学位論文要旨



No 116778
著者(漢字) 安森,美帆
著者(英字)
著者(カナ) ヤスモリ,ミホ
標題(和) シロイヌナズナ高ホウ素要求性変異株bor1−2の単離と原因遺伝子の同定
標題(洋)
報告番号 116778
報告番号 甲16778
学位授与日 2002.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2343号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 助教授 林,浩昭
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 高等植物にとってホウ素は必須元素である。珪藻や一部の鞭毛藻類にも必須性が示されているが,細菌、菌類、緑藻類、ほ乳動物では必須性がこれまでには証明されていない。ホウ素の欠乏や過剰はありふれた微量元素障害として世界の様々な地域で農業作物に被害を与えており、主な症状としてはセロリーの茎割れ、大根の芯腐れ、ミカンのコルク化などが挙げられる(Marschner 1995)。このような障害を避ける目的で植物におけるホウ素の生理機能について研究がなされてきている(Loomis and Drust, 1992)。これらの研究のほとんどは欠乏や過剰の症状を示す植物の解析に基づくもので,ホウ素の直接の生理作用についての知見は数年前まで知られていなかった。1990年代中ごろから,低ホウ素条件で育てた植物においては,ホウ素は細胞壁に局在し,細胞壁多糖の一つであるラムノガラクツロナンIIと結合し,その2分子を架橋することが,日本やアメリカのグループによって示された(Kobayashi et al. 1996, Ishii and Matsunaga 1996; O'Neill et al. 1996)。これらの研究から,細胞壁のペクチンの架橋による細胞壁の構造維持がホウ素の機能の一つであると考えられている。一方で,ホウ酸は細胞膜と作用し透過性を変化させることも知られており,ホウ素には他の生理機能があることも十分考えられる。

 ホウ素の植物による吸収は,これまで長く受動拡散によるものと考えられてきた(Marschner 1995)。ホウ酸は中性水溶液中で電荷をもっておらず,膜透過係数が高いこと(Loomis and Drust, 1992)が,受動拡散による吸収の根拠と考えられてきた。最近では脂質組成を変化させることで,ホウ酸の受動拡散による吸収の速度が変化し,植物における吸収速度と相関が見られることが示されている(Dordas and Brown, 2001)。その一方で,ヒマワリを用いた実験によると,低ホウ素濃度条件下ではホウ酸の吸収速度は培地中のホウ素濃度に比例せず,低濃度条件下での速度が相対的に高いことがしめされ(Dannel et al., 2000),ホウ素が積極的に吸収されていることが示唆されている。しかしながら,上記のホウ素の生理作用や吸収移行に直結する遺伝子は単離されていない。

 植物栄養・肥料学研究室ではこれまでシロイヌナズナ高ホウ素要求性変異株bor1-1を用いてホウ素の機能に関する研究を進めてきた。この変異株については,1)野生型株が正常に生育する3μMホウ酸濃度(以下Bと略)では生長が著しく抑制される、2)30μMBでは成長が回復するが雌性不稔になる、3)100μMB以上のホウ素を与えると野生株と同様に正常に生育する,4)地上部のホウ素含量が低い,という特徴がある(Noguchi et al., 1997)。また11Bを用いたトレーサー実験によってホウ素の吸収移行を調べたところ地上部への移行が抑制されていた(Noguchi et al., 2000)ことからbor1-1はホウ素の根から地上部への移行に障害があると考えられている。また葉の部位別の吸収実験によると、野生型株では若い葉に優先的にホウ素が取り込まれたがbor1-1ではその傾向が見られなかった(Takano et al., 2001)ことから,BOR1遺伝子が若い部位に優先的にホウ素を取り込む過程に関与していると考えられている。

 本研究では、ホウ素の機能や吸収機構の解明のために、分子遺伝学的手法を用いることとした。まず,高濃度のホウ素要求性を示す変異株の単離を行ない,bor1-1とallelicなbor1-2変異株を単離し,生理解析を行った。さらにこれらの変異株を用いてBOR1遺伝子のマッピングを行い,bor1-2変異株における変異の同定を行った。

新規高ホウ素要求性変異株の単離

 シロイヌナズナの野生型株は3μMBでは見掛け上欠乏症がおこらないが、ホウ素の利用効率が落ちていたり,吸収効率の低下した植物は欠乏症を起こし不稔になる可能性が考えられる。この性質を利用してホウ素欠乏条件で不稔となり、ホウ素が充足されると稔性が回復するような変異株をスクリーニングした。この方法を用いることで,単に生育障害を起こした変異株と,ホウ素に特異的な異常を示す変異株を区別することができると考えた。

 EMS(Ethyl methanesulfonate)によって突然変異を誘起させたM2種子2万粒を播種し3μMBの水耕液で4週間程度栽培した。花が咲き結実した植物は、欠乏症が現れてない野生型の表現型を持っているものと考えて取り除いた。欠乏症を示す植物に、300μMBの水耕液を与えて成育させた。この処理によって不稔が回復して結実した333個体の植物から個々に種子を採取した。一次スクリーニングで残った333株由来の種子を、各16粒ずつロックウールに播き、同様の方法でスクリーニングを行ったところ23系統が残った。

 さらに,二次スクリーニングで残った23系統を3,30,150μMBで栽培し各区における生育の違いを観察したところ3μMBでは著しく矮性となり、30μMBでは花が咲くが不稔となり、150μMBでは結実する系統が一株得られた。

 この植物を野生型株と掛け合わせたところ、F1世代では全て野生型の表現型を示し、F2世代では野生型と変異型が3 : 1の比で現れた。この結果から,この変異株の表現型は一遺伝子におこった劣性変異によるものと判断した。

 次にallelismを調べる目的で,bor1-1と交配させたところF1世代及びF2世代では表現型の回復がみられなかった。このことからここで得られた新規な変異株はbor1-1とアレリックな変異をもつと判断し,bor1-2と名付けた。

 次ぎにbor1-2変異株をbor1-1変異株及び野生型株と共に、ホウ素欠乏から過剰条件にあたる0〜3000μMBまでの数段階(0,0.3,1,3,10,20,30,100,300,1000,3000)のホウ素濃度区で水耕栽培し,30日目に地上部の成長量と地上部ホウ素濃度を測定した。その結果、成長量は3μM以下の低ホウ素濃度区においてbor1-2変異株はbor1-1変異株と同様に野生型株より有意に低かった。全てのホウ素濃度区においてbor1-2変異株とbor1-1変異株の間で成長量に有意な差はなかった。また,植物体中のホウ素濃度に関してもbor1-2変異株はbor1-1変異株と同じく,野生型株よりも低い傾向がみられた。このことからホウ素栄養に対してbor1-2はbor1-1と同じ性質を示すものと考えられた。

 これらの成果をYasumori et al., 1999に発表した。

原因遺伝子の同定

 次にbor1-2変異の同定を行なった。そのためにまず,bor1 locusの詳細なマッピングを行った。

 bor1-1(Col-0バックグランド)をLerと交配した。雑種第二世代(F2)からDNAを抽出し約50個体について、シロイヌナズナの5対の染色体においてそれぞれ2つのマーカーで連鎖を調べた。その結果BOR1は第二染色体下腕上にあることが判明した。次にF2でbor1-1表現型を示す植物約100個体を選びDNAを抽出し、第二染色体上にあるSSLP(Simple Sequence Length Polymorphism)及びCAPS(Cleaved Amplified Polymorphic Sequence)マーカーを用いて変異遺伝子とマーカーとの連鎖を調べたところBOR1遺伝子は第二染色体の下方、RI map (Lister and Dean, 1993)で約82cM付近にあることが推定された。

 さらに詳細なマッピングのために,F2約800個体から、BOR1遺伝子近傍に組換えのある個体を選抜し、得られた組換え体についてさらに遺伝子近傍のマーカーで組換え点を調べた。その結果約155Kbの範囲に特定することができた。この後,本研究室の高野らの作成したマーカーを用いた解析によって,BOR1を約15Kbの範囲に特定した。この領域の全長の塩基配列決定をbor1-2変異株について行なったところ,T3D7上のORFに一塩基の置換を発見した。このORF内にはbor1-1変異株においても異なる位置に塩基置換変異がみつかったことから,このORFをBOR1遺伝子と同定した。BOR1遺伝子はanion exchange proteinと相同性を示す膜蛋白質であった。bor1-1, bor1-2変異はともに二つ目に膜貫通領域と予想される領域に存在していた。さらに,変異が実際にエキソン上にあることを確認する目的で,bor1-1, bor1-2変異株からのcDNAのクローニングをRT-PCR法を用いて行い,塩基配列決定を行ったところ,ゲノム上の変異と同じ位置に同じ変異がcDNAでも見つかった。これによって,変異がエキソンに存在することを実証した。

まとめ

 本研究によって,生物界ではじめてのホウ素輸送体蛋白質の同定に成功した。植物におけるホウ素の吸収移行の分子レベルでの理解に道を開いた。

参考文献

YASUMORI M, NOGUCHI K, CHINO M, HAYASHI H, NAITO S and FUJIWARA T : Isolation and physiological analysis of a novel Arabidopsis thaliana mutant that requires a high level of boron. in Plant Nutrition : Molecular Biology and Genetics, Gissel-Nielsen and Jensen eds, Kluwer academic publishers b. v. pp269-275

審査要旨 要旨を表示する

 高等植物にとってホウ素(B)は必須元素である。Bの欠乏や過剰は微量元素障害として世界の様々な地域で農業作物に被害を与えており、主な症状としてはセロリーの茎割れ、大根の芯腐れ、ミカンのコルク化などが挙げられる。Bの生理作用について1990年代中ごろから研究が進み、Bは細胞壁に局在し、細胞壁多糖の一つであるラムノガラクツロナンIIと結合し、その2分子を架橋することが明らかにされた。Bの植物による吸収は、これまで長く受動拡散によるものと考えられてきた。しかし最近、ヒマワリを用いた実験で、低B濃度の培地条件下では、Bが積極的に吸収されていることが示唆された。植物栄養・肥料学研究室ではこれまでシロイヌナズナ高B要求性変異株bor1-1を用いてBの機能に関する研究を進めてきた。この変異株bor1-1は、野生型株が正常に生育する3μMBでは生長が著しく抑制され、100μM以上のBを与えると野生型株と同様に正常に生育する。bor1-1はBの根から地上部への移行に障害があると考えられた。本研究では、Bの機能や吸収機構の解明のために、分子遺伝学的手法を用いた。まず、高B要求性を示す変異株の単離を行い、bor1-1とアレリックなbor1-2変異株を単離し、生理解析を行った。さらにこれらの変異株を用いてBOR1遺伝子のマッピングを行い、bor1-2変異株における変異の同定を行った。

 序文では、本研究の背景、意義、目的について概説している。

 第一章では新規高ホウ素(B)要求性変異株の単離について述べている。シロイヌナズナの野生型株は3μMBでは見掛け上欠乏症がおこらないが、Bの利用効率が落ちていたり、吸収効率の低下した植物は欠乏症を起こし不稔になる可能性が考えられる。この性質を利用して変異株をスクリーニングした。Ethyl methanesulfonate (EMS)によって突然変異を誘起させたCol-0のM2種子2万粒を播種し3μMBの水耕液で4週間栽培した。花が咲き結実した植物は取り除き、欠乏症を示す植物に、300μMBの水耕液を与えて成育させた。この処理によって結実した333個体から種子を採取した。同様の方法で二次スクリーニングを行ったところ23系統が残り、さらに,三次スクリーニングで3μMBでは著しく矮性となり、30μMBでは花が咲くが不稔となり、150μMBでは結実する系統が一株得られた。この植物を野生型株と掛け合わせたところ、F1世代では全て野生型の表現型を示し、F2世代では野生型と変異型が3 : 1の比で現れた。この結果から、この変異株の表現型は一遺伝子におこった劣性変異によるものと判断した。次にアレリズムを調べる目的で、bor1-1と交配させたところF1世代及びF2世代では表現型の回復がみられなかった。このことからここで得られた新規な変異株はbor1-1とアレリックな変異をもつと判断し、bor1-2と名付けた。

 次にbor1-2変異株、bor1-1変異株、野生型株を0〜3000μMBまでの数段階で水耕栽培し、30日目に地上部の成長量と地上部B濃度を測定した。その結果、成長量は3μM以下の低B濃度区においてbor1-2変異株はbor1-1変異株と同様に野生型株より有意に低かったが、bor1-2変異株とbor1-1変異株の間で差はなかった。また、植物体中のB濃度もbor1-2変異株はbor1-1変異株と同じく、野生型株よりも低い傾向がみられた。

 第二章では原因遺伝子の同定について述べている。bor1-2変異の同定を行なうためにまず、bor1 locusの詳細なマッピングを行った。bor1-1(Col-0バックグランド)をLerと交配し、雑種第二世代F2からDNAを抽出し約50個体について、シロイヌナズナの5対の染色体においてそれぞれ2つのマーカーで連鎖を調べた。その結果BOR1は第2染色体下腕上にあることが判明した。次にF2でbor1-1表現型を示す植物約100個体を選びDNAを抽出し、第2染色体上にあるSimple Sequence Length Polymorphism(SSLP)及びCleaved Amplified Polymorphic Sequence (CAPS)マーカーを用いて変異遺伝子とマーカーとの連鎖を調べたところBOR1遺伝子は第2染色体の下方、RI map(Lister and Dean 1993)で約82 cM付近にあることが推定された。さらに詳細なマッピングのために、F2約800個体から、BOR1遺伝子近傍に組換えのある個体を選抜し、得られた組換え体についてさらに遺伝子近傍のマーカーで組換え点を調べたところ、BOR1を約155kbの範囲に特定することができた。この後、本研究室の高野らの作成したマーカーを用いた解析によって、BOR1を約15kbの範囲に特定した。この領域の全長の塩基配列決定をbor1-2変異株について行なったところ、T3D7上のopen reading frame (ORF)に一塩基の置換を発見した。このORF内にはbor1-1変異株においても異なる位置に塩基置換変異がみつかったことから、このORFをBOR1遺伝子と同定した。BOR1遺伝子はanion exchange proteinと相同性を示す膜蛋白質であった。bor1-1、bor1-2変異はともに二つ目の膜貫通領域と予想される領域に存在していた。

 総合考察では成果をまとめ、成果の意義と今後の研究の展開について考察した。

 以上本論文は、生物界ではじめてのホウ素輸送体蛋白質の同定について述べたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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