No | 116763 | |
著者(漢字) | 齋藤,冬樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サイトウ,フユキ | |
標題(和) | 三次元氷床モデルの構築と南極およびGreenland氷床に関する数値実験 | |
標題(洋) | Development of a three dimensional ice sheet model for numerical studies of Antarctic and Greenland ice sheet | |
報告番号 | 116763 | |
報告番号 | 甲16763 | |
学位授与日 | 2002.03.11 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4085号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | はじめに 氷床(大陸規模の陸上の氷体)は一つの気候システムである。例えば氷期間氷期の気候変動に伴い氷床が大きく変動した。氷床は高い反射率と高い標高(〜3000m)で他の気候システムに影響を与える。そのため氷床を知ることは気候研究にとって重要な要素である。また、地球温暖化による氷床の融解から海水準上昇が懸念され、このことは社会的な関心となっている。さらに、氷床core掘削によって得られる情報は古気候の復元の重要な要素の一つである。 いずれの観点にせよ、氷床の形状(体積)の再現、予測や氷床分布を決める物理の理解が重要であり、数値モデルはそのための有効な手段である。本研究では氷床の数値モデル構築をおこない、上記のようないくつかの氷床に関する問題について考察する。 氷床分布は降雪、融解などの表面質量収支と、氷の流動で決まる。氷は通常非圧縮粘性流体として扱い、流動は質量収支、応力の釣合い、構成方程式および熱力学の方程式で記述される。 通常応力の釣合いの式を解く際はscale解析をして近似を行う。静水圧近似を行うと応力の式(x方向のみ示す)は(1)式となる(応力σ、標高h)。 後ろの二項が零次の応力項であり、この二項のみを用いる方法をShallow Ice近似(SIA)と呼ぶ。前の三項が一次の応力項であり、五つの項を用いる方法をFirst Order近似(FOA)と呼ぶ。現行の全ての三次元氷床modelではSIAを用いている。SIAで最高点の位置、標高分布、氷床の広がりのよい再現が出来、目的によっては十分実用的であることがわかっている。 本研究ではSIA modelを用いて二つの問題にあたり、さらにFOA modelを開発してSIA modelと比較し、一次の応力の効果を調べた。 drilling siteの感度実験−dome Fujiの標高と位置dome Fujiは南極第二の頂上で、深層core掘削から長期間の古気候の復元が期待され、解析も進んでいる(Dome-F Deep Coring Group, 1998,など)。domeとその他の領域では流動の性質が大きく異なり、氷厚の数倍程度(〜20km)のdomeの位置変動でも、年代計算に影響を与えることが指摘されているが(Dahl-Jensen, 1989)これまでdome Fujiの位置変動についての研究はない。そこで本研究では、dome Fujiの氷期間氷期を通じた位置の範囲を調べた。 実験は二種類行った。一つは海陸分布(氷床の端位置)の変化に対する感度実験である。氷期の海水準変動に伴い氷床の広がりが大きく変化したことが知られている。その効果を最大限に見積もった実験を行った(W)。次に三つの領域のみ広がりが変化する感度実験を行い(A,F,R)、領域ごとの効果を分離した。もう一つは氷期間氷期の気候変動に対する感度実験である。Vostokの22万年の温度時系列を南極全体に適用して評価した。 図1(a)は海陸分布変化の感度実験の結果でCが標準実験の位置を現す。CとWの位置から、氷期の海水準低下により有意な位置変動(〓40km)が起こり得ることがわかった。また、Amery側(A)の影響が大きく、Ross側(R)の影響がないこともわかった。 図1(b)は気候変動による位置変動である。氷期の時期(210-190, 110ka)に有意な位置変動が生じる。従って海陸分布、気候変動いずれも氷期の位置変動は同じ方向であり、dome Fujiは氷期に大きな位置変動をした可能性があることがわかった。この位置変動は年代計算にとっては十分影響する大きさであり、今後詳細に研究する必要がある。 気候変動の下での氷床変動−Greenlandの温暖化実験 全球的温度上昇による氷床の体積変動が社会的な関心事である。氷床変動は質量収支変化と氷床流動両方を考慮するのが望ましい。これまで行われている研究は、氷床modelを用いた単純な気候変化に対する応答(Abe-Ouchi, 1993; Letreguilly et al., 1991; Fabre et al., 1995; Greve et al., 1998)や、高解像度のGCMを用いた温度上昇、降水量変化の推定(Wild & Ohmura, 2000)、といずれか一方のみであった。そこで本研究では、高解像度GCMの結果を氷床modelに入力し、海水準変動に対する氷床流動の効果を調べた。 まず一様温度上昇に対するGreenlandの定常応答を調べ、体積変化がmodelや境界条件の不確定性にどれくらい影響されるか調べた。現行の氷床modelには二通りの差分表現の流儀がある(Hindmarsh & Payne,1996)。図2(a)は差分表現を変えてそれぞれの体積変化を示したものである。急激な体積変化となる温度が4±0.5Kであり、現実的な温暖化シナリオの範囲(〜+5K)に含まれる。従って予測精度を高めることが今後必要である。 次に高解像度GCMによる温暖化実験をおこなった。用いた温暖化分布はAbe-Ouchi et al.のT106 AGCM time slice実験で、CO2+1%/yr(A.D.2060で2倍)のシナリオに沿っている。標準実験と温暖化実験の差を温度、降雪量の観測値に加え氷床modelの入力とした。消耗(〓融解)量は夏の温度の線形関数とした(Ohmura et al., 1996)。 図2(b)は温暖化終息後300年までのGreenlandの体積変動を海水準への寄与に換算したものである。本研究では100年で1.4cm、300年で5.1cmと推定された。上の曲線が氷床流動の変化を考慮した場合、下の直線が氷床流動が変化しないと仮定したものである。氷床流動の効果が300年で20%程度に及ぶことがわかった。従って氷床modelの構築が温暖化応答の研究にとって重要な手法である。 高次のmodel開発−一次応力の導入 現行の三次元氷床modelの基礎はSIAである。この近似はdivide(発散域)や、ice stream(速い流れが集中した狭い領域)では成立しない。divideの流動は年代計算を、ice streamは氷床の不安定性を考える際に重要である。これまで三次元の一次応力項を含むmodel(FOA model)を用いた研究はなく、一次項の効果に対する研究が不十分である。そこで、本研究ではFOA modelを開発し、理想的な条件で氷床の定常解を求め、特にdivideで重要な水平の法線応力((1)式のσ'xx,σ'yy)の効果を調べた。FOA modelはBlatter(1995)に基づき構築した。 FOAの効果は応力の式だけではなく、流動(移流項)や変形による熱の違いを通じて、熱力学の式にもあらわれる。本研究では熱力学と力学の効果を分離するため、熱力学力学結合実験と非結合実験を行って両者を比較した。 実験設定は軸対称の境界条件で平らな基盤とした。その結果、底面温度に±1Kの差を生じうることがわかった(図3(a))。divideでFOAの底面温度が高くなる原因は鉛直速度の違いから生じる。また、上流域でFOAの底面温度が低くなる原因は、応力の違いが変形熱を通じて生じるということがわかった。なお、水平の法線応力偏差の効果は標高分布には影響しないことがわかった。 さらに局所的な問題としてdivideの年代診断をした(図3(b))。深さ2000mの年代がFOAとSIAでそれぞれ13万年、12万年であり、誤差が年代の10%程度に達することがわかった。年代計算に数千年の精度を求められる場合があり、従って、本研究で開発したFOA modelはdivideの流動再現から、三次元年代計算の有効なmodelとなるといえる。 参考文献 Abe-Ouchi, A. (1993) : Ice Sheet Response to climatic change : A modelling approach. Ph. D. thesis, Zurcher Geographische Schriften, Geographisches Institut, ETH. Blatter, H. (1995) : Velocity and stress fields in grounded glaciers : a simple algorithm for including deviatoric stress gradients. Journal of Glaciology, 41, 138, 333-344. Dahl-Jensen, D. (1989) : Steady thermomechanical flow along two-dimensional flow lines in large grounded ice sheets. Journal of Geophysical Research, 94, B8, 10355-10362. Dome-F Deep Coring Group(1998) : Deep ice-core drilling at Dome Fuji and glaciological studies in east Dronning Maud Land Antarctica. Annals of Glaciology, 27, 333-337. Fabre, A., A. Letreguilly, C. Ritz, & A. Mangeney(1995) : Greenland under changing climates : sensitivity experiments with a new three-dimensional ice-sheet model. Annals of Glaciology, 21, 1-7. Greve, R., M. Weis, & K. Hutter(1998) : Paleoclimatic evolution and present conditions of the Greenland ice sheet in the vicinity of summit : An approach by large-scale modelling. Paleoclimates, 2, 2-3, 133-161. Hindmarsh, R. C. A. & A. J. Payne(1996) : Time-step limits for stable solutions of the ice-sheet equation. Annals of Glaciology, 23, 74-85. Letreguilly, A., P. Huybrechts, & N. Reeh(1991) : Steady-state characteristics of the Greenland ice sheet under different climates. Journal of Glaciology, 37, 125, 149-157. Ohmura, A., M. Wild, & L. Bengtsson(1996) : A possible change in mass balance of Greenland and Antarctic ice sheets in th coming century. Journal of Climate, 9, 2124-2135. Wild, M. & A. Ohmura(2000) : Change in mass balance of polar ice sheets and sea level from high-resolution GCM simulations of greenhouse warming. Annals of Glaciology, 30, 197-203. 図1..dome Fuji位置変動範囲 図2..Greenland温暖化実験 図3..FOA vs SIA | |
審査要旨 | 大陸上の氷床は気候システムの中の重要な要素の一つである。氷床は日射に対する高い反射率と3000mにも及ぶ高い標高のため、大気をはじめ他の気候システムの構成要素に大きな影響を与える。氷期・間氷期の気候変動に伴って大きな氷床変動があったことが知られている。氷床の形状の再現・予測や氷床分布を決める物理の理解は重要な課題であり、数値モデルはそのための有効な手段である。本研究では、3次元氷床モデルの構築を行い、それを南極とグリーンランド氷床に適用した。とくに、モデルに用いられるパラメータ等の不確かさが、南極での氷床コアデータの年代決定や、地球温暖化によるグリーンランド氷床融解の見積もりに与える影響を定量的に評価した。また、現在標準的に用いられているよりも高精度の応力評価法を導入したモデルも構築し、古気候データの年代計算等に与えるインパクトを評価した。 本論文第1章で氷床とその数値モデルについて概観した後、第2章において、本研究で構築した3次元氷床モデルの解説がなされる。3,4章においては、現在この分野で標準的に用いられている浅い氷の近似を用いたバージョンが用いられる。モデルの構成、計算法は世界で先端的に用いられているものと同等のものであり、Abe-Ouchi(1993)の2次元版を基にしてはいるものの3次元化にあたっての定式化、コーディング、境界条件の設定、各種パラメータ化法の検討等々の作業はもっぱら申請者の手によるものである。 第2章では、構築したモデルを南極氷床に適用している。現在の南極氷床の形状、体積等がよく再現されることを示した後、dome Fujiと呼ばれる南極第2の頂上の位置変動を調べ、domeでの深層コアデータの年代評価に与える影響の定量的評価を行なった。基盤地形データや氷の強度変化、地熱フラックス、底面すべり等の設定が、再現されたdomeの位置に与える影響が調べられた。また、氷期における氷床の広がりの効果、および、氷期・間氷期の気候変動の影響も調べられた。氷床の広がりを替えた実験では、40km以上の有意な位置評価の差異が現れることがわかった。また、Ross海側よりAmery棚氷側の氷床面積の影響の方が大きい。地熱の与え方も位置の推定に少なからず影響を与える。また、氷期の海水準変化とそれに伴う降雪の変動によりdome Fujiは氷期に最大80kmに及ぶ大きな位置変動をした可能性があることがわかった。この位置変動は年代計算に十分影響を与える大きさであり、今後さらに詳細に研究する必要がある。 本論文第4章では、地球温暖化に伴うグリーンランド氷床融解の評価実験が行なわれた。気候変動を一様な温度上昇で簡単に与える実験に加えて、高解像度大気大循環モデルによる温暖化実験結果を氷床モデルに与える実験を世界ではじめて行なった。まず、一様温度上昇に対する応答実験では、定常応答において、温度上昇4±0.5℃で急激な体積減少が起こることが示された。これは想定されている温暖化の範囲内である。モデルの定式化等に対する感度も調べられ、定性的には結果は変わらないが、定量的には精度を高める必要のあることが指摘された。高解像度大気大循環モデル結果を与え、温度上昇の時間変化を考慮した実験では、温暖化に伴う氷床融解の効果は100年で+1.4cmと見積もられた。また、感度実験により、氷床の流動を考慮することで海洋への融解が減り、海水準上昇を抑制する方向に働くことが分かった。この効果は氷床流動を考慮しない場合に比べて100年で7%、300年で29%に及ぶ。温暖化に伴って積雪が増えることも融解を抑制する効果を持つ。 第5章では、現在多くの氷床モデルで用いられている浅い氷の仮定を廃し、世界ではじめて一次応力項を考慮した3次元氷床モデルを構築した。導入した応力項のうち、とくに氷床流動の発散域(divide)で重要な水平法線応力項の効果について理想的な地形を設定して調べられた。また、一次応力は力学的効果のみならず変形による加熱を通して熱力学効果も持つため、熱力学と力学間の結合を切った実験も行なわれた。その結果、水平の法線応力は標高分布への影響は小さいが、鉛直速度の違いや変形熱を通して底面温度に±1K程度の影響が現れることがわかった。また、一次応力項を考慮したモデルを用いてdivideにおける年代診断を行なうと、浅い氷の仮定を用いた従来モデルに比べて10%程度の精度向上が期待されることが示された。 以上のように本研究は,氷床の力学−熱力学モデルという野心的な分野に挑戦し、世界最先端の3次元モデルを構築したものである。さらに、モデルを用いて氷床コアの年代推定精度の向上、地球温暖化時の氷床融解の評価を行なえることを示した。本研究で構築されたモデルは今後大気大循環モデル等他の気候モデルと結合され、定量的な気候研究の発展に大いに貢献するものと期待される。 よって,博士(理学)の学位を授与できると認める. | |
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