学位論文要旨



No 116756
著者(漢字) 佐藤,恵
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ケイ
標題(和) 社会的相互作用過程におけるレイベリング
標題(洋)
報告番号 116756
報告番号 甲16756
学位授与日 2002.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会学)
学位記番号 博人社第349号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 似田貝,香門
 東京大学 教授 上野,千鶴子
 東京大学 助教授 武川,正吾
 東京大学 助教授 佐藤,健二
 東京大学 教授 山本,泰
内容要旨 要旨を表示する

 本稿では、社会的相互作用過程におけるレイベリングというテーマを立て、レイベリング論とアイデンティティ論の交差する地点で、被レイベリング者のアイデンティティ管理の問題に主として照準した議論を展開する。

 第1章「社会的相互作用過程におけるレイベリングの生成」で、社会的相互作用においてレイベリングが生成する過程を探究した上で、第2章「社会的レイベリングから自己レイベリングヘ」・第3章「性暴力における犠牲者非難と被害者の自己レイベリング」では否定的人格評価を随伴するネガティブ・レイベリング、第4章「ポジティブ・レイベリング」では肯定的人格評価を随伴するポジティブ・レイベリングを扱い、レイベリング側から被レイベリング側への否定的/肯定的な定義の作用と、そうした作用が被レイベリング者に内在化され、自己レイベリング化していく過程に関して分析する。そして第5章「社会的相互作用過程における自己レイベリング」では、自己レイベリング過程を中心的テーマとする。被レイベリング者のアイデンティティ形成過程、及び被レイベリング者のアイデンティティ変容過程について探究し、後者の過程について、被レイベリング者がレイベリングに対抗的な価値変革志向の「力強い」抵抗を実践するという事例を取り上げる。

 第6章から第8章までは、レイベリング側に対する直接的抗議や規範・価値変革志向の行動といった「力強い」抵抗とは異なる、被レイベリング者の「力弱い」ソフトな抵抗の日常的実践を取り上げる。第6章「解放的レイベリング」は、レイベリングを自ら引き受けることで、引き受けた否定性を媒介にして肯定的価値の獲得・肯定的アイデンティティ形成を行う内面的抵抗、第7章「被レイベリング者の受容的抵抗」は、逸脱カテゴリー受容の中に潜ませる内面的抵抗、そして第8章「被レイベリング者の同調的抵抗」は、逸脱カテゴリーを拒絶し、同調定義を他者から獲得する実践に潜ませる内面的抵抗を扱う。 第9章以降では、被レイベリング者の脱レイベリング実践を議論する。第9章「社会的相互作用過程における脱自己レイベリング」で、脱自己レイベリングをα型、β型に分節化して概念化し、第10章「阪神大震災における被災障害者のアイデンティティ管理と支援ボランティアの活動」で、脱α型自己レイベリングの相互作用の分析として、阪神大震災における被災障害者と支援ボランティアとの相互作用過程を取り上げる。続く補章「阪神大震災における被災障害者の<自立>とその支援」で、第10章の議論を補った上で、第11章「犯罪被害者のアイデンティティ管理とセルフ・ヘルプ・グループの活動」では、脱β型自己レイベリングの相互作用の事例を、犯罪被害者のセルフ・ヘルプ・グループの相互作用に求め、論じる。

 終章では、残された課題と今後の展望について述べ、本稿全体のまとめとする。

審査要旨 要旨を表示する

 佐藤恵氏の論文「社会的相互作用過程におけるレイベリング」は、近年問題となっている社会的弱者を、アイデンティティ管理というテーマに収斂させ、そこから当事者の「力弱い」抵抗や、他者によるレイベリングからの脱出等を、主として相互行為場面でのプロセスにおいて、当事者のソフトな能動性の立ち上がりと、それらを支援するアドボケイト行為、の両者の可能性検証に、理論的一経験的関心を向けて、展開したものである。論文は、レイベリング論が、カテゴリカルに社会的弱者のアイデンティティ定義の抑圧性をテーマ化した特性を認めつつ、しかし他方でその「決定的限界」を、被レイベリング者の受動的行為者化にみる(序章・1章1節2節4節)。これを突破するべく、シンボリック相互作用論の視点を転用しながら、当事者の能動的主体化を、アイデンティティの再構成と自己管理化へのプロセスヘと推転させる(2章・3章)。こうした議論は、2つの資料の分析によって、その妥当性を検証させている。レイベリング論においては、1)性暴力被害者の事例研究から重層的被害が被害者の自己レイベリングに与える抑圧性について(1章3節)、2)文学作品を素材として扱いながら、当事者が脱レイベリング化していくいくつかの類型を仮説的に提起し、アイデンティティ論においては、阪神淡路大震災における被災障害者とボランティアの自立−支援の相互行為の事例研究や、NPOの支援ミッションの再帰性と支え合いの事例研究(4章2節3節4節)、犯罪被害者のセルプ・ヘルプ・グループの事例研究においては、事象からのテーマ設定的問題提起(5章)等が詳細に展開されている。

 従来、ラベリング論は、いかに被差別当事者が相互作用場面で、常に(「ここで、いま」)受動者化されてきたか、に論議の中心があり、そこからの主体としての「自立」や回復、アイデンティティ形成を、理論的にも経験的にも取り扱ってこなかった。本論文は、事例研究を介して、理論と経験において、アイデンティティ論へと収斂させつつある労作である。とくに4章の阪神淡路大震災における被災障害者とボランティアの自立一支援の相互行為の事例研究や、NPOの支援ミッションの再帰性と支え合いの事例研究は、脱レイベリングーアイデンティティティ形成が、社会的強者/社会的弱者/社会的アド弱者のアドボケイト、との三者関係という集団的関係の力学から、獲得され維持される、というアイディアは、今後の研究展開に大いに期待をさせるものがある。

 他方、せっかくレイベリング論からアイデンティティ論へと推転しつつあるにも拘わらず、従って、社会的弱者の構造的定置論から、「自立」・主体性の回復への、プロセスをテーマ化したにも拘わらず、後者を記述するコンセプトに、依然として、相互作用論的な非時間的モメントがしばしば散見する。こうしたコンセプトの場違いな記述はすみやかに修正する必要があろう。

 しかし、本論文は、その展開性と先駆性において従来の研究水準を明らかに超えるものであり、博士(社会学)の学位を授与するに十分値するものと判断する。

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