学位論文要旨



No 116822
著者(漢字) 佐中,薫
著者(英字)
著者(カナ) サナカ,カオル
標題(和) フランソン型の実験における二光子エンタングルメントの観測と制御
標題(洋) Observation and manipulation of two-photon entanglement in Franson-type experiments
報告番号 116822
報告番号 甲16822
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第380号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久我,隆弘
 東京大学 教授 山崎,泰規
 東京大学 教授 兵頭,俊夫
 東京大学 助教授 清水,明
 東京大学 助教授 深津,晋
内容要旨 要旨を表示する

 量子暗号、量子コンピューターなど将来の新技術に向けて、量子間のエンタングルメント(量子的なもつれ合い状態)の発生及び制御は、決定的に重要な役割をはたす。光の量子単位である光子を用いた量子エンタングルメントは、そのコヒーレンス(干渉性)の良さから、環境に対するデコヒーレンスに強く、この量子情報技術の確立に向けた最も有望な方法の一つである。このような光子間の量子エンタングルメントを高い効率で発生させ、またその量子状態を自由に操作できるようになれば、このような技術が実現に向けて大きく前進することになる。

 二光子間に量子エンタングルメントを発生する方法として有望な方法の一つは、非線型結晶を用いたパラメトリック下方変換によって発生した相関をもった光子対を、光路差が大きな干渉計に入射させて、その時間的な相関から、二光子間に量子エンタングルメントを発生させる方法である(フランソン型の実験)。我々は、従来の実験において用いられてきたバルク結晶に代わりに、紫色光光源の目的で発展した導波路型非線型素子を用いて、この二光子エンタングルメントを発生させる実験を行った。フランソン型の実験における量子エンタングルメントは、この非対称の干渉計を通過して来た光子対が、まとまりとして干渉する二光子干渉のビジビリティ(明瞭度)を用いて評価することができる。観測された二光子干渉のビジビリティはおよそ80%であり、古典電磁気学で説明可能な50%を大きく越えていた。このことは量子光学でのみ説明可能な量子エンタングルメントの状態が形成されたことを示している。従来この種の実験はガスレーザーのようなハイパワー・レーザーを用いて行われていたが、我々の成果は、数ミリワット程度の非常に弱い光源でも、量子エンタングルメントを高効率で発生することが可能になったことを意味している。

 我々はさらに、この発生した二光子の量子状態制御のため、二光子の偏光状態に注目した。従来のフランソン型の実験においては2つの光子の偏光状態は常に同じであった。量子エンタングルメントを光子の偏光状態について発生させることができれば、その操作性は各段に向上する。われわれは(図1)のような実験セットアップを用いて、二光子間に偏光エンタングルメントを発生させる実験を行った。我々の方法は干渉計を構成する光学素子の配置の工夫と、フランソン型の実験で用いられる二光子の条件付測定によって実現される。形成された偏光エンタングルメントの偏光相関(H:水平偏光、V:垂直偏光)を測定した(図2a)。二光子の偏光相関は出力側の偏光版を用いて確かめることができ、HHとVVの観側確立はそれぞれPHH=0.44±0.03、PVV=0.41±0.02であった。さらに二光子が重ね合わせ状態にあることを確かめるため、二光子干渉の測定をおこなった(図2b)。この干渉のビジビリティの値はV=0.44±0.16であった。これらの値を用いた信頼度F=(PHH+PVV+V)/2の値により、二光子の偏光エンタングルメントを評価することができる。実験値を代入して得られた値はF=0.65±0.10となり、この値が十分0.5を十分に越えていることから、実際に二光子間に偏光エンタングルメントが発生していることが確かめられた。偏光エンタングルメントはこれまでに3つの方法で実現されていたが、我々は新たな4番目の方法を提示したことになる。

 また我々は(図1)の実験セットアップが、いくつかの条件付きで、制御NOTゲート(Controlled-NOT gate)と呼ばれる量子論理ゲートとして働くことができることに着目し、その動作を検証した。光子の偏光状態H、Vをそれぞれ量子ビットの状態0、1に対応させ、入力側、出力側の偏光版を用いてその相関を確かめることができる。我々の方法では、確率1/4でしか演算を行うことができないので、予想される論理演算の真理表は(表1a)のようになる。実際に観測された値は(表1b)のようになり、予想される値と良い一致を示した(全体の確率が1/4になるように規格化)。このようなゲートを用いれば、確率的ではあるが、光子間のコヒーレンスを保ったまま二光子の量子状態を自由に操作することが可能になる。

図1.フランソン干渉実験による二光子偏光エンタングルメントの発生のセットアップ。

図2.(a)観測された二光子の偏光状態相関(H:水平偏光、V:垂直偏光)。

(b)観測された二光子干渉。

表1.我々のシステムによる、二光子の偏光状態の変換確率。

光子の偏光状態H、Vがそれぞれ量子ビットの状態0、1に対応。(a)理論値(b)実験値

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章からなる。第1章は序論にあてられ、第2章は光のエンタングル状態についての概説とその実験的な実現方法としてのパラメトリック下方変換について解説している。第3章では、擬似位相整合法による高効率パラメトリック下方変換、すなわち効率的にエンタングルした光を作り出す光源開発、およびその特性解明などが記述されている。第4章は、ここで開発した光源により、フランソン型の実験配置で二光子強度相関測定を行った結果と、新しいタイプのエンタングル状態を作り出したことが述べられている。第5章では、さらにその応用として、二光子の偏光状態を自由に制御する手法を理論・実験的に議論し、第6章では量子ゲートとの類似性を指摘し、第7章で全体のまとめをしている。

 エンタングル状態とは、二つの量子状態が互いに相関をもって絡まり合った状態であり、たとえばスピン1/2の二つの粒子を考えた場合、一方が上向きならばもう一方も上向き、下向きならばもう一方も下向き、と言うように、片方の状態を決めるともう一方の状態が確定してしまう状態のことである。このエンタングル状態は古典的な局所理論では説明がつかず、量子論的な非局所相関を実験的に確かめるといった観点から古くから注目を集めてきた。また、最近では量子コンピューターの実現にはエンタングル状態が重要な役割を果たすことが示され、再び注目を集めている。

 本論文では、第1章、第2章で光のエンタングル状態について、その意義、過去の研究例などを概観し、第3章では研究室で新たに開発した、高効率にエンタングル状態を作り出す手法の解説、およびその光源の特性を詳しく議論している。ここでは、擬似位相整合法と呼ばれる、非線形結晶中に人工的に埋め込んだ周期構造により、その逆格子ベクトルまでを含めて位相整合条件を満足させることで、非線形結晶のもつ最大の非線形感受率を有効に利用する手法を取り入れている。その結果、これまでは100mW程度の励起光出力が必要だった実験でも、わずか5μWの出力で行うことができるようになった。

 第4章においては、この新しい光を非対称なマイケルソン型干渉計に導き、いわゆるフランソン型の強度干渉測定を行った結果が議論されている。干渉計の出口に配置された2個の検出器に到着する光子の時間差を測定し、「同時」に来た場合のみを選択すると、二光子が両方とも短い光路を通ってきたのか、両方とも長い光路を通ってきたのかが識別できないことに起因する強度干渉が生じ、これは古典局所理論では説明できない。ここではそれを量子論的に説明している。

 第5章では、第4章で用いた「同時計数法」を応用することで、光のエンタングル状態を自由に変換できることを示している。実験的には、パラメトリック下方変換で発生した二光子はエネルギーと時間がエンタングルした状態であるが、これを偏光のエンタングル状態に変換している。また第6章では、量子コンピューターの構成要素である制御ノット論理素子の演算に類似する機能をもつ状態変換回路を構築し、それの特性解明を行っている。これらの状態変換効率は決して1になることはないが、このように自由に二光子の偏光状態を制御できるということは、将来の量子コンピューターなどへの応用上、自由に初期状態を設定できるという点で、意義深いものである。

 以上のように本研究は、新しいエンタングルした光源の開発、そしてそれを用いた二光子状態の自由な状態変換という、量子情報操作を考えていく上で基本的と思われる手法をあみ出したものである。

 なお、本論文中の第3、4、5、6章の一部は、川原果林さん、久我隆弘との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が大部分であると判断する。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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