学位論文要旨



No 116835
著者(漢字) 宮川,治
著者(英字)
著者(カナ) ミヤカワ,オサム
標題(和) 帯域可変型レーザー干渉計重力波検出器の開発
標題(洋) Development of a Variable-Bandwidth Laser Interferometer Gravitational Wave Detector
報告番号 116835
報告番号 甲16835
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4098号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大橋,正健
 東京大学 助教授 柴田,大
 東京大学 助教授 三尾,典克
 東京大学 教授 末元,徹
 国立天文台 教授 藤本,眞克
内容要旨 要旨を表示する

 1916年、一般相対性理論からの帰結として、波として光速で伝わる時空の歪みが存在することが、A.Einsteinによって予測された。これを重力波と呼び、その存在は長らく理論上のものでしかなかったが、J.H.Taylorらの連星パルサーPSR1913+16の周期変化の観測により間接的にではあるが重力波が存在することが確かめられた。J.H.Taylorらはその功績により1993年、ノーベル賞を受賞している。しかしながら重力波と物質との相互作用は非常に微小なため、未だに直接検出には至っていない。

 重力波の直接検出はこれまでの電磁波による天文学では得ることのできなかった宇宙からの情報をもたらすと考えられ、新たな重力波天文学という分野を創設する可能性を持っている。このような背景のもと、近年、大型レーザー干渉計を用い直接検証を試みようという気運が国際的に高まっている。現在、世界各地で300mから4kmのアーム長を持つ巨大レーザー干渉計型重力波アンテナが建設中あるいは稼動中である。アメリカのLIGO計画、フランス・イタリアが共同で行なっているVIRGO計画、ドイツ・イギリスのGEO計画、そして日本のTAMA計画である。なかでもTAMA300は2000年夏に世界最高感度を達成し、2001年夏には1000時間の観測を行なうなど、順調な進展を見せている。こういった状況を踏まえると、数年後には人類初の重力波検出がなされる可能性もある。

 しかしながら、将来、重力波天文学という分野の創成を目指すならば、重力波検出の頻度をさらに上げる必要があり、検出器のより一層の感度向上が必要である。干渉計の感度を決めるノイズには、ショットノイズ、地面振動、熱雑音の3つの基本的ノイズがある。本研究では干渉計の光学配置を工夫することにより干渉計のミラー変位に対する応答を高め、ショットノイズを改善し、将来の大型干渉計の基礎技術となるような方式を実現することを目指す。

 干渉計の光学方式としては、power recycled Fabry-Perot Michelson interferometer (PRFPMI), signal recycling (SR), resonant sideband extraction (RSE)等があるが、将来の大型干渉計の光学設定の選択候補として現在最も有力なのが、RSEである。RSEとはあらかじめフィネスを非常に高く設定した腕共振器において、信号出力ポートにもう一枚鏡(signal extraction mirror (SEM))を置くことで、重力波信号の滞在時間を実質的に短くして、信号がキャンセルし始める前に重力波信号を高感度で取り出し、ショットノイズを改善する技術である。RSEにおいては、PRFPMIと同じ感度を実現する場合、マイケルソン部分の光のパワーを小さくすることができ、光による鏡の発熱の問題に関しても有利だと考えられている。また、デチューニングと呼ばれる技術を用いることにより、感度が最大の周波数を自由に設定でき、限られた周波数帯の中で従来のショットノイズの限界を改善することも可能である。

 RSE方式の干渉計は制御すべき自由度が増えるため、これまでの干渉計と比べると制御が難しくなる。これまでに世界各国でさまざまな方式でRSEの動作確認実験が行われたが、それらは全て制御信号を取得するため多変調を用いた信号取得方法であった。しかしながら、多変調を用いた信号取得方法は、ただでさえ複雑な干渉計の制御をより一層複雑にしてしまう上に、変調周波数にモードクリーナー透過の厳しい条件が課せられる。また、これまでに行なわれた実験は全て大気中のテーブルトップ実験であった。しかし最終的にRSE干渉計をミラーがつり下げられている大型装置に組み込むことを考えた場合、テーブルトップで固定ミラーを用いて行う実験では限界がある。以上のことを踏まえ、本研究では、よりシンプルで、モードクリーナの透過も容易な一変調でのRSE制御を目指し、また真空装置と新たに開発した超小型のミラーつり下げシステムを用いることにより、テーブルトップ実験の簡便さを損なわぬまま、より現実の重力波アンテナに近いかたちで実験を行なった。

 ファブリペローマイケルソンタイプの干渉計では腕共振器からの非常に大きな信号がマイケルソン部分の制御信号に混入するという問題がある。RSEの場合、前述のSEMと腕共振器の手前の鏡で構成されるsignal extraction cavity(SEC)と呼ばれる部分の制御信号を取得することが困難になる。一変調による制御はそのままでは、多変調による信号取得方式に比べ、制御信号の混合比は悪くなる。そこで3倍波復調(third harmonic demodulation(THD))方式を用いて、SECの信号を他信号からの混入を抑えた形で取り出すという新たな制御方式を考案した。

 この原理を簡単に説明する。復調の際の局部発信波に変調周波数の3倍の周波数の波を用いると、腕共振器の情報を持っているcarrierの変動を、3次のsidebandのDC成分で検出することになる。もともとの1倍波での復調では1次のsidebandのDC成分で検出しているので、腕共振器の影響が1次sidebandと3次sidebandの比の分だけ軽減される。その一方power recycling cavityの信号は1倍波復調の場合、-2次と-1次、1次と2次の各sidebandのビートの和からなるが、3倍波復調の場合は-2次と1次、-1次と2次となり、信号の大きさは変わらない。そのため3倍波復調を用いることにより、基本波復調を用いた場合に比べて信号比が改善される。さらに、3次のsidebandの振幅を積極的に小さくして、信号比を改善するために、マイケルソン部分の腕の長さの差を調節して3次のsidebandが検出ポート側で消えるような方法も考案した。

 なお、本研究では3倍波復調を用いたRSE干渉計の制御をし、その帯域可変を確認することが主目的であるため、帯域可変とは直接関係の無いpower recyclingは省いた形で、RSEの実験を行なった。本方式は、power recyclingを導入する場合にも拡張が容易であり、また、干渉計の感度を一部の帯域で向上するデチューニングへの応用も可能であるなど、非常に柔軟性の高い光学・制御方式であるといえる。

 以上のアイデアを実験的に検証するために、新たに振り子型のプロトタイプ干渉計を国立天文台内に組み上げた。実験装置はレーザー入射系、直径1mと50cmの2つの真空槽、及びそれらをつなぐための長さ3m、直径15cmのチューブからなる。光源には500mWのNd:YAGレーザーを用い、そこに17.25MHzの位相変調をかけている。干渉計部分は全て真空槽内に設置され、大気の影響でミラーが汚れることを防いでいる。真空槽内に入射した光はビームスプリッターで2つに分けられ、長さ約4mの2本の腕共振器へと導かれる。FPに入るまでの距離に大きな差をつけ、マイケルソン部分の腕の長さの差を適切に設定することで3次sidebandを検出ポート側に漏れでないようにしている。腕共振器からの反射光は再びビームスプリッターで結合され、dark portに漏れ出た光はSEC内で共振する。SECの透過光を光検出器で検出し、その信号を3倍波復調しSEMの位置制御信号を取り出している。主要な鏡は地面振動の影響を軽減するために振り子に吊ら、4つのコイルマグネットアクチュエーターを用いてアラインメントの調整と光軸方向のコントロールがなされている。また,振り子の共振周波数での動きは外部マグネットにより渦電流効果を利用してダンピングが行なわれている。この振り子システムは非常にコンパクトに設計されていて、ダンピングのためのマグネットや、コイル、振り子などは全てモジュール化されているため、容易に取り外しができ、ミラーの高さなども自由に変えることができるため、振り子型でありながら固定鏡並の利便さも兼ね備えている。このように実際の重力波検出器に近い真空と振り子を使いながら、テーブルトップ実験並みの手軽さを実現しているのが本実験の特徴である。

 これらの実験装置を使い、世界で初めて吊り下げられたミラーを使って、RSE干渉計の制御に成功した。さらに制御信号の位相を反転することにより、RSE状態とSR状態の両方の制御に成功した。SR状態はSEMの位置がRSEから半波長だけずれた状態にあるが、それらの切り替えの様子をダークポートの光量をモニターすることで確認した。また、干渉計の応答関数を、RSE、SR、及びFPMIの3つの場合をそれぞれ測定し比較することで、干渉計の信号の帯域が変化することを確かめた。

 RSE干渉計は、将来の超高感度重力波アンテナの実現には必須の技術である。本研究においては、世界で初めて真空中でつり下げられたミラーという、現実の重力波検出器により近い形で実験を行ない、RSE干渉計の動作に成功しその効果を確認した。また従来用いられてきた多変調による複雑な信号取得方法から脱却し、単一変調で3倍波復調を用いた、シンプルな信号取得法を開発し、より信頼性の高い制御方法を実現することができた。この信号取得方法は、単一変調のシンプルな特性を損なわずに、より安定な干渉計の動作をもたらすものとして、その将来が大いに期待される。この研究成果によりRSE干渉計の理解は一段と深まり、そのフィージビリティーも飛躍的に増大したと思われる。

 今後の研究の展開であるが、大型アンテナへの組み込みのための光学パラメタの最適化をより実機に近い環境で詰めていくことが必要である。これにはpower recycling及び、デチューニング技術の導入も必要となる。それらが実現できれば、大型アンテナへの組み込みが現実のものとなるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなり、第1、2章で重力波検出について一般的な解説をした後で、第3章において様々な方式のレーザー干渉計型重力波検出器について比較を行っている。対象となっているのは、直接干渉方式ファブリーペロー干渉計、パワーリサイクリング方式、シグナルリサイクリング方式、そして本論文の主題となるRSE(Resonant Sideband Extraction)方式である。パワーリサイクリングはレーザー光パワーを等価的に高める技術、シグナルリサイクリングは信号サイドバンドを増幅する技術、RSEは非常に高いフィネスの腕共振器を用いるにもかかわらず高周波域でも低いショットノイズを実現する技術である。このうち共存できないのは最後の2つである。具体的には、マイケルソン干渉計の出力ポートに置かれるミラーの位置がレーザー光の位相差にしてπ/2だけ異なる。結論として、干渉計の構成が複雑にはなるが、発熱の問題を回避できるRSE方式が将来的に最も有望であることを示している。これに続いて第4章では、3倍波復調によるRSE方式レーザー干渉計の制御について述べられている。これまで単一変調によるRSE方式の制御は困難であるとされてきたが、変調周波数の3倍波を使った復調により信号比を改善し、十分な制御信号を得ることができることを解析している。

 第5章では、単一変調RSE方式レーザー干渉計を実証するためのプロトタイプについて述べられている。基線長4mのレーザー干渉計プロトタイプを国立天文台に設置し、3倍波復調を利用することによって、フリーマス(鏡が振り子でつられている)RSE方式レーザー干渉計の制御に世界で初めて成功した。また、制御の位相を反転させることでシグナルリサイクリング方式も実現させた。このプロトタイプで、RSE方式レーザー干渉計の感度を伝達関数の実測により評価し、高周波域で感度が向上していることを示した。同時に、観測周波数帯域が可変であることも実証している。第6章で、この実験についての解析と考察をし、さらに将来の大型レーザー干渉計への展望を述べることで本論文は締めくくられている。

 なお、本論文は、宗宮健太郎・Gerhard Heinzel・川村静司との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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