学位論文要旨



No 116762
著者(漢字) 斉藤,嘉彦
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ヨシヒコ
標題(和) 銀河における化学力学進化解明の手がかりとしての近傍円盤銀河における球状星団探査
標題(洋) Search for Globular Clusters of Nearby Disk Galaxies for Unravelling the Chemo-dynamical History of Galaxies
報告番号 116762
報告番号 甲16762
学位授与日 2002.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4084号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 教授 山下,卓也
 国立天文台 助教授 千葉,柾司
 国立天文台 助教授 山田,亨
内容要旨 要旨を表示する

 近年、銀河に付随する球状星団の研究が活発になってきている。球状星団の研究の動機は、球状星団はその母銀河の運動、化学組成を情報をとどめていると考えられ、球状星団の性質を知ることによって母銀河の銀河形成史の情報を知るということが挙げられる。現在、銀河の周辺に存在する球状星団の形成史が、その銀河の星形成の歴史をそのままトレースしていると考えられており、その場合に銀河の光度とその銀河が所有する球状星団の総数が比例関係を持つであろうという予測がなされている。この予測が正しいかどうかという具体的な動機の下に、球状星団を観測的に研究し総数の見積りを行うという研究はこれまでも行われている。また、この球状星団の計数において、円盤銀河の場合は球状星団の総数が、銀河全体の光度に依存するのか、それともバルジの光度に依存するのかということや、銀河同士の近接相互作用や合体によって球状星団の個数にどのような影響を及ぼすのか、ということが未だに良くわかっていない。このような考えに基づき、球状星団の理論的・観測的研究が行なわれている。

 一方、円盤銀河である銀河系、M31における球状星団の運動の特性として、金属量の比較的少ない球状星団の集団は顕著な運動の偏りが見られない一方で、金属量の比較的多い集団は銀河の円盤と同じ方向に回転している運動が見られる。この円盤とともに回転している球状星団の集団は、基本的には角運動量を持ったガスがその角運動量をある程度保ったままに重力収縮を行ない、回転速度を増大させながら円盤を形成していく中で形成された集団であると考えることが出来、おそらく銀河系、M31の銀河形成はそのような共通の形成シナリオを持つであろうと考えることが出来る。このような性質が様々な形態の円盤銀河で共通の性質であるかどうかということも、我々の球状星団研究の動機の一つとして挙げられる。

 球状星団系の観測はダストが少なく銀河の持つ光度分布が滑らかで、存在している球状星団の個数も多いこともあり、球状星団が探しやすい楕円銀河の周辺に存在する球状星団に対して集中して行なわれてきた。しかし、上に述べたような研究の動機の下、楕円銀河における球状星団系の性質との比較のために、もしくは詳しく研究されている銀河系とM31における球状星団系の性質との比較ために、円盤銀河の周辺に存在する球状星団系の研究が重要になってきている。ただし、円盤銀河の球状星団系の観測的な手法は確立されておらず、厳密な議論のためには楕円銀河よりも球状星団の総数の少ない円盤銀河において、より確実な球状星団探査が必要である。本研究では、我々はまず円盤銀河に付随する球状星団の同定法を確立した。まず撮像を行ない銀河系の球状星団より期待される等級と色の範囲から、候補天体を同定し、それらの候補天体に対して分光観測を行なう。分光観測では晩期F型星、G型星のスペクトルを持つ天体であれば球状星団である可能性が高く、その視線速度から銀河系に付随している星か、後退速度の大きな銀河に付随している球状星団かの区別をする。これまではこのような方法が球状星団探査に用いられていたが、この方法は後退速度の大きな銀河においてのみ適応出来る同定方法である。我々はこの方法に加え、撮像観測から得られる天体の空間的な拡がりが星よりも拡がっている天体であれば確実に球状星団であると見なす、という方法を用いる。この方法によって球状星団であることを確実に示すことが出来る。この方法を用いれば5Mpcまでの円盤銀河で球状星団探査が可能である。

 本研究ではこの手法を用いて、主として円盤構造を持つ不規則銀河M82と、Sab型の円盤銀河M81の球状星団の探査を行なった。M82はM81と近接相互作用を行なっている銀河であり、スターバースト銀河でもある。M82における球状星団の同定というのは未だに行なわれたことがなく、我々はこのM82の周辺に2つの球状星団を初めて同定した。さらに、球状星団候補天体の個数から、それらに混ざっていると思われる背景銀河、銀河系内の星の個数を差し引き、M82の周辺に存在する球状星団の個数を見積もった。この個数はM82がスターバーストを起こす前に持っていたと思われる銀河全体の光度から見積もられる個数に矛盾しないことがわかった。また、候補天体の色と空間的な拡がりから、候補天体を等級分けした結果、球状星団の候補天体は偏った分布をしていると考えられ、この事実はM81との近接相互作用が球状星団系に何らかの影響を及ぼしたと考えられるとの結論が得られた。

 我々は銀河系やM31において見られる銀河中心から6kpcの距離よりも内側に存在する、銀河円盤と同じ方向に回転する金属量の多い球状星団の集団が存在しているかを見るために、M81の中心部の探査を行なった。今回の探査では4つの球状星団を見つけることが出来、2つの球状星団は金属量の多い集団に属するものであり、それらの球状星団はM81の円盤と同じ方向の速度を持っていると結論出来、さらに1995年にPerelmuterらによって探査されたM81の球状星団の運動のデータに我々の球状星団の情報を加えるとM81においても金属量の多い球状星団の集団は銀河円盤と同じ方向に回転していることがわかる。M81の球状星団の総数は150個以上であると考えられ、今回の観測は統計的に十分とは言えないが、M82の球状星団が近接相互作用による影響を受けている一方で、M81の銀河中心から6kpcの距離よりも内側に存在する金属量の多い球状星団はM82との近接相互作用によって大きな影響を受けているとは言えないことがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

 球状星団は銀河の化学進化の解明に重要な役割を果たすものである。本論文は、技術的な理由でこれまで観測的研究が進んでいなかった円盤銀河の球状星団を観測し、その性質を調べたものである。論文は6章と2つの補章からなる。

 第1章「イントロダクション」では、現在提唱されている球状星団の形成モデルが紹介され、さらに円盤銀河の形成過程を研究する上で球状星団系の研究が果たす役割が説明されている。しかし、楕円銀河とは異なり、円盤銀河に付随する球状星団の検出は極めて困難であり、新たな観測解析手法の必要性が強調されている。

 第2章「球状星団系研究の意義」では、本研究で着目する諸量として、円盤銀河に付随する個々の球状星団の総数、全体として見た球状星団系の速度分散、回転速度、メタル量および運動学的特性が挙げられている。それらを整理解釈するために著者は簡単な球状星団系力学進化モデルを構築した。そのモデルの解説は補章1にまとめられている。このモデルの計算結果から球状星団系のメタル量とその回転速度との相関は原始銀河形成過程の力学的タイムスケールと星生成のタイムスケールに関連する特に重要な関係であることが示された。

 第3章「球状星団探査観測の手法」では、円盤銀河に付随する球状星団を検出同定するための技法が論じられている。検出の第1段階は撮像データの解析であり、天体の等級、カラー、点像の輪郭を用い、球状星団候補をリストアップすることである。像輪郭の解析は星像を排除する有効な方法であるが、この方法を数メガパーセク離れた球状星団に適用するためにはすばる望遠鏡のように空間分解能が極めて高い装置が必要である。楕円銀河の場合、このリストにはかなりの確率で球状星団が含まれる。しかし、円盤銀河では前景の星、背景の銀河を注意深く除く作業が必要である。このために、第2段階では候補天体の分光観測を実施し、スペクトルの特徴や視線速度の値から球状星団の選別を行なう。このような大望遠鏡による撮像および多天体分光観測を組み合わせる手法で、初めて遠方円盤銀河の球状星団を検出できることが述べられている。

 第4章「観測とデータ解析」では、すばる望遠鏡による円盤銀河NGC253, M82, およびM81の観測結果が述べられている。NGC253の観測には撮像、分光ともに微光天体撮像分光装置FOCASが用いられた。分光データの質に問題があったが2つの球状星団を確認できた。M82も同じくFOCASにより直径6分角の円形領域が撮像観測された。この領域内に等級とカラーから18.5<V<22.0にある48の球状星団候補天体が検出された。これらの内ハロー域から16天体を選び、FOCAS多天体分光モードで取得したスペクトルを解析した結果、2天体が球状星団候補として残された。一方、M81は主焦点カメラSuprime-Camにより広視野の撮像観測が行われた。その中から東南領域を選んでFOCASによる多天体分光観測を行なった結果、4つの球状星団が検出された。

 第5章「結果とその検討」では前章で得られた球状星団の運動、空間分布、メタル量の検討が行なわれている。観測に基づき著者が推定したM82の球状星団総数は、銀河の全光度から一般的に予測される値と矛盾しない。M82では分光観測は行えなかったが撮像データから拾い出した候補のうち青い候補が銀河円盤の北東部に集中している現象が見られた。論文提出者はこれはM81との相互作用の影響とする解釈を示しているが、今後の分光観測に待つことになろう。M81で新たに検出された4つの球状星団はメタル量の高いものと低いものが2つづつであった。従来の観測からメタル量の高いものが7個、低いものが18個見つかっていたがそれらの運動学的特性は明瞭でなかった。今回のデータ、特に高メタルの2個が加わったために、高メタルの球状星団系は銀河円盤と同じ向きに回転し、低メタルの系には有意な回転が見られないということが明確に示された。さらに、M81の球状星団計の回転速度とメタル量の相関関係は、M31天の川銀河系と類似していることが判った。

 最後の第6章には「結論」が要約されている。補章1は球状星団系力学進化モデル、補章2はFOCASの多天体分光モードの解説である。

 以上要約するに論文提出者は円盤銀河に付随する球状星団の研究を局所銀河群を超えた遠方の円盤銀河まで拡大するためのシステマティックな探査手法を定め、すばる望遠鏡によってそれを実現するための鍵となるFOCASの多天体分光システムを立ち上げ、M82とM81で実際に6個の新たな球状星団を発見同定し、その運動学的特性に関し新しい知見をもたらした。本論文はこの分野の今後の発展の基礎となるものである。

なお本論文第3章は家正則、柏川伸成、青木賢太郎、吉田道利、川端弘治、大山陽一、佐々木敏由紀、高田唯史、小杉城治、関口和寛との、第4章、第5章は家正則との共著であるが論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、委員会は論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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