学位論文要旨



No 116777
著者(漢字) 魏,晶泫
著者(英字)
著者(カナ) ウイ,ジョンヒョン
標題(和) 新しい製品アーキテクチャを創造する既存企業の組織マネジメント : アーキテクチャ知識の抑制とコンポーネント知識の活用に向けて
標題(洋)
報告番号 116777
報告番号 甲16777
学位授与日 2002.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第151号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 新宅,純二郎
 東京大学 教授 片平,秀貴
 東京大学 教授 藤本,隆宏
 東京大学 教授 高橋,伸夫
 東京大学 助教授 粕谷,誠
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、新しい製品アーキテクチャを創造する既存企業の組織マネジメントを分析することが目的である。既存製品から技術と市場の面で新しいアーキテクチャを創造するためには、アーキテクチャ知識の抑制とコンポーネント知識の活用が重要である。本論文はアーキテクチャ知識の抑制とコンポーネント知識の活用が可能な開発組織のタイプとそのマネジメントを考察する。この分析課題のため、本論文ではラップトップとPDAという2つの製品を取り上げ、ラップトップの開発における東芝とNECを、PDAの開発におけるシャープとカシオを各々比較、分析してみた。

 本論文は、次のような内容で構成されている。

 第1章では上のような研究課題を提示した。第2章では、本論文の研究課題をより深く理解するために先行研究をサーベイした。先行研究は、非連続的な技術変化と組織の適応失敗に関する研究、既存組織のコーディネーションによる非連続的な技術変化への適応に関する研究、組織の分離による非連続的な技術変化への適応に関する研究に分類して、検討を行った。その後では、本論文の位置付けが模索された。

 第3章では、本論文で使われているコア概念とフレームワークが提示された。まず本論文の分析現象である、製品アーキテクチャという概念を整理した。製品アーキテクチャとは、ある製品を開発する際に想定される機能の束とその機能の束を実現するコンポーネントのデザインと配置である。製品アーキテクチャの変化とは、ドミナント・デザインが定着している既存製品に新しい機能とコンポーネントが結合することによって、機能とコンポーネントの対応関係が大幅に変化する現象である。このような製品アーキテクチャの変化が起きると、製品の機能的なパフォーマンスを中心に製品間競争が行われ、製品構造の頻繁な変更と多様な製品の出現が見られる。さらに、第3章では、本論文の分析対象であるパソコン・アーキテクチャの変化と携帯情報端末機アーキテクチャの変化が紹介された。

 第3章では、本論文のフレームワークが提示された。本論文では、企業組織の境界を越える組織分離ではなく、企業組織の中に留まりながら、開発主体を変更する方法を提示した。この方法は、既存製品の担当部門から離れている、他部門、または、新設した新しい部門に新しい製品開発を担当させる方法である。完全な組織分離を選択しないのは、企業組織の中に蓄積されているコンポーネント知識を有効に活用するためである。

 そのため、本論文では戦略的なアーキテクチャ選択と既存製品の競争ポジションという変数を取り上げて、その変数と開発組織のタイプとの適合性が検討された。既存製品の競争ポジションン(競争ポジションの高低)と戦略的なアーキテクチャの選択(アーキテクチャの断絶性の高低)を組み合わせて、4つの開発組織のタイプを提示した。タイプI(低い競争ポジションと低いアーキテクチャの断絶性)、タイプII(高い競争ポジションと低いアーキテクチャの断絶性)、タイプIII(高い競争ポジションと高いアーキテクチャの断絶性)、タイプIV(低い競争ポジションと高いアーキテクチャの断絶性)である。

 ここで、タイプIは既存部門の活用が、タイプIIIは、全社的なプロジェクトが適合すると思われた。ただし、以上の分類に従うと、先行研究が当てはまったタイプI(既存部門)とタイプIII(全社的なプロジェクト組織)以外にもタイプIIとIVが表れている。つまり、タイプIIとIVと適合性がある開発組織の研究は、まだ行われていない。タイプIIとIVの場合、既存部門でも、全社的なプロジェクト組織でもない開発組織の形態が存在する可能性がある。本論文は、タイプIIとタイプIVという新しい開発組織の可能性を含めた、4タイプの開発組織による製品アーキテクチャの創造を検討しようとした。

 第4章と第5章では、それぞれラップトップとPDAにおける既存企業のアーキテクチャ創造パフォーマンスを比較、分析した。第4章では、東芝とNECの開発組織のタイプを比較、分析した。東芝は、戦略的なアーキテクチャ選択で低い断絶性を選んで、既存製品の競争ポジションは低かったため、タイプIのような既存部門の活用がフィットすると思われた。実際に東芝では、既存部門である青梅工場がラップトップの開発主体になっていて、タイプIであった。東芝では、戦略的なアーキテクチャ選択と既存製品の競争ポジションという変数と開発組織のタイプの間で適合性があった。

 一方、NECは戦略的なアーキテクチャ選択で高い断絶性を選んで、既存製品の競争ポジションは高かった。しかし、NECでは、他部門が製品開発の主体になっていて、タイプIIIの開発組織のタイプとは適合性がなかった。戦略的なアーキテクチャ選択と既存製品の競争ポジションを考えれば、NECでは、全社的なプロジェクト組織を活用した方が望ましかった。ここで、NECはユーザーの反応によって戦略的なアーキテクチャ選択を変えて、アーキテクチャの高い断絶性から低い断絶性に製品戦略を転換した。それによって、ラップトップのドミナント・デザイン段階で市場の制覇に成功した。

 第5章では、PDAの分析が行われた。PDAはラップトップと異なり、アーキテクチャの断絶性が高い製品であった。本章では、電子手帳を抱えていながら、PDAの開発を行ったシャープとカシオを取り上げて分析を行った。シャープは、既存製品である電子手帳で成功を収めて、高い競争ポジションを占めていた。しかし、カシオは、電子手帳事業で相対的に低い競争ポジションを占めていた。シャープは、アーキテクチャの高い断絶性を選択した。シャープのPDAは、電子手帳とソフトウェアを共有しない独自のソフトウェア・ネットワークの構築を通じて、別の製品カテゴリーの構築を目指していた。一方、カシオでは2つの戦略的なアーキテクチャ選択が行われた。既存部門であるPC事業部は、アーキテクチャの低い断絶性を選択して、PDAを開発、発売した。全社的なプロジェクト組織に近い研究開発本部は、アーキテクチャの高い断絶性を選択してPDAを開発した。

 シャープは、戦略的なアーキテクチャ選択で断絶性を選んで、競争ポジションは高かったため、全社的なプロジェクト組織の活用がフィットすると思われた。実際にシャープでは、既存部門から離れた全社的なプロジェクト組織によってPDAの開発が行われた。シャープでは、戦略的なアーキテクチャ選択と競争ポジションという2つの変数と開発組織のタイプの間で適合性があった。一方、カシオ(PC事業部)は、戦略的なアーキテクチャ選択で低い断絶性を選んで、競争ポジションは低かったため、既存部門の活用(タイプI)が適合すると思われた。実際にカシオの初PDA「RX-10」は、既存部門であるPC事業部によって開発が行われた。カシオにおいても、戦略的なアーキテクチャ選択と競争ポジションという2つの変数と開発組織のタイプの間では適合性があった。しかし、ユーザーはアーキテクチャの高い断絶性を支持した。そこで、カシオは、開発組織のタイプを変更して、再びPDAの開発を行うようになった。カシオは、戦略的なアーキテクチャ選択で高い断絶性を選んで、全社的なプロジェクトによるPDA開発を試みたのである。このPDAがドミナント・デザインと同仕様のPDA「カシオペア」である。

 以上のような第4章と第5章の実証分析をまとめて、第6章では、2つの製品、4社のケースに対する総括分析が行われた。そこでは、次のような2点が分析された。

 第1に、既存製品の競争ポジションと戦略的なアーキテクチャ選択という変数と開発組織のタイプの間で適合性を維持しなければならないことである。アーキテクチャ知識の抑制とコンポーネント知識の活用を行うための開発組織の設置は、既存製品の競争ポジションと戦略的なアーキテクチャ選択を考慮する必要がある。そこで、既存部門、他部門、全社的なプロジェクト組織という3タイプの開発組織の活用条件とその可能性が示唆された。

 第2に、開発組織のタイプ及び、既存部門と開発組織との組織的な関係は、製品開発の段階と製品進化の段階によって異なるべきである。新しい製品アーキテクチャの創造は、新しい製品の開発段階とその製品の進化段階という2つの段階で構成される。そのため、新しい製品が市場に定着するまでは、製品開発とともに、ユーザーの要求を受け入れて製品アーキテクチャを再構成するプロセスが必要になる。このような製品進化の段階では、製品開発段階とは異なる開発組織のマネジメントが必要となる。場合によっては、開発組織と既存部門との連係を強める必要があるかもしれないし、場合によっては、開発主体を変更することもありうる。

 第7章では、本論文の分析結果から得られる学問的及び、実務的なインプリケーションが提示された。学問的なインプリケーションは、イノベーション論と経営戦略論に対するインプリケーションに整理できる。

 第1に、イノベーション論に対するインプリケーションである。先行研究は、非連続的な技術変化が起きると、既存組織はその変化への適応を妨げると主張する見解と組織コーディネーションによって既存組織は適応可能であるという見解に分かれていた。しかし、本論文は、既存企業が制約を与える側面と活用可能な側面という2つの側面を同時に持っていることを指摘した。その上で、新しい製品アーキテクチャを創造する開発組織のタイプは既存製品の競争ポジションと戦略的なアーキテクチャ選択との適合性が要求されるという点を明らかにした。

 第2に、経営戦略論におけるインプリケーションである。RBV(Resource-Based View)とコア・コンピタンス論は、競争企業の模倣が困難で、模倣しようとすると、相当なコストがかかる資源とコア能力の蓄積を強調している。しかし、コア・コンピタンスは、流動的で、様々な競争環境によって、その寿命と役割は変化してしまうため、企業は、自分が持っているコア・コンピタンスの探索と再構築に向けて絶えず努力しなければならない。本論文は、新しい製品アーキテクチャを創造する時に、既存製品のアーキテクチャ知識を抑制すべきことと、企業内のコンポーネント知識を活用すべきことを指摘した。つまり、コア・コンピタンスを再構築するためには、既存製品のアーキテクチャ知識を抑制した上で、多様なコンポーネントを結合しながら、新しいアーキテクチャ知識を形成しなければならないということである。

 実務的なインプリケーションは、既存製品の延長線上の製品ではない、新しいカテゴリーの製品と市場の開拓への示唆である。それは、新しいカテゴリーの製品を担当する開発組織の形態と既存部門と開発組織との関係設定、なお、新しい開発組織にどのような人的資源を吸収、活用するかに対する示唆である。

 今後の研究課題としては、次のような3点が取り上げられる。第1に、企業外部のコンポーネント知識を活用して、製品アーキテクチャを創造する可能性の分析である。第2に、新しい製品の出現からドミナント・デザインの確立、製品の成熟化に至る、製品アーキテクチャ変化の全プロセスに対する組織マネジメントの分析である。第3に、製品アーキテクチャ創造能力の国際比較、特にアメリカ企業との比較である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、特定の製品市場分野において製品アーキテクチャの変化に直面した既存企業が、新しい製品アーキテクチャの創造を推進していくことが可能になる組織のマネジメントについて分析したものである。製品アーキテクチャが変化する際には、顧客の変化によって製品機能の再定義が必要になり、またそれに応じてコンポーネント(構成部品)を再配置する技術面での変化が必要になる。そのようなとき、従来の製品アーキテクチャで成功した既存企業は、従来の顧客や設計思想にとらわれて失敗することが多い。この論文は、ラップトップとPDAという2つの製品分野における既存企業の分析を通じて、既存企業が制約を克服する組織マネジメントについて論じたものである。

 本論文の構成は次のようになっている。

 第1章 序論

 第2章 先行研究のサーベイ

 第3章 本論文のフレームワーク

 第4章 分析I:ラップトップにおける東芝とNECの比較分析

 第5章 分析II : PDAにおけるシャープとカシオの比較分析

 第6章 ラップトップとPDAのケース全体の総括分析

 第7章 終章

 なお第3章と第4章の一部は『組織科学』という評価の高いレフェリー付き学会誌に掲載されたものであり、完成度の高い研究としての評価を得ている。

各章の内容の要約・紹介

 各章の内容を要約・紹介すると次のようになる。

 まず第1章では、新しい製品アーキテクチャを創造する開発組織のタイプとそのマネジメントを模索するという研究課題が提示されている。既存企業が製品アーキテクチャを創造するためには、従来の製品アーキテクチャを通じて蓄積したアーキテクチャ知識を抑制することと、コンポーネント知識を活用することが重要な条件になるという点が指摘されている。

 第2章は、上記の研究課題をより深く理解し、本研究の位置付けを明確にするための既存研究のサーベイである。魏氏は、関連した既存研究を、非連続的な技術変化と組織の適応失敗に関する研究、既存組織のコーディネーションによる非連続的な技術変化への適応に関する研究、組織の分離による非連続的な技術変化への適応に関する研究に分類してサーベイを進めている。その結果、既存研究の結論からは、部門間における非公式的なコミュニケーションの維持などによって既存部門を再編成すること、既存部門と切り離された自律性の強い社内ベンチャーのなどの新しい組織単位の設立という、2つの組織マネジメントの方向が示唆されていることが示されている。しかし、前者の場合には、既存組織のアーキテクチャ知識に制約されやすく、後者の場合には、既存組織の資源を有効に使えないという問題ある。そのうえで、既存組織の制約を克服すると同時に、既存組織を有効に活用する方法を模索するという本論文の位置付けが明確にされている。

 第3章では、本論文で中心となる概念とフレームワークが提示されている。まず、製品アーキテクチャの変化とは、ドミナント・デザインが定着している製品分野で、新しい機能とコンポーネントが結合することによって、機能とコンポーネントの対応関係が大幅に変化する現象であると規定し、パソコンと情報端末機におけるアーキテクチャの変化を具体的に説明している。そのうえで、従来の製品アーキテクチャにおける市場地位と新しいアーキテクチャの断絶性についての戦略的な選択という2要因と開発組織の適合という本論文のフレームワークが提示された。従来の市場地位の高低と、アーキテクチャの断絶性の高低によって、タイプI(低い市場地位と低いアーキテクチャの断絶性)では既存部門の活用、タイプIII(高い市場地位と高いアーキテクチャの断絶性)では全社的なプロジェクトが適合することが既存研究からわかる。しかし、タイプII(高い市場地位と低いアーキテクチャの断絶性)とタイプIV(高い市場地位と高いアーキテクチャの断絶性)については研究がなく、4章以降の実証研究で焦点を当てるべき領域であるとされている。

 第4章と第5章は、ケース分析に基づいた実証研究の部分であり、2つの製品分野でそれぞれ市場地位の異なる2企業、計4企業についての戦略と組織について分析している。第4章では、パソコンにおけるデスクトップからラップトップへの製品アーキテクチャの変化をとりあげ、デスクトップにおいて市場地位の高かったNECと市場地位が低かった東芝を分析対象にしている。次の第5章では、携帯情報端末における電子手帳からPDAへの製品アーキテクチャの変化を取り上げ、電子手帳において市場地位の高かったシャープと市場地位が低かったカシオを分析対象にしている。

 第6章で、前2章の2つの製品分野、4社のケース分析をふまえた総括分析によって、次のような2点が主要な結論として指摘されている。第1に、既存製品の市場地位と戦略的なアーキテクチャ選択という変数と開発組織のタイプの間で適合性を維持しなければならない。既存企業は、従来の市場地位と戦略的なアーキテクチャ選択を考慮したうえで、既存部門、他部門、全社的なプロジェクト組織という3タイプの開発組織を選択することによって、アーキテクチャ知識の抑制とコンポーネント知識の活用が可能になる。第2に、開発組織のタイプ及び、既存部門と開発組織との組織的な関係は、新しい製品アーキテクチャの進化段階によって異なる。その理由は、ある企業が選択したアーキテクチャが市場で定着するとは限らないからである。初期の選択を誤った企業は、自社の製品アーキテクチャを再構成すると同時に組織を再編成する必要がある。

 第7章では、本論文の分析結果から得られるイノベーション論と経営戦略論に対するインプリケーション及び、実務的なインプリケーションが提示され、今後の研究課題について言及されている。

論文の評価

 本論文がとりあげたテーマは、イノベーションに対応する企業の問題として、多くの研究者が取り組んできたものである。既存の大企業やリーダー企業が、その業界のイノベーションにおいて、ある場合には成功し、ある場合には失敗する理由は何かという問題について、当初は技術的な断絶性で説明しようというアプローチがあった。しかし、その後の研究の発展によって、断絶性の高い技術変化であっても既存企業が成功し、逆に断絶性の低い技術変化であるにもかかわらず既存企業が失敗するということが示された(Henderson and Clark 1990など)。そこで鍵となる説明概念として登場したのが、本論文でも使用されている製品アーキテクチャである。製品アーキテクチャが変化するときに、既存企業は、組織慣性や顧客からの圧力によって失敗することが多いという説明がなされてきた。そのような従来のアメリカでの研究は、とくにその実証的な部分については、既存企業の失敗のケースに依存している場合が多かった。そのため、既存の大企業に対して、そのような状況を克服するための処方箋として示されるものは、既存の大企業の成功例からではなく、大多数の失敗例から導かれたものであった。Christensen (1997)はその典型的なものである。

 しかし、従来の研究がとりあげた製品分野でも、日本では同様の製品アーキテクチャの変化に適応したり、むしろリードした大企業が存在する例が見られる。つまり、ケース研究という同様のアプローチをとっても、成功例、失敗例を交えた実証研究から既存の大企業についての示唆を導くことが可能である。本論文は、そのようなアプローチをとったこの種の研究として、先駆的なもののひとつであろう。すなわち、2つの製品分野において、成功した既存企業と少なくとも一時的には失敗した企業をとりあげて、比較分析を行ない、そこから結論を導くというアプローチをとっていることは高く評価することができる。

 また、この種の研究においては、個別の製品開発や市場に登場した新製品の系列とその市場成果については詳細に調査されているが、開発組織やその時系列的な変化についての記述はほとんど見られない研究が多い。本論文では、4社の事例について、5年程度の期間にわたって、社内のどの部門(プロジェクト)でどのような開発が行われ、その際にエンジニアがどの部門から移動したかについて、詳細なヒアリング調査が実施されている。本論文が焦点とした既存企業の組織のマネジメントという課題を浮き彫りにするために、貴重な情報源になっている。このような調査は、巻末に示されているように、多数の関係者に対する長時間のヒアリング調査によってはじめて明らかになるものであり、筆者の粘り強い調査が本論文の説得力を高めているのであろう。

 また、補足的ではあるが、製品アーキテクチャについて、製品ごとにそのアーキテクチャを描いた研究はあるが、同一製品分野におけるアーキテクチャの変化を具体的に描いたものはほとんどない。そのために、製品アーキテクチャの変化をとりあげた研究でも、意外にその変化自体は詳細に示されていない。本論文の第3章のように、研究対象であるパソコンと携帯情報端末について、そのアーキテクチャの変化を具体的に記述し、図示していることは稀である。この点も、本論文の貢献として評価に加えることができる。

 もちろん、この論文にも問題点は残されている。第一に、ケース分析から一般的な結論への結びつけの問題である。本研究では、適応すべき4つのタイプを設定して実証分析に入っているが、各製品分野で4つのタイプが観察されているわけではない。異なる状況にある2つの製品分野の4企業を合わせて始めて4つのタイプを満たすようになっている。そのため、4タイプに適合した開発組織のタイプを導いているが、その一般性については疑問の余地が残されている。各製品分野で4つのタイプが観察される事例を探すのは容易ではないが、そのような事例が取り上げられていれば、本論文の説得力もより高まったであろう。第二に、ここでとりあげた製品アーキテクチャの変化は、モジュラー型のアーキテクチャからインテグラル型のアーキテクチャへの変化だけにとどまっている。しかし、インテグラル型のアーキテクチャからモジュラー型のアーキテクチャへの変化、またモジュラー型のアーキテクチャから別のモジュラー型のアーキテクチャへの変化もありうる。すなわち、この論文での結論は、変化した新しいアーキテクチャがインテグラル型である場合に限られたものかもしれない。しかし、以上のような問題は、今後この種の研究を進める上で解決すべき課題であり、本論文にとって致命的な問題ではないと考えられる。

 以上により、審査委員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位授与に値するものであると判断した。

 審査委員(主査)新宅 純二郎

 片平 秀貴

 藤本 隆宏

 高橋 伸夫

 粕谷 誠

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