学位論文要旨



No 116794
著者(漢字) 小沼,泰子
著者(英字)
著者(カナ) オヌマ,ヤスコ
標題(和) ツメガエルの初期発生におけるノーダル関連遺伝子の機能解析
標題(洋) Functional analysis of nodal-related genes in Xenopus early embryogenesis
報告番号 116794
報告番号 甲16794
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第352号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学   赤沼,宏史
 東京大学   石浦,章一
 東京大学   上村,慎治
 東京大学   松田,良一
内容要旨 要旨を表示する

 ツメガエルの発生においては、卵形成の間に卵に蓄積された因子(母性因子)が胚の背腹軸形成および三胚葉形成(外胚葉・中胚葉・内胚葉)に不可欠であることが知られている。ツメガエル胚では蛋白質やmRNAの局在を伴う動物極−植物極の軸が卵形成の過程で形成されている。このような母性因子の一つであるVegTはmRNAが植物極から帯域にかけて局在しており、母性のVegTを欠失させた胚では中胚葉と内胚葉の欠損を示すことが知られている。一方、胚の背腹軸の決定は、植物極付近に局在している背側決定因子が受精後の細胞膜直下の細胞質の移動(皮層回転)によって、精子侵入点の反対側(予定背側領域)に運ばれることによって起こると考えられている。母性因子であるβ-catenin蛋白質はこの背側決定のシグナルを伝達すると考えられており、核蛋白質と複合体を形成し背側化シグナルに関わる遺伝子の発現を直接誘導する。また以前の研究によりツメガエル胚を塩化リチウム処理することによって超背側化した表現型を示すことが知られており、これは塩化リチウムがβ-cateninの働きを阻害するGSK-3タンパク質を阻害するため、β-cateninの核移行が胚全体で過剰におこるためと考えられている。

 一方過去の実験発生学的知見から、ツメガエル初期胚の背腹軸形成および三胚葉形成に関するスリー・シグナル・モデルが提唱されている。このモデルでは3つのシグナルがツメガエルの初期のパターン形成を担っているとされ、このうちの2つは内胚葉から外胚葉へ中胚葉を誘導するシグナルで、背側内胚葉(ニュークープ・センター)から発せられる背側中胚葉(オーガナイザー)を誘導するシグナルと、腹側内胚葉からの腹側中胚葉を誘導するシグナルに分けられる。残りの1つのシグナルはオーガナイザーからの背側化シグナルで、腹側中胚葉を段階的に背側化し背腹軸に沿って様々な中胚葉組織を分化させると考えられている。

 現在では、母性のVegTとβ-cateninのシグナルが共存する領域がニュークープ・センターと見なされ、これら2つの母性因子によって誘導されこの領域に発現する遺伝子が、ニュークープ・センターからのシグナルを担っていると考えられている。VegTにより誘導されることが知られているノーダル関連遺伝子(Xnr1、Xnr2、Xnr4)はTGF-β superfamilyに属するアクチビン様の分泌因子で、他のアクチビン様因子と同様、濃度依存的に予定外胚葉片に様々な背側・腹側中胚葉を誘導するだけでなく内胚葉の誘導も行うため、中胚葉と内胚葉両方の形成に関わっていると考えられている。さらにそれらの発現はVegTとβ-cateninのシグナルの共存在下ではより強く誘導されるので、スリー・シグナル・モデルにおける腹側内胚葉からのシグナルとニュークープ・センターからのシグナルの両方を担っていると考えられている。

 当研究室ではβ-catenin蛋白質による背側化シグナルの直下で働く遺伝子の探索を行うため、塩化リチウム・シクロヘキシミド処理によりβ-cateninシグナルの初期応答遺伝子を多く含むcDNAライブラリーを作成した。このライブラリーを1000pfuごとのプールに分け、遺伝子部分をPCRによって増幅してそのPCR産物を鋳型として合成RNA作成し、ツメガエル胚の腹側にマイクロインジェクションした。もし、プールの中に背側化シグナルを担う遺伝子が含まれていれば、オーガナイザーの活性を模倣して腹側領域を背側化し、二次軸を誘導することができる。このような遺伝子を探索したところ、2つの新規ノーダル関連遺伝子(Xnr5およびXnr6)が同定された。これらの遺伝子は、強い中胚葉および内胚葉の誘導活性を持ち、その発現は母性因子であるVegTとβ-cateninによって強く誘導され、胚内ではニュークープ・センターに発現していることが報告された。

 この遺伝子スクリーニングの過程では30プールがスクリーニングされたが、はじめに5つのプールで活性が確認されそのうちの2つからXnr5とXnr6がそれぞれ単離された。そこで私は残りの3つの活性の見られたプールについて、同様の遺伝子スクリーニングを行い活性のある遺伝子を単離した。その結果、ノーダル関連遺伝子に属すると考えられる2つの新規遺伝子、Xnr5'およびXnr6'が単離された。これらの2つの遺伝子は、それぞれXnr5とXnr6に対して非常に高い相同性を持っていた。ツメガエル(Xenopus laevis)は偽四倍体の生物であるため、進化上でのゲノムの倍化の結果、ゲノム内に非常によく似た2つの遺伝子が存在していると考えられている。そのため、新たに単離された2つの遺伝子はそれぞれXnr5とXnr6のコピー遺伝子であると考えられた。また、このようなコピー遺伝子は配列だけでなく活性や発現調節もほとんど同一であると考えられており、Xnr5'、Xnr6'もXnr5、Xnr6と同様に2次軸誘導活性があることが確認された。

 そこで私はXnr5とXnr6の胚内での働きを明らかにするため、Xnr5とXnr6の機能阻害作用を持つと予想されるdominant-negative型のXnr5とXnr6を作製した。TGF-β superfamilyに属するリガンド蛋白質は二量体化し切断されて活性型となるので、切断される際の認識配列に変異を持ち二量体化能を有するが切断されない変異型(cleavage mutant)はdominant-negative型として機能することが期待され、以前の研究においてもactivin、derriere、Xnr2などのcleavage mutantが作製されdominant-negative inhibitorとして機能することが示されている。

 cleavage mutant Xnr5 (cmXnr5)、cleavage mutant Xnr6 (cmXnr6)の合成RNAをそれぞれ、Xnr5、Xnr6の合成RNAと共にツメガエル胚にマイクロインジェクションしたところ胚の形態変化・遺伝子発現からこれら2つのmutantがXnr5、Xnr6の活性を阻害しdominant-negative inhibitorとして機能することがわかった。さらに他のTGF-β superfamilyの内中胚葉誘導因子(activinβB、Vg1、Xnr1、Xnr2、Xnr4、derriere)についても活性を阻害するかどうかを調べたところ、cmXnr5はXnr2、Xnr4、derriere、BVg1の活性を阻害し、activinβB、Xnr1の活性は阻害しなかった。したがってcmXnr5はXnr5に特異的なdominant-negative inhibitorではなかったが、発生初期に存在するアクチビン様因子を全てではなく選択的に阻害する活性を持つことが分かった。

 そこでこのcmXnr5を用いて初期胚においてアクチビン様シグナルの一部を阻害した場合の胚の変化について解析を行った。8細胞期のツメガエル胚の予定内胚葉領域に当たる植物半球4割球にcmXnr5の合成RNAをマイクロインジェクションしたところ、陥入の遅延や頭部欠損、体軸の短縮が引き起こされた。この表現型は以前に報告されていた母性のVegT mRNAを欠失させた胚の表現型と非常によく似ており、薄切標本の観察結果も脊索以外の中胚葉と分化した内胚葉の欠損を示し、非常によく似ていた。このことは、Xnr5の阻害するXnr2、Xnr4、Xnr5、Xnr6、derriere、Vg1が母性のVegTのシグナルの下流で働き、そのシグナルを伝える役割をしている可能性を示唆している。

 またcmXnr5の合成RNAをマイクロインジェクションした胚内で、内中胚葉の形成がおこる胞胚から原腸胚期までの遺伝子マーカーによる解析においては、内中胚葉のマーカー遺伝子の発現の顕著な減少や遅延がみられた。このことは表現型の観察と同様cmXnr5が阻害するアクチビン様因子がツメガエル胚の正常な内中胚葉形成に不可欠であり、またそれらの因子は内中胚葉の形成のはじめの時期に関わっているということを示している。

 さらに、このcmXnr5の合成RNAをマイクロインジェクションした胚内で、個々のアクチビン様因子の発現が変化しているかを調べたところ、Xnr1、Xnr2、Xnr4の発現は著しく減少したが、Xnr6、derriere、activinβBの発現は顕著な減少を示さず、Vg1のmRNA量にも変化をおこさなかった。このことからXnr1とactivinβBのシグナルだけでは、正常な内中胚葉形成には不十分であるばかりでなく、アクチビン様シグナルで誘導されるXnr1、Xnr2、Xnr4の発現を維持できないことがわかった。特にXnr1の活性はcmXnr5に阻害されないにも関わらず、母性のVegTのシグナルにより誘導されたXnr1のシグナルがXnr1の正常な量の転写産物を蓄積するのに不十分である。この結果と、アクチビン様因子の中でノーダル関連遺伝子がおもに内中胚葉形成に働いているという知見を考えあわせると、複数のノーダル関連遺伝子の協働が初期のXenopus胚の内中胚葉形成にとって不可欠であることが示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章に分かれて構成されている。小沼氏はツメガエル胚を用いて、丸い受精卵からどのようにして形づくりや器官形成がなされるのかについての初期発生の研究を分子生物学的に行った。特に未受精卵に貯えられている母性因子と受精後に活性化される遺伝子である初期活性化遺伝子としてのノーダル関連遺伝子に注目し、その機能解析を行って新しい知見を得た。

 受精後から形づくりのもととなる原腸胚形成までにおいては、背腹軸形成および三胚葉形成に関するスリー・シグナル・モデルが提唱されている。このモデルでは3つのシグナルがツメガエルの初期のパターン形成を担っているとされ、このうちの2つは内胚葉から外胚葉へ中胚葉を誘導するシグナルで、背側内胚葉(ニュークープ・センター)から発せられる背側中胚葉(オーガナイザー)を誘導するシグナルと、腹側内胚葉からの腹側中胚葉を誘導するシグナルに分けられる。残りの1つのシグナルはオーガナイザーからの背側化シグナルで、腹側中胚葉を段階的に背側化し背腹軸に沿って様々な中胚葉組織を分化させると考えられている。高橋らはβ-catenin蛋白質による背側化シグナルの直下で働く遺伝子の探索を行うため、塩化リチウム・シクロヘキシミド処理によりβ-cateninシグナルの初期応答遺伝子を多く含むcDNAライブラリーを作成し、オーガナイザーの活性を模倣して腹側領域を背側化し、二次軸を誘導することができる遺伝子を探索した。その結果、2つの新規ノーダル関連遺伝子(Xnr5およびXnr6)が同定された。

 第一章では小沼氏は上記のようにしてスクリーニングされたプールのうち、まだ解析されずに残っていた残り3つの活性のみられたプールについて、同様の遺伝子スクリーニングを行い活性のある遺伝子を単離した。その結果、ノーダル関連遺伝子に属すると考えられる2つの新規遺伝子、Xnr5'およびXnr6'が単離された。これらの2つの遺伝子は、それぞれXnr5とXnr6に対して非常に高い相同性を持っていた。ツメガエル(Xenopus laevis)は偽四倍体の生物であるため、進化上でのゲノムの倍化の結果、ゲノム内に非常によく似た2つの遺伝子が存在していると考えられている。そのため、新たに単離された2つの遺伝子はそれぞれXnr5とXnr6のコピー遺伝子であると結論した。小沼氏が新しくクローニングしたXnr5'、Xnr6'も2次軸誘導活性があることが確認された。

 第二章では小沼氏は新しくクローニングしたXnr5'、Xnr6'もXnr5、Xnr6と同じ活性をもつことが分かったので、より解析が進んでいるXnr5とXnr6を用いて更に一歩進んだ研究に発展させた。小沼氏はXnr5とXnr6の胚内での働きを明らかにするため、Xnr5とXnr6の機能阻害作用を持つと予想される優性ネガティブ型のXnr5とXnr6を作製した。変異型Xnr5 (cmXnr5)、変異型Xnr6 (cmXnr6)の合成RNAをそれぞれ、Xnr5、Xnr6の合成RNAと共にツメガエル胚にマイクロインジェクションしたところ胚の形態変化・遺伝子発現からこれら2つのmutantがXnr5、Xnr6の活性を阻害し優性ネガティブ型の阻害因子として機能することを明らかにした。さらに他のTGF-β superfamilyの内中胚葉誘導因子(activinβB、Vg1、Xnr1、Xnr2、Xnr4、derriere)についても活性を阻害するかどうかを検討し、cmXnr5はXnr2、Xnr4、derriere、BVg1の活性を阻害し、activinβB、Xnr1の活性は阻害しないことを示した。

 更にcmXnr5を用いて初期胚においてアクチビン様シグナルの一部を阻害した場合の胚の変化について解析を行った。8細胞期のツメガエル胚の予定内胚葉領域に当たる植物半球4割球にcmXnr5の合成RNAをマイクロインジェクションしたところ、陥入の遅延や頭部欠損、体軸の短縮が引き起こさせることに成功した。このことは、cmXnr5の阻害するXnr2、Xnr4、Xnr5、Xnr6、derriere、Vg1が母性のVegTのシグナルの下流で働き、そのシグナルを伝える役割をしていることを示している。

 その他にcmXnr5の合成RNAをマイクロインジェクションした胚内で、内中胚葉の形成がおこる胞胚から原腸胚期までの遺伝子マーカーによる解析においては、内中胚葉のマーカー遺伝子の発現の顕著な減少や遅延がみられた。cmXnr5の合成RNAをマイクロインジェクションした胚内で、個々のアクチビン様因子の発現が変化しているかを調べたところ、Xnr1、Xnr2、Xnr4の発現は著しく減少したが、Xnr6、derriere、activinβBの発現は顕著な減少を示さず、Vg1のmRNA量にも変化をおこさないことも証明した。

 このようにcmXnr5の遺伝子を用いることによって、今まで未知のノーダル関連遺伝子間の相互作用を明らかにし、ノーダル関連遺伝子を中心にして、初期発生過程で最も最初におこる遺伝子調節機構を明らかにした成果は非常に大きいといえる。

 したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

UTokyo Repositoryリンク