学位論文要旨



No 116741
著者(漢字) 岩男,卓実
著者(英字)
著者(カナ) イワオ,タクミ
標題(和) カテゴリーに基づく帰納推論における確証度判断の認知過程
標題(洋)
報告番号 116741
報告番号 甲16741
学位授与日 2002.02.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第81号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,伸一
 東京大学 教授 渡部,洋
 東京大学 助教授 南風原,朝和
 東京大学 助教授 金森,修
 東京大学 教授 山本,義春
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、人間の思考として最も基礎的かつ重要なものの一つであるカテゴリーに基づく帰納推論における確証度判断の認知過程を解明することを目的とした。

第1章 本研究における問題と目的

 スズメは血小板の造成にビタミンKを利用している (前提1)

 アヒルは血小板の造成にビタミンKを利用している (前提2)

よって、全ての鳥類は血小板の造成にビタミンKを利用しているであろう (結論)

 推論の前提と結論が全て「あるカテゴリーCは属性Pを持っている」という形の帰納推論を、Osherson, Smith, Wilkie, Lopez & Shafir(1990)はカテゴリーに基づく帰納推論と呼んでいる。この推論では、「スズメ」や「鳥類」といったカテゴリーが中心的な役割を果たす。カテゴリーに基づく帰納推論は、知識を拡張する推論として重要なものであり、日常生活や科学的研究において多く見られる。その認知過程を理解することは、哲学、心理学、人工知能にとって、中心的な関心の一つである。

 カテゴリーは階層構造を持っている(例、ペルシャ猫は猫の一種。猫は哺乳類の一種)。Rosch(1978)は、猫や犬といった中間的な階層のカテゴリーを基礎レベルのカテゴリーと呼び、その上位の哺乳類などのカテゴリーを上位レベルカテゴリー、ペルシャ猫などを下位レベルカテゴリーと呼んでいる。基礎レベルのカテゴリーは、カテゴリー内の類似性が高く、かつカテゴリー間の弁別性も高いため、事物を分類する際に有益である。カテゴリーに基づく帰納推論は、カテゴリーの階層に基づいて大きく2種類に分けることができる。より下位の階層のカテゴリーの持つ属性をより上位のカテゴリー(包含カテゴリー)に一般化する一般帰納と、前提と結論のカテゴリーが同じ階層にある特殊帰納である。Osherson et al.(1990)はカテゴリーに基づく帰納推論における確証度判断を説明するために、類似・被覆モデルを提案した。このモデルは、カテゴリー間の類似性を基礎的メカニズムとしており、カテゴリーに基づく帰納推論の確証度を以下の式で予測する。

一般帰納推論の確証度の強さ

=COV(前提のカテゴリー;前提と結論のカテゴリーを包含する最下位のカテゴリー)特殊帰納推論の確証度の強さ

=αSIM(前提のカテゴリー;結論のカテゴリー)+(1-α)COV(前提のカテゴリー;前提と結論のカテゴリーを包含する最下位のカテゴリー)

 SIMは前提と結論のカテゴリーの類似度を、COVは被覆度を表す。被覆度とは、前提のカテゴリーの包含カテゴリーに対する代表度を数量化したもので、前提カテゴリーと包含カテゴリーの各成員との類似度の平均値である。αは両変数の相対的な重みを決めるパラメータである。

 類似・被覆モデルは、カテゴリーに基づく帰納推論に関わる現象を包括的に説明した優れたモデルであるが、部分的にしか支持する証拠がなく、モデルの検証に成功していない。本論文では研究1において、類似・被覆モデルの検証および修正を試みる。また、帰納推論は専門性・熟達化の影響を受けることが示されているが、研究2では、カテゴリーに基づく帰納推論に対する専門性・熟達化の影響について検討する。研究3においては、研究1の文科系学部生の被験者と研究2のより専門性の高い被験者の確証度判断方略の違いが生じる原因について検討する。

第2章 研究1

 研究1では,類似・被覆モデルの妥当性を検討するため,3つの実験を行った。

 大学の文科系学部生に一般帰納および特殊帰納の確証度判断を行わせた。一般帰納では被覆度に基づく確証度判断が行われていたが、特殊帰納においては、前提と結論のカテゴリーの類似度のみが確証度判断に影響しており、被覆度の寄与は見られなかった(実験1)。

 特殊帰納と混合帰納を含む条件では、前提と結論のカテゴリーの類似度に加え、前提カテゴリーの上位カテゴリーへの帰属関係に基づく確証度判断が行われていた。上位カテゴリーへの帰属関係も前提カテゴリーの包含カテゴリーに対する代表度であるが,精度は低い。しかし、より認知的負荷が小さく利用しやすい手がかりであるため、この条件で確証度判断に利用されていたと考えられる(実験2)。

 実験1と2で行うよう求めた前提変動型の帰納推論は日常的な帰納推論ではなく、認知的な負荷も高い。実験3ではより自然で認知的負荷の小さい結論変動型の特殊帰納推論を行うよう被験者に求めた。この条件でも被覆度は確証度に対する独自の寄与を持たなかったため,被覆度を結論カテゴリーの典型性によって重み修正する修正類似・被覆モデルを提案し、これに基づく再分析を行ったところ、修正被覆度の独自の寄与が見られた(実験3)。

 カテゴリーに基づく帰納推論の大まかな枠組みとして、類似・被覆モデルが妥当なものであることが明らかになった。また、課題の認知的な負荷や利用可能な手がかりに応じて、特殊帰納の確証度判断が柔軟に変化することが示された。

第3章 研究2

 VanLehn(1989)によれば、一般に専門性が高まることによって課題の認知的負荷は小さくなる。研究2では、専門性が与える影響を検討することによって、さらに確証度判断の認知過程を明らかにする。

 生物学を専攻する博士課程大学院生に鳥類の病気についての前提変動型の特殊帰納推論の確証度を判断するよう求めた。研究1の被験者とは異なる判断を行っており、前提と結論のカテゴリーの類似度と分散度に基づく特殊帰納の確証度判断を行っていた。これを説明するために類似・分散モデルを提案した。分散度も被覆度と同様に前提カテゴリーの代表度を数量化しているが、前提カテゴリー間の非類似度で定義される。そのため、前提カテゴリーに非典型事例が含まれている場合、前提カテゴリー間の非類似度は大きくなり、その帰納推論の確証度も高くなる。ところが、被覆度は前提カテゴリーと包含カテゴリーの各成員との類似度の平均で定義されるため、前提カテゴリーに非典型事例が含まれている帰納推論の確証度はむしろ低くなる。両者の違いは、包含カテゴリーにおける非典型的成員の持つ属性の一般化可能性の違いに起因すると思われる(実験4)。

 一般帰納においても分散度に基づく確証度判断が行われるかを調べた。被験者は実験4と同様に生物学専攻博士課程大学院生であった。その結果、特殊帰納と同様に一般帰納においても分散度に基づく確証度判断が行われていた(実験5)。

 分散度に基づく確証度判断を促す専門性の内容について検討するために、数学・物理学・心理学を専攻する博士課程大学院生に一般帰納の確証度判断を行わせた。その結果、殆どの博士課程大学院生が分散度に基づく一般帰納の確証度判断を行っていたが、被覆度に基づく判断を行うものも見られた。分散度に基づく確証度判断を行うか、被覆度に基づく確証度判断を行うかは、専攻の種類とは特に関連がなく、専攻よりも重要な要因があることが示された(実験6)。

第4章 研究3

 研究3では,カテゴリーに基づく帰納推論における被覆度と分散度による確証度判断の違いが生じる理由を検討し,この違いを生み出す要因として、カテゴリーの凝集性に着目した。カテゴリーの凝集性とは、カテゴリーの成員が互いに類似しており、均一的である程度である。より専門性の高い被験者は、鳥類について多くの深い知識を持ち、研究1の被験者よりも鳥類をより凝集的なカテゴリーとみなしていた可能性がある。人工的な知覚カテゴリーを刺激として、カテゴリーの凝集性を操作し、確証度判断への影響を調べた。

 実験7および8では、下位カテゴリーの属性を基礎レベルカテゴリーに帰納する一般帰納を行うように求めた。また、実験9では、基礎レベルカテゴリーの属性を上位カテゴリーに帰納する一般帰納を行うよう求めた。実験7と8の違いは、実験8の包含カテゴリーは非典型事例を含んでおり、カテゴリーの凝集性がより低い点にあった。実験9の包含カテゴリーは、実験7や8の包含カテゴリーよりも上位のカテゴリーであり、それゆえカテゴリーの凝集性が低い。また、帰納を行うカテゴリーのみを提示する群(統制群)以外に、包含カテゴリーにラベルを与える群、および包含カテゴリーの全成員に共通属性を付与する群を設け、カテゴリーラベルや共通属性の付与が確証度判断に与える影響を検討した。

 カテゴリーラベルや共通属性の付与は、確証度判断の方略に影響していなかったが、包含カテゴリーの階層レベルが確証度判断に影響していた。包含カテゴリーが基礎レベルに近いと判断されていた実験7および8では、分散度に基づく確証度判断が行われていたのに対し、包含カテゴリーが上位レベル以上であると判断されていた実験9では、被覆度に基づく確証度判断が行われていた。よって、カテゴリーの凝集性が高い場合には、分散度に基づく確証度判断が行われ、カテゴリーの凝集性が低い場合には、被覆度に基づく確証度判断が行われることが示さた。

第5章 全体的考察

 以上の結果をもとに、カテゴリーに基づく帰納推論における確証度判断の認知過程ついて検討した。カテゴリーに基づく帰納推論は固定した形式的ルールに基づいて行われるのではなく、利用可能な認知的処理資源や利用可能な手がかり、専門性の向上に伴うカテゴリーの凝集性の変化などに応じて柔軟に変化する動的な認知過程であることが明らかになった。

 以上の実証研究の結果をふまえ、カテゴリーに基づく帰納推論における確証度判断の認知過程の包括的なモデルについて検討し、さらに、発達研究など他の領域における本研究の意義や本研究の教育的示唆について議論した。

審査要旨 要旨を表示する

 あるカテゴリーCに属する事物が属性Aをもつという前提から、他のカテゴリーに属する事物が属性Aをもつかどうかを推論することを、Oshersonら(1990)は、カテゴリーに基づく帰納推論と名づけた。本研究は、こうした推論の際に人間が行う確証度判断のメカニズムを、一連の心理実験により実証的に検討したものである。

 第1章ではこの分野の研究を概観し、得られている知見やモデルを整理している。カテゴリーに基づく帰納推論は、より下位のカテゴリーのもつ属性をより上位のカテゴリー(包含カテゴリー)に一般化する「一般帰納」と、同じ階層のカテゴリーについて推論する「特殊帰納」に分けられる。Oshersonらは、前提のカテゴリーがその包含カテゴリーを代表する程度として被覆度(coverage)という測度を考案し、「一般帰納の確証度は被覆度によって説明され、特殊帰納の確証度は、前提カテゴリーと結論カテゴリーの類似度と両者を含む最下位の包含カテゴリーの類似度との重みづき線形和によって説明される」という類似・被覆モデルを提案していた。しかし、このモデルの妥当性は、部分的にしか検証されていないことから、より詳細な研究が必要であることが本章で述べられている。

 第2章(研究1)では、まずOshersonらの実験を追試して得たデータを分析し、特殊帰納の場合は、被覆度の独自の寄与が見られず、類似度との内部相関によって生じた偽相関であることを示した。しかし、前提命題群の中に、結論カテゴリーに含まれないようなカテゴリーのものを含めた「混合帰納」の場合には、被覆度が独自の寄与が見られた。また、被験者の認知負荷を下げるため、同じ前提命題群に対して結論命題を変化させる「結論変動型」の特殊帰納推論を行わせた場合、通常の被覆度は独自の寄与がもたなかったが、被覆度を結論カテゴリーの典型性によって重み修正した被覆度は、独自の寄与が見られることを明らかにした。

 第3章(研究2)では、被験者の専門性が帰納推論の確証度に与える影響を調べるために、生物学専攻の博士課程大学院生を被験者にし、鳥類の病気を素材にした推論課題を行わせた。彼らの判断は、前提カテゴリーの非類似度を考慮した「類似・分散モデル」によってよく説明されることを明らかにした。ただし、数学、物理学、心理学の博士課程大学院生でも、分散度に基づく判断を行う被験者が多く、専攻の種類によるものではないことが示唆された。

 第4章(研究3)では、被覆度と分散度の影響が異なる原因をさらに検討している。ここでは、成員を互いに類似して均一的なカテゴリーとみなしている程度を「凝集性」と名づけ、人工的な材料を用いて凝集性を操作し、確証度判断への影響を調べた。カテゴリーの全成員に共通属性を付与したり、カテゴリーにラベルをつけるというような操作は影響を与えなかったが、下位カテゴリーから基礎レベルカテゴリーへの帰納では分散度、基礎レベルカテゴリーから上位レベルカテゴリーへの帰納では被覆度に基づく判断がなされていることが示され、これは凝集性が高いときに分散度が用いられるという仮説を支持するものであった。

 以上のように、本論文は、カテゴリーに基づく帰納推論が、従来考えられていたような固定した形式的モデルによって説明されるものではなく、処理の負荷、利用可能な手がかり、凝集性の認知などに応じて変化する動的な認知過程であることを示したすぐれた論文であり、博士の学位の水準に達しているものとして評価された。

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