学位論文要旨



No 116772
著者(漢字) 掛下,照久
著者(英字)
著者(カナ) カケシタ,テルヒサ
標題(和) T*型銅酸化物超伝導体のジョセフソン・プラズマモード
標題(洋)
報告番号 116772
報告番号 甲16772
学位授与日 2002.03.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5105号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 助教授 松田,祐司
内容要旨 要旨を表示する

 高温超伝導体の研究は、発見以来十余年が経過し、現在では、La2-xSrxCuO4系、YBa2Cu3O7-δ系、Bi2Sr2CaCu2O8+δ系が、研究の主流を形成している。その理由としては、これらの系は研究初期の段階で、単結晶作成法が確立し、定量的な詳細な物性測定が可能になったことがあげられる。主にこれらの系の研究を通じて露になった高温超伝導の特徴としては、以下の3つがあげられる。

 ・擬ギャプ

 ・ストライプ相関

 ・c軸Josephsonプラズマ

 擬ギャップとは、アンダードープ域の常伝導状態からスピン系に開き始めるギャップのことであり、物質間に大きさ差はなく、温度に換算すると、Δ〜200Kほどの大きさであり、高温超伝導の起源であると考えられている。つまり、本来、どの高温超伝導体物質においても、その擬ギャップ程度の大きさのTcを持ちうることになるが、現実には、Tcは最適組成でみたとき、25K〜135Kまで分布している。このことに関しては、ストライプの相関の強さが、Tcの抑制の要因ではないかということが現在提案されている。YBa2Cu3O7-δやBi2Sr2CaCu2O8+δで見られる動的な非整合の磁気秩序は、La2-xSrxCuO4よりも高エネルギーの励起を持ち、これらの系においてはストライプ相関の揺らぎがLa2-xSrxCuO4系よりも大きいとするならば、〜90KのTcを有するYBa2Cu3O7-δやBi2Sr2CaCu2O8+δが正常な超伝導層であるのに対し、La2-xSrxCuO4はストライプ相関の強さによってTcが40Kに押さえられているのではないかということである。実際、LaSrAlO4基盤上のLa2-xSrxCuO4(x=0.1)薄膜においては、バルクのTcが〜25Kであるのに対し、〜50KのTcを示すことが報告されており[1]、La2-xSrxCuO4のTcが40K以上になりうる能力を本質的に有していることを示している。これらは、La2-xSrxCuO4が本来持ちうるTcを抑制している要因がなんらかの理由で取り除かれたためであると考えられる。

 T*構造超伝導体は、La2-xSrxCuO4と同じく単位胞にCuO2面を持ち、La2-xSrxCuO4が単位胞中に含まれる2つのブロック層として岩塩構造を持ちCuO6八面体のネットワーク構造であるのに対し、T*構造では、一方が岩塩構造、もう一方が蛍石構造という二種類のものを有し、CuO5ピラミッドのネットワーク構造ををしている。この物質は、高温超伝導体研究の初期に発見されたものであるが[2,3]、La2-xSrxCuO4以上にTcが低く(〜30K)、また著しい酸素欠損を起こすということから、高温超伝導の研究の歴史の中で埋もれていた物質である。

 T*構造超伝導体を研究する目的としては、大きく二つあげられる。一つは、このTcの低さということに着目し、この系においてもLa2-xSrxCuO4のような強いストライプ相関がみられるのかどうかということである。もう一つは、c軸Josephsonプラズマの研究である。c軸Josephsonプラズマとは、常伝導状態において、ブロック層が絶縁層の役目を果たすことによって面内に閉じ込められていたキャリアが、超伝導転移によって面間をコヒーレントに運動できるようになり、サブミリ〜遠赤外という低エネルギー領域に現れる超伝導キャリアのプラズマ振動のことである[4]。このc軸Josephsonプラズマにおいては、単位胞に2つブロック層を有する超伝導体においては、Josephsonプラズマの励起モードを2つもつということが理論的に予言されており、現在注目を集めている。これは、Multilayerモデルと呼ばれ、2つの縦プラズマに加えて新たに横プラズマの励起が存在するというものである[5]。このとき系全体の誘電関数は、準粒子によるダンピングの項を無視するとより、が得られる。ω1、ω2はそれぞれ縦プラズマに対応し、ω0は新たに現れた横プラズマに対応している。T*構造超伝導体は、岩塩構造と蛍石構造という2つのブロック層をもっており、高温超伝導体の興味深いc軸電荷ダイナミクスを研究するには最も適した系であるといえる。この系において、縦プラズマの存在は、sphere resonanceとよばれる多結晶を用いた透過測定法によって明らかにされた[6]が、横プラズマに関しては、まだ明らかにされていない。

 これらのことを検証するには、十分にバルクな超伝導を示す単結晶が必要不可欠である。本研究においては先ず、測定に十分耐えられ得る単結晶の作成を試みた。作成法としては、TSFZ法を用い、高酸素圧下(〜10atm)、低成長速度下(〜0.5mm/h)という条件において、SmLa1-xSrxCuO4-δ、Nd2-x-ySrxCeyCuO4-δという組成について大きな単結晶作成に成功した。得られた結晶は、多結晶試料の結果において従来知られていた通り、激しい酸素欠損のため超伝導を示さなかったが、HIPによる高酸素圧下(〜400atm)の処理によって、十分にバルクな超伝導試料を得ることが出来た。

 図1(a)は、SmLa1-xSrxCuO4-δ(x=0.15)の面内及び面間の電気抵抗率である。高温超伝導体の面内の電気抵抗率の高温部は、物質間に大きな差がないことが知られており、La2-xSrxCuO4と比べておおよその実効ホール濃度数を見積もると、nh〜0.13であり、酸素欠損量はδ〜0.01となる。一方、面間の電気抵抗率は、〜Ωcmのオーダーであり、これは、最も異方性が大きいことで知られるBi2Sr2CaCu2O8+δ系の面間の電気抵抗率の値に匹敵するほどの大きさである。図1(b)は、低温における面内の反射率である。Tc=25Kを境に、スペクトルは大きな変化を示す。Tc以下において、〜10cm-1に急峻なプラズマエッジが現れるのに加えて、高エネルギー側に反射率のbumpが現れる。これら2つのシグナルは、低温とともに高エネルギー側にシフトしていく。この反射率スペクトルを、KK変換することによって得られたものが図2である。図2(a)は、損失関数のスペクトルである。縦プラズマは損失関数のピークに対応し、6Kにおいては10cm-1と18cm-1にピークを持っている。縦プラズマを二つ持ち、高エネルギー側のピークが強くされているのはsphere resonanceの結果と定性的にコンシステントである。図2(b)は、光学伝導度を表したものである。横プラズマは光学伝導度のピークに対応し、6Kにおいては18cm-1にピークを持ち、高エネルギー側の縦プラズマとほとんど同じ位置である。図2(c)は誘電関数の実部であり、ゼロを横切る周波数が縦プラズマの周波数に一致し、6Kにおいては、10cm-1でのみゼロを横切っている。

 これらの結果を、先のMultilayerモデルで解析する。式(3)をω=0、ω=ω0のまわりで展開すると、が得られる。誘電関数の重みを、ブロック層の常伝導コンダクタンスの体積分率の比と考えると、La2-xSrxCuO4の面間電気抵抗率からρ2〜0.1Ωcmを仮定すると[7]、ρ1〜2ωcmとなり、これから、x1=0.9、x2=0.1が得られる。測定結果から、ω1=10cm-1、ω0=18cm-1とすると、式(4)からω2=17.3cm-1が得られ、これらを用いて振動子強度を求めると、理論値はS(0)=1900cm-2、S(ω0)=330cm-2が得られ、これは実験結果から得られたものと一致する。また、ω2〜ω0からS(0)〜ω21であり、磁場侵入長λc=1/2πω1からλc=38μmが得られる。この値は、λcとσcのユニバーサルな関係とコンシステントである[8]。蛍石構造の誘電関数の重みがx1〜0.9であり、この系においては、超伝導層、常伝導層ともに蛍石構造の絶縁性が、面間の電荷ダイナミクスを支配しており、このことが高エネルギー側の縦プラズマのダンピング及び縦プラズマω2と横プラズマω0の縮退の原因となっている。

 以上の結果をまとめると、T*構造超伝導体は、Multilayerモデルで予想されたように、二つの縦プラズマと一つの横プラズマを持つ。この結果は、テラヘルツ域における発光素子として、デバイスに応用できる可能性を持っており、その発光強度は式(6)で与えられる。本研究によって得られた数々の結果は、今後の高温超伝導体の研究に新たな風を起こすものと期待される。

参考文献

[1] J.-P. Locquet et al., Nature394, 453(1998).

[2] H. Sawa et al., Nature 337, 347 (1989).

[3] Y. Tokura et al., Phys. Rev. B40,2568(1989).

[4] K. Tamasaku, Y. Nakamura, and S. Uchida, Phys. Rev. Lett. 69, 1455 (1992); M. Tachiki, T. Koyama, and S. Takahashi, Phys. Rev. B50, 7065 (1994).

[5] D. van der Marel and A. Tsvetkov, Czech. J. Phys. 46, 3165 (1996).

[6] H. Shibata and T. Yamada, Phys. Rev. Lett. 81, 3519 (1998).

[7] Y. Nakamura and S. Uchida, Phys. Rev. B47, 8369 (1993).

[8] D. N. Basov et al., Phys. Rev. B50, 3511(1994); T. Motohashi et al., Phys. Rev. B61, 9269 (2000).

図1: SmLa1-xSrxCuO4-δ(x=0.15)の、(a)面内及び面間電気抵抗率。

(b)面間光学反射率。

図2: KK変換によるスペクトル。

(a)損失関数。(b)光学伝導度。(c)誘電関数の実部。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究の対象となったT*型動酸化物超伝導体は、正孔ドープ型のT-La2-xSrxCuO4と電子ドープ型T'-Nd2-xCexCuO4と並んで最も単純な結晶構造を有している。しかしながら、その物性面での研究は、1989年の発見以来、殆ど進展していない。その理由は、単結晶試料作製とドーピング制御が極めて困難であったからである。本研究では、T*型物質SmLa1-xSrxCuO4及びNd2-x-ySrxCeyCuO4の単結晶作製技術をTSFZ(溶媒移動浮遊帯域溶融)法を用いて確立させるとともに、高圧酸素アニールによりドーピング量を制御し、優れた超伝導特性を示す試料を作成することに成功した。これらの試料を用いて、サブミリ波、遠赤外波長領域、いわゆるテラヘルツ帯の超伝導光学応答を測定し、理論的に予想されていたジョセフソン・プラズマの横励起モードの存在を検証、解析した。

 本論文は、7つの章からなる。第1章では、序章として、本研究の動機として、T*型超伝導体研究がこれまで殆ど行われてこなかった背景、その実験場の困難さが述べられている。

 第2章は、研究の目的で、このT*型超伝導体を用いて何を研究しようとしたのか、特に、T*型構造の特徴である2種の異なったブロック層の存在が、特異な超伝導光学応答をもたらすと言う理論的予測について述べられている。T*型物質は積層方向(c軸方向)からみると2種のジョセフソン接合が交互に積層したジョセフソン超格子となっており、光と直接接合するジョセフソン・プラズマの横励起が存在すると予想されていた。この励起をT*型単結晶を用いて検証、直接観測をすることが本研究の主たる目的である。

 第3章は、本研究の一般的背景として、現在、高温超伝導物性研究において何が問題となっているか、そのTcの決定因子、ストライプ秩序、ジョセフソン・プラズマ、が概観されておりT*型物質の研究が、これらの問題の解決や研究の発展に、どのような寄与をなしうるかが述べられている。

 第4章は、T*型銅酸化物の単結晶成長法、アニール条件、そして遠赤外、サブミリ波領域での光学測定法を述べたものである。SmLaSrCuO, NdSrCeCuOそれぞれについて、その単結晶成長条件、T*が単相で成長する組成域と成長時における高圧酸素雰囲気の必要性が述べられており、T*型超伝導体研究の発展のために必要な単結晶作製法に関する重要な知見を提供している。

 第5章は、実験結果で、作製した試料の基本的な電気抵抗及び超伝導特性が示されている。電気抵抗率は、面内で金属的特性を示しており、面内とc軸方向とでかなり大きな異方性を有している。超伝導転移幅は狭く、磁化特性からも、結晶全体が優良な超伝導特性を示していることが明らかにされた。テラヘルツ帯のc軸偏光光学反射測定においては、超伝導応答の証しとなるジョセフソン・プラズマが観測され、本研究の最大の目標であった、T*型構造に特徴的な横励起モードの検証に成功している。

 第6章では、実験結果に基づき、横励起プラズマモードの周波数とその振動子強度を決定する因子が考察されている。電気抵抗率測定から判明した大きな異方性を反映して、ジョセフソン・プラズマモードはサブミリから遠赤外のテラヘルツ域に発生することが明らかにされた。一方、振動子強度は理論の予測よりもかなり小さく、その理由として、電荷が面間を跳び移るときに生ずる帯電効果の影響を指摘している。また、プラズマモードのドーピング依存性、物質間の差についても考察し、周波数、振動子強度の決定因子を推定している。

 第7章は、研究のまとめと研究を発展させてゆくための展望である。横励起ジョセフソン・プラズマが光と直接結合する励起であることから、テラヘルツ領域の光検知器あるいは発光素子としての応用面での可能性を指摘し、電子状態の考察から、T*型超伝導体のTcが低い理由すなわち未解明の超伝導抑制機構の存在を示唆している。

 以上を要するに、本論文ではT*型銅酸化物超伝導体の単結晶成長技術を確立し、アニール条件の最適化により優良な超伝導特性を示す試料作製法を明らかにした。これにより、横励起ジョセフソン・プラズマの存在を検証するとともに、高温超伝導の基礎・応用研究に強力な新しい材料を提供したもので、超伝導工学の進展に寄与するところ大であると判断される。

 よって本研究は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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