学位論文要旨



No 116801
著者(漢字) 平野,清子
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,キヨコ
標題(和) タンパク質フォールディングにおけるクオリティコントロール制御の研究;ラット肝細胞内での変異アクアポリン2の挙動、分泌及び分解
標題(洋) Quality control of protein folding; Intracellular distribution, trafficking, and degradaion of mutant forms of aquaporin 2 expressed in rat hepatocytes
報告番号 116801
報告番号 甲16801
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第359号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 大森,正之
 東京大学 助教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 箸本,春樹
 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
 チューリッヒ大学 教授 Jurgen,Roth
内容要旨 要旨を表示する

 小胞体(ER)には、タンパク質フォールディング(折り畳み)のクオリティコントロール(品質管理)制御機構に関わる、いくつもの酵素やシャペロンが局在している。これらの分子は、新規に生成された分泌及び膜タンパク質の高次構造の形成に深く関わっている。すなわち、ER内部には正しい高次構造をとっていない(misfolding)タンパク質を認識し、その成熟を促進し、正しい高次構造をとるもののみをゴルジ装置に輸送する制御機構が備わっている。また、misfoldingタンパク質が細胞質ゾルに分泌され、ユビキチン化された後にプロテアソームにて分解されるER associated degradation(ERAD)経路の存在も広く知られている。アスパラギン結合型オリゴ糖付加タンパク質の折り畳みについての品質管理制御機構は詳細に研究されている。すなわち、一連の制御機構の中においてグルコシダーゼII、UDPグルコース:糖タンパク質 グルコシルトランスフェラーゼ、ERα1, 2マンノシダーゼI等の酵素や、カルネクシン及びカルレティキュリンといったレクチンがErp57等のシャペロン同様に、重要な役割を担っている。今日までに、様々な研究がこの制御機構の解明になされ、多くの新たな側面が明らかにされてきた。しかしながら、依然として、解明されていない数多くの疑問が残されている。

 本研究においては、複数回膜貫通型タンパク質のER品質管理制御機構の解明を試みた。モデル系として、野生株及び変異株アクアポリン2(AQP2)を一定に発現させる、ラット肝細胞系を確立した。変異株AQP2は、腎性尿崩症(NDI)を引き起こすことが知られている。一部の変異株AQP2については、それらの細胞内分布および生化学的性質がXenopus oocytoおよびCHO細胞を用いた発現系で明らかにされているものの、その分解経路については未だ不明である。そこで、我々はNDIを引き起こすことが報告されている3種類の変異株AQP2、T126M、R187CそしてE258Kをラット肝細胞、クローン9細胞に発現させた。この3種類の変異株AQP2について、T126M及びR187CがER内保留型、E258Kがゴルジ装置内保留型であることが今日までに報告されている。これらの発現系を用いて、野生株及び変異株AQP2の細胞内局在を、共焦点レーザー顕微鏡を用いた免疫蛍光法、さらには免疫電子顕微鏡を用いて解析した。また、これらAQP2のクローン9細胞中における代謝について、免疫沈降法を用いたパルスーチェイス実験を行った。

 クローン9細胞中において野生株AQP2は、主にエンドソーム内分布し、一部細胞表面に局在することが確認された。また脱水状態において、野生株AQP2は細胞表面に移行することが観察された。これら一連の野生株AQP2の局在は、AQP2が本来分布する腎集合管細胞と同様であり、この発現系がモデル系として適切であることが示された。一方、変異株AQP2、T126MとR187CはER内のみならず、ERからシス−ゴルジへの輸送をつかさどる輸送小胞で形成される、プレーゴルジintermediates内に見いだされた。しかしながら、これら二つの変異株AQP2は、細胞表面およびエンドソーム内には観測されなかった。電子顕微鏡を用いた解析の結果、変異株AQP2、T126MおよびR187Cの発現による、ERの構造変化は見られなかったが、プレゴルジintermediates構造が拡大していることが見い出された。また、変異株AQP2、T126MにおいてMallory体様構造が見い出された。30-40%の細胞においてMallory体様構造の形成が確認された。さらに、プロテアソームの阻害剤を投与した場合、その割合は増加した。変異株AQP2、E258KはER内及びプレゴルジintermediates内には認められず、ゴルジ装置内およびエンドソーム/リソソーム内にて観察された。これらの局在は、AQP2、トランスフェリン、およびリソソームの膜タンパク質であるLAMP1の抗体を用いた、三重抗体標識にて同定した。

 野生株及び変異株AQP2は、高マンノース型オリゴ糖が付加した分子量32kDaの型と糖鎖の付加していない分子量29kDaの型として細胞内で生成された。クローン9細胞中において野生株AQP2の半減期は5.2hであり、変異株AQP2と比較して安定であることがわかった。変異株AQP2の半減期は、T126Mが1.6h、R187Cが2.8h、そしてE258Kが1.8hであった。野生株及び変異株AQP2、E258Kにおいては29kDaの型が優性であり、32kDa糖鎖付加型は30分以上のパルスでのみ観察された。野生株及び変異株AQP2、E258Kの29kDaの型が安定であるのと対照に、これらの32kDaの型は半減期が非常に短く1時間以内にすべて消失した。しかし、ER内保留型である変異株AQP2、T126MとR187Cは、逆に32kDaの糖鎖付加型が29kDaの型に比べてより安定であることが観測された。これらの結果から、変異株AQP2、T126MとR187Cにおいて糖鎖付加型である32kDaの型は、カルネクシン及びカルレティキュリン等のERレクチンやシャペロンと相互作用することによって、ER内部に長く保留していることが推測される。

 野生株及び変異株AQP2の分解経路を探究するために、プロテアソームおよびリソソームの阻害剤を用いて、それらAQP2の細胞内代謝をパルス−チェース実験により調べた。プロテアソームの阻害剤、Lactacystin、MG132およびALLNはすべて、変異株AQP2、T126Mの分解を抑制した。一方、リソソームの阻害剤であるクロロキンを用いた場合には、この変異株AQP2の分解の抑制は見られなかった。また、プロテアソームの阻害剤を投与した場合には、変異株AQP2、T126Mの細胞内局在が著しく変化することが、共焦点レーザー顕微鏡を用いた免疫蛍光法解析によって明らかにされた。ER構造に特異的なDiOC6を用いて、それらのER構造を観察した時、プロテアソームの阻害剤の投与後、変異株AQP2、T126MのERの網状構造が崩壊し、核周辺を含む一部分に非常に強い蛍光が観察された。これらの細胞構造の変化は、野生型AQP2を発現させた細胞では確認されなかった。変異株AQP2、E258Kにおいて、Lactacystinおよびクロロキンともにその分解を抑制した。

 以上の結果から、以下のことが結論づけられる。1)ラット肝細胞、クローン9細胞を用いたin vitro AQP2発現系は、これら野生株及び変異株AQP2の細胞内局在及び代謝を研究することに適した系である。2)AQP2遺伝子の変異の位置により、これら変異株AQP2の細胞内分布は著しく異なる。本研究において、変異株AQP2のER内及びプレゴルジintermediates内保留型とゴルジ装置内及びエンドソーム/リソソーム内保留型の2つの異なる細胞内局在がより詳細にされた。3)野生株及び変異株AQP2はともに、分子量32kDaの高マンノース型オリゴ糖が付加型及び29kDaの糖鎖不加型として生成される。しかしながら、野生株及び変異株E258KとER内及びプレゴルジintermediates内保留型変異株AQP2、T126M及びR187Cでは、32kDa型と29kDa型の分解の速度が著しく異なる。野生株及び変異株E258Kでは29kDa型が、変異株AQP2、T126M及びR187Cでは、32kDa型の糖鎖付加型が安定である。4)ER内及びプレゴルジintermediates内保留型変異株AQP2、T126Mはプロテアソームに至る、ER associated degradation(ERAD)経路によって分解されることが本研究で示された。また、これは糖鎖付加型複数回膜貫通型タンパク質で、ERAD経路をたどることを示した最初の報告である。5)クローン9細胞中において変異株AQP2、T126Mを発現させた場合にMallory体様構造が見い出され、これらはプロテアソームの阻害においてその発現が促進された。これは、in vitroにおけるMallory体様構造の形成の最初の報告例であり、Mallory体様構造とmisfoldingタンパク質の蓄積よって形成されることが知られているaggresomeの関係が示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

 遺伝子情報がポリペプチド鎖へと翻訳された後、機能する立体構造の形成、機能する部位への配置、他の成分との適切な相互作用などが行われるまでにどのような機構が関与しているかは、ヒトを含め個体のゲノムが解析された後のいわゆるポストゲノムの課題が喧伝される以前より、重要課題の一つとして位置づけられる。このような機構の中では、小胞体(ER)に存在する、タンパク質フォールディング(折り畳み)のクオリティコントロール(品質管理)制御機構に関しては、いくつもの酵素やシャペロンの局在が報告され、その機構が解析されている。これらの分子は、新規に生成された分泌及び膜タンパク質の高次構造の形成に深く関わっている。高次構造形成の失敗に終わった(misfolding)タンパク質を認識して元に戻し再び、その再度の機会を促進し、正しい高次構造をとるもののみをゴルジ装置に輸送する制御機構が備わっている。一方、この制御機構ルートに乗らなかったタンパク質は分解され、除去される仕組みもある。間違ったフォールディングをしたタンパク質は細胞質ゾルに分泌され、ユビキチン化された後にプロテアソームにて分解されるER associated degradation(ERAD)経路の存在も広く知られている。中でも、アスパラギン結合型オリゴ糖付加タンパク質の折り畳みについての品質管理制御機構は詳細に研究されている。

 しかしながら、先行研究においては糖鎖付加のないタンパク質のフォールディングについての品質管理機構は殆ど解明されていない。本論文では、糖鎖付加のないタンパク質、アクアポリン2(AQP2)について、そのER品質管理制御機構の解明を試みた。AQP2はin vivoで遠位尿細管上皮細胞の細胞質内に存在し、アルギニンバソプレシンの刺激に応じて、細胞表面に移行し、水を再吸収する。先行研究により、ヒトの疾患腎性尿崩症(NDI)ではAQP2の変異20種以上が原因であることが知られている。変異株AQP2、T126M、R187C、E258Kについては、それらの細胞内分布および生化学的性質がXenopus oocytoおよびCHO細胞を用いた発現系でT126M及びR187CがER内保留型、E258Kがゴルジ装置内保留型であることが報告されている。しかしながら、変異AQP2の分解経路については未だ不明である。本研究では、これら3種類のAQP2変異株、T126M、R187C、E258Kをラット肝細胞クローン9細胞に発現させた。培養ラット肝細胞クローン9細胞がAQP2を産生していないことを確認し、ついで、野生株及び変異株を強制発現した細胞について検討した。野生株AQP2の培養ラット肝細胞クローン9での局在は、AQP2が本来分布する腎集合管細胞と同様であることが判明した。培養インキュベータの乾燥により、細胞質内のAQP2が細胞表面に移行することが見られ、培養ラット肝細胞クローン9において、強制発現AQP2が生理的な機能を果たしていることを確認した。これを対照として、変異株AQP2の細胞内局在を、共焦点レーザー顕微鏡を用いた免疫蛍光法、さらには免疫電子顕微鏡を用いて解析した。また、これらAQP2のクローン9細胞中における代謝について、免疫沈降法を用いたパルスーチェイス実験を行った。

 変異株AQP2、T126MおよびR187CはER内のみならず、プレーゴルジintermediates(ERからシス−ゴルジへの輸送をつかさどる輸送小胞内)に見いだされた。しかしながら、これら二つの変異株AQP2は、細胞表面およびエンドソーム内には観測されなかった。電子顕微鏡を用いた解析の結果、変異株AQP2、T126Mの発現では、ERの構造変化は見られなかったが、プレゴルジintermediates構造が拡大していた。変異株AQP2、T126Mを強制発現した細胞の30-40%においてMallory体様構造の形成が確認された。プロテアソームの阻害剤を投与した場合、Mallory体様構造を形成する割合が増加した。変異株AQP2、E258Kの細胞内局在はトランスフェリンおよびリソソームの膜タンパク質であるLAMP1に対する抗体を用いた、三重抗体標識にて、ゴルジ装置内およびエンドソーム/リソソーム内と同定された。

 クローン9細胞中において野生株及び変異株AQP2は、高マンノース型オリゴ糖が付加した分子量32kDaの型と糖鎖の付加していない分子量29kDaの型として細胞内で生成された。半減期は野生株AQP2で5.2h。AQP2変異株T126Mで1.6h、R187Cで2.8h、そしてE258Kで1.8hであった。野生株は変異株AQP2と比較して安定であることがわかった。野生株及び変異株AQP2、E258Kにおいては糖付加のない29kDaの型がほとんどであり、32kDa糖鎖付加型は30分以下のパルスで、痕跡程度、観察された。一方、ER内保留型である変異株AQP2、T126MおよびR187Cでは、32kDaの糖鎖付加型が29kDaの型に比べてより安定であった。変異株AQP2、T126MおよびR187Cにおいて糖鎖付加型である32kDaの型は、カルネクシン及びカルレティキュリン等のERレクチンやシャペロンによって認識され、ER内部へより長く保留される可能性が推測される。

 野生株及び変異株AQP2の分解経路を探究するために、プロテアソームおよびリソソームの阻害剤を用いて、それらAQP2の細胞内代謝をパルス−チェース実験により調べた。プロテアソームの阻害剤、Lactacystin、MG132およびALLNはすべて、変異株AQP2、T126Mの分解を抑制した。一方、リソソームの阻害剤であるクロロキュリンを用いた場合には、この変異株AQP2の分解の抑制は見られなかった。変異株AQP2、E258Kにおいては、Lactacystinおよびクロロキュリンのどちらも、その分解を抑制した。変異株AQP2、T126Mを発現している系にプロテアソームの阻害剤を投与した場合、ERの網状構造が崩壊し、核周辺を含む一部分に非常に強い蛍光が観察された。免疫電顕を用いた検討から、この構造はMallory体様の構造(ヒトのアルコール性肝疾患で見られる、中間径フィラメント、ケラチンを包含した細胞内構造体)をしていることが確認された。

 以上の結果から、以下のことが結論づけられる。1)ラット肝細胞、クローン9細胞を用いたin vitro AQP2発現系は、AQP2の動態を研究することに適した系である。2)AQP2遺伝子の変異の位置により、細胞内局在に二つの型があることが判明した。ER内及びプレゴルジintermediates内保留型とゴルジ装置内及びエンドソーム/リソソーム内保留型である。3)野生株及び変異株AQP2はともに、分子量32kDaの高マンノース型オリゴ糖付加型及び29kDaの無付加型として生成される。野生株及び変異株E258Kでは29kDa型が、ER内及びプレゴルジintermediates内保留型変異株変異株AQP2、T126M及びR187Cでは、32kDa型の糖鎖付加型が安定である。4)ER内及びプレゴルジintermediates内保留型変異株AQP2、T126Mはプロテアソームに至る、ER associated degradation(ERAD)経路によって分解されることが示された。これは糖鎖無付加型複数回膜貫通型タンパク質で、ERAD経路をたどることを示した最初の報告である。5)クローン9細胞中において変異株AQP2、T126Mを発現させた場合にMallory体様構造が見い出され、これらはプロテアソームの阻害においてその発現が促進された。これは、in vitroにおけるMallory体様構造の形成の最初の報告例であり、Mallory体様構造がmisfoldingタンパク質の蓄積よって形成される可能性が示唆された。

 以上のように本論文では培養細胞系を用いたタンパク質の品質管理について、新しい知見が得られた。これらの発見がアルツハイマー病を含め、難治の疾患の原因の機構解明への新しい糸口となるものと期待される。本研究は何人かの研究者との共同研究として推進されたものであるが、論文内容に対する貢献において、論文提出者が第一であることが確認された。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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