学位論文要旨



No 116739
著者(漢字) 佐藤,博子
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヒロコ
標題(和) cdk3,cdk5結合タンパク質ik3−1/Cablesの類似遺伝子ik3−2のクローニングとその解析
標題(洋)
報告番号 116739
報告番号 甲16739
学位授与日 2002.02.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1873号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 講師 林,泰秀
 東京大学 講師 本倉,徹
 東京大学 講師 小林,美由紀
内容要旨 要旨を表示する

<背景と目的>

 多くのヒト癌細胞では、細胞周期の調節因子の機能異常が認められている。したがって、細胞周期制御の解析が、癌細胞増殖の制御や癌化形質の制御の解明において重要である。細胞周期の重要な制御因子として、サイクリンとcdk(cyclin-dependent kinase)の複合体が知られている。cdk3は、cyclin Eと結合してG1/S期移行に関与するcdk2と76%の相同性をもち、細胞周期制御に関与すると考えられているが、機能は十分には解明されていない。私達は、cdk3と結合するタンパク質としてik3-1(interactor with cdk3-1)を同定している。ik3-1はC端側にcyclin box類似の構造を持つ新規のタンパク質である。このik3-1は、Zukerbergらによっても、c-ablや神経特異的なcdkであるcdk5に結合するタンパク質Cables(cdk5 and Abl enzyme substrate)としてクローニングされた。Zukerbergらは、ik3-1/Cablesがcdk5のc-ablによるチロシンリン酸化を増強し、cdk5/p35キナーゼ活性を高めることで、神経細胞の成長に関与することを報告している。

 ik3-1の塩基配列を用いてESTのデーターベースやヒトゲノムの塩基配列情報を検索すると類似の遺伝子の存在が示唆された。そこで、今回の研究では、ik3-1をプローブとしたマウスcDNAライブラリーのスクリーニングとRT-PCRにより、そのik3-1類似のcDNAをクローニングし、ik3-2(interactor with cdk3-2)と名付け、その特徴を解析した。

<実験方法>

 マウスマクロファージcDNAライブラリーを用いて、低いstringencyの条件で、ik3-1のcDNAをプローブとしたハイブリダイゼーションによるスクリーニングを行った。次に、それによって得られたik3-1類似のcDNAの一部をプローブとして、B16(マウスメラノーマ細胞株)cDNAライブラリーのスクリーニングを行った。最後に、5'RACEにより全翻訳領域を含むcDNAをクローニングし、ik3-2と名付けた。

 マウスの各組織のPoly A-RNAをナイロン膜に転写し、ik3-2のcDNAの一部をプローブとしてノーザンハイブリダイゼーションを行い、発現パターンを調べた。また、ik3-2のN端を認識するウサギポリクローナル抗体を作成し、マウス脳組織での内在性ik3-2タンパク質の発現を調べた。

 COS7細胞にik3-2とcdk3、cdk5、c-ablを共発現させ、免疫沈降、またはプルダウン実験によりik3-2タンパク質とそれぞれのタンパク質の結合を調べた。また、ik3-2タンパク質のN端側の部分のみとC端側の部分のみを発現する欠失体を作成し、cdk5タンパク質との結合領域を検討した。

<結 果>

 マウスマクロファージおよびB16のcDNAライブラリーのスクリーニングと5'RACEにより、ik3-2のcDNAを単離した。ik3-2は、481残基のアミノ酸をコードしており、アミノ酸配列ではik3-1と47%の類似性がある。ik3-2のC端側は、ik3-1と相同性が高く(約90%)、cyclin box類似の領域があるが、N端側はik3-1との相同性は低い(約30%)。

 ノーザンブロット解析でik3-2はマウスの様々な組織で発現がみられた。発現量は各組織でほぼ同程度であったが、胃と皮膚ではサイズの異なるバンドがみられ、alternative polyadenylationやalternative splicingの可能性が考えられた。

 内在性ik3-2タンパク質の確認のため、ik3-2のN端抗体を用いたマウス脳組織の免疫沈降実験を行った。リコンビナントik3-2をCOS 7細胞に発現させたものを比較に用いたところ、リコンビナントと内在性のik3-2は同じサイズのバンドとして検出された。

 ik3-1はcdk3、cdk5、c-ablと結合することが知られているので、ik3-2タンパク質とこれらのタンパク質との結合を調べた。COS 7細胞にik3-2タンパク質とcdk3やcdk5タンパク質を共発現させて行った免疫沈降実験で、cdk3、cdk5の両者ともik3-2に結合した。cdk3はik3-2よりik3-1に強く結合し、cdk5はik3-1, ik3-2とも同程度に結合した。また、ik3-2のcdk5と結合する領域を調べるため、ik3-2のN端側のみを発現する欠失体とC端側のみを発現する欠失体を用いたプルダウン実験を行った。cdk5はik3-2の全長とC端側に結合し、N端側には結合しなかった。GST融合ik3-2タンパク質とc-ablタンパク質を共発現させて、プルダウン実験を行うと、ik3-2にc-ablは結合した。

 以上の結果から、(1)ik3-2はcdk3と結合するが、ik3-1とcdk3の結合と比較すると弱い、(2)ik3-2はcdk5とC端側で結合する、(3)ik3-2はc-ablと結合する、ことがわかった。

<考察>

 マウスik3-1とik3-2はアミノ酸配列に相同性があり、両者はik3遺伝子ファミリーを構成していると考えられる。ヒトゲノムのデーターベースによると、ik3-1,、ik3-2それぞれの相同遺伝子と思われるものが1つずつ存在する。ショウジョウバエではik3に相同な遺伝子は1つだけなので、哺乳類でみられるik3-1とik3-2は同じ遺伝子から派生したものと考えられる。ik3-1とik3-2は、その一次構造の類似性から、類似した機能を持つと予測される。ik3-1, ik3-2ともにcdk3、cdk5、c-ablと結合するという実験結果は、この考えと一致する。

 ik3-1/Cablesは脳組織において、cdk5、c-ablと結合し、c-ablによるcdk5のリン酸化を強めるアダプター因子として働き、神経の伸長に関与していると報告されている。ik3-2もcdk5, c-ablと結合することから、脳、神経組織では同様の機能を持つことが予測される。一方、神経細胞以外の増殖の盛んな組織では、cdk5の活性を制御するp35タンパク質が存在しないため、cdk5は不活性の状態であるので、ik3ファミリー/cdk5/c-ablという組み合わせでは機能していないと考えられる。ik3-1の発現は、脳、神経組織で主にみられるが、ik3-2は脳、神経組織以外でも同程度の発現がみられることから、ik3-2は神経組織以外で主に機能している可能性がある。

 私達の研究では、ik3ファミリーはp53、p73とも結合することが判明している。また、p53によるG1期停止、p73によるアポトーシスにおいてc-ablが重要な働きをしていることが知られている。このことから、ik3ファミリーはp53/c-abl、およびp73/c-abl、と複合体を形成するアダプター因子として働くことにより、神経以外の組織でも細胞周期制御などに関与している可能性が考えられる。

 ik3ファミリーはアダプター因子として働いている可能性があるが、ik3-2はik3-1とN端構造が大きく異なるので、N端には異なるタンパク質が結合することが予測される。結合タンパク質の違いによって、ik3-2はik3-1と異なる働きを示すことも考えられる。今後は、ik3-2のN端側に特異的に結合するタンパク質を調べることが、ik3-2の機能解析において重要であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 細胞周期制御に関与すると考えられているcdk3に結合するタンパク質としてik3-1/Cablesが同定されているが、本研究は、その類似遺伝子のクローニングと解析をおこなったものであり、下記の結果を得ている。

1:マウスマクロファージおよびB16のcDNAライブラリーのスクリーニングと5'RACEにより、ik3-1/Cablesの類似遺伝子ik3-2(interactor with cdk3-2)のcDNAを単離した。ik3-2は、481残基のアミノ酸をコードし、アミノ酸配列ではik3-1と47%の類似性がある。ik3-2のC端側は、ik3-1と相同性が高く(約90%)、cyclin box類似の領域があるが、N端側はik3-1との相同性は低い(約30%)。ヒトゲノムのデーターベースによると、ik3-1は18番染色体に、ik3-2は20番染色体に相同な遺伝子が存在する。ショウジョウバエではik3に相同な遺伝子は1つだけで、哺乳類でみられるik3-1とik3-2は同じ遺伝子から派生したものと考えられる。

2:ノーザンブロット解析でik3-2はマウスの様々な組織で発現がみられた。発現量は各組織でほぼ同程度であった。ik3-1/Cablesは脳・神経組織において主に発現し、cdk5、c-ablと結合し、神経の伸長に関与すると報告されている。それに対して、ik3-2は脳、神経組織以外でも同程度の発現がみられることから、神経組織以外で機能している可能性がある。胃と皮膚ではサイズの異なるバンドがみられ、alternative polyadenylationやalternative splicingの可能性が考えられた。

3:内在性ik3-2タンパク質の確認のため、ik3-2のN端抗体を用いたマウス脳組織の免疫沈降実験を行った。リコンビナントik3-2をCOS 7細胞に発現させたものを比較に用いたところ、リコンビナントと内在性のik3-2は同じサイズのバンドとして検出された。これにより、クローニングされたik3-2 cDNAはik3-2遺伝子のコーディング部分のほぼ全長を含んでいると考えられた。

4:免疫沈降実験やプルダウン実験を行い、ik3-1と同様に、ik3-2もcdk3、cdk5、c-ablと結合することがわかった。ただし、cdk3はik3-2よりik3-1に強く結合し、cdk5はik3-1, ik3-2とも同程度に結合した。また、ik3-2の欠失体を用いたプルダウン実験で、cdk5との結合責任領域はcyclin boxを含むC端側であることがわかった。

ik3-1/Cablesは脳組織において、cdk5、c-ablと結合し、c-ablによるcdk5のリン酸化を強めるアダプター因子として働き、神経の伸長に関与していると報告されている。ik3-2もcdk5, c-ablと結合することから、脳、神経組織では同様の機能を持つことが予測される。ik3-1/Cablesは主にN端でc-ablと結合することが報告されている。今回の実験結果から、ik3ファミリーはN端でc-ablと結合し、C端でcdk5と結合することで、c-abl、cdk5間の相互作用を促進していると考えられた。

5:ik3ファミリーはp53、p73、TRAP、PCTAIRE2とも結合することが判明している。神経以外の組織では、これらのタンパク質と複合体を形成し、アダプター因子として働くことで細胞周期制御などに関与している可能性が考えられる。

以上、本論文はik3-2のcDNAのクローニングと、タンパク相互作用の解析を行ったもので、ik3-2とik3-1との相違を明らかにした。癌細胞の増殖メカニズムの解析において、細胞周期制御因子の解析が重要であるが、cdk3など機能が十分明らかになっていないものが多い。本研究は、細胞周期制御に関与する様々なタンパク質と相互作用をするik3ファミリーの解析を通じて、細胞周期制御の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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