学位論文要旨



No 116774
著者(漢字) 加納,信吾
著者(英字)
著者(カナ) カノウ,シンゴ
標題(和) 産学連携のギャップ調整メカニズムに関する研究
標題(洋)
報告番号 116774
報告番号 甲16774
学位授与日 2002.03.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5107号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 軽部,征夫
 東京大学 教授 玉井,克哉
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 教授 ロバート,ケネラー
内容要旨 要旨を表示する

 90年代後半から、大学の研究成果の産業化や新産業創出という観点から産学連携に関する制度改革、法整備が進展しているが、産学連携を実施する際には大学側の研究成果の受け手となる企業の選択が極めて重要となる。産学連携を社会科学として研究する場合、日本では大学からのスピンオフ企業(研究成果を実用化するために新規に設立される企業)が少なかったことから、既に存在している企業との産学連携が主に研究されてきた経緯がある。1998年に大学等技術移転促進法が制定され技術移転事務所が設立されたことにより、産学連携の活発化が期待されているが、大学の研究成果の移転先として既存企業と新規に設立されるベンチャー企業のいづれに移転するべきかという問題は、大学研究者にとって極めて難しい選択となっている。

 本研究は、大学の研究成果の企業への技術移転を試みる場合に、何故ある場合には既存企業に対する技術移転が実施され、ある場合には実際されないかという問題意識から、産学間に発生するギャップの性質を分析し、またギャップが解消されるメカニズムを解析することを目的として実施したものである。

 産学連携には2つの側面が存在する。第一に産学連携は組織から組織への知識・技術の移転であるという側面であり、第二に産学連携はバーチャルには一貫した研究開発活動であり、ひとつの組織内で全ての研究開発活動を実施する場合と同様の研究開発マネジメント上の課題を内包しているという側面である。

 第一の側面である「組織から組織への知識の移転」という視点を出発点として、技術移転が成立するためには受け手側の外部技術に対する評価限界が存在し、一定レベル以上の評価能力がなければ技術移転が実施されない閾値の存在を仮定する。研究開発の完成度が上昇するにつれて閾値は低下していくが、この閾値の連続ラインを「技術移転有効フロンティア」として概念提起する。

 また、技術の出し手側である大学には研究の完成度に限界があることと技術移転有効フロンティアを組合せることにより、大学研究の技術移転が可能である研究テーマの分布範囲が導かれ、また範囲外にある研究テーマは産学連携が実施不能な「ギャップ状態」にあることが導かれる。企業が外部技術を取り込む際には一定以上の評価能力が必要であること=閾値の存在については、バイオベンチャー企業の特定のプロジェクトにおける提携成立の有無を事例に実証研究を行い、また研究開発の完成度が上昇するにつれて技術移転が成立する評価能力の閾値が低下することについては、ゲノムベンチャー企業のDNA配列データベースへのアクセス権を事例にその傾向を示した。

 第二の側面である「研究開発マネジメント上の課題」という視点からは、研究開発活動が基礎から応用へとシフトする段階におけるマネジメント機能に着目した分析上の概念ツールの開発を行った。基礎研究から応用研究への中間段階において、大学スピンオフ企業やコンソーシアムの既存研究を参考としつつも、組織形態によらず共通して要求されているマネジメント機能を6つの要素に分解して一般定義を行った。一般定義を行うことにより同一の研究テーマが大企業に技術移転される場合と、新規設立企業に技術移転される場合の比較研究を可能とする分析基準を整備した。

 上記の「技術移転有効フロンティア」と「マネジメント機能の6要素」という2つの分析ツールから、産学連携の分析枠組みを構築し、産学連携の事例研究及び産学連携の媒介形態分布に関する実証分析及び形態比較研究を実施した。

 まず、既存企業と大学との間に成立している産学連携の成立要因を分析するため、1社の製薬企業が日米の大学と実施した2つの事例をとりあげ、6つのマネジメント機能から解析し、産学連携が不成立となる場合との比較基準を準備した。次に技術移転の成立・不成立の要因分析のため、ゲノム分野における同じ研究コンセプの日本の大学と日本の製薬企業の産学連携不成立事例と米国のゲノムベンチャー企業の事例の比較研究を実施した。この結果から、ギャップ状態にある大学研究に対しては、ベンチャー企業設立のほうが研究成果の実用化において有利であることが示された。

 さらに、日本のバイオ分野における産学連携のブリッジ形態の分布に関する実証分析を行うとともに、各ブリッジ形態の成立条件を概念的に検討した。

 本研究は、「技術移転有効フロンティア」と「マネジメント機能の6要素」という2つの分析ツールから汎用性の高い産学連携の分析フレームワークを構築することにより、産学連携における選択肢を比較可能とする方法論及び大学から企業への技術移転先の選択指針を提示するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 大学の研究成果の産業化や新産業創出という観点から産学連携に関する制度改革、法整備が進展しているが、産学連携を実施する際には大学側の研究成果の受け手となる企業の選択が極めて重要となる。大学の研究成果の移転先として既存企業と新規に設立されるベンチャー企業のいづれに移転するべきかという問題は、大学研究者にとって極めて難しい選択となっている。本研究は、大学の研究成果の企業への技術移転を試みる場合に、何故ある場合には既存企業に対する技術移転が実施され、ある場合には実際されないかという問題意識から、産学間に発生するギャップの性質を分析し、またギャップが解消されるメカニズムを解析したものである。

 本論文は7章から構成されている。第1章では、問題提起と既存研究について述べられている。第2章では、「外部技術の評価問題」を一般的に解析するための方法論を開発している。技術移転は、技術の出し手と受け手の相互作用によって成立している。技術移転の受け手側の能力に着目し、技術移転が成立するためには受け手側に要求されている技術受容能力(=機会評価能力)に閾値が存在することを仮定し、閾値以上の能力を持つ受け手側企業のみが技術導入可能であるとことを仮定した。この仮定に基づいて、出し手側の技術の完成度の上昇に伴い閾値の低下が起こることを示す境界概念として「技術移転有効フロンティア」が想定可能となる。一方、大学研究の成果には完成度に一定の限界が存在している。出し手側技術の完成度〜受け手側の技術受容能力(=機会評価能力)の2軸上に大学技術をマッピングし、「技術移転有効フロンティア」と「大学研究の限界値」という2つの境界概念の組み合せから、既存企業と大学が産学連携が可能な領域と不可能な領域(ギャップ・フィールド)を定義することができる。このような問題の定式化により、既存企業と大学が産学連携が可能な領域と不可能な領域(ギャップ・フィールド)から、産学連携における3つのビジネスモデルとして、(1)大学〜既存企業、(2)大学〜スピンオフ企業〜既存企業、(3)大学〜スピンオフ企業を導出している。

 第3章においては、「マネジメントの連続性問題」を一般的に解析するための方法論を開発している。このために研究開発の発展段階区分と各段階におけるマネジメントの性質の違いに言及し、基礎から応用への変換を適切にマネジメントするための機能を分析している。産学連携を分析するために、研究開発のフェーズを3段階(独創、検証、実用化)に区分し、産学連携は、「独創フェーズ」と「実用化フェーズ」をつなぐ、「検証フェーズ」に位置づけられることを示している。そして、検証フェーズに大学の研究限界値は位置していることを示す。各フェーズにおけるマネジメント機能を検討し、検証フェーズにおいて必要とされるマネジメント機能を6つの機能(ネットワーク機能、評価機能、研究開発戦略立案機能、管理主体の編成機能、資源確保機能、法的支援機能)に分解できることを示している。「技術移転有効フロンティア」と「6つのマネジメント機能」を組み合せて、「産学連携のブリッジ形態」と「ブリッジの機能」という産学連携における形態と機能を分析するフレームを構築している。

 第4章においては、技術移転有効フロンティアが存在することを検証している。そのため、米国バイオベンチャーの2つの医薬品開発プロジェクト(リュウマチ治療、抗炎症剤)に対する対応について、28社の日本企業から回答を求めた。この回答結果を基にして、技術移転が成立したかどうかの判別分析を行い、判別境界を機会評価能力の閾値として捉えられることを示した。さらに、特定の技術移転案件(ゲノムベンチャー企業のDNA配列データベースへのアクセス権)の契約状況を米国の8社について時系列的に分析し、出し手の技術の完成度の上昇に伴い、閾値は単調に低下することを実証している。

 第5章においては、産学連携の分析フレームワークを用いて、バイオテクノロジー分野におけるの日米の産学連携のケーススタディを実施している。既存企業との産学連携分析では、同一の日本企業と日米大学との産学連携の2つのケースをとりあげ、既存企業との産学連携が成立する条件を検討すると同時に、日米の大学の違いを検証した。ベンチャー企業との産学連携分析では、同一の研究テーマ(ゲノム研究分野)における、日本の大学と大手企業の産学連携が不成立に終わった原因分析を行うと同時に、米国ベンチャー企業による事業化のケースを取り上げることにより、ギャップ概念にあてはまる研究テーマにおける資源コーディネーション機能の産学連携の選択肢における違いを検証した。この結果により、ギャップ状態にある大学研究に対しては、ベンチャー企業設立のほうが研究成果の実用化において有利であることを示した。

 第6章においては、バイオ産業での産学連携の媒介形態(既存企業、ベンチャー、コンソーシアム)の比率を企業数から測定し、産業レベルにおける資源コーディネーションを把握し、アウトプットとしての製品化の有無との相関関係を測定した。第7章では、産学連携の3つの選択肢である、既存企業、新規設立企業、コンソーシアムについて、各々の成立条件を分析フレームワークを用いて検討した。特に、同一の研究テーマに対して複数の選択肢が想定可能な状態を想定することにより、選択肢の優劣を概念的に検討した。第7章は、本研究全体の総括である。

 以上を要するに、本研究は、「技術移転有効フロンティア」と「マネジメント機能の6要素」という2つの分析ツールから汎用性の高い産学連携の分析フレームワークを構築することにより、産学連携における有効性と限界について論ずることに成功した。さらにこのフレームワークを用いて、産学連携の形態における選択肢を比較可能とすることを示した。この分析は、大学から企業への技術移転先の選択指針を提示するものである。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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