学位論文要旨



No 116788
著者(漢字) 藤田,英樹
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ヒデキ
標題(和) 「誇り」「見通し」と動機づけ
標題(洋)
報告番号 116788
報告番号 甲16788
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第154号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,伸夫
 東京大学 教授 森,健資
 東京大学 教授 藤本,隆宏
 東京大学 助教授 新宅,純二郎
 東京大学 助教授 阿部,誠
内容要旨 要旨を表示する

 この論文では、既存研究でほとんど注目されることのなかった「誇り」の概念を明示的に動機づけモデルに組み込み、実証分析を積み重ねることで、従業員の仕事に対するやる気を引き出すメカニズムを「誇り」の概念を中心に構築する。

 ここでいう「誇り」とは、従業員が自分の就いている仕事や勤めている会社に対して抱く誇りの気持ちのことである。そもそも「誇り」に注目するようになったきっかけは、1995年の東証一部上場のゼネコン、T建設におけるインタビュー調査と質問票調査(CC&C95T建設調査)に遡る。企業広告が従業員に及ぼす影響についての調査の中で、「我々は地図に残るような仕事をしていることに誇りを持っている」というインタビュー調査の反応を受けて、比較的気楽に「やる気」「満足」と同種の項目として「誇り」も調査項目に加えて質問票を作成し、従業員調査を行ってみた。すると意外なことに、「誇り」は「やる気」「満足」とは異なる反応パターンを示し、調査データはむしろ異種の項目であることを示していた。

 そこで翌年に実施されたIT96調査とIMS96調査で、「誇り」と他の質問項目との関係について、さらに総当り的に調べてみたところ、生きがいを感じているかどうか、あるいは、仕事に積極的に取り組んでいるかどうか、といった項目が、「誇り」との間で強い線形の関係を示すことも見出されたのである。それを受けたIT96調査対象企業へのインタビュー調査では、「(自分の仕事に)誇りも持てないようではやる気になれない」との発言まであった。これまで既存研究ではほとんど明示的に採り上げられてこなかった「誇り」が、企業の現場レベルでは、ごくあたりまえの動機づけ要因として考えられていて、しかも「やる気」や「満足」とは別個のものとして言及されていることが次第に明らかになってきたのである。

 それでは、なぜ「誇り」の概念は既存研究で明示的に取り上げられてこなかったのであろうか。実は、第2章で概観するように、既存研究においては、「誇り」は自尊感情という自分自身に対する誇りの概念の中に混じったままで扱われてしまっていたのである。確かに、「誇り」も自尊感情と同様に人間の認知的活動において形成される情緒的状態である。しかし、こうした情緒的状態を動機づけ要因として取り扱う内発的動機づけの理論をフレームワークとして考えれば、「誇り」は外在的要因の情報的側面(Deci,1975)としても位置づけることができるはずである。つまり「誇り」を明示的に組み込むことで、外発的動機づけのモデルと内発的動機づけのモデルを統合した枠組みを構築できる可能性がある。ただし、そうした統合モデルはどうしても複雑になってしまうという欠点があるが、そのことについても、補論1で紹介しているような共分散構造分析が、最近のコンピュータの発展とともに実用レベルに達していることから、モデルの複雑さも分析上はある程度克服可能になってきている。

 そこで、第3章では、実際に質問票調査が行われる。まず最初の作業として、既存研究で言及されてきたいわゆる誇りや自尊感情との相違を明らかにしつつ、この研究で扱う「誇り」の概念の定義を行う。その上で、Deci(1975)の内発的動機づけの枠組みに「誇り」を構成概念として導入した分析を行った結果、

(1) 内発的動機づけの理論が主張しているように、自己決定の感覚は動機づけ要因として有効である

(2) 自己決定によって動機づけられない場合には「誇り」が動機づけ要因として有効である

(3) 「誇り」は外在的要因の情報的側面として機能し、自己決定の感覚に対しても影響を及ぼす

ということがわかった。これらの結果は、「誇り」が従業員の動機づけの根底に存在する重要な感覚であることを示唆している。

 さらに、こうした誇り動機づけの因果モデルを、企業ごとにも構築してみると面白いことがわかった。企業によって「誇り」が動機づけ要因として有効であったり、有効でなかったりするという不安定性が観察されたのである。その原因を試行錯誤の中で探るうちに、今回の調査対象企業には、日本企業としては珍しく、離職率が高いことで知られる業界に属するものが含まれていることに気がついた。そして、Abegglenの言うような「終身コミットメント」のレベルの違いで、「誇り」が動機づけ要因となったりならなかったりするのではないだろうかと考えたのである。なぜなら、「誇り」とは、自分の仕事や会社の社会的な価値や評価をもとに形成される感覚だからである。そもそも今後もこの会社で仕事を続けていくという前提が成立しなければ、これらの情報が「誇り」につながることはないであろう。

 ここで「終身コミットメント(lifetime commitment)」とは、Abegglen(1958)が米国の工場との決定的な違いとして、日本で見られる特徴として指摘したもので、日本の工場では、雇い主は従業員の解雇や一時解雇をしようとしないし、また従業員も辞めようとしないということを指していた。ただし、試行錯誤の中で、この研究で見出された指標は、高橋(1997)が「見通し」として定義したものと、質問項目上かなり重なっている。そこで、この論文では、仕事・会社に対する「見通しF」として定義することにした。この指標を用いれば、以上のような考察は次のような仮説にまとめられる。すなわち「見通しF」が立てば、「誇り」を通じた動機づけの維持が可能になるが、逆に「見通しF」が立たなければ、「誇り」の形成は阻害される。

 そこで第4章では、誇り動機づけモデルに、さらに「見通しF」を構成概念として導入して分析を行ってみた。その結果は予想どおりで、「見通しF」は「誇り」を強く規定しており、「見通しF」が高い場合には「誇り」が動機づけのレベルに大きな影響力を持つことがわかった。さらに注目すべきは、「見通しF」と「誇り」のあいだのこうした因果関係(の強さ)が、企業間でほとんど差がなく安定的な構造を示していたという事実である。

 このことはもう1つの可能性を示唆している。それは、こうした動機づけの構造が、国民文化や企業文化とも密接に結びついているという可能性である。実は「見通しF」の着想のもとになっている「終身コミットメント」は、多国籍企業の文化的側面の比較研究において、きわめて重要な要因であることが明らかになってきているのである。そこで第5章では、多国籍企業の文化的側面に着目した先駆け的な研究であるHofstede(1980)で提示された国民文化の4指標を利用して、JPC98調査が実施されたのとほぼ同時期の日本企業の調査データをもとにして実証分析を行った。そして、Hofstedeの4指標のうち不確実性回避指標を用いた分析から、日本国内の大企業では、「終身コミットメント」が戦後50年以上を経た現在でも日本的な特徴として存在していることが明らかにされる。ただし、Hofstedeの他の3つの指標では、企業の組織文化的特徴をなんら識別することができなかった。補論2でも述べるように、指標の作成に因子分析を用いたという個人主義指標と男性らしさ指標については、因子分析の不安定さからデータセットが異なると同様の因子が抽出されることはまれで、測定尺度の作成法として因子負荷量や因子得点を利用することには疑問の余地がある。

 以上のような議論をふまえて、この研究が提示する誇り動機づけ理論の貢献について整理しておこう。まず、内発的動機づけの理論で提唱されている自己決定の感覚は説明力が高いのだが、その自己決定の感覚でも動機づけが説明されないような場合でも、自分の仕事や会社に対する「誇り」を導入すると、従業員の動機づけを説明できることが明らかになった。これは、評価や認知度といったいわば言語報酬が、外在的要因であるにもかかわらず「誇り」の認知プロセスに取り込まれることによって、従業員を内発的に動機づけられた行動に駆り立てるためだと考えられる。実際、「誇り」は自己決定の感覚に対しても有意に影響を及ぼしており、内発的動機づけの枠組みに「誇り」という概念を導入することで、外在的要因が動機づけに及ぼす影響についても分析できるような、より一般性の高い動機づけモデルへと拡張されたことになる。

 さらに、このような「誇り」を経由した動機づけは、「終身コミットメント」にも通ずる指標「見通しF」との関係の上に成立しうるということが明らかになった。すなわち、「見通しF」が高くなければ、仕事や会社の価値や社会的評価は「誇り」につながらず、「誇り」の認知プロセスは活性化されない。つまり「誇り」自体が形成されないと考えられるのである。また、「見通しF」が「誇り」を規定するという構造は、ある程度、日本企業に共通する特徴であることもわかった。そして、JPC98調査が実施された1998年時点の日本企業には「終身コミットメント」がまだ存在し、動機づけの基盤を提供していた可能性がある。実際、JPC98調査の対象企業以外でも、米国企業の日本現地法人まで含めて日本国内の大企業には、一貫して「終身コミットメント」の存在が確認された。

 この研究は、管理者やトップ・マネジメントに対して、新しい動機づけ施策の存在を示唆している。それは、「見通しF」を高く導くような経営施策やビジョンを選択することで、従業員の「誇り」の認知プロセスを活性化し、「誇り」を通じた動機づけの基盤を作り上げていくということである。「見通しF」が高く維持されていれば、従業員は自分の仕事や会社の社会的な価値・評価といった情報を自ら積極的に求めるようになるのであり、「誇り」でつながった動機づけの好循環が回り始めるのである。

審査要旨 要旨を表示する

 この論文は、これまでの研究ではあまり注目されることのなかった「誇り」の概念を明示的に従業員の動機づけモデルに組み込み、質問調査票による大標本調査のデータに基づいて実証分析を積み重ねることで、仕事に対する「満足」や「やる気」を引き出すメカニズムを「誇り」の概念を中心に構築しようとするものである。

 本論文の構成は次のようになっている。

第1章 イントロダクション

第2章 既存研究のサーベイ

 補論1 共分散構造分析

第3章 誇り動機づけ理論

第4章 「見通し」と誇り動機づけ

第5章 日本企業の文化

 補論2 個人主義指標と男性らしさ指標の再現

第6章 誇り動機づけ理論の意味するもの

なお第3章は『組織科学』、第5章は『国際ビジネス研究学会年報』と、それぞれ評価の高いレフェリー付き学会誌に掲載されており、各々は完成度の高い研究としての評価を得ている。

各章の内容の要約・紹介

 各章の内容を要約・紹介すると次のようになる。

 第1章は、課題設定であり、藤田氏が本論文の中心的概念である「誇り」になぜ注目するようになったのかが説明されている。ここでいう「誇り」とは、従業員が自分の就いている仕事や勤めている会社に対して抱く誇りの気持ちのことである。藤田氏によれば、誇りに注目するようになったきっかけは、1995年に行われた東証一部上場のゼネコン、T建設におけるインタビュー調査で「我々は地図に残るような仕事をしていることに誇りを持っている」という反応があり、「誇り」を調査項目に加えて質問票調査を行ったことに遡るという。翌1996年に実施された大手電機メーカー3社を対象とした調査でも、インタビュー調査での「(自分の仕事に)誇りも持てないようではやる気になれない」といった発言に加え、質問票調査で「誇り」と強い線形の関係を示す質問項目が多数見つかる。こうした調査経験の中から、企業の現場レベルでは「誇り」がごく当たり前の動機づけ要因であることを知り、にもかかわらず既存研究ではあまり注目されていなかったことから、この論文を構成する一連の研究に取り組むきっかけとなったことが述べられている。

 第2章では、先行研究のサーベイが行われている。どうして「誇り」の概念は既存研究で明示的に取り上げられてこなかったのか。その理由を藤田氏は、行動科学の歴史の中で、「誇り」が、自尊感情という自分自身に対する誇りの概念の中に混じったままで扱われてしまっていたことに求める。その上で、「誇り」も自尊感情と同じ様に人間の認知的活動において形成される情緒的状態である以上、こうした情緒的状態を動機づけ要因として取り扱う内発的動機づけの理論をフレームワークとして考えれば、「誇り」は、実は外在的要因の情報的側面としても位置づけることができるはずだと議論を展開する。このことは重要な着眼点であり、「誇り」を明示的に組み込むことができれば、外発的動機づけのモデルと内発的動機づけのモデルを統合した枠組みを構築できることになる。

 ただし、このような統合モデルはどうしても複雑になってしまい、分析しにくくなるという欠点があるが、そのことについては、この論文は最近の技術革新の恩恵に浴することになる。補論1では、共分散構造分析が、最近のコンピュータの発展とともに実用的レベルに達していることから、モデルの複雑さも分析上はある程度克服可能になってきていることが紹介されている。

 そこで、第3章では、実際に質問票調査が行われる。まず最初の作業として、既存研究で言及されてきたいわゆる誇りや自尊感情との相違を明らかにしながら、この研究で扱う「誇り」の概念の定義が行われる。その上で、Deci(1975)の内発的動機づけの枠組みに「誇り」を構成概念として導入した共分散構造分析を行った結果、

(1) 内発的動機づけの理論が主張しているように、自己決定の感覚は動機づけ要因として有効である。

(2) 自己決定によって動機づけられない場合には「誇り」が動機づけ要因として有効である。

(3) 「誇り」は外在的要因の情報的側面として機能し、自己決定の感覚に対しても影響を及ぼす。

といったことがわかったとしている。これらの結果は、「誇り」が従業員の動機づけの根底に存在する重要な感覚であるということを示唆している。

 さらに、こうした誇り動機づけの因果モデルを、企業ごとにも構築してみると、面白いことがわかった。企業によって「誇り」が動機づけ要因として有効であったり、有効でなかったりするという不安定性が観察されたのである。藤田氏は、その原因を試行錯誤の中で探るうちに、今回の調査対象企業には、日本企業としては珍しく、離職率が高いことで知られる業界に属するものが含まれていることに気がつく。そして、Abegglen(1958)のいうような終身コミットメント(lifetime commitment)のレベルの違いで、「誇り」が動機づけ要因となったりならなかったりするのではないだろうかと予想した。なぜなら、「誇り」とは、自分の仕事や会社の社会的な価値や評価をもとに形成される感覚であり、そもそも今後もこの会社で仕事を続けていくという前提が成立しなければ、仕事や会社の社会的な価値や評価についての情報が「誇り」につながることはないと考えたからである。ただし、藤田氏が試行錯誤の中で見出した指標は、高橋(1997)が「見通し」として定義したものと、質問項目上かなりオーバーラップしている。そこでこの論文では「見通しF」と呼んでいる。

 そこで第4章では、誇り動機づけの因果モデルに、さらに従業員の仕事・会社に対する「見通しF」を構成概念として導入して分析を行っている。この指標を用いれば、以上のような考察は次のような仮説にまとめられる。すなわち「見通しF」が立てば、「誇り」を通じた動機づけの維持が可能になるが、逆に「見通しF」が立たなければ、「誇り」の形成は阻害される。共分散構造分析の結果はこの予想通りだったが、さらに「見通しF」と「誇り」の間のこうした因果関係(の強さ)が、企業間でほとんど差がなく安定的な構造を示していたということがわかった。

 このことは、こうした動機づけの構造が、国民文化や企業文化とも密接に結びついているという可能性を示唆している。実は「見通しF」の着想の元になっている「終身コミットメント」は、多国籍企業の文化的側面の比較研究において、きわめて重要な要因であることが明らかになってきているのである。そこで第5章では、多国籍企業の文化的側面に着目した先駆け的な研究であるHofstede(1980)で提示された国民文化の4指標を利用して実証分析が行われ、4指標のうち不確実性回避指標を用いた分析から、日本国内の大企業では、「終身コミットメント」が、戦後50年以上を経た現在でも日本的な特徴として存在していることが明らかにされている。

論文の評価

 いうまでもなく、既にwork motivationについては多くの研究業績の蓄積がある。しかし、かつての人間関係論から最近の成果主義に至るまで、実務の世界ではいくつかのアイデアが流行しては消えていき、少なくとも日本企業にとっては、決定的と言えるようなアプローチにはまだ確立していない。

 かつては給与や評価などの外的報酬を動機づけ要因とするナイーブな外発的動機づけの理論が中心であったが、1970年代以降、自己決定の感覚を動機づけ要因とする内発的動機づけの理論も大きな流れに成長している。この論文でも、出発点では、内発的動機づけの理論で提唱されている自己決定の感覚が、基本的には説明力が高いことを調査データから確認している。しかし、その自己決定の感覚でも動機づけが説明されないような場合があり、そこに自分の仕事や会社に対する「誇り」を導入すると、「誇り」は自己決定の感覚に対しても有意に影響を及ぼしており、従業員の動機づけをよりうまく説明できることをデータ分析から明らかにしている。しかも、このモデルは、評価や認知度といったいわば言語報酬が、外在的要因であるにもかかわらず「誇り」の認知プロセスに取り込まれることによって、従業員を内発的に動機づけられた行動に駆り立てる構造になっている。つまり、内発的動機づけの枠組みに「誇り」という概念を導入することで、外在的要因が動機づけに及ぼす影響についても分析できるような、より一般性の高い動機づけモデルへと拡張されたことになる。これれが、この論文が提示する誇り動機づけ理論の最大の貢献であろう。

 もう一つの重要な貢献は、このような「誇り」を経由した動機づけが、日本企業で特徴的であると言われてきた「終身コミットメント」にも通ずる指標「見通しF」との関係の上に成立しうるということを明らかにしたことであろう。すなわち、「誇り」の形成は高い「見通しF」が条件になっているという指摘である。「見通しF」が高くなければ、仕事や会社の価値や社会的評価は「誇り」につながらず、「誇り」の認知プロセスは活性化されず、「誇り」自体が形成されないと考えられるのである。同時に、多国籍企業の国際比較データを分析することで、「見通しF」が「誇り」を規定するという構造は、1990年代末まで、ある程度、日本企業に共通する特徴であることも明らかにしている。このことは、「見通しF」を高く導くような経営施策やビジョンを選択することで、従業員の「誇り」の認知プロセスを活性化し、「誇り」を通じた動機づけの基盤を作り上げていけるという可能性を示しており、実務の世界にいる実際の管理者やトップ・マネジメントに対しても、新しい動機づけ施策の存在を示唆していて、有意義なものであろう。

 さらに、こうしたこの論文のメインとなる貢献からするとやや脇役に回っているが、この論文の重要なメリットを二つ指摘しておきたい。第一は、補論2で扱われているHofstedeの個人主義指標と男性らしさ指標の再現である。これは、1970年代に実施され、そのサンプル・サイズの大きさと対象とした国数の多さから空前絶後といわれて、その後の企業文化論に大きな影響を与えてきた。にもかかわらず、実は個人主義指標と男性らしさ指標の二つの指標の計算方法が明示されなかったために、追試が全く行われてこなかったのである。それを藤田氏はリバース・エンジニアリングさながらに2指標の算出方法を再現することに成功し、そのことで初めて第5章のような比較分析と追試が可能になっている。実際、藤田氏の追試では、この2指標を使っても、企業の組織文化的特徴をなんら識別することができなかった。補論2でも述べられているように、因子分析ではデータ・セットが異なると同様の因子が抽出されることはまれで、測定尺度の作成法として因子負荷量や因子得点を利用することには疑問の余地がある。こうした指標の算出方法の再現とその信頼性の検討は、今後の企業文化論やその国際比較を行おうとする研究者とって、非常に大きな貢献である。

 第二は、今後主流となるはずのAmosを使って、補論1にあるような共分散構造分析を行ったという点で、おそらく経営学分野では、最初の業績であるということである。Amosを使った分析は、従来からある因子分析とパス解析(重回帰分析)を組み合わせた擬似的な手法とは全く異なるものである。しかも、1,000人規模の3件の大標本調査を中心に、これだけの質と量のデータをもとにして、国内外の企業の組織を分析しているということは特筆に値する。

 もちろん、この論文にも問題点はある。全般的に質問調査票によって収集したデータをもとにして分析を行っているために、説得力のある事例を提示することには成功していない。そのため、モデルとして提示されている因果関係は、必ずしも直感的に理解しやすいものにはなっていない。例えば、第3章の誇り動機づけのモデルを拡張して、第4章の「見通し」と誇り動機づけモデルを提示する際にも、単に、共分散構造分析のパス図だけでだけでは、他の要因をどうして排除できるのか、またそのモデルが他の企業や状況でも適用可能なのかどうか、判断できない。できれば、ディテールをはっきりさせられるような企業を対象にして、データとケースの両面から分析を行えるような研究計画を近い将来立てて、拡張版モデルの検証を行うべきであろう。

 また、第2章の既存研究のサーベイは、この論文のテーマ設定からするとややバランスを欠いたサーベイになっている。行動科学の成立や周辺領域との関連に多くのページが割かれ、ワーク・モティベーション研究やその中での「誇り」概念の位置付けに関するサーベイが相対的に手薄になっている。この論文のテーマからすると、ワーク・モティベーション研究の中での「誇り」概念の取り扱いをより詳細かつ批判的に検討する方が自然であろう。しかし、これらの問題点を残すとはいえ、この論文が経営学分野においては重要な貢献をなす研究成果であることは疑いようもない。

 以上により、審査委員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位授与に値するものであると判断した。

 審査委員(主査)高橋 伸夫

 森 建資

 藤本 隆宏

 新宅 純二郎

 阿部 誠

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