを示すことから、複合体中におけるMCM2のCdc7によるリン酸化が生理的に意義があるリン酸化である可能性が示唆された。MCM2-4-6-7複合体中のMCM4及びMCM6タンパク質も程度は低いがin vitroでhuCdc7キナーゼ複合体によりリン酸化された。

 複合体特異的なMCM2タンパク質のリン酸化は、トリプシン限定分解−2次元電気泳動によって、MCM2単独の場合と複合体の場合とで一部異なったペプチドマッピングパターンを示すことからも確認された。MCM2はCdk2-CyclinE,Cdk2-CyclinA,Cdc2-CyclinBによってもリン酸化されるが、ペプチドマッピングで調べたそれらのパターンは一部異なっており、Cdc7はCdkとは異なる領域をリン酸化することが示唆された。

2)In vivo及びin vitroにおけるMCM2のリン酸化部位のマッピング

 In vivoにおいては、細胞周期を同調したHeLa細胞抽出液中のMCM2タンパク質がS期に進行するにつれてリン酸化されSDS-PAGE上で早く移動する。さらに、分裂酵母のMcm2もリン酸化に伴い同様の移動度の変化があると報告された。細胞内でのMCM2タンパク質のリン酸化部位を検出するために、マウスBa/F3細胞を[32P]正リン酸で標識して、MCM2タンパク質の2次元ペプチドマッピングを行った。その結果、in vivoとin vitroでMCM2のリン酸化部位は、類似したパターンを示すことから、in vitroでMCM2-4-6-7複合体中におけるMCM2のCdc7キナーゼによるリン酸化は生理的に意義があり、複製起点活性化に重要な役割を果たしていると結論した。

 MCM2上のCdc7-ASKキナーゼ複合体によるin vitroでのリン酸化部位は複数個存在し、ペプチドや一部分を含む組み換えタンパク質のリン酸化から、マウスMCM2上のS26及びS40がリン酸化されうること(後述)、S754,T757,S759,T763,S769及びS802,T806,S810,S814,T818のクラスター内にin vitroリン酸化部位が存在することが明らかになった。これらのリン酸化部位は他の真核生物種においても保存されており、機能的な重要性が示唆される。

3)CdkとCdc7の協同作用によるMCM2タンパク質のリン酸化:N端近傍に存在するCdk及びCdc7リン酸化部位の同定

 Cdc7とともに、Cdk2-CyclinEは動物細胞のG1-S移行に必要とされるが、S期移行に必須なCdk2-CyclinEの標的はまだ明らかになっていない。昆虫細胞で発現し脱リン酸化の後、精製したマウスMCM2-4-6-7複合体は、脱リン酸化の前処理を行わないMCM複合体に比べて、Cdc7によるリン酸化の効率が低下するが、Cdk2-CyclinEであらかじめリン酸化してから,Cdc7でリン酸化すると、Cdc7によるリン酸化が特異的に促進されることが明らかとなった。さらに、この活性化にcriticalなCdkによるリン酸化部位はS27とS41であることが明らかとなった。S27及びS41残基をアラニンに置換したMCM2変異体(SASA変異体)は、Cdc7でリン酸化しても、SDS-PAGE上でリン酸化のシフトが見えなくなる。一方、S27及びS41残基をグルタミン酸に置換したMCM2変異体(SESE変異体)はCdkによりリン酸化しなくてもhuCdc7により野生型MCM2とほぼ同様の効率でリン酸化され、SDS-PAGE上での移動度も類似したパターンを示した。このように、CdkとCdc7キナーゼはともにMCMを標的として、協同作用により複製開始を誘導する可能性が示された。

 S26及びS40のリン酸化は、細胞内のMCM2のS期特異的リン酸化部位と一致する。さらに、シフトを与えるCdc7によるリン酸化はS26及びS40であることが明らかとなった。S27及びS41残基がグルタミン酸に置換され、さらにS26及びS40がアラニンに置換された変異MCM2を含む複合体では、Cdc7による特徴的なシフトが観察されなかった。これらの結果から、in vitroで、CdkはマウスMCM2上のS27とS41をリン酸化し、その結果、Cdc7によるS26及びS40残基のリン酸化が特異的に促進されると結論した。

4)リン酸化部位変異体の機能解析

 動物細胞内において、Cdc7キナーゼにより生じると考えられるリン酸化型MCM2は主に、クロマチンから遊離した画分に回収される。また、S26,27,40,41をすべてアラニンに置換したAAAA変異体は、核内への局在を失うことが示された。これに対し、グルタミン酸に置換したEEEE変異体は核に局在する。これらの事実から、S26,27,40,41のリン酸化は核移行を促進する可能性も示唆された。この事実は、Cdc7のリン酸化はMCMサブユニットのクロマチン結合及び細胞内局在を制御する可能性を示唆する。さらに、Cdc7によるMCM2あるいは他のMCMサブユニットのリン酸化はMCM複合体の高次構造の変化を誘起し、そのヘリカーゼ活性の活性化あるいは他のタンパク質との結合を促進し、最終的に複製起点の活性化(二本鎖DNAのメルティング)をもたらす可能性を考えている。現在、作製した各種のMCM2変異体をレトロウィルスベクターを用いて動物細胞内で発現し、その生化学的性状の解析及び、発現が細胞周期進行に及ぼす影響を検討している。また、N端に存在するCdk及びCdc7リン酸化部位は、他の生物種でも保存されており、酵母を用いた変異体の遺伝学的解析結果とあわせて、そのより詳細な機能が明らかになることが期待される。

 以上、本研究においては、染色体複製の開始を制御するCdc7キナーゼによるMCM複合体のリン酸化の解析を行い、MCM2上の特異的なリン酸化部位を同定した。さらに、Cdk及びCdc7キナーゼの協同作用によるMCMの機能を制御する機構の一端を明らかにした。

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