学位論文要旨



No 116745
著者(漢字) 宋,慧玲
著者(英字)
著者(カナ) ソウ,ケイレイ
標題(和) 歯周病のリスクファクターに関する研究 : 電力会社変電所従業員(台湾)を対象として
標題(洋)
報告番号 116745
報告番号 甲16745
学位授与日 2002.03.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1875号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 大江,和彦
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 助教授 岩瀬,博太郎
内容要旨 要旨を表示する

 歯周病は、歯肉の炎症が他の歯周組織に進展し、歯周ポケットを形成し、歯肉内縁上皮の付着部位が歯根側に移動し、歯槽骨が吸収され、最終的に歯の喪失を招くことから歯の喪失に最も重大な歯科疾患として知られている。さらに心疾患、消化器疾患などの全身疾患の発症と関連する可能性が高いことから、その予防対策の重要性が再認識されている。普段の日常生活習慣(ライフスタイル)と歯周病との間には関連があると歯科臨床上の経験から予想はされるものの、広く一般化されている実証的知見は少なく、現在のところ歯科健診における歯周病の予防対策の中でもライフスタイルへの注意がほとんどなされていない状況である。

 以上の背景から本研究では、台湾の北部にある某電力会社の変電所563人の男子従業員全員(563人,年齢15-64歳、平均35歳)を調査対象として、地域歯周病治療必要度指数(Community Periodontal Index of Treatment Needs, CPITN)を用いて歯周病の程度を把握するとともに喫煙数量、飲酒量、労働時間、間食習慣、コーヒー摂取量、運動量等のライフスタイルと、衛生習慣上の歯磨き習慣、歯科受診率、歯科受診習慣、定期健診の有無、歯の健康度自己評価、歯の健康満足度、両親の歯周病罹患の有無等に関する質問紙調査を実施した。

 全口腔歯周病と口腔内6分割のリスクファクターのうちCPITNが3点以上の群の方が2点以下の群より有意に高かったまたは多かったものは以下の通りであった。(1)年齢(すべての対象歯)(2)母親の歯周病歴あり(すべての対象歯)(3)歯科受診なし(すべての対象歯)(4)喫煙あり(上顎前歯と左下顎臼歯部)(5)兄弟の歯周病歴あり(左右上顎臼歯部以外のすべての部位)(6)歯磨き習慣なし(下顎全部の部位)(7)甘いもの嫌い(下顎前歯部)(8)父親の歯周病歴あり(上顎前歯部)(9)睡眠時間(上下顎前歯部)。

 一方、CPITNが3点以上の群の方が有意に小さかったまたは少なかったものは以下の通りである。(1)労働時間(右下顎臼歯部以外のすべて)(2)朝食習慣なし(左右下顎臼歯以外のすべての部位)(3)塩分摂取を注意せず(左右上顎臼歯部)(4)間食習慣あり(下顎前歯部)(5)歯磨き指導受けず(上顎前歯部)(6)定期歯科検診受けず(上顎前歯部)。

 CPITN得点を目的変数、リスクファクターの中で上記の有意差があったものを説明変数としてロジスティック分析を行った。この結果、年齢が全ての対象歯の歯周病と有意な正の関係があった。同様に、喫煙ありが左下顎臼歯部(46)、上顎前歯部(11)の歯周病と有意な正の関係があった。労働時間が口腔内全般の歯周病と右上顎臼歯部(16)の歯周病と有意な負の関係があった。歯科受診なしが上顎前歯部(11)、左下顎臼歯部(46)の歯周病と有意な正の関係があった。朝食習慣なしが口腔内全般の歯周病の進展度と有意な正の関係があった。歯磨き習慣なしが下顎全部の部位の歯周病と有意な正の関係があった。全対象歯を合計した歯周病(口腔内全般)に対しては、年齢、短い労働時間、朝食習慣なしの3種のリスクファクターが歯周病の進展度と有意な関係を認めた(各々p<0.001,p=0.004,p=0.04)。母親の歯周病罹患歴と歯周病の悪化との間にもほぼ有意な関係を認めた(p=0.050)。以上より、年齢を調整後も、喫煙、短労働時間、母親の歯周病、歯科受診なし、朝食習慣なしおよび歯磨き習慣なしが歯周病のリスクファクターであることが示唆された。

 本研究結果は、大企業に勤務する15歳から64歳男性勤労者の結果であり、この知見をそのまま一般化することはできない。しかし、本研究によって明らかになったリスクファクターに関する知見を他の職種集団においても検討し、また健康教育に応用することによって、今後、歯周病の効果的な予防対策が実施されることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、台湾の某電力会社の変電所施設の男子従業員を対象として、歯周病と加齢、ライフスタイル、歯科受診状況、母親の既往歴等との関連を包括的に検討した産業歯科保健領域における勤労者の口腔領域の健康の保持、増進を目的とした調査研究である。

 調査対象は、台湾北部の某電力会社の変電所に勤務する563人の男子従業員(年齢15-64歳、平均35歳)である。地域歯周病治療必要度指数(Community Periodontal Index of Treatment Needs, CPITN)を用いて歯周病の程度を把握するとともに喫煙数量、飲酒量、労働時間、間食習慣、コーヒー摂取量、運動量等のライフスタイルと、衛生習慣上の歯磨き習慣、歯科受診率、歯科受診習慣、定期健診の有無、歯の健康度自己評価、歯の健康満足度、両親の歯周病罹患の有無等に関する質問紙調査を本対象者に実施した。

 全口腔歯周病と口腔内6分割のリスクファクターのうちCPITNが3点以上の群の方が2点以下の群より有意に高かったまたは多かったものは以下の通りであった。(1)年齢(すべての対象歯)(2)母親の歯周病歴あり(すべての対象歯)(3)歯科受診なし(すべての対象歯)(4)喫煙あり(上顎前歯と左下顎臼歯部)(5)兄弟の歯周病歴あり(左右上顎臼歯部以外のすべての部位)(6)歯磨き習慣なし(下顎全部の部位)(7)甘いもの嫌い(下顎前歯部)(8)父親の歯周病歴あり(上顎前歯部)(9)睡眠時間(上下顎前歯部)。

 一方、CPITNが3点以上の群の方が有意に小さかったまたは少なかったものは以下の通りである。(1)労働時間(右下顎臼歯部以外のすべて)(2)朝食習慣なし(左右下顎臼歯以外のすべての部位)(3)塩分摂取を注意せず(左右上顎臼歯部)(4)間食習慣あり(下顎前歯部)(5)歯磨き指導受けず(上顎前歯部)(6)定期歯科検診受けず(上顎前歯部)。

 CPITN得点を目的変数、リスクファクターの中で上記の有意差があったものを説明変数としてロジスティック分析を行った。この結果、年齢が全ての対象歯の歯周病と有意な正の関係があった。同様に、喫煙ありが左下顎臼歯部(46)、上顎前歯部(11)の歯周病と有意な正の関係があった。労働時間が口腔内全般の歯周病と右上顎臼歯部(16)の歯周病と有意な負の関係があった。歯科受診なしが上顎前歯部(11)、左下顎臼歯部(46)の歯周病と有意な正の関係があった。朝食習慣なしが口腔内全般の歯周病の進展度と有意な正の関係があった。歯磨き習慣なしが下顎全部の部位の歯周病と有意な正の関係があった。全対象歯を合計した歯周病(口腔内全般)に対しては、年齢、短い労働時間、朝食習慣なしの3種のリスクファクターが歯周病の進展度と有意な関係を認めた(各々p<0.001,p=0.004,p=0.04)。母親の歯周病罹患歴と歯周病の悪化との間にもほぼ有意な関係を認めた(p=0.050)。以上より、年齢を調整後も、喫煙、短労働時間、母親の歯周病、歯科受診なし、朝食習慣なしおよび歯磨き習慣なしが歯周病のリスクファクターであることが示唆された。

 本研究結果は、大企業に勤務する15歳から64歳男性勤労者の結果であり、この知見をそのまま一般化することはできない。しかし、本研究によって明らかになったリスクファクターに関する知見を他の職種集団においても検討し、また健康教育に応用することによって、今後、歯周病の効果的な予防対策が実施されることが期待される。

 以上、本論文は台湾においてこれまでほとんど行われていなかった産業歯科保健領域の疫学データを示し、今後の保健指導を進める上で重要な知見である点が評価できるため、学位の授与に値するものと考えられる。

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