学位論文要旨



No 116812
著者(漢字) 町田,光世
著者(英字)
著者(カナ) マチダ,ミツヨ
標題(和) オオシロアリのコロニー創成と維持に関する行動生態学及び集団生物学的研究
標題(洋) Behavioral ecology and population biology on the colony foundation and maintenance in the Japanese damp-wood termite Hodotermopsis sjoestedti (Isoptera : Termopsidae)
報告番号 116812
報告番号 甲16812
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第370号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,忠夫
 東京大学 教授 高橋,正征
 東京大学 助教授 嶋田,正和
 東京大学 助教授 伊藤,元己
 琉球大学 助教授 辻,瑞樹
内容要旨 要旨を表示する

 シロアリ類は、複数のカーストに属する多数の血縁個体が集団で共同生活をしている真社会性の昆虫である。このような多数の同種個体からなる集団を、通常"コロニー"と呼んでいる。コロニーは、女王と王のペアの共同作業で創設される。ペアが交尾し産卵した後、卵は孵化して若齢幼虫、老齢幼虫を経て、やがて兵蟻や職蟻などのカーストに分化し、コロニーの個体数が増大していく。職蟻は栄養の分配、コロニーの構築、幼虫や繁殖虫の世話を行う一方、兵蟻はコロニーの防衛を行い、各々のカーストが役割分担をしながら、コロニーを統合している。

 また、シロアリの特徴として、大部分の種において木材を摂食することが挙げられる。木材は餌資源としては、窒素量が乏しいという問題点があり、シロアリではそのような栄養条件に対する適応が知られている。その中でも特に、個体間での栄養交換行動は社会性昆虫に特有であり、相手に咀嚼した食物、消化した物質やフンを与えたりすることによって栄養分を効率よく分配していると考えられている。

 このように個体間で様々な社会行動を行いながら、コロニーは成熟するが、やがて女王や王が死亡すると、新しい繁殖虫が出現する。そして、有翅虫が分散を行って外交配をしたり、ネオテニック(neotenic)を生産して内交配を行ったりしている。このネオテニックは、シロアリ特有の個体であり、彼らの存在が社会性の進化と関係していると考えられている。なぜなら、彼らは巣内交配を行うため、親子間の血縁度よりも兄弟姉妹間の血縁度の方が高まるので、自分では産卵をせずに、兄弟姉妹を助けるという利他行動が発達したと考えられているからである。しかしながら、このような巣内メンバーの血縁度の関係でシロアリの社会性の進化及び維持に関しての実証データはほとんどとられていない。

 そこで、本研究では、下等なシロアリに属するオオシロアリを用い、コロニーがどのように創設され、拡大し、そして維持されるのか、また、コロニーの発達段階に応じた社会行動の変化、個体間の血縁度の変化、そして繁殖メカニズムの解明をテーマに研究を行った。

 本論文の第1部では、シロアリのコロニーの発達段階における行動の調節システムを明らかにするために、コロニーの成熟過程に伴う繁殖虫や職蟻の行動分析を行った。第2章では、様々なタイプの繁殖虫の存在するコロニーの血縁構造をマイクロサテライト多型解析法で調べ、それらの繁殖虫の存在とコロニーの拡大との関係を血縁度の観点から解析を行った。

第1部 コロニーの発達に伴う行動分析

 群飛後、ペアとなった有翅虫が巣を創設し、産卵することはシロアリのライフサイクルの出発点として重要である。ところが、防衛力の小さなシロアリにとって、天敵による捕食など、この行為はリスクが大きく、またエネルギー的にもコストがかかると考えられている。そのようなコロニーの創成期において、有翅虫はいかなる行動をとっているのかを産卵前と後のステージおよび親と幼虫の共存するステージの3つにわけて行動の観察をし、分析を行った。その結果、産卵前のステージにあるコロニー(n=15)では、雄成虫は雌成虫へ頻繁に栄養提供を行うことが示された(p<0.05)。このことは、雄による雌への補助(婚姻贈呈)の意味が大きいと考えられる。しかし、産卵後のステージ(n=8)では、性差は見られず、さらに幼虫が存在するコロニー(n=2)では、雌雄成虫間の行動が減少し、親と幼虫間の行動へと移行することが示された。従って、コロニーの発達に伴って、雄成虫から雌成虫、そして成虫同士から親子間へ、さらにワーカー間へと行動の移行が起こることが示唆され、その様な個体間の相互作用の変化がコロニーを発達、拡大させる際の初期条件として重要であると考察された。

 また、このように雄雌の繁殖虫が創設したコロニーは長い年月をかけて成熟していくが、本種は、営巣している木材が餌であるタイプであるため、栄養分の獲得が重要な行為となっている。なぜなら、コロニーの成熟とともに、餌となる材量が減少するからである。そこで、成熟コロニーにおける餌の窒素量と栄養交換頻度との関係に着目し、窒素含有量の操作実験を行った(n=7)。すると、餌に含まれる栄養分が乏しいと栄養交換行動は頻繁に行われ、逆に栄養分が多いと、栄養交換行動が低くなる傾向が示された。また、栄養交換の際に受け渡される物質のタンパク量も測定し、栄養交換頻度との関係を調べた結果、栄養交換物質に含まれるタンパク量が多いと、栄養交換頻度は低くなり、タンパク量が少ないと、栄養交換行動が多くなり、両者の間で高い相関がみられた(r2=0.61, p<0.05)。ゆえに、コロニーの栄養状態によって、栄養交換行動が変化することから、材を摂食するようなシロアリでは、行動の可塑性が示唆され、コロニーを維持するために、重要な役割を果たしていると考察された。

第2部 コロニーにおける血縁構造の解析

 一般的にシロアリは、外交配と巣内交配を繰り返し行うことでコロニーを拡大している。オオシロアリの成熟コロニーでは、頻繁にネオテニックが生産されるので、巣内交配を積極的に行っている可能性が考えられるが、野外調査で直接的に巣内交配の実態を把握することは困難であるため、実際にそれが行われているのかという確証は未だに得られていない。そこで、マイクロサテライト多型分析によるコロニー内血縁構造の解析を行い、巣内交配の可能性を示した上で、コロニーの拡大、維持のメカニズムを考察した。

 オオシロアリのオリジナルプライマーを設計した。まず、屋久島から採集したコロニーから約1gのワーカーを集め、total DNAを抽出した。その後、EcoRIで制限酵素処理をし、600-1500bpの断片を抽出、精製を行った。その断片をファージに組み込み、大腸菌に感染させ、プラークを形成させた。次に、そのプラークをナイロン膜に移し、γ32P-ATPでエンドラベルした(GT)10をハイブリダイゼーションした。ポジティブプラークからDNAを抽出、シークエンスをし、マイクロサテライト領域を挟むプライマーを設計した。19種類のマイクロサテライト領域を持つプライマー候補のうち、2種類に多型が認められた。さらに、他種で開発されたマイクロサテライトプライマーがオオシロアリに有効かどうかを調べるため、13種類のプライマーセットを試したところ、1種類に多型が見られた。採集された26のコロニーから王、女王、若齢幼虫、老齢幼虫、それに2次繁殖虫のDNAを抽出し、オリジナルのプライマーと他種で開発された既存のプライマーを用いてPCRで目的のバンドを増幅させ、アクリルアミドゲルでバンドパターンを解析し、コロニー内血縁度や近交係数を求めた。

 採集したコロニーは、4つの繁殖虫のタイプに分けられた。王、女王の存在するコロニー、王とネオテニックの存在するコロニー、ネオテニックの存在するコロニー、そしてニンフ型繁殖虫が存在するコロニーである。ニンフ型繁殖虫とは、ネオテニックと形態的に異なり、巣に留まって繁殖するようなネオニックのような役割をすると同時に、有翅虫になる可能性を持つ個体である。初期コロニーにおける王、女王間の血縁度はほぼゼロを示したことから、(n=8、r=0.069±0.244)有翅虫が外交配を行う際には、血縁関係の薄い個体とペアになることが示唆された。ネオテニックの存在するコロニー(n=13)では、ネオテニック間(r=0.517±0.142)や老齢幼虫間(r=0.462±0.094)における血縁度は初期コロニーの子達の血縁度(r=0.469±0.185)とほぼ同じ値を示し、新しく生まれた幼虫間の血縁度は、その値より有意に高まることがわかった(r=0.639±0.099、p<0.05)。また、ニンフ型繁殖虫の存在するコロニー(n=3)では、ニンフ型繁殖虫間(r=0.583±0.107)や老齢幼虫間(r=0.621±0.098)の血縁度は高く、ネオテニックの存在するコロニーの新しく生まれた幼虫間のそれとほぼ同じ値を示した。このことから、ネオテニックは王・女王の子であり、ニンフ型繁殖虫は、王・女王の子の他にネオテニックの子でもある可能性が示唆された。また、初期コロニーでは、近交係数(F)がほぼゼロになったことに対し、成熟コロニーではその値がゼロより有意に大きくなった。このことから、成熟コロニーでは近親交配が行われている可能性が高い。さらに、ネオテニックの存在するコロニー内の若齢幼虫間の血縁度とニンフ型繁殖虫の存在するコロニーの個体間の血縁度が、巣内交配を1回行ったときの値(理論値)とほぼ同じになったことから、オオシロアリのコロニー内では、1回の巣内交配を行うことが考察された。

 以上より、本研究では、オオシロアリを用い、シロアリのコロニー創設、維持、繁殖メカニズムにおいて興味深い結果が得られた。コロニーを取り巻く環境、例えばコロニーメンバーの変化や餌に含まれる栄養分の変化等を関知し、社会行動を変化させることで、コロニーが維持されることが考察された。また、2次繁殖虫の存在によってコロニーの血縁度が上昇することより、巣内交配の行われていることが示唆された。さらに、繁殖メカニズムと繁殖虫のコロニー内での意義との関連性を考える上では、血縁度からのアプローチだけではなく、その他の生態的なデータを更に詳しく調査し、総合的な考察が必要であるといえる。

審査要旨 要旨を表示する

 シロアリ類は、複数のカーストに属する多数の個体がコロニー生活をしている真社会性昆虫である。本研究では、シロアリ類の中でも祖先的な系統に属するオオシロアリ(Hodotermopsis sjoestedti)を対象にして、そのコロニーがどのように創設され、拡大し、そして維持されるのか、また、コロニーの発達段階に応じた栄養交換やグルーミングなどの社会行動の変化、さらには繁殖メカニズムとコロニー内の個体間血縁度との関係の研究を行っている。

 本論文は2部で構成されている。

 第1部では、コロニーの発達段階における社会行動の調節システムを明らかにするために、生殖虫や職蟻の行動分析を行っている。その結果、コロニーの発達に伴って、雄成虫から雌成虫へ、次の段階では成虫から子虫へ、そしてさらにワーカー間へあるいはワーカーから兵蟻へと行動方向の移行が起こることを数値的に示し、その様な個体間の相互作用の変化がコロニーを発達、拡大させる際の条件として重要であると考察している。

 次に、成熟したコロニーにおける餌のアミノ酸含有量と個体間の栄養交換頻度との関係に着目し、餌のアミノ酸含有量の操作実験を行っている。結果として餌内のアミノ酸含有量が乏しいと栄養交換行動は頻繁に行われ、逆にアミノ酸含有量が多いと、栄養交換行動が低くなる傾向が示されている。また、栄養交換の際に受け渡されるペリット状物質のタンパク量を測定し、栄養交換頻度との関係を調べた結果、ペリット状物質内に含まれるタンパク量が多いと、栄養交換頻度は低くなり、タンパク量が少ないと、栄養交換行動が多くなることをみている。このように餌の栄養状態によって、栄養交換行動が大きく変化することから、貧栄養の木材を摂食するシロアリでは、個体間の行動の可塑性がコロニーを維持する上で、重要な役割を果たしていると考察している。

 本論文の第2部では、様々なタイプの生殖虫が存在するコロニーの血縁構造をマイクロサテライト多型解析法で調らべ、それらの生殖虫の存在とコロニーの拡大との関係を解析している。この方法を用いた試みはシロアリ類では世界に先駆けたものである。

 まず、初期コロニーにおける王、女王間の血縁度はほぼゼロを示したことから、有翅虫が外交配を行う際には、血縁関係の薄い個体とペアになることが示唆された。一般的にシロアリは、このように外交配がおもで付随して巣内交配行うことでコロニーを拡大していると考えられているが、オオシロアリの成熟コロニーでは、頻繁にネオテニック(幼形生殖虫)が生産され、巣内交配を積極的に行っている可能性が高い。しかし、野外調査で直接的に巣内交配の実態を把握することは困難であるため、実際にそれがどの程度行われているのかという確証は未だに得られていなかった。

 そこで、マイクロサテライト多型分析によるコロニー内血縁構造の解析を行った結果では、巣内交配の可能性が明瞭となっている。さらに、コロニーが成熟した段階でのネオテニック間や老齢幼虫間における血縁度は、初期コロニーの子達の血縁度とほぼ同じ値を示し、また、コロニー成熟期において新しく生まれた幼虫間の血縁度は、その値より有意に高まることを本論文では示している。また、ニンフ型生殖虫の存在するコロニーでは、ニンフ型生殖虫間や老齢幼虫間の血縁度は高く、ネオテニックの存在するコロニーの新しく生まれた幼虫間のそれとほぼ同じ値を示した。これらの血縁度の値は巣内交配を1回行ったときの値(理論値)とほぼ同じになったことから、オオシロアリにおける巣内交配は、1世代で終了し、あとは巣は解散するものと考察している。

 以上のように、本論文では、オオシロアリのコロニー創設、維持、生殖メカニズムにおいては、コロニーを取り巻く環境、例えばコロニーの発達ステージに伴うメンバーの成長や食物に含まれる栄養成分の変化等を感知し、社会行動を変化させることで、コロニーが統合されるという興味深い結果を得ている。また、ネオテニックおよびニンフ型生殖虫などの2次生殖虫の存在しているコロニー内の平均血縁度が大きいことから、巣内交配の行われていることが分子生態学的にしっかりと検証されている。このような研究成果は学問上貢献するところが大であると評価できる。よって、本審査委員会は、本論文が博士(学術)の学位を授与するのにふさわしいと認定する。

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