学位論文要旨



No 116749
著者(漢字) 檀,一平太
著者(英字)
著者(カナ) ダン,イッペイタ
標題(和) ste20グループキナーゼの機能的ゲノム解析
標題(洋) Studies on functional genomics of Ste20 group kinases
報告番号 116749
報告番号 甲16749
学位授与日 2002.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第344号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,正之
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 里見,大作
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 助教授 陶山,明
内容要旨 要旨を表示する

第1章:総合的序章

 Ste20 group kinaseは近年見いだされた、ヒトでは28種類からなる比較的大きな分子グループである。Ste20 group kinaseは構造的に、PAK (p21-activated kinase) family及びGCK (germinal center kinase) familyという2つのファミリーに分けられる。PAK familyはC末端にkinase damainを有し、GCK familyはN末端にkinase domainを持つ。これらのkinaseは主にMAP kinaseシグナル伝達経路の上流活性化因子として、形態形成、アポトーシス、細胞骨格の制御等、様々な生命現象に重要な働きを持つと考えられている。本研究の目的は、この比較的機能の分かっていないSte20 group kinaseについて、ゲノムベースでの系統的分類を行ない、未クローン化分子の探索、機能解析をおこない、統合的理解を得ることである。

第2章:Ste20 group kinaseの全ゲノム解析に基づいた解析

 1990年代半ば、Ste20 group kinaseの最初の分子として、Ste20pが見いだされた。遺伝的解析の結果、Ste20pは発芽酵母のフェロモン−接合反応において、MAP3KであるStellpの直上流で働くことが明らかになった。また、Ste20pは、kinase domainの構造もMAP3Kとよく似ていることから、「Ste20pはMAP4Kである」という認識が生まれた。その後の研究進展により、Ste20pは実際に、Ste11pをリン酸化して活性化するので、MAP4Kと言ってもよいということが分かった。一方、ほぼ同時期に、哺乳類にもで、MAP4Kと言ってもよいということが分かった。一方、ほぼ同時期に、哺乳類にもSte20pとよく似た構造を持つkinase、PAK及びGCKがみいだされた。これらは、Ste20型kinase domainを持ち、MAPK経路の上流で働くkinaseであることから、やはりMAP4Kであるだろうという認識が生まれた。かくして、PAKおよびGCKは惰性的にMAP4Kと呼ばれるようになった。しかし、PAK及びGCKによるMAP3Kの活性化、特に直接リン酸化について、さしたる根拠はないので、論文にはあまりMAP4Kという名称はは出てきていない。ところが、HUGO (HUman Genome Organization)がMAP4Kという名称を分子分類の名称として正式に採用してしまったため、不正確な名称が実験的根拠なしに定着する恐れが生じた。

 一方、ここ3年の間に、新規Ste20 group kinaseが次々にクローン化され、巨大なkinase groupを構成していることが明らかになった。これに伴い、分野は混乱し、専門家の誰一人として、分子グループの全貌を理解していないという状況が生じた。このよううな状況から、Ste20 group kinaseにおける分子同士の関係を明らかにし、分野全体を整備し直す必要性が生じた。

 新規Ste20 group kinaseのクローン化が進む中、自分もマウス脳神経系の生後発達に関与する分子として、MINKをクローン化した。この際、あまりにも分類が複雑であることを実感したため、ヒト、ショウジョウバエ、線虫ゲノムを網羅的に調査し、分子の類縁関係を整理し直した。この結果を元に、Ste20 group kinaseの主要な研究者と共に、電子メール会議を開催した。この結果、「kinase domainの構造に基づいた、緩やかな分類法が現時点では最も適切である」という結論が得られた。これに基づき、次のような分類を確立した。

1.ヒト、ショウジョウバエ、線虫ゲノムにコードされるSte20 groupはkinase domainの構造から、PAK family, GCK familyの2つに分類される。

2.PAK familyはC末端、GCK familyはN末端にkinase domainを持つという構造的特徴を有する。

3.PAK familyはさらに、2つのsubfamily (PAK-I,II)、GCK familyは8つのsubfamily (GCK-I,II,III,IV,V,VI,VII,VIII)に細分される。

4.各々のサブファミリーにはショウジョウバエ、線虫ゲノムで各1種類のkinaseに代表され、ヒトゲノムではこれに対応する2ないし4種類のオーソログが存在する。この観察は、この分類法の妥当性を支持する。

5.各サブファミリーの分子は、kinase domain以外の部位でも比較的ホモロジーが高く、この観察は、この分類法の妥当性を支持する。

6.GCK-VIIIについては、ホモロジーが比較的低いため、今後の研究展開に応じて、TAO familyという名称も考慮する。

 全ゲノムベース解析の途中、Ste20 group kinaseにおける新規遺伝子も5種類発見した。そのうち、3種類については、他グループに席を譲った。これらの分子については、最初にクローン化を行なったMINKと共に、クローン化、機能解析を行なった。

第3章:MINKの解析

 MINKはマウス大脳の生後発達に関与する遺伝子の検索過程において見いだされた新規キナーゼである。MINKは哺乳類NIK/HGK, TNIK, NRK/NESK, ショウジョウバエMisshapen, 線虫MIG15と共にGCK-IV subfamilyを形成している。MINKは1300aaからなる分子で、N末端にkinase domain, C末端にCNH (Citron homology doamin)を持ち、その間に比較的保存性の低いIMR (intermediate region)を有する。IMRにはSH3 domain結合モチーフとcoiled-coil領域が存在する。MINKは脳に最も多く発現し、またその発現は、生後、発達段階依存的に上昇していた。MINKは、MINKはJNK経路を活性化することがわかった。

第4章:MASKの解析

 MASKは哺乳類SOK1/YSK1, Mst3, ショウジョウバエCG5169, 線虫T19A5.2と共に、GCK-III subfamilyを形成している。このサブファミリーは他のGCKと異なり、いかなるMAPK経路も活性化しないという特徴を持ち、機能的な解析はほとんど進んでいない。MASKはkinase活性を有するが、MAPK経路は活性化しない。MASKのC末端領域にはcoiled-coil領域が存在し、このC末端領域において、多量体化を起こしていることが分かった。さらに、MASKは大量発現によって、培養細胞系でアポトーシスを引き起こすことを見いだした。

第5章:PAK5の解析

 PAK5は哺乳類PAK4, 6, ハエMBT, 線虫CePAKと共に、PAK-II subfamilyを形成している。ショウジョウバエMBTの欠損は脳の発達に重大な欠陥を起こすことが分かっている。PAK-IIの間では、PAK4は組織普遍的、PAK6は生殖系で特異的に発現するのに対し、PAK5は脳特異的に発現していた。したがって、これらの分子間で機能分担が行われている可能性が高い。PAK5はC末端のCRIB motifにおいて、Rho family GTPaseのCdc42とGTP依存的に結合する。しかし、類縁のPAK-I subfamily分子とは異なり、その活性調節にはCdc42の結合は関与していない。PAK5はJNK経路を活性化する。

第6章:今後の展望

 本研究によって、哺乳類Ste20 group kinaseの全構成分子のクローン化が完了した。また、他のモデル生物での分子系統学的対応関係も明らかとなった。今後は、本研究を踏まえ、Ste20 group kinaseの生理的機能について、特に線虫を利用した解析を進めていく予定である。中でも、もっとも機能解析の進んでいないGCK-III subfamilyをターゲットとして、線虫T19A5.2の欠損変異株のスクリーニングを行なっている。

審査要旨 要旨を表示する

 Ste20 group kinaseは近年見いだされた、ヒトでは28種類からなる比較的大きな分子グループである。Ste20 group kinaseは構造的に、PAK (p21-activated kinase) family及びGCK (germinal center kinase) familyという2つのファミリーに分けられる。PAK familyはC末端にkinase damainを有し、GCK familyはN末端にkinase domainを持つ。これらのkinaseは主にMAP kinaseシグナル伝達経路の上流活性化因子として、形態形成、アポトーシス、細胞骨格の制御等、様々な生命現象に重要な働きを持つと考えられている。本研究は、この比較的機能の分かっていないSte20 group kinaseについて、ゲノムベースでの系統的分類を試み、未クローン化分子の探索、機能解析をおこない、統合的理解を得たという点で注目される。論文の内容は以下のようにまとめられる。

 1990年代半ば、Ste20 group kinaseの最初の分子として、Ste20pが見いだされた。遺伝的解析の結果、Ste20pは発芽酵母のフェロモン−接合反応において、MAP3KであるSte11pの直上流で働くことが明らかになった。また、Ste20pは、kinase domainの構造もMAP3Kとよく似ていることから、「Ste20pはMAP4Kである」という認識が生まれた。その後の研究進展により、Ste20pは実際に、Ste11pをリン酸化して活性化するので、MAP4Kと言ってもよいということが分かった。一方、ほぼ同時期に、哺乳類にもSte20pとよく似た構造を持つkinase、PAK及びGCKが見いだされた。これらは、Ste20型kinase domainを持ち、MAPK経路の上流で働くkinaseであることから、やはりMAP4Kであるだろうという認識が生まれた。かくして、PAKおよびGCKは惰性的にMAP4Kと呼ばれるようになった。しかし、PAK及びGCKによるMAP3Kの活性化、特に直接リン酸化について、さしたる根拠はないので、論文にはあまりMAP4Kという名称は出てきていない。ところが、HUGO (HUman Genome Organization)がMAP4Kという名称を分子分類の名称として正式に採用してしまったため、不正確な名称が実験的根拠なしに定着する恐れが生じた。

 一方、ここ3年の間に、新規Ste20 group kinaseが次々にクローン化され、巨大なkinase groupを構成していることが明らかになった。これに伴い、分野は混乱し、専門家の誰一人として、分子グループの全貌を理解していないという状況が生じた。このような状況から、Ste20 group kinaseにおける分子同士の関係を明らかにし、分野全体を整備し直す必要性が生じた。

 新規Ste20 group kinaseのクローン化が進む中、論文提出者もマウス脳神経系の生後発達に関与する分子として、MINKをクローン化した。この際、あまりにも分類が複雑であることを実感したため、ヒト、ショウジョウバエ、線虫ゲノムを網羅的に調査し、分子の類縁関係を整理し直した。この結果を元に、Ste20 group kinaseの主要な研究者と共に、電子メール会議を開催した。この結果、「kinase domainの構造に基づいた、緩やかな分類法が現時点では最も適切である」という結論が得られた。これに基づき、次のような分類を確立した。

1.ヒト、ショウジョウバエ、線虫ゲノムにコードされるSte20 groupはkinase domainの構造から、PAK family, GCK familyの2つに分類される。

2.PAK familyはC末端、GCK familyはN末端にkinase domainを持つという構造的特徴を有する。

3.PAK familyはさらに、2つのsubfamily (PAK-I,II)、GCK familyは8つのsubfamily (GCK-I,II,III,IV,V,VI,VII,VIII)に細分される。

4.各々のサブファミリーにはショウジョウバエ、線虫ゲノムで各1種類のkinaseに代表され、ヒトゲノムではこれに対応する2ないし4種類のオーソログが存在する。この観察は、この分類法の妥当性を支持する。

5.各サブファミリーの分子は、kinase domain以外の部位でも比較的ホモロジーが高く、この観察は、この分類法の妥当性を支持する。

6.GCK-VIIIについては、ホモロジーが比較的低いため、今後の研究展開に応じて、TAO familyという名称も考慮する。

 全ゲノムベース解析の途中、Ste20 group kinaseにおける新規遺伝子も5種類発見した。そのうち、3種類については、他グループに席を譲った。これらの分子については、最初にクローン化を行なったMINKと共に、以下のようにクローン化、機能解析を行なった。

 MINKはマウス大脳の生後発達に関与する遺伝子の検索過程において見いだされた新規キナーゼである。MINKは哺乳類NIK/HGK, TNIK, NRK/NESK, ショウジョウバエMisshapen, 線虫MIG15と共にGCK-IV subfamilyを形成している。MINKは1300aaからなる分子で、N末端にkinase domain, C末端にCNH (Citron homology doamin)を持ち、その間に比較的保存性の低いIMR (intermediate region)を有する。IMRにはSH3 domain結合モチーフとcoiled-coil領域が存在する。MINKは脳に最も多く発現し、またその発現は、生後、発達段階依存的に上昇していた。MINKはJNK経路を活性化することがわかった。

 MASKは哺乳類SOK1/YSK1, Mst3, ショウジョウバエCG5169, 線虫T19A5.2と共に、GCK-III subfamilyを形成している。このサブファミリーは他のGCKと異なり、いかなるMAPK経路も活性化しないという特徴を持ち、機能的な解析はほとんど進んでいない。MASKはkinase活性を有するが、MAPK経路は活性化しない。MASKのC末端領域にはcoiled-coil領域が存在し、このC末端領域において、多量体化を起こしていることが分かった。さらに、MASKは大量発現によって、培養細胞系でアポトーシスを引き起こすことを見いだした。

 PAK5は哺乳類PAK4, 6, ハエMBT, 線虫CePAKと共に、PAK-II subfamilyを形成している。ショウジョウバエMBTの欠損は脳の発達に重大な欠陥を起こすことが分かっている。PAK-IIの間では、PAK4は組織普遍的、PAK6は生殖系で特異的に発現するのに対し、PAK5は脳特異的に発現していた。したがって、これらの分子間で機能分担が行われている可能性が高い。PAK5はC末端のCRIB motifにおいて、Rho family GTPaseのCdc42とGTP依存的に結合する。しかし、類縁のPAK-I subfamily分子とは異なり、その活性調節にはCdc42の結合は関与していない。PAK5はJNK経路を活性化する。

 本研究によって、哺乳類Ste20 group kinaseの全構成分子のクローン化が完了した。論文提出者はこのうち3種類についてクローン化、機能解析を行なっており、また、他のモデル生物での分子系統学的対応関係も明らかにした。この点で、論文提出者の貢献は極めて高いと考えられる。したがって、これらの内容について審査委員会で評価した結果、審査委員会全員一致して、論文提出者に博士(学術)の学位を授与するに相応しいものと認定する。

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