No | 116771 | |
著者(漢字) | 韓,泰成 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハン,テーソン | |
標題(和) | トリクロロエチレン測定用微生物センサー | |
標題(洋) | Microbial Sensor for Trichloroethylene Measurement | |
報告番号 | 116771 | |
報告番号 | 甲16771 | |
学位授与日 | 2002.03.14 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5104号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、環境問題に対する社会的関心が高まっており、水質の汚濁状況を把握することが極めて重要になってきている。特に地下水は、日本の全水使用量の約15%をまかなっており、都市用水源として全体に占める割合が約30%であるなど身近で良質な水資源として利用されている。また、約3,000万人の飲料水として利用されているが、トリクロロエチレン等の人為起源の有害物質による地下水の汚染が日本全国に広がっていることが、環境庁等により行われた調査で判明した。 トリクロロエチレンは溶剤、特に金属機械部品などの脱油脂洗浄剤として広く使われたが、発がん性物質であることが知られるようになり、1984年から飲み水の中の基準が0.03ppm以下、公共用水域への排出の管理目標が0.3ppm以下と規定されている。このような点からもトリクロロエチレンの測定はますます重要である。トリクロロエチレンは揮発性の高い物質であり、多くのポリマーに吸着しやすいため、正確な測定を行うためには現場での測定が望ましい。トリクロロエチレン測定の従来法においては、ヘッドスペースガスクロマトグラフィ法が一般的である。ヘッドスペース法においてはサンプル瓶内の気相中のトリクロロエチレンを測定するが、気液平衡に達するまで最大で120分程度の時間を要する。さらに、ガスクロマトグラフィでの測定時には25分程度のリテンションタイムを必要とする。従って同方法は、時間がかかりすぎるという点で現場でのトリクロロエチレンの実時間測定には適していない。 本研究ではトリクロロエチレン分解菌Pseudomonas aeruginosa JI104を認識素子として用いることにより、水に溶けているトリクロロエチレンの直接測定、および現地での測定が可能なトリクロロエチレンセンサーを作ることを目的とする。本研究で用いるP. aeruginosa JI104は土壌よりベンゼン分解能を持つ株として分離された。この菌が持つbenzene monooxygenaseはトリクロロエチレンの分解能力を持つ酵素として知られている。ほかのトリクロロエチレン分解菌が比較的低い濃度のトリクロロエチレンしか分解できないのに対し、高い濃度のトリクロロエチレンでも活性を持つことからP. aeruginosa JI104を分子認識素子として用いた。 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について並べ、本研究の目的と意義を明らかにした。 第2章では、トリクロロエチレンが微生物によって分解されていく過程において塩化物イオンが発生することに着目して、微生物と塩化物イオン電極を組み合わせたトリクロロエチレン測定系を、回分操作(Batch operation)のシステムとして構築した。 P. aeruginosa JI104を固定化したイオン電極(微生物電極)を挿入した緩衝液にトリクロロエチレンを含む試料を添加すると、電極に固定化された微生物がトリクロロエチレンを分解していく過程で塩化物イオンが生成する。そのため、電極近傍の塩化物イオン濃度が高くなり、塩化物イオン電極の電位が変化するため、この電位の変化からトリクロロエチレンの濃度を推定することが出来る。本センサー法では、この電位変化をもとにトリクロロエチレンを計測することを試みた。 本センサーは、微生物固体化膜と塩化物イオン電極を組み合わせた微生物電極、比較電極、イオンメータ、プリンタにより構成される。微生物膜は親水性のテフロン膜(孔径0.45μm、直径20mm)に、P. aeruginosa JI104を吸着固定化し調製した。この微生物膜を塩化物イオン電極に密着させ、微生物電極とした。 10 mMリン酸緩衝液のみを測定したときに得られる電位を基準値とした。トリクロロエチレンの標準溶液を用いて各濃度別のセンサーの応答を調べた。トリクロロエチレン濃度とセンサーの応答の間には0.1ppmから4ppmまで直線関係が得られた。この濃度領域はトリクロロエチレン排水基準の0.3ppmを含む。諸条件下における応答を検討した結果、本センサーの最適条件は微生物の固定化量1.5mg、緩衝液のpH8.5、測定温度10℃であり、その場合測定時間は10分以内であった。 第3章では、第2章の問題点であった検出限界を改善するため、センサーシステムの改良を行った。回分操作型トリクロロエチレンセンサーの検出下限は飲み水に対するトリクロロエチレンの規制濃度(0.03ppm)の測定には不充分である。その最大の理由として、測定セルが密閉されていないためトリクロロエチレンが揮発してしまい、正確な測定が難しいことが挙げられる。そこで、新たにフローインジェクション分析型のトリクロロエチレンセンサーを構築し、密閉系での測定を行った。本システムは、微生物膜と塩化物イオン電極を組み合わせた微生物電極、フローセル、比較電極、イオンメータ、インジェクタ、ペリスタポンプ、プリンタ、記録計により構成される。トリクロロエチレンの吸着を最低限におさえるためガラス製のフローセルを用いた。 0.5ppmのトリクロロエチレン標準液1 mlをインジェクションしたところ温度の上昇とともにセンサーの応答30℃で最大の応答を示し、その後は温度の上昇とともにセンサーの応答は低下した。システムを密閉系にすることでトリクロロエチレンの損失をおさえることができ、微生物活性が最大になる温度で最大の応答を得ることが出来たと考えられる。フローインジェクション型センサーの最適化を行い、流速を0.09ml min-1、サンプルインジェクション量を1mlにした。この条件で検量線を作成したところ、0.03ppmから2ppmまで直線関係が得られた。回分操作型センサーに比べ基準値が安定し、飲み水の中の検出基準である0.03ppmのトリクロロエチレンが測定可能であった。 第3章のシステムにより飲み水の中の検出基準である0.03ppmのトリクロロエチレンが測定可能であったが、微生物を膜に固定化した微生物電極の寿命が短いのが問題点であった。そこで、第4章では微生物の固定化量を増やしたリアクター型にすることでセンサーシステムの寿命を伸ばす工夫を行い、塩化物イオンが環境中に含まれている場合の対策について検討した。 微生物を固定化したガラスビーズ(micro porous glass, MPG)をガラスのシリンジに封入し、微生物カラムを作製した。トリクロロエチレン1ppmに対する応答値の時間変化を調べた。センサーの初期応答値を100%とした場合、6日目で50%以下になった。その結果から微生物を膜に固定化した場合に比べ、寿命は2倍程度長くなったと言える 地下水中に存在するであろう塩化物イオンの電極に対する影響を検討するために、二本の塩化物イオン電極を用いる差動型にした。一方の電極は微生物カラムを通したサンプル液をもう一方の電極にはカラムを通していないサンプル液を流し、両電極の応答の差をとることにより、トリクロロエチレンの分解により生成する塩化物イオンのみ測定することを試みた。2ppmの塩化物イオンが含まれているトリクロロエチレン溶液を調製し、差動型システムにより測定を行った。その結果、センサー応答は塩化物イオンの影響を受けないことが分かった。 第5章は総括であり、本研究を要約して得られた研究の成果をまとめた。 | |
審査要旨 | 本研究はトリクロロエチレン分解菌Pseudomonas aeruginosa JI104を認識素子として用いることにより、水に溶けているトリクロロエチレンの直接測定、および現地での測定が可能なトリクロロエチレンセンサーの構築に関するものであり、5章より構成されている。 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について並べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。 第2章では、トリクロロエチレンが微生物によって分解されていく過程において塩化物イオンが発生することに着目して、微生物と塩化物イオン電極を組み合わせたトリクロロエチレン測定系を、回分操作(Batch operation)のシステムとして構築している。P. aeruginosa JI104を固定化したイオン電極(微生物電極)を挿入した緩衝液にトリクロロエチレンを含む試料を添加すると、電極に固定化された微生物がトリクロロエチレンを分解していく過程で塩化物イオンが生成することを利用し、電極近傍の塩化物イオン濃度の変化に伴う塩化物イオン電極の電位の変化から、トリクロロエチレンの濃度を推定することが出来ることを利用している。そこで、微生物固体化膜と塩化物イオン電極を組み合わせた微生物電極、比較電極、イオンメータ、プリンタによりセンサーを構成しており、親水性のテフロン膜(孔径0.45μm,直径20mm)に、P. aeruginosa JI 104を吸着固定化し微生物膜を調製している。そして、この微生物膜を塩化物イオン電極に密着させ、微生物電極としている。10 mMリン酸緩衝液のみを測定したときに得られる電位を基準値とし、トリクロロエチレンの標準溶液を用いて各濃度別のセンサーの応答を調べたところ、トリクロロエチレン濃度とセンサーの応答の間には0.1ppmから4ppmまで直線関係が得られたと報告している。この濃度領域はトリクロロエチレン排水基準の0.3ppmを含んでおり、諸条件下における応答を検討した結果、本センサーの最適条件は微生物の固定化量1.5mg、緩衝液のpH8.5、測定温度10℃であり、その場合測定時間は10分以内であったと述べている。 第3章では、第2章の問題点であった検出限界を改善するため、センサーシステムの改良を行っている。トリクロロエチレンの揮発を防ぐために、フローインジェクション分析型のトリクロロエチレンセンサーを構築し、密閉系での測定を行っている。ここでは、微生物膜と塩化物イオン電極を組み合わせた微生物電極、フローセル、比較電極、イオンメータ、インジェクタ、ペリスタポンプ、プリンタ、記録計によりシステムを構成し、トリクロロエチレンの吸着を最低限におさえるためガラス製のフローセルを用いている。その結果、0.5ppmのトリクロロエチレン標準液1 mlをインジェクションしたところ、温度の上昇とともにセンサーの応答30℃で最大の応答を示し、その後は温度の上昇とともにセンサーの応答は低下したと報告している。その理由として、システムを密閉系にすることでトリクロロエチレンの損失をおさえることができ、微生物活性が最大になる温度で最大の応答が得られたと推察している。また、フローインジェクション型センサーの最適化を行い、流速を0.09 ml min-1、サンプルインジェクション量を1mlにした条件で検量線を作成したところ、0.03ppmから2ppmまで直線関係が得られ、その結果、回分操作型センサーに比べ基準値が安定し、飲み水の中の検出基準である0.03ppmのトリクロロエチレンが測定可能になったと述べている。 第4章では、微生物の固定化量を増やしたリアクター型にすることでセンサーシステムの寿命を伸ばす工夫を行い、また、塩化物イオンが環境中に含まれている場合の対策について検討している。微生物を固定化したガラスビーズ(micro porous glass, MPG)をガラスのシリンジに封入し、微生物カラムを作製し、トリクロロエチレン1ppmに対する応答値の時間変化を調べたところ、センサーの初期応答値を100%とした場合、6日目で50%以下になったと報告している。さらに、地下水中に存在するであろう塩化物イオンの電極に対する影響を検討するために、二本の塩化物イオン電極を用いる差動型にし、一方の電極は微生物カラムを通したサンプル液、もう一方の電極にはカラムを通していないサンプル液を流し、両電極の応答の差をとることでトリクロロエチレンの分解により生成する塩化物イオンのみを測定することを試みている。その結果、2ppmの塩化物イオンが含まれているトリクロロエチレン溶液を調製し、差動型システムにより測定を行った結果、センサー応答は塩化物イオンの影響を受けないことを明らかにしている。 第5章は総括であり、本研究を要約して得られた研究の成果をまとめている。 以上、本論文は、トリクロロエチレン分解菌Pseudomonas aeruginosa JI104を認識素子として用いることにより、水に溶けているトリクロロエチレンの直接測定が可能なセンサーの構築にはじめて成功し、現地でのトリクロロエチレンの測定における問題点とその解決法をを明らかにしている。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |