No | 116766 | |
著者(漢字) | 高橋,真哉 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカハシ,シンヤ | |
標題(和) | キュウリ緑葉におけるシクロブタン型ピリミジン二量体光回復酵素の機能の日周変化と光制御に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on diurnal change in function of cyclobutane pyrimidine dimer photolyase and photoregulation of photolyase expression in cucumber green leaves | |
報告番号 | 116766 | |
報告番号 | 甲16766 | |
学位授与日 | 2002.03.11 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4088号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 大気中に放出されたフロンガス等の人工物質による成層圏オゾン層の破壊が明らかになり、その結果生じる有害な短波長紫外線(UV-B)の地上到達量の増加とその影響が懸念されている。UV-B量の増加により、植物では光合成活性が低下し、その結果、成長速度が減少し、作物の収量が減少すると予想される。紫外線の深刻な影響として、DNA損傷の生成がある。UV-Bにより生じるDNA損傷の主なものに、全体の70-80%を占めるシクロブタン型ピリミジン二量体(CPD)と残りの大部分を占める6-4光産物、6-4光産物の異性体であるDewar型異性体がある(Fig.1)。これらは、同一鎖上の隣り合ったピリミジンがUV照射を受けることで生じる産物であり、DNA複製・RNA転写を阻害して動物では癌化、細胞死、また個体死の原因となりうる。生物にはこれを回避するためのメカニズムとして損傷DNAの光回復、除去修復などが備わっている。光回復は光回復酵素を介してUV-A〜blue lightの存在下で進行するメカニズムであり、除去修復と比較して高い修復活性を示すことが知られている。これらの研究は主に微生物、動物の分野で進められてきた。植物ではDNA損傷の生成、DNA損傷修復系の存在は知られていたが、詳細な研究はなされていなかった。近年になりArabidopsis thalianaからのCPD光回復酵素遺伝子の単離およびその突然変異体の単離が行われたが、現在までUVによるDNA損傷が植物の生存に与える影響についての詳細は明らかではない。我々のグループでは、UV-Bに対して感受性が高いキュウリ実生を使ってUV-Bが生理現象に与える影響について研究を行ってきた。キュウリ第一本葉のUV-Bによる成長阻害の作用スペクトルとDNA損傷(CPD)生成の作用スペクトルが一致することが明らかになっており、CPDの生成、修復がキュウリの成長に何らかの影響を及ぼす可能性が示唆された。これらの背景をもとに、本研究ではキュウリ実生内のCPD光回復酵素についてまず遺伝子を単離し、その生理的役割について明らかにすることを試みた。 材料としてキュウリ(Cucumis sativus L. cv. Hokushin)の実生を用いた。国立環境研究所内の自然光型人工気象室において、第一本葉の展開直前まで生育させた。その後人工光型グロースチャンバーに移して実験に用いた。 まず、キュウリ緑葉よりRT-PCRにて、高等生物型(class II)CPD光回復酵素と高い相同性を持つcDNA断片を単離した。これから得られた塩基配列情報をもとにprimerを設計し、5'-,3'-RACEにより1741bpのcDNAクローン(CsPHR)を得た。CsPHRは489個のアミノ酸残基より構成されるタンパク質をコードしていると推察された。このアミノ酸配列はA. thalianaのCPD光回復酵素のアミノ酸配列と高い相同性を持っていた(Fig.2)。また、CsPHRは光回復酵素を欠損した大腸菌突然変異体(CSR603)に導入することによりその光回復能を回復した。これらの結果は、キュウリ実生においてCsPHRによりコードされているタンパク質がCPD光回復酵素として機能している可能性が高いことを示している。 次に、CsPHRの発現解析をおこなった。northern blottingによる発現解析の結果、第二本葉、第一本葉等の若い組織では他の組織に比べて発現量が多かったが、最も発現量の多い第二本葉以外では発現量は少なく、定量的な議論は困難であった。 そこで、キュウリ第一本葉から抽出したtotal RNAを用いて定量的RT-PCRによるCsPHR転写量の定量を行った。キュウリ第一本葉の成長にしたがってCsPHR転写量は減少した。このことは、CsPHRの発現がUV-B防御機構の未熟な幼若な組織で重要な役割を果たしていることを示唆している。この結果をもとに、まだCsPHR転写量が検出可能でありかつ成長が活発な時期の、播種後12〜13日目のキュウリ第一本葉を用いて以下の実験をおこなった。第一本葉におけるCsPHRの日周サイクル(明期6:00〜18:00)での転写量を6:00から翌日の9:00までの3時間ごとに調べたところ、9:00〜12:00に転写量が最大になり、暗期では大きく低下した。明期中も暗所においた植物体では9:00にピークが見られたものの、転写量は低かった(Fig.3)。同様の条件でCPD光回復酵素活性を測定した。その結果、日中に活性が若干高く、明期の初めと終わり(6:00、18:00)、および暗期は活性が低く抑えられていた(Table 1)。UV-B照射によるキュウリ第一本葉の葉面積成長阻害についてUV-B感受性の日周変化を調べたところ、明期の中央付近でUV-Bを照射した場合には感受性が低く、成長阻害の程度が低くなった(Fig.4)。この結果はCPD光回復活性の日周変化と一致していた。これらの結果からUV-Bによる成長阻害の軽減にCPD光回復酵素活性が関与している可能性が示唆された。 CsPHRは明所で転写量が多いことから光誘導性である可能性が考えられた。そこで、CsPHRの転写誘導に対するUV-Bの影響について調べた。明期に白色光と同時にUV-Bを照射したところ、9:00前後の時間帯では白色光単独照射に比べてCsPHRの転写量が増加した。そこで次に、CsPHRの転写を誘導する光質について検討するために、CsPHR発現誘導の作用スペクトルを調べた。作用スペクトルは、基礎生物学研究所の大型スペクトログラフを用いてキュウリ第一本葉に対し単色光照射を行い、RT-PCR法による定量を行って作成した。その結果、270nmでは誘導が阻害され、300nmでは強い誘導が見られた。また450nmでも300nmほどではないが誘導が見られた。一方で、290nmでも比較的強い誘導が見られたが、これは300nmほどではなかった(Fig.5)。CPDの生成は300nmの照射よりも290nmの照射で数倍効果的であることから、CPDの生成がCsPHRの転写誘導の主な要因ではないことが示唆された。 光回復は植物において紫外線によるDNA損傷を修復するための主要なメカニズムである。それにも関わらず、現在までに遺伝子の単離はA. thalianaで行われた一例のみであり、その生理的意義に関しては不明な点が多い。本研究において、高等植物ではA. thaliana以外で初めてキュウリからclass II CPD光回復酵素のcDNAクローン(CsPHR)の単離に成功した。ScPHR転写量は日周変化をしており、このことはキュウリ第一本葉成長のUV-B感受性の日周変化に何らかの関連があるという生理的な役割を果たしている可能性を予測させた。野外ではUV-B量は日中が最大となり、朝夕は極めて少ない。よって、キュウリ植物体内では自然環境下での一日の太陽光の変化に応じてUV-B耐性が制御されているものと思われる。光回復酵素活性はそのようなUV-B量に応じて変化する耐性機構の一つであると考えられ、その結果、植物のUV-B感受性の日周変化を与えるものと予想された。 また、UV-B照射、特に地上ではUV-B領域でも比較的量が多い300nmで誘導が増幅されたことは、CsPHRの発現は本来ストレスと成り得るUV-Bによって直接的な制御を受けていることを示している。光回復酵素の発現を誘導、増幅する要因については未だ明らかではない。しかしこれらの結果から、光回復酵素の誘導には未同定のUV-B光受容体が関与している可能性が考えられる。今後、光回復酵素の誘導に関わる因子を探索することが、UV-Bが植物に与える影響とその防御機構を解明するために重要であると考えられる。 Fig.1 UV-B照射により生成する代表的なDNA損傷 Fig.2 CsPHRcDNA配列から予想されるアミノ酸配列とシロイヌナズナCPD光回復酵素のアミノ酸配列の比較アミノ酸残基が一致した部位は(*)で示した。 Fig.3 CsPHR転写量の日周変化(明期中の処理、□ : light, ■ : dark) Table 1.キュウリCPD光回復酵素活性の日周変化異なる文字間(a,b,c,)では有為差があることを示す。 Fig.4 UV-B照射時間帯が成長阻害に与える影響異なる文字間(a,b)では有為差があることを示す。 Fig.5 CsPHR転写誘導の作用スペクトル(3回の異なる実験結果を各グラフにて示した) | |
審査要旨 | 本論文は2章からなり、第1章ではシクロブタン型ピリミジン二量体光回復酵素遺伝子のキュウリからの単離と挙動、第2章では光回復酵素遺伝子の光による誘導の波長依存性について述べられている。 成層圏オゾン層が破壊された結果、地上に到達する紫外線UV-Bが増加し、植物に様々な悪影響を与えると考えられている。実際、UV-B照射により植物のDNAが損傷を受け、成長速度が低下することが報告されている。UV-BによるDNA損傷として生物体内に主にシクロブタン型ピリミジン二量体(CPD)が生成するが、生物はこれを修復する仕組みをもっている。植物では光による修復が大部分を占めており、この反応を触媒する光回復酵素(CPD photolyase)の存在が示唆され、シロイヌナズナからその遺伝子が単離されている。しかし、他の植物種からの遺伝子の単離は成功しておらず、photolyaseの詳細な研究は行われていなかった。本論文では、UV-B影響の生理学的研究が行われているキュウリ実生を用いて、photolyaseの発現と植物のUV-B抵抗性との関係を明らかにすることを目的に、photolyase遺伝子を単離し、その発現の特徴について調べられた。 第1章では、キュウリの葉から高等生物に存在していることが知られているtype IIのphotolyaseをコードしていると思われるcDNA(CsPHRと名付けた)の単離とその性質について述べられている。単離したcDNAはアミノ酸レベルでシロイヌナズナと75%の同一性を示した。また、このcDNAをphotolyaseを欠損した大腸菌に導入して、殺菌等によるUV照射後の生存率を測定したところ、UV照射後に可視光を照射した場合に生存率が回復した、すなわち、photolyase活性が回復したことが示された。このことはCsPHRがphotolyaseとしての機能を持っていることを示している。次にCsPHRの転写産物量を比較した。転写産物量は若い葉で多く、葉令が進むとともに急速に減少した。このことは細胞分裂が活発な時期、成長速度が高い時期に特にphotolyaseが重要であることを示唆している。1日の周期の中におけるCsPHRの転写産物量を比較すると、午前中の9時〜12時に高く、また、植物葉の光回復活性は12時〜15時に高いことが示された。そこで、UV-Bを照射する時間帯を変えて、UV-Bによる葉の成長阻害を比較すると、9時〜12時、12時〜15時に照射した時にはほとんど成長阻害が起こらず、早朝あるいは夕方に照射した時には成長阻害が見られることが分かり、photolyase活性がUV-B抵抗性を支配している可能性が示された。 第2章では、光によるphotolyaseの発現誘導について述べている。明期(6時から18時)中、可視光と同時にUV-Bを照射し続けたところ、朝の9時にのみCsPHR転写産物量の増加が見られた。このUV-Bによる増加の波長依存性を調べるために、基礎生物学研究所の大型スペクトログラフを用いて光による誘導の作用スペクトルを作製した。転写産物量の増加は300nmにピークがあり、それよりも短波長側、長波長側では光による増加は減少した。photolyaseのUV-Bによる誘導の光受容体として、DNAあるいは特異的なUV-B光受容体が考えられる。前者の例としてDNA損傷(CPD量)とアントシアニンの生合成との平行関係が報告されている。後者を想定できる例としてUV-Bによる気孔開口が報告されている。本研究では、300nmよりも290nmの方がCPD生成量は多いことが示され、photolyaseの誘導にはDNA損傷よりも、特異的なUV-B光受容体が関わっている可能性が高いことが示唆された。 これらの結果は、photolyaseは植物の紫外線抵抗性に深く関わっており、太陽光中の紫外線強度が高いときに活性が高くなるように巧みに活性制御されていることを示唆している。 なお、本論文の第1章は、中嶋信美、佐治光、近藤矩朗との共同研究、第2章は、中嶋信美、近藤矩朗との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって研究計画を策定し、実験を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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