学位論文要旨



No 116769
著者(漢字) 水内,郁夫
著者(英字)
著者(カナ) ミズウチ,イクオ
標題(和) 柔軟性可変な脊椎構造を有する多自由度全身行動ロボットシステム
標題(洋)
報告番号 116769
報告番号 甲16769
学位授与日 2002.03.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5102号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 下山,勲
内容要旨 要旨を表示する

 ヒューマノイドなどの全身型・人間型のロボットの開発・研究が盛んであるが,人間に比べ構造・動きの硬さが感じられる場面が多い.ロボットは今後人と接することが想定されるようになると予想でき,そこでは構造・動きの柔かさは非常に重要になる.そこで本研究では,全身型ロボットに柔軟性を組み込むことを提案する.特に,人間の脊椎構造に着目し,柔軟な脊椎構造を持つ全身型ロボットに取り組んだ.

 本研究の目的は,柔軟な脊椎を持つ全身型ロボットの,

 ・脊椎構造(体幹)のあり方

 ・脊椎構造の駆動系の構成

 ・全身行動の生成法,動作・行動の制御法・拡張法

 ・全身行動のためのシステム構成法

に関し,課題を整理し,解決への道筋を示すことである.

 本論文は全7章から構成される.以下に各章の内容に沿って論文の概要を述べる.

第1章「序論」

本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べる.

第2章「柔軟性可変な脊椎構造を持つ多自由度全身型ロボット」

 参考に人間の脊椎構造の特徴と役割を分析する.全身型ロボットが脊椎を持つと,柔軟性と自由度の増加という利点を得られる.柔軟性は衝撃吸収能力,人間や環境との接触における安全性を提供する.また,自由度の増加により体を折り曲げての狭所での作業,効率の良い動作,人間に近い自然な動作が可能になる.本章ではこれに加えて柔軟性の可変性の重要性を指摘する.脊椎は上体の支持構造の役割もあるので,状況に応じて柔軟性を調節できることが重要になる.

 ロボットに脊椎構造を組み込むという試みの従来研究のサーベイも行った.脊椎(spine)の構造のみのロボットの研究例はいくつかあり,その多くは脊椎構造を多自由度構造として捉えている.生物で言えば蛇や象の鼻に例えられる.手足・四肢を持つ全身行動体としてのロボットに脊椎構造を組み込んだ例は見当たらない.

第3章「脊椎構造の設計−基本姿勢と復元力を有する脊椎構造−」

 本章で扱う問題の本質は脊椎の特徴である柔軟性と自由度増加をどのような構造で実現するか,さらに柔軟性の可変性をいかに組み込むかということである.この時に脊椎構造の変形を記述するパラメータと柔軟性を記述するパラメータに分けて考え,それぞれの6パラメータのうち定数(固定)の数,操作可能な独立変数の数(自由度数),操作不可能な変数の数(受動的な,変形または柔軟度)に分類することができる.本研究でのアプローチは,(1)変形及び柔軟性調節の自由度数が少ない構造を試作しロボットに組み込み実験を通して各自由度および各定数・変数の持つ意味を整理し知見を得る,(2)人間の脊椎の構造を参考にしつつ,変形・柔軟性調節の各パラメータをなるべく多く操作できるような構造(自由度数の多い構造)を検討する,(3)以上の検討に基づき変形・柔軟性調節の両自由度数の多い脊椎構造のあり方を提案する,という流れである.

 本章では,この流れに従い,(a)変形2自由度(3変数)・柔軟性調節0自由度(3変数)の脊椎機構を試作し四脚ロボットへ組み込み,(b)変形0自由度(1変数)・柔軟性調節1自由度(1変数)の脊椎機構を試作し人間型ロボットへ組み込み,を行った.そして,(a)は四脚歩容の実験,(b)はブラキエーション動作の実験を行い,それぞれ柔軟性調節の自由度の重要性,能動変形自由度の重要性を確認した.(a), (b)の実験を通して得た知見をもとに,人間の脊椎構造の優れた点を取り入れながら,変形・柔軟性調節の両自由度を拡大する方法を導き出した.本章で得られた,全身型ロボットの脊椎のあり方を整理すると以下のようになる.

 ・多節構造

 姿勢の多様性の実現.

 ・各節は回転3自由度(3変数)

 (1)並進の変数を設けると不安定になりやすい,(2)各節は回転でも多節構造により全体としては並進自由度も実現可能.

 ・弾性要素(椎間板)の組み込み

 (1)基本姿勢,(2)復元力,(3)滑らかな全体変形形状,(4)姿勢の安定性

 ・コンプライアンス可変な筋による拮抗駆動

 柔軟性の調節を実現.

 ・中間節への筋の接続

 姿勢の多様性の実現.変曲点を持つような姿勢.

 この指針に基づいて更に三段階に分けて,(c)変形自由度と簡易柔軟性調節機能を持つ5節6筋の脊椎構造を設計・製作し,全身型ロボットRabbitに組み込み,(d)さらに筋数を増やし張力センサを加え,張力制御可能な筋を持つ5節8筋の脊椎構造を設計・製作し,人間型ロボットClaに組み込み,(e)さらに節数・筋数を増やし,途中節へ接続する筋もある10節40筋の脊椎構造を設計・製作し,全身腱駆動ヒューマノイド腱太に組み込み,を行った.

第4章「拮抗筋駆動による柔軟性を持つ脊椎の姿勢制御」

 本章では第3章で設計・製作に関し述べた脊椎構造をいかに動かすかに関し述べる.従来のロボットは7自由度以下程度で明確な関節軸を持った身体構造を持ち,幾何学的な制御量(ユークリッド空間)を正確に制御することにポイントをおいていた.人間の場合は,多自由度で関節軸が明確でない身体構造を持ち,主にセンサベーストな制御量(視覚,姿勢センサなど)をタスク依存な制御方式で制御を行っている(例えば物体追跡なら視野の中心に見えるように制御する).大まかな幾何学的計算とセンサベーストな制御であると言える.脊椎構造を持つ多自由度ロボットは身体構造は比較的人間に近く,人間のやり方に近い方法が適しているのではないかと考えることができる.

 こうした視点から本研究では,脊椎構造の制御法として,幾何学的制御量の制御をある程度行える方法を提案し,同時にセンサフィードバックによるタスクの実現へのトライアルも行った.また,直接教示により姿勢・動作を指示しそれを再生するという方法も,複雑な身体構造のロボットには適した方法である.

 幾何学的制御量に基づく制御法としては,脊椎構造の姿勢を各節の関節変位角で表現した時の筋の長さを求める方法を明らかにし,筋の制御モードを切り替えることで筋同士の干渉や筋とボディの干渉の問題を解決する方法を実験により導出した.直接教示・再生による制御法としては,筋張力を一定に保つ制御を用いて教示を行い,筋長制御を用いて動作の再生を行った.さらに,幾何学的制御量を用いずにセンサベーストな制御法のトライアルとして,24節の医学用脊椎モデルを36本の空気圧人工筋のon, offにより駆動する脊柱型ロボットBeBeを製作し,汎用性のあるアルゴリズムにより視覚フィードバックを用いた物体のトラッキング動作実験を行った.

第5章「柔軟な脊椎を持つロボットの全身行動の実現」

 脊椎を利用した全身行動の実現のためには,従来の全身型ロボットを扱うソフトウェアとの透過性が求められる.幾何モデルを用いて計算機上で軌道を作成したり,センサフィードバックにより目標姿勢を変えてゆくことにより動作・行動を実現する枠組みである.ただし,脊椎構造は幾何モデルベースの制御が破綻するような姿勢もあり,こうした姿勢をとる必要がある場合は直接教示により教示した姿勢を利用して動作を行う.

 脊椎構造を持つロボット特有の動作生成法もある.複雑な動的動作の実現には,従来型ロボットと同じ幾何モデル環境だけでは困難である.そこで,本研究では,(1)柔軟構造を扱える仮想環境を構築しGAなどの探索手法を用いて複雑な動的動作を生成する,(2)人間に教わる,という二種類の解決法を示した.(1)に関しては,解析時間と解析精度のトレードオフがあり,解析精度を優先した環境と高速性を優先した環境とこれらの中間的な環境の三種類のシミュレーション環境を構築した.そして,GAの遺伝子に対応し多数のマシンを利用して並列にGAを行う環境を構築した.(2)に関しては,直接教示により動作を実現するのも一つの方法だが,もう一つは人間の動作から採取したモーションキャプチャのデータを脊椎構造を持つロボットの動作に変換する環境を構築した.

 行動の制御および拡張のための枠組みとして,姿勢データベースと呼ぶ仕組みを提案する.筋長空間または姿勢センサ空間でセグメンテーションし,データベースのいずれの要素からも一定距離以上離れたデータは,新しい要素としてデータベースに追加する.動作を幾何モデルに基づく姿勢列で与えられたら,そこから計算された筋長の組合わせに最も近い(姿勢データベース中の)姿勢から成る列に直して動作を実行する.データベースの各要素が筋の干渉やたるみの無い姿勢であれば,その要素からなる列による動作は干渉やたるみが起こらないことを期待できる.データベースは常に更新され続ける.また,全身に分布した触覚センサにより追加教示が可能である.求める動作と実行された動作に差があった場合は,追加教示することで行動空間を広げてゆくことができる.

 本章に述べた環境を利用して,脊椎構造を持つ全身型ロボットの様々な全身行動を実現した(図1).

第6章「多自由度多センサシステムの設計と実現」

 多自由度多センサのシステムで物理的実体を有するものであるから,常に完全な状態を保つのは困難であり,センサやアクチュエータなどの中には故障しているものがあるという状態が通常であるといっても良い.人間も大抵の場合,体の状態は完璧ではなくどこかに不調な部位があるものである.複雑性の高い全身型ロボットシステムでは,こうした考えに基づいたシステム構成法が重要になってくるのではないだろうか.

 本研究では,常に多種センサの状態を監視し自己状態を診断する,自律的診断調節系をシステムに組み込むことで,不完全性に対応してゆく.自律的診断調節系の機能の例としては,

 ・筋のたるみ検出・修復機能

 ・過電流検出・モータ停止機能

 ・張力センサ故障検出機能

 ・エンコーダ故障検出機能

 ・体内LAN通信ハング検出復帰機能

などが挙げられる.

 多入力・多出力を扱うロボットシステムという観点からは,次のような項目を考慮しシステムの設計と実装を行った.

 ・頑健性

 末端に故障個所があってもシステムは停止しない.

 ・フレキシビリティ

 設定の変更自由度が大きい.多種類のロボットを扱える(ロボット毎に設定ファイル).実ロボット環境とシミュレーション環境の切り替え.

 ・多入力・多出力への対応

 体内LAN(体内分散プロセッサネットワーク)

第7章「結論」

 これまで各章で述べた内容をまとめて本研究を総括し,これまでに行なわれた人間型ロボットの発展と,今後行なわれるべき発展について考察する.

図1:本研究で開発したロボット達

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「柔軟性可変な脊椎構造を有する多自由度全身行動ロボットシステム」と題し,四脚ロボットや人間型のロボットにおいて,体幹部が変形しその柔軟性も変えることができれば脊椎動物が持つような全身のやわらかさとしなやかな運動を実現できると考え,脊椎構造を有する多自由度の全身行動ロボットに関して,その脊椎構造の設計法,駆動系の構成法,脊椎構造を利用する全身行動の生成法と制御法,全身行動のためのシステムの構成法の研究をまとめたものであり,7章からなる.

 第1章「序論」では,本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べてある.

 第2章「柔軟性可変な脊椎構造を有する多自由度全身型ロボット」では,これまでに実現されてこなかった全身型ロボットへの脊椎構造の導入のための考察を行っており,人間の脊椎構造の特徴と役割を分析している.全身型ロボットが脊椎構造を持つことによる身体全体の柔軟性と自由度増加の利点について述べ,柔軟性による衝撃吸収能力や人への安全性を高め,自由度の増加により狭いところへの入り込みや複雑環境への対応などこれまでの全身型ロボットでは困難な行動について論じている.

 第3章「脊椎構造の設計−基本姿勢と復元力を有する脊椎構造−」では,体幹部における変形と柔軟性の自由度がそれぞれ異なる各種試作ロボットについて示し,全身型ロボットにおける脊椎のあり方と具体的な運動実現法について論じている.最終的に,人間の脊椎が持つような基本姿勢と復元力を有する脊椎構造が重要であるとの観点から,それを実現するための脊椎構造として,弾性要素を間に組み込んだ多節構造,柔軟性可変となるための拮抗筋駆動,中間節への筋の接続といった構成法の特徴をまとめている.そして,ねがえりや匍匐動作,起き上がりやぶら下がり動作などの全身行動を実現した5節構造の小型全身行動ロボットと,10節の脊椎構造を40本の筋によって制御し,全身で94本のワイヤによる全身腱駆動型ヒューマノイドにおいて,その脊椎構造の具体的実装法を示している.

 第4章「拮抗筋駆動による柔軟性を有する脊椎の姿勢制御」では,多自由度の脊椎構造を有する体幹部を姿勢制御する方法について,脊椎構造の姿勢制御のための幾何モデルの構成法,拮抗筋駆動における張力に基づいた長さ制御の各種制御モード,筋同士の干渉に対する考察と制御モードの組み合わせによる物理的干渉問題の解決法,変形しない体幹をもつ従来型全身行動ロボットのモデルに基づく姿勢制御系との統合法,について述べている.また,脊椎構造の正確なモデル化が困難である部分に対処する方法として,センサフィードバックに基づく姿勢制御の誘導法を提案し,その方式と実験を示している.

 第5章「柔軟な脊椎を有するロボットの全身行動の実現」では,脊椎を利用する全身動作における行動の生成法について述べている.有限要素法による脊椎構造の解析を行い,動力学解析システムと組み合わせて全身運動を生成し評価する環境を作り,脊椎構造の柔軟性を変化させて行う雲梯動作の自動生成を行っている.また,体幹内部での筋配置の幾何学的なモデルを利用して全身行動のパラメタをニューラルネットと遺伝的探索手法で獲得してゆく方法,ならびに,全身の筋を力制御モードとして人から直接教示された姿勢情報の履歴から動作を作り出す方法と実験についても述べている.

 第6章「多自由度多センサシステムの設計と実現」では,拮抗筋により駆動される多節の脊椎構造をもつ全身行動ロボットにおいては,多数のアクチュエータとセンサを機能させるためのシステムの構成法がとくに重要となることから,その構成法について論じ,実現してきた全体システムについて述べている.そのソフトウェアシステムは,全身行動記述と制御を行う最上位層,身体ハードウェアの抽象化層,体内センサ・モータ管理制御層の三層構成とすることで各種全身行動ロボットに共通のプラットフォームとして利用できるようになっている.また,このシステムが脊椎を持たない全身行動ロボットも扱える形となるよう,関節と駆動系の関係を抽象化する方式について述べ,実装法を示している.

 第7章「結論」では,各章の内容をまとめることで全体を総括し,本研究により重要度が明らかとなってきた点に関する展望も述べて,本研究の結論を示している.

 以上,これを要するに本論文は,人間型のロボットであるヒューマノイドのように四肢をもつ全身行動ロボットにおいて,人に直接触れる場面やいりくんだ環境に入り込んで作業する場合等に必要となるロボット全身の柔軟性を得るために,体幹部に変形と柔軟性を与えるための脊椎構造を導入した多自由度の全身行動ロボットシステムの構成論をとりあげ,その脊椎構造の設計法,全身行動の生成法,全体システムの構成ならびに実現法を示したもので,機械工学および情報工学上貢献するところ少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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