学位論文要旨



No 116806
著者(漢字) 和田,賢人
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,マサヒト
標題(和) 第2サブユニットDPE2を介したマウスDNA polymeraseεとSin3複合体との相互作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 116806
報告番号 甲16806
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第364号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨 要旨を表示する

 真核細胞の核内では、DNAはヒストン8量体に巻き付いたヌクレオソーム構造をとり、さらに高次に凝縮し染色体を形成している。複製、修復、転写、組換えといったDNAを介した生命現象は、高次に凝縮した構造の変換を必要とする。DNA複製は遺伝情報の維持という観点から基本的で重要な現象であり、私は、そのDNA複製を直接担うDNAポリメラーゼに着目し研究を行った。

 真核細胞においてDNA複製を担うDNAポリメラーゼα、δ、およびε(Polα、δ、ε)は、いずれも大腸菌polBに相同な構造を持ち、BタイプDNAポリメラーゼと呼ばれるグループに属する。いずれも複数のサブユニットから構成されている。一番大きなサブユニットにポリメラーゼ活性が存在し、PolδおよびPolεの場合には更に3'-5'エキソヌクレアーゼ活性を有している。また、第二サブユニットに関してもBタイプDNAポリメラーゼ間で12の保存領域が存在しており、重要な機能があることが推測されるが、第二サブユニットの機能の解析は未だに十分にはなされていないのが現状である。

 DNA複製を担う3つのDNAポリメラーゼの中で、Polεは複製のほかにDNA修復や細胞周期のチェックポイント機構にも関与しているが、その分子レベルでの解析が不十分で明らかにすべき点が多い。そこで私はPolεの未知の部分も含めた機能を解析するために、マウスPolεの第二サブユニットDPE2と相互作用する因子の検索を行った。DPE2をbaitにした酵母two-hybrid法による2回の検索の結果、288個の陽性クローンが得られ、その2回のいずれにもヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)複合体中のSin3複合体を構成するSAP18が陽性クローンとして得られ、SAP18を解析の対象に選択した。

 次に、DPE2とSAP18の相互作用を確認するために共沈実験を行った。T7と6xHisタグを融合したDPE2とHAタグを融合させたSAP18をCOS7細胞中で発現させて、6xHisタグに対するaffinity resinを用いた共沈実験を行ったところ、確かにDPE2とSAP18が相互作用する結果が得られた。

 また、DPE2の部分欠損タンパク質を用いた同様の共沈実験より、DPE2とSAP18との結合に関与する領域が、12箇所ある第二サブユニットの保存領域のうち1番から3番を含む領域であることを明らかにした。

 HDACはヒストンの脱アセチル化を行うことにより、クロマチン構造を凝縮させる。SAP18はSin3-HDAC複合体の構成因子であることから、DPE2すなわちPolεがSin3-HDAC複合体をDNA上に呼び込み、DNA複製時に呼び込まれたHDACがクロマチンの構造を変換すると考えられる。

 そこで、DPE2がin vivoで、HDAC活性をDNA上に呼び込む機能があるかどうかを確かめるためにレポーターアッセイを行った。チミジンキナーゼ(TK)のプロモーター下流にルシフェラーゼ遺伝子を組み込み、さらにTKプロモーターの上流にGAL4サイトを5つタンデムに挿入したレポータープラスミドを作製した。また、このGAL4サイトを認識し結合できるGAL4結合ドメインとDPE2との融合タンパク(dbdDPE2)を発現するプラスミドを作製し、マウスNIH3T3細胞にレポータープラスミドと同時に導入した。細胞内でプロモーターの上流に結合したdbdDPE2の転写活性をモニターすることでHDACの呼び込みを検討できるアッセイ系である。

 その結果、GAL4サイトを持ったレポータープラスミドとdbdDPE2を入れた細胞では、ルシフェラーゼの発現が抑えられた。またその抑制はSAP18との共発現でより強められた。さらにこの抑制がHDACの効果によるものかどうかを調べるために、HDACの特異的阻害剤であるtrichostatin A (TSA)で処理したところ、抑制された転写の回復がみられた。したがって、この抑制には、HDACが関与していること、すなわちDPE2がin vivoで、HDAC活性をDNA上に呼び込む機能があることが示された。

 次に、このDPE2とSAP18の相互作用の細胞内での生理的な役割を明らかにする手がかりを得るために、内在性のタンパク質の挙動を解析した。

 マウスFM3A細胞を0.1% TritonX-100を含むバッファーで処理し、細胞質を除くと同時に、核膜の透過性をあげて可溶性のタンパク質を分画した。残った画分をクロマチン結合画分とした。そのクロマチン結合画分をDNaseIによって処理し、その後さらに2 M NaC1で処理した。その結果、Polεの活性サブユニットPOLEはTritonX-100処理とDNaseI処理によってその多くが溶出されたのに対し、SAP18はTritonX-100処理とDNaseI処理ではあまり溶出されず、2M塩処理画分や沈殿画分に多くが残った。Sin3はどの画分にもよく検出され多様な因子との結合が示された。この結果からそれぞれの因子の挙動が異なり、複合体を形成していても、色々な様式の複合体が存在することが示唆された。

 PolεがDNA複製に関わる因子であることから細胞周期との関連を調べるために、細胞周期の各時期でのクロマチンへの結合の様子を調べた。マウスFM3A細胞をチミジンとヒドロキシ尿素による二段階の同調を行い、G1/Sの境界に細胞を揃えた。ヒドロキシ尿素除去後、継時的に細胞を集め、TritonX-100処理しクロマチンへの結合の様子を調べた。その結果POLEはPolδおよびPolεの補助因子であるPCNAと同様に細胞周期S期にクロマチンへ結合し他の時期には結合量が減少していた。SAP18とSin3もPOLEやPCNAと同様に細胞周期のS期ではない時期にクロマチンへの結合量が減少しており、細胞周期による結合量の変化があることがわかった。しかしその変化量は小さく、SAP18とSin3はその多くが細胞周期を通じてクロマチンに結合しており、細胞周期と連動して挙動している分子は少量であると考えられた。

 次に、FM3A細胞の核抽出液を調製し、グリセロール密度勾配遠心法によってPolεとSin3複合体との巨大複合体の検出を試みた。その結果、ホロ酵素として予想されるよりも早く沈降するPOLEを検出し、Polεが巨大複合体を形成している可能性を示した。また、全体の中での割合が少なかったが、POLEのピークと同じ位置にSAP18のピークを検出した。Sin3は広範囲にわたって検出され、その存在様式に多様性があることを示した。この実験においてもPolεとSin3複合体からなる巨大複合体の存在を示唆したが、その割合はPolεとSin3のそれぞれの一部であると考えられた。

 実際にPolεとSin3とが複合体を形成しているかを抗DPE2血清を用いた免疫沈降法で調べた。FM3A細胞抽出液中で内在性のDPE2とSin3が共沈した。この免疫沈降ではPOLEも効率的に沈殿することから、Sin3と結合するPolεのサブユニットはわからないものの内在性のPolεがSin3とも確かに相互作用することが明らかとなった。

 また、各因子の細胞内での局在を調べるため、マウスSwiss3T3細胞を間接蛍光抗体法で染色した。染色前に細胞を0.1% TritonX-100で処理してクロマチンへ結合していない成分を排除した。PolεやDPE2抗体は細胞染色法に向かないためにPolεの補助因子のPCNAとSin3およびSAP18の局在を調べた。その結果、細胞周期S期の初期の核でそれぞれの局在が似ていたが完全には一致しなかった。また、その他の時期では局在部位は一致しなかった。Sin3とSAP18はSin3複合体として同じ細胞内局在をするものと予想されたが、Sin3とSAP18の二重染色像では核内で似たような分布を示すものの、必ずしもすべての局在が重なるようには見えなかった。

 以上本研究から、DPE2とSAP18およびPolεとSin3が相互作用することを示した。また、一部の分子だが、PolεとSin3複合体が巨大複合体を形成している可能性を示した。さらにPolεの機能として、Sin3複合体をDNA上に呼び込むことを新たに見いだした。PolεはDNA合成を行う因子であることから、見いだした機能の生理的な意味として、DNA複製直後にヒストンの脱アセチル化を行い、DNA複製後のクロマチン構造の再構築を行っていることが考えられる。

 現在、DNA複製とDNAのメチル化維持との関連や、DNAのメチル化とヒストンのアセチル化との関連に関する研究が進んでいるが、本研究でPolεとSin3複合体が相互作用すること、DNA複製とヒストンの脱アセチル化の機構が直接的に関わることを示し、DNAのみの複製機構にとどまらず、ヒストンを含む高次の染色体の構造の複製・維持の機構の解明につながるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は1章からなり、DNA複製を直接担うDNAポリメラーゼに着目して研究している。特にその中でも第2サブユニットDPE2を介したマウスのDNAポリメラーゼε(Polε)とSin3複合体との相互関係について述べられている。

 DNA複製を担う3つのDNAポリメラーゼの中で、Polεは複製のほかにDNA修復や細胞周期のチェックポイント機構にも関与しているが、その分子レベルでの解析が不十分で明らかにすべき点が多い。

 そこで和田氏はPolεの未知の部分も含めた機能を解析するために、マウスPolεの第2サブユニットDPE2と相互作用する因子の検索を行った。酵母two-hybrid法によってマウスDPE2と相互作用する因子の検索を2回行った結果、288個の陽性クローンが得られた。その2回のいずれにもヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)複合体中のSin3複合体を構成するSAP18が陽性クローンとして得られたので、SAP18を解析の対象にして研究を進めた。

 そこで、DPE2とSAP18の相互作用を確認するために吸着樹脂を用いた共沈実験を行い、確かにDPE2とSAP18が相互作用する結果を得た。

 また、DPE2の部分欠損タンパク質を用いた同様の共沈実験より、DPE2とSAP18との結合に関与する領域が、12箇所ある第2サブユニットの保存領域のうち1番から3番を含む領域であることを明らかにした。

 更にDPE2がin vivoで、HDAC活性をDNA上に呼び込む機能があるかどうかを確かめるためにレポーターアッセイを行った。その結果、GAL4サイトを持ったレポータープラスミドとGAL4サイトに結合するdbdDPE2 (DNA binding domain DPE2)発現させるプラスミドを導入した細胞では、レポーター遺伝子の発現が抑えられた。またその抑制はSAP18との共発現でより強められた。さらにこの抑制がHDACの効果によるものかどうかを調べるために、HDACの特異的阻害剤であるトリコスタチンAで処理したところ、抑制された転写の回復がみられた。したがって、DPE2がin vivoで、HDAC活性をDNA上に呼び込む機能があることが示された。

 次にPolεがDNA複製に関わる因子であることから細胞周期との関連を調べるために、細胞周期の各時期でのクロマチンへの結合の様子を調べた。その結果、活性サブユニットのPOLEはPolδおよびPolεの補助因子であるPCNAと同様に細胞周期S期にクロマチンへ結合し、他の時期には結合量が減少していた。SAP18とSin3もPOLEやPCNAと同様に細胞周期のS期ではない時期にクロマチンへの結合量が減少しており、細胞周期による結合量の変化があることがわかった。

 これらをもとにPolεとSin3複合体との巨大複合体の検出を試みた。その結果、ホロ酵素として予想されるよりも早く沈降するPOLEを検出し、Polεが巨大複合体を形成している可能性を示した。

 そこで実際にPolεとSin3とが複合体を形成しているかを抗DPE2血清を用いた免疫沈降法で調べた。その結果、FM3A細胞抽出液を用いた免疫沈降で内在性のDPE2とSin3が共沈した。この免疫沈降ではPOLEも効率的に沈殿することから、Sin3と結合するPolεのサブユニットはわからないものの内在性のPolεがSin3とも確かに相互作用することが初めて明らかになった。

 また、各因子の細胞内での局在を調べるため、マウスSwiss3T3細胞を間接蛍光抗体法で染色した。PolεやDPE2抗体は細胞染色法に向かないためにPolεの補助因子のPCNAとSin3およびSAP18の局在を調べた。その結果、細胞周期S期の初期の核でそれぞれの局在にかなりの一致があった。

 以上のような研究過程から和田氏はDPE2とSAP18およびPolεとSin3が相互作用することを示した。また、一部の分子だが、PolεとSin3複合体が巨大複合体を形成している可能性を示した。さらにPolεの機能として、Sin3複合体をDNA上に呼び込むことを新たに見いだした。このことはDNA複製においてDNAポリメラーゼεとSin3複合体とが相互作用をし、しかもその相互作用は第2サブユニットDPE2を介していることを示した。これらの結果はこの分野への貢献が大きいと思われる。

 したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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