学位論文要旨



No 116732
著者(漢字) いしつか いば ほせ かなめ
著者(英字)
著者(カナ) イシツカ イバ ホセ カナメ
標題(和) 電波と赤外線観測による,準変光星R Craterisの研究
標題(洋) Nature of a Semi-Regular Variable Star: R Crateris, its Variabilities at Radio and Infrared Regions
報告番号 116732
報告番号 甲16732
学位授与日 2002.01.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第337号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 蜂巣,泉
 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 助教授 柴田,大
 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
 国立天文台 教授 笹尾,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

 中小質量星は進化末期に、脈動変光と激しい質量放出をする巨星の段階を経て、proto-planetary nebulae、planetary nebulae(惑星状星雲)、white dwarf(白色矮星)となりその生涯を閉じる。

 巨星時における激しい質量放出は、これまで一様に膨張するアウトフローが考えられてきた。しかし、野辺山宇宙電波観測所の45m鏡や野辺山電波干渉計などによるproto-planetary nebulaeの分子輝線観測の結果、星を取り巻くガス円盤の存在や非一様なアウトフローが示唆されており、星はこの不安定な終末期において非一様な質量放出をしていることが示唆されている。また最近発表されたハッブル望遠鏡のNGC7027等のproto-planetary nebulaeの赤外線画像は非球対象なチリの分布を映し出しており、従来の一様膨張のイメージを払拭している。このような晩期型星にはSiO, H2O, OH等のメーザー輝線が検出されており、各メーザー輝線はそれぞれ星の表面、数十AU, 100AUの距離の付近で放射されていることが分かっている。更にSiO, H2O, OHの順に輝線の速度幅が増加していることより、このアウトフローは加速されていることが予想されてきている(Elitzur 1992)。

 国内VLBIネットワーク(J-Net)によるVLBI観測により、semi-regular variableであるRT Virに世界で初めて水メーザースポットの加速現象が捕らえられた(今井等1997)。更に水メーザースポットの分布が光度曲線と同様に周期的変化があることが示唆されており、加速のメカニズムについて非常に貴重な情報となっている。本観測では同じsemi-regular variableであるR Crtを4回に渡ってVLBI観測を行い、この加速現象が普遍的であるかどうかを視線速度の変化で追求し、更に今回releaseされたAipsソフトウエアを用いてこれらの水メーザースポットの固有運動を計測することにより、アウトフローの流れの速度場、加速のメカニズム解明を目指した。

 R Crtはsemi-regular variableで周期が約160日である。この天体は既に1994年6月と1995年1月に鹿児島6m鏡と水沢10m鏡とを用いたVLBI観測が行われ、フリンジが検出されている。この観測結果より、水メーザースポットのサイズは3×1012cm以下と、従来考えられてきたサイズより1桁サイズが小さいことが分かり注目された(Imai et al. 1997)。小口径同士のVLBI観測であるが多くのスポットが検出されており、各メーザースポットの分布は1988年12月にVLAで得られたスポットの分布と類似しており(Bowers & Johnston 1994)、アウトフロウの非等方性を示している。

 本研究では、第一にメーザースポットの視線速度の変化を明らかにすることにより,スポットの運動を求め上記の非一様な流れの存在を明らかにしたいと考えた。本観測では野辺山宇宙電波観測所における4回の共同利用観測を行い、野辺山宇宙電波観測所の45m大口径望遠鏡を加えることにより、6m-10mクラスの望遠鏡の観測のみでは検出不可能な弱い十数個のスポットの観測も可能とした。この星は激しい変光を示すため、強いスポットを基準に他のフェイントなスポットの継続性を予測しながら各スポットの視線速度の変化を追求した。Imai et al. (1997)によれば半年以上の寿命を持つスポットが検出されており、観測のインターバルとメーザースポットのライフタイムの問題については深刻ではないと考えられた。更に、このソースは距離が非常に近いのため、半年のインターバル観測において10mas程度の固有運動が期待される。これに対して、今回releaseされたAipsソフトウエアを用いると、数masを切る精度でスポット間の相対位置を決定できるため、直接これらの水メーザースポットの固有運動を測定できることが期待された。特に45m望遠鏡が加わることにより、相対的に弱い強度のスポットを検出することができ、数多くのメーザースポットの固有運動が決めることができ、アウトフローの流れの3次元的な速度場を直接描き出し,非一様なアウトフローの存在並びに姿を明らかにできると考えた。

 アウトフローの加速のメカニズムとしては星の周囲に形成されたダストのradiation pressureによる加速、あるいは星の脈動によるpulsation-driven shock waveによる加速が考えられる。もし同時に赤外線の観測を行い、赤外線波長帯での強度変化と水メーザー源の強度変化が一致すればradiation pressureによる加速が効いていることになる。一方、それらの間に大きなtime lagが存在する場合にはshock waveによるガスの加速が考えられる。このことを調べるために電波でのシングル・ディッシュ(フラックス強度)観測と同時に赤外線モニター観測が重要となる。この目的のため、我々は512×512画素のPtSi素子を用いた高感度近赤外線CCDカメラの製作を行った。長期のモニター観測を容易に行うため、小型で液体窒素などの冷媒を必要としないスターリングサイクル冷凍機を導入し、検出素子の冷却化を試み装置を完成させた(Ishitsuka et al. Paper in preparation)。製作した赤外線カメラ(NIHCOS赤外線カメラ)は兵庫県立西はりま天文台の60cm望遠鏡に据え付け、2000年2月より光と赤外線でモニター観測を行うことに成功している。赤外線の観測結果はデータ処理の結果、水メーザースポットの空間分布の変化と赤外線強度の関係も明らかになった(図−2)。

 国内電波干渉計ネットワーク(J-Net)で1998年2月から一ヶ月おきにR Crtの観測結果からは以下の情報を得ることができた。

1. R Crtでの水メーザスポットは少なくとも80日間存在する。

2. 高い空間分解能でメーザの固有運動を検出した(図1)。

3. 天球上でのメーザスポットの分布および固有運動からVariance-covariance Matrixを用いバイポーラなアウト・フローの確認が出来、アウトフローの傾きの測定が出来た。

4. 水メーザが存在するCircumstellar ShellをExpansionモデルを適用することにより、シェルの内径、外径およびこの間の速度を測定できた。

5. 視線方向では高い分解能でRed-shiftしてるメーザが加速してBlue-shiftしてるメーザは減速してる様な現象が測定できた。

参考文献

[1] Bowers, P. F., & Johnston, K. J., 1994, APJS, 92, 189

[2] Elitzur, M., 1992, ARA&A, 30, 75

[3] Imai, H, Sasao, T., Kameya, O., Miyoshi, M., Shibata, K. M., Asaki, Y., Omodaka, T., Morimoto, M., et al. 1997a, A&A, 317, L67

[4] Imai, H., Shibata, K. M., Sasao, T., Miyoshi, M., Kameya, O., Omodaka, T., Morimoto, M., Iwata, T., et al., 1997b, A&A, 319, L1

図2:R Crt水メーザスポットの空間分布と固有運動、赤いコーンはレッド・シフト青いコーンはブルー・シフトするメーザスポット。

V2はアウトフローの向き。

図2:NIHCOS赤外線カメラでJ、H, Kの測光結果、2001年2月〜6月

審査要旨 要旨を表示する

 太陽のような小中質量星は、その一生の最後の段階で赤色巨星となり、水素外層のほとんど全部を、スーパーウィンドとなづけられた恒星風として失うことが分かっている。しかし、星からの質量放出がどのようなメカニズムで進行するかは、いまだに良く分かっていない。論文提出者は、現に質量放出をおこしているコップ座R星の星周に存在する水メーザー源の運動を、超長基線干渉計(VLBI)を用いてもとめ、その加速のメカニズムをあきらかにしようとしたものである。なお、メーザーとは、microwave amplification by stimulated emission of radiationのかしら文字をとったもので、レーザーの電波版である。

 本論文は、大きく分けて3部よりなっている。第1部においては、本論文の基礎となる、水メーザーの励起のメカニズム、晩期型星におけるメーザー源の性質など、関連する分野の現段階の到達点などをまとめて解説している。第2部が本論文の骨格をなす部分である。論文提出者が中心となり、コップ座R星を、岩手県水沢、長野県野辺山、茨城県鹿島、鹿児島の4地点においた超長基線干渉計ネットワークJ-Netで4エポックにわたり観測し、それにもとづいて水メーザー源の運動をもとめ、星周物質の加速のメカニズムを探ろうとした試みがまとめられている。最後の第3部で、論文提出者は、水メーザーの存在する場所よりもっと内側、星の表面近くのふるまいと水メーザーの励起の関係を探るべく、コップ座R星の赤外線観測をおこなっている。

 本論文の主要部をまとめると次の通りである。論文提出者は、80日間にわたり4エポックの観測を行った。この観測で得られたメーザースポットのうち、強度の比較的大きいもの12個を取り出し、その固有運動(天球上の位置の変化)と視線方向の運動をもとめた。その結果、これら12個のメーザー源の3次元的な運動、および、その加速の大きさが判明した。コップ座R星のような晩期型星を、複数のエポックにわたり観測し、水メーザー源の詳細な運動をあきらかにしたのは、この観測が世界ではじめてであり、重要な意味をもつ。本論文により、(1)水メーザー源は少なくとも80日以上は存続すること、(2)水メーザー源の運動から、双極的な流れが示唆されること、(3)水メーザー源の分布がシェル状であり、内側の膨張速度より外側の膨張速度の方が大きいことから、水メーザー源が加速を受けていること、(4)ただし、まだ星からの脱出速度にまでは加速されておらず、星から逃げ出すには、さらに外側で加速が必要であること、が判明した。

 加速のメカニズムについて、これだけの結果から、明確な示唆ができるわけではないが、VLBIによる複数エポックの観測で晩期型星の水メーザー源の3次元的な運動を検出し、世界で初めて双極流的運動や加速領域の存在をとらえたことは晩期型星の質量放出メカニズムの理解に新しい知見をもたらしたものであると高く評価できる。また、このほとんど未開拓分野の観測に取り組んで成果をあげたことは、論文提出者の独創性と積極性を示している。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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