学位論文要旨



No 116809
著者(漢字) 新井,祥穂
著者(英字)
著者(カナ) アライ,サチホ
標題(和) 復帰後沖縄離島における農業の動態と農業政策に関する地理学的研究
標題(洋)
報告番号 116809
報告番号 甲16809
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第367号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒井,良雄
 東京大学 教授 谷内,達
 東京大学 助教授 松原,宏
 東京大学 助教授 永田,淳嗣
 東京大学 助教授 矢坂,雅充
内容要旨 要旨を表示する

 1972年の日本復帰以来,沖縄農業には積極的な政策介入が行われてきた.にもかかわらず,沖縄離島の実態観察からは,農家の生活がそれほどには好転しているようにみえない.いったい,農業政策の積極的な介入がなされる中で,沖縄離島の農家の生活が復帰前後の状況から「より望ましい状態」へと変革が進んでいるのか.この議論を行うため,復帰後約30年間の沖縄農業政策と沖縄農業の動態を丹念に追跡するとともに,これをもとに規範的な議論を交えて沖縄農業政策の妥当性を検討する.

 第一部では,まず上記の基本的な問題関心と,政策過程研究としての本研究の位置づけを示した(第1章).政策と人間の関係を描くためには,刺激に単純に反応する人間ではなく,意図や反省能力をもった人間を想定することが本来的に重要であるにもかかわらず,既存の検討にはそのことが十分意識されていない.本研究では「行為主体アプローチ」を採用して,人間の複雑な意思を了解することに重点をおく(第2章).第一に,政策環境が変化する中で,農家が自らを取りまく生態−社会環境条件を勘案しながら,どのような意思決定や行為を積み重ねて農業を営んできたかを丹念に分析する.さらに,農家の行為の連鎖の結果生じた事態を前に,行政サイドがとった行動に対しても,同じく丁寧に記述していく.これには精確な実態理解を必要とするため,本研究は石垣島を対象とした事例研究というスタイルをとる.また沖縄離島の農業政策の本質を理解するために,政策の内容やそれを支える理論,あるいは政策の形成過程における各主体間の影響関係までも視野に入れた点で,まさに「政策過程研究」といえる.

 第二部(第3章)では,戦後から現在までの沖縄の農業政策の展開と農業の動態を,多彩な一次資料とマクロな統計資料にもとづき概観する.アメリカ軍統治下の農業政策は皆無に等しかったが,復帰後は,糖業政策と農業基盤整備事業を核としつつ,サトウキビ機械化一貫体系という方向の農業政策が強力に発動される.その後1980年代までは,生産者価格が急激に引き上げられたサトウキビをはじめ沖縄農業は,とりわけ離島部においては,全般的に拡大を果たした.しかしそれは土地生産性の上昇を伴わない外延的拡大であった.1990年代に入りサトウキビの価格水準が頭打ちになってからは,沖縄農業は全般的に縮小していく.

 第三部から第五部は石垣島を事例に,行為主体としての農家と行政サイドの30年間の相互作用を跡づけていく.第三部はそのための準備として,第4章で事例研究という作業の意義を主張するとともに,沖縄離島全体の中で石垣島農業を位置づけ,さらに利用するデータソースを解説する.第5章では石垣島の農業の動態の概略を豊富な一次資料とマクロな統計資料により把握する.なお第四部・第五部で頻繁に参照する都合上,38件のインフォーマント農家の約30年間の経営歴だけは,あらかじめ第6章に抜き出している.

 第四部では復帰から1980年代まで,沖縄農業政策のもとで石垣島農業がどのように展開したかを追跡する.この時期はマクロには,加工パイン生産や園芸部門が減退しつつも,サトウキビ作が顕著な伸びをみせる.ただし個々の農家をみれば,サトウキビ生産規模は家族労働の範囲を超えるものではなく,そのことがこの時期の農家を,兼業化や他作目との組合せ,あるいは他作目への完全移行という戦略へと向かわせる(第7章).農業生産の全般的な拡大を受けて,末端の農業基盤整備事業も順調に滑り出した.ただし事業の意義を,行政サイドはかん水による土地生産性の向上や面整備による機械化一貫作業体系にみていたのに対して,農家は,むしろ農道づけがもたらす便利さを評価していたことが示される(第8章).

 第五部では,1990年代以降停滞していく石垣島農業とその中での農家行動を取り扱う.1990年代になるとマクロには,肉用牛生産の拡大を除き,サトウキビやパイン,園芸部門で生産が後退する(第9章).この時期の農家の戦略をクローズアップすると(第10章),彼らは,農産物価格が下がる中で農業から確実に所得を引き出すために,農業支出を極力抑える一方で,行政サイドも想定しないほど多岐にわたる場面で,多彩な戦略を駆使している.これによれば,サトウキビの収穫機械化とは収入の目減りにつながり,営農意欲のある農家は必ずしも受け入れない.加工パイン生産から生果パイン生産への転換を遂げた農家は,品質向上のため自ら編みだした生産技術と,市場を介さない流通形態と,綿密な顧客管理とに経営のバイタリティを見いだしている.肉用牛繁殖経営においても,とりわけ畜産専業経営への移行期には,技術の不安定性をカバーする戦略が強く求められるが,彼らは多様な場面での工夫でこの時期を乗り切り,その後の経営も数多くの戦略を用いて維持している.

 1990年代は,末端の農業基盤整備事業の進行が行き詰まりをみせる.その原因には確かに,農業情勢の悪化や後継者不足等の全国的にも言及される要因や,あるいは農地払下げの存在など石垣島独自の文脈もあった.しかしより根元的には,かん水や面整備された土地の経営上の位置づけが,農家の戦略体系からみれば行政サイドが推奨するほど高くないということであった(第11章).第12章では,農家の事業反対に直面した行政サイドが,事業推進のために調整を図っていく過程が描かれる.はじめは行政サイドは熱心な説得を行い,次に事業を円滑に進めるための諸制度を整備し,最終的には現実的な解決策を提示していくが,それは農家の認識や選好を理解し積極的に組み込んだというのではない.

 第六部では事例記述からの知見を整理した上で,議論の一層の深まりを目指す.農業政策の背後には経済学的に妥当な理論がある(第13章).しかしその農業政策の力点箇所が,現場の複雑な状況下でははっきりとは発現しない可能性や,発現しても農家は重視しないことを,事例記述から読みとることができる.現実の農家行動は,農業政策で想定される農家の行動とは大きく隔たっており,それらは「戦略的」と呼ぶにふさわしいものである.しかもその隔たりは,サトウキビ大規模機械化一貫作業体系を目指す現在の農業政策の,実効性の根幹を揺るがすほど大きなものだった.

 しかし行政サイドではこのことを認識できていない,あるいは認識しうる回路を持っていない.石垣島の農業基盤整備事業の推進をめぐって行政サイドが説得や制度づくりで対応したように,行政サイドは農業政策の理論に,より一層沿わせる方向へ誘導を図り,農家の戦略に遡って農業政策を考案するという発想はない.

 第14章では,これまでの実証分析結果から明らかになった沖縄離島の農業と農業政策が,「効率」や「公正」という観点からみて望ましいものであるか,という規範的な議論を展開する.効率性への要求が厳しくなく,農村が貧困状態にあった復帰から1980年代までは,沖縄農業政策は効率や公正の基準からみて妥当であったと判断される.しかし1990年代になって効率性の基準が厳格になると,技術的・社会的コストの大きいサトウキビ機械化一貫作業体系が効率性の基準を満たすのは,農業の多面的価値を相当に大きく認めなければ難しい.また公正の観点からもこれは容認しがたい.サトウキビ機械化一貫作業体系の担い手の経営とは,複雑な戦略を政策の指導通りの経営に置き換えてはじめて実現されるのであり,彼らの意欲や能力に応じた報酬の実現ではない.なお,筆者が試論として示した新たな沖縄農業政策は,担い手に総体としての農業や農地の維持を目標とせず,農家自身の戦略引き出しに力点を置いている.

 実は復帰後の沖縄農業政策は,戦後の日本農業政策をミニチュア化,もしくは先鋭化したという側面がある.したがって本研究から得られた知見は,日本における農業政策と農業の動態との関係に関しても,一定の示唆を与えると考えられる(第15章).日本の農業政策の議論も,総体としての農業規模と農地面積の維持という価値観と,経済学的に妥当な理論から構成され,そこには農家行動をはじめ農業のミクロな実態理解はほとんど組み込まれてこなかった.日本農業に関するミクロな実態理解の進展が原動力となって,現代の日本農業そして農業政策をめぐる議論の行き詰まりを打開する可能性は小さくないと思われる.

審査要旨 要旨を表示する

 第二次世界戦後27年間,アメリカ軍の施政権下におかれた沖縄では,1972年の本土復帰以降,日本政府による農業部門への積極的な政策介入がなされてきた.復帰後の沖縄農業政策は,本土のコメに比せられる「基幹作物」サトウキビの価格支持と糖業保護,農業基盤整備事業の推進に力点をおいたものであり,農家所得の引き上げと安定化,構造改善による沖縄農業の体質強化が目指された.しかしマクロ的にみると,沖縄農業は,1980年代半ばを境に全般的な拡大局面から停滞・縮小局面へと転じ,復帰後約30年を経過した今日,沖縄農業が,「より望ましい状態」へと変革されてきたのか,あるいは変革されつつあるのかという問いに対して,明確な答えが与えられているわけではない.本研究は,地理学が重視する徹底したフィールドワークにもとづく実態理解を基礎に,規範的な議論を加えて,復帰後の沖縄農業政策の妥当性を検討しようとするものである.近年,公共政策が社会の変革に対して果たす役割や,政策評価に関する議論が活発化している中で,本研究は,地理学の立場からこうした課題への接近を図る意欲的な試みだともいえる.

 本論文は,六部15章で構成されている.

 第一部では,本研究の基本的な問題関心が明らかにされ,政策と人間とが相互に関係しあうまさに現場で生じている事態を丹念に描き理解するために,行為主体アプローチに基づいた方法を用いることが述べられる.続く第二部では,戦後から現在までの沖縄の農業政策の展開と農業の動態を,多彩な一次資料とマクロな統計資料にもとづき概観している.なお,政策と農業の動態との関係がより先鋭的な形で現れたのは沖縄本島よりも離島部であり,本研究では後者に焦点を当てた考察が行われている.

 第三部から第五部は石垣島の事例研究であり,復帰後約30年間にわたる農家と政策との相互作用が,詳細なヒアリング・データや行政の内部資料を含む膨大な一次データを駆使して記述・分析されている.第三部では,そのための準備として,具体的な調査手法の説明や,用いられたデータの解説・整理,石垣島農業の概観が行われている.第四部では,復帰後1980年代までの石垣島農業の展開が追跡され,復帰後の劇的な政策環境変化の下での農家の行動や,農業基盤整備事業推進のプロセスが明らかにされる.続く第五部では,1990年代の石垣島農業の停滞と混乱が取り上げられ,サトウキビ価格の抑制やパイン工場の閉鎖に直面した農家の戦略的行動や,農業基盤整備事業の実施をめぐる現場での混乱,行政サイドによる事態収拾へのプロセスなどが解明されている.

 第六部では,石垣島の事例研究から得られた事実を整理し,その事実がもつ政策的な含意を明らかにした上で,規範的な価値基準を示して,復帰後の沖縄農業政策の妥当性を検討している.1990年代に入り,沖縄農業政策は,その実効性を失いつつある.背後には,行政サイドの想定と現実の農家行動の隔たりが看過し得ないほどに大きく,かつそのような事態を政策の根幹に反映させる枠組みが存在しないという問題が存在する.現在の沖縄農業政策は効率と公正という価値基準に照らしても,その妥当性を失いつつあるというのがここに示された本研究の主要な結論である.

 以上のように本研究は,地理学の重視する徹底したフィールドワークにもとづく実態理解を基礎にした政策研究の可能性を切り開くものとして高く評価することができる.本研究は,沖縄農業・農業政策が抱える本質的な問題を的確に摘出し,沖縄農業政策をめぐる議論を大きく前進させたばかりでなく,終章で論じたように,日本の農業・農業政策,さらには公共政策一般の実証的研究に,有力な方法論的枠組みを提起している.したがって,本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する.

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