No | 116799 | |
著者(漢字) | 中條,浩一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカジョウ,コウイチ | |
標題(和) | ホヤ筋細胞におけるカルシウム動態とイオンチャネルの発達 | |
標題(洋) | Developmental changes in calcium dynamics and ion channels in ascidian muscle blastomeres | |
報告番号 | 116799 | |
報告番号 | 甲16799 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第357号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 筋細胞では、筋繊維が収縮するための最初のステップとして興奮収縮連関と呼ばれる一連の現象がよく知られている。これはまず脱分極により細胞膜上に存在するL型の電位依存性Ca2+チャネルが開き、細胞外からCa2+が流入する。次にその流入したCa2+がL型の電位依存性Ca2+チャネルと共役しているリアノジン受容体を活性化して、細胞内Ca2+ストア(筋小胞体)に貯蔵されたCa2+を細胞質中に放出することによりCa2+シグナルを増幅し、筋繊維を収縮させるという現象である。Ca2+チャネルとリアノジン受容体が機能的に共役するためには両者が物理的にかなり近い位置関係になければならないと考えられている。筋細胞の種類によっては、それらに加えて細胞内Ca2+を排除する機構やCa2+に感受性のあるイオンチャネルなどが存在し、それぞれが細胞内Ca2+動態や膜の興奮性を制御していると思われる。 脊椎動物の心筋や骨格筋などの生理学的な解析が進む一方で、イオンチャネル、受容体、イオン交換体などが発生に伴ってどのように発現し、生理的機能を獲得するメカニズムについては不明な点が多い。これは、脊椎動物の細胞を用いた研究では、発生の極めて初期から継続して生理学的な解析を行うことが困難であるからだと考えられる。 そこで本研究では、発生のごく初期の段階から各割球の発生運命が決まっているマボヤを用い、電気生理学的手法とCa2+感受性色素による細胞内Ca2+濃度測定を併せることによって、筋予定割球B5.1細胞のCa2+動態および膜興奮性に関する膜分子の発達を解析した。 第1章 電位依存性Ca2+チャネルとリアノジン受容体の機能的共役 はじめに、興奮収縮連関の最初のステップである電位依存性Ca2+チャネルについて、その電流の発達を2電極膜電位固定法によって測定した。マボヤ筋割球を水温10度の海水中で培養すると、受精後約48時間で孵化して泳ぎだすが、電位依存性Ca2+チャネルの電流は受精後約20時間より発現しだし、発生が進むにしたがって増大した。 またL型電位依存性Ca2+チャネルはCa2+によって不活性化するという性質をもつが、この不活性化の度合いを指標にすると、脱分極時のCa2+流入による細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出が起こっているかどうかを判定できることが判明した。この方法を用いることで、Ca2+チャネルとリアノジン受容体の機能的な共役は受精の約36時間後に形成されることが明らかとなった。 第2章 蛍光指示薬によるCa2+放出の解析と筋小胞体Ca2+-ATPアーゼポンプの発達 マボヤ筋細胞のCa2+放出の性質について、Oregon Greenやfura-2等のCa2+感受性色素を用いて解析をすすめた。マボヤ筋細胞のCa2+放出は外からのCa2+流入に依存するCa2+放出(Ca2+-induced Ca2+ release; CICR)であることが確認され、哺乳類の心筋タイプに似ていることがわかった。また、この手法によるとCa2+チャネルとリアノジン受容体の機能的な共役が受精の約34時間後に起こることがわかり、第1章の実験の結果を裏付けることができた。 一方、短時間(10 ms)の脱分極で誘発される細胞内Ca2+上昇後の減衰の時定数を測定したところ、受精後48時間(孵化直後)では199±29ms(n=11)であるが、受精後72時間で104±21ms(n=7)となり、孵化後、細胞膜直下での細胞内Ca2+排除機構がさらに発達していると考えられた。 次に膜直下での細胞内Ca2+排除機構の発達が何によるものかを明らかにすることを試みた。Ca2+-ATPアーゼポンプの阻害剤であるCPAを投与すると、減衰の時定数は著しく大きくなった。一方で細胞外のNa+をLi+に置き換えることによりNa+-Ca2+交換体の役割についても検討したが、ほとんど影響が見られなかった。従って、膜直下でのCa2+濃度を減少させる役割は、主に筋小胞体Ca2+-ATPアーゼポンプが担っていると結論された。 孵化したホヤの幼生が泳ぐ時の尾を振る速さも、孵化後徐々に速くなっていく現象が観察された。筋小胞体Ca2+-ATPアーゼポンプの発達が泳ぐ速さの発達に寄与している可能性が考えられた。 第3章 Ca2+放出によって活性化されるCa2+活性化K+チャネル 受精後48時間から72時間にかけて一過的な外向き電流が発達してくる現象が観察された。全細胞電流の解析とカフェインを用いた薬理学的な実験により、この一過的な外向き電流がリアノジン受容体からのCa2+放出によって活性化されたCa2+活性化K+チャネルであることが示唆された。 このチャネルの性質とCa2+放出との関係を調べるため、ホヤ筋細胞のCa2+活性化K+チャネルのシングルチャネル電流の記録を試み、約60pSのコンダクタンスを持つシングルチャネル電流を得た。Ca2+活性化K+チャネルと考えられるこのシングルチャネル記録の解析とそのカフェイン感受性から、このチャネルがCICRによって直接活性化されていることが強く示唆された。これによりCa2+活性化K+チャネルとリアノジン受容体の位置関係が近いことが予想され、この共役が筋細胞の脱分極(筋収縮)時の細胞内Ca2+濃度の上昇と連動し、細胞の再分極を促していると考えられた。 筋小胞体Ca2+-ATPアーゼポンプの発達と同様、受精後48時間以降このチャネルが発達してくることが、細胞内Ca2+放出のパターンを調節し、泳ぎの周波数の増加に寄与していると考えられた。 結論 本論文ではマボヤの分裂抑止割球を用い、筋細胞の発生過程におけるカルシウム動態やイオンチャネルの発達について報告した。哺乳類の心筋や骨格筋などで報告されている通り、カルシウムが放出される部位にはカルシウム濃度が局所的に非常に高くなっている"カルシウムマイクロドメイン"が存在していると考えられた。 マボヤ筋細胞におけるカルシウムマイクロドメインの発達のモデルを、本研究により得られた知見をもとに図に示した(図1)。受精後24時間(初期尾芽胚期)の細胞では、電位依存性Ca2+チャネル、リアノジン受容体ともに存在しているが、両者間の機能的共役は形成されておらず、脱分極によるCa2+流入ではCa2+放出は起きない。受精後48時間になると幼生が孵化し泳ぎだすが、この頃迄にCa2+チャネルとリアノジン受容体は共役し、CICRが起きて筋繊維の収縮が起きるようになる。孵化後さらに1日経過した受精後72時間では筋小胞体Ca2+-ATPアーゼポンプやCa2+活性化K+チャネルの発達が進み、収縮後すばやく弛緩することができるようになると考えられた。 本論文では、細胞の生理的機能の発達においては、イオンチャネルやポンプなど関連分子の発現時期、発現量だけでなく、それら分子の機能的局在、あるいは機能的共役の発達が重要であることを示した。今後は、Ca2+活性化K+チャネルのシングルチャネル電流記録の詳細な解析や共焦点顕微鏡を用いた解析によって、カルシウムマイクロドメインの発達に関する、より詳細な情報を得たいと考えている。 図1 マボヤ筋細胞におけるカルシウムマイクロドメイン発達のモデル | |
審査要旨 | 本研究の目的は、筋肉細胞におけるイオンチャネル、受容体、イオン交換体などの発達過程と、それに伴った生理機能獲得のメカニズムを明らかにすることである。論文提出者は、発生のごく初期の段階から各割球の発生運命が決まっているマボヤを用い、電気生理学的手法とCa2+感受性色素による細胞内Ca2+濃度測定を併せることによって、筋予定割球B5.1細胞のCa2+動態および膜興奮性に関する膜分子の発達を解析した。 まず興奮収縮連関の最初のステップである電位依存性Ca2+チャネルについて、その電流の発達を2電極膜電位固定法によって測定した。マボヤ筋割球を水温10度の海水中で培養すると、受精後約48時間で孵化して泳ぎだすが、電位依存性Ca2+チャネルの電流は受精後約20時間より発現しだし、発生が進むにしたがって増大した。またL型電位依存性Ca2+チャネルはCa2+によって不活性化するという性質をもつが、この不活性化の度合いを指標にすると、脱分極時のCa2+流入による細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出が起こっているかどうかを判定できることを見出した。この方法を用いることで、Ca2+チャネルとリアノジン受容体の機能的な共役は受精の約36時間後に形成されることが明らかとなった。 マボヤ筋細胞のCa2+放出の性質について、Oregon Greenやfura-2等のCa2+感受性色素を用いてさらに解析をすすめ、マボヤ筋細胞のCa2+放出は、哺乳類の心筋タイプと同様、外からのCa2+流入に依存するCa2+放出(Ca2+-induced Ca2+ release; CICR)であることを明らかにした。また、この手法によってもCa2+チャネルとリアノジン受容体の機能的な共役が受精の約34時間後に起こることを示した。 次に短時間(10 ms)の脱分極で誘発される細胞内Ca2+上昇後の減衰の時定数を測定し、孵化後細胞膜直下での細胞内Ca2+排除機構がさらに発達していることを示す結果を得た。Ca2+-ATPアーゼポンプの阻害剤であるCPAを投与すると、減衰の時定数は著しく大きくなった。一方で細胞外のNa+をLi+に置き換えることによりNa+-Ca2+交換体の役割についても検討したが、ほとんど影響が見られずNa+-Ca2+交換体の寄与は否定された。従って、膜直下でのCa2+濃度を減少させる役割は、主に筋小胞体Ca2+-ATPアーゼポンプが担っていると結論した。孵化したホヤの幼生が泳ぐ時の尾を振る速さも、孵化後徐々に速くなっていく現象が観察されたため、筋小胞体Ca2+-ATPアーゼポンプの発達が泳ぐ速さの発達に寄与している可能性を指摘した。 受精後48時間から72時間にかけて一過的な外向き電流が発達してくる現象が観察された。全細胞電流の解析とカフェインを用いた薬理学的な実験により、この一過的な外向き電流がリアノジン受容体からのCa2+放出によって活性化されたCa2+活性化K+チャネルであることが示唆された。このチャネルの性質とCa2+放出との関係を調べるため、ホヤ筋細胞のCa2+活性化K+チャネルのシングルチャネル電流の記録を試み、約60pSのコンダクタンスを持つシングルチャネル電流を得た。Ca2+活性化K+チャネルと考えられるこのシングルチャネル記録の解析とそのカフェイン感受性から、このチャネルがCICRによって直接活性化されていることを示した。これによりCa2+活性化K+チャネルとリアノジン受容体の位置関係が近いこと、この共役が筋細胞の脱分極(筋収縮)時の細胞内Ca2+濃度の上昇と連動し細胞の膜興奮性に大きな影響を持っていることが示唆された。そして筋小胞体Ca2+-ATPアーゼポンプの発達と同様、受精後48時間以降このチャネルが発達してくることが、細胞内Ca2+放出のパターンを調節し、泳ぎの周波数の増加に寄与していることの可能性を指摘した。 以上を要約すると、論文提出者は、細胞の生理的機能の発達においてはイオンチャネルやポンプなど関連分子の発現時期、発現量だけでなく、それら分子の機能的局在、あるいは機能的共役の発達が重要であることを示した。この点において細胞生理学上有意義な貢献をしたものと認められる。よって審査員一同、博士(学術)にふさわしい研究であると判断した。なお、本論文の内容の一部は1999年にJ. Physiology誌に公表されている。これは共著論文であるが、論文提出者はそのすべてにおいて研究の主要部分に寄与したものであることを確認した。 | |
UTokyo Repositoryリンク |